第8話 ピンチに颯爽とかけつけるのは燃えるよね

「はーん、アンタたち。もしかしてそうやって泣き声をあげて助けを呼んでいるつもりなのかしら。村の人間なら子供を助けにきてくれるでしょうからねえ。でもね、言っておくけど、この村に私に敵う人間がいるとでも? いるならこの子供だけで私を相手どろうなんてさせないものねえ」


 ルーメアが邪悪な笑みを浮かべてそう言ったときだった。


「例えばワタシとかでしょうかー」


 ルーメアと姉ちゃんとの間にふわりと女性が降り立った。

 紺色の大きな三角帽子に薄手のコートっぽいんだけど下の方はスカートみたいになっててでも前の方は開いてて足が見えてるけど一応別の短めのスカートをはいてて安心な正式名称がよくわかんないけどとにかくいわゆるラノベの表紙とかソシャゲとかに出てくる魔法使いファッションの女性。


 栗色の長髪に丸メガネで柔らかな表情の23歳の女性の可愛らしさと美しさを同居させたその人は言った。


「王立学園主任魔道士ラライラ・ハートクルと申します」


 そして先端にオーブとか装飾品が立体的に据え付けられた杖をくるりと回してルーメアに突きつける。


「あなたは邪鬼ガルグランの眷属、ルーメアですね?」

 にっこりと微笑みながらの問いかけに、ルーメアがはったりをかける。


「はっ、だとしたら? たかが学校の教師が私に勝てるとでも思ってるのかしら」


「よかったー、ワタシこう見えて結構うっかりさんでして。こんなことしちゃって人違いだったら大事おおごとですからねー」


 その言葉の意味をルーメアが理解する前に、奴の身体の周囲に結界がはられていた。四方にガラスみたいな光沢が生じる。


「なに、これはッ!」


「実はすでに土属性の古代魔法を発動させておきました。わかりやすく言うとあなたはもうりんご飴のりんごみたいに閉じ込められちゃった、ってことです」


 にっこりと笑顔のラライラ先生がトンッ、と地面に杖をつく。

 ルーメアを囲む結界が中身ごと一瞬で固まった。琥珀とかクリスタルとかあんな感じ。ルーメアが驚愕した表情のまま、もう指ひとつ動かせなくなっていた。


「ああ……よかった……」

 俺は安堵にその場に倒れこんだ。


「間に合ったよ……」

 そしてそのまま意識を失った。



◇◇◇◇◇

「おのれガキがーーー! ガルグラン様、このルーメアの敵をーーー!」


 そんな断末魔を残してルーメアは消滅した。


「さてと……」

 俺は即座に倒れてるジャットたちや巫女の婆ちゃんに混ざって地面に寝転んだ。


 俺の探知によれば誰かが近づいてくる気配があったんだ。

 初めてのパターンで結構な魔力反応を感じるから、これ多分 学園から来る予定になってる調査員じゃないかな。

 いろいろやらかしたからな。このまま第一発見者になってもらって説明はお任せしたい。


「あれー、おかしいですねー? たしかに魔族の気配を感じたのですが?」

 近づいてきたのはとぼけた声。


「ふんふん、この王立セルスター学園主任魔道士ラライラ・ハートクルの見る所によれば、この残存魔力量と醜悪さからすればここにいたのはルーメアで間違いなしです。自分の魔力の暴走で消滅したみたいな痕跡ですね。でも上級魔族がそんなミスをするなんて不思議ですね。まるで放出した魔力を誰かにかき乱されたみたいな?」


 このラライラって人。あちこち散らばって倒れてる子供の中で、ピンポイントに俺のところに来て語りかけるみたいに言葉を続けてる。


「困りましたねえ。ワタシ、学園長に面倒な授業をサボる代わりに調査とレポート提出を約束させられているのですが? これではまたお給金が減らされてしまうのですよ。誰か起きて説明して欲しいんですよー」


 これ、いろいろバレてね?  


――――第25話『あとしまつは大変』◇◇◇◇◇



「はーい、お目覚めですかー」


 頭の裏に心地よい感触を感じながら、俺が目を開けば視界に入るのは丸メガネのラライラ先生の顔。嘘。ラライラ先生のルーメアほどじゃないけど充分に大きくて柔らかそうな胸部で視界が埋まってるや。

 さっきまでの痛みが無くなってるから、先生に膝枕されながら魔法で治療してもらった状態みたいだ。


「痛っ!?」

「あー! あー!」


 横から姉ちゃんが顔をぴしぴしと叩いてきてる。


「よかったよーもう! いっつもいっつもあんたはホント無茶ばっかして!」

「ごめんて姉……ネリィちゃん」


 俺は身体を起こして姉ちゃんと抱き合った。


「グレイ、お前すげえよ。すごかったよお!」

「おわっ、おわああ!」

 ついでに兄二人も抱きついてきた。


 みんなの体温を感じながら、今さらながらにさっきのルーメアとの戦いに身体が震えてきた。

 あのときは無我夢中だったけど、ほんとに命がやばかったんだよな。

 

「さあ、それじゃあ一体ここで何が起きたのか説明してくれますか? ワタシ、学園長に面倒な授業をサボる代わりに調査とレポート提出を約束させられちゃってるんですよー」

 しばらくしてみなの嗚咽も収まると、ラライラ先生が事情説明を求めてきた。


「ああ……はい。それは何というか――――」


 

 ルーメアの復活阻止のため。

 いくつかうっていた何番目かの対策。それがこのラライラ先生をできるだけ早く呼び寄せることだった。

 原作ではルーメアの封印に綻びが生じていないかのチェックにくる調査員というのがこのラライラ先生だった。そこで主人公とルーメアの戦いを感知して、主人公の力量を見抜いて学園にスカウトするって流れ。

 グレイの秘めた力を見抜けるほどのラライラ先生は、つまり仮にルーメアが復活しても対応できるだけの力量を持っているってことだ。


 この先生だったらルーメアが隠してた封印の緩みだってちゃんと見抜いてくれたはず。

 だからこの人さえいればルーメアの件は瞬間で解決できたのだ。


 原作では先生は祭の日のルーメア復活直後に村に到着していた。

 それはストーリーの都合上でしかないから、だったらもっと早くに来てもらえばいいじゃないかってのは当然の発想だ。

 むこうは元々ルーメア復活を心配してたんだから、現地の人間から『ヤバいです、すでに破れかかってます』って伝えればすぐ来てくれるはず。

 電話もラインもない時代だから、手紙で呼ぶしか手段がなかったんだけど。


 ただ対策の内で一番むずかしかったのがこれだった。手紙は商人のハンスさん経由で学園に送ればいいいんだけど、できるだけ信憑性を高めとかないといけない。

 だから貴族用のちゃんとした紙と封筒と、ついでにアシュフォード男爵家の家紋の封蝋を使うことにしたんだ。

 男爵の生活サイクルとか従者の動きをつかんで、TCGのレアカードを餌にジャットとスニに協力させて(お父様の書斎を見てみたいって理由で)母屋に忍び込んで男爵の部屋から一式パクってグレイ・アシュフォードの名前でルーメア復活の危機をお知らせ。


 理想はもっと前に来てもらうことだったけど、手紙だとタイムラグがあるし本人がすぐに受け取れる保証が無いから、結局は一日早くなっただけだった。


 さっきのピンチのときはもう先生が近くまで来ていて、異変を察知してることに望みを託して姉ちゃんと二人で助けを求める泣き声を上げてたってこと。


 いわば俺たちは賭けに勝ったってことだ。

 それでそういった事情をラライラ先生にどう説明するかと言うと。



「――――全部、勇者様が教えてくれました。勇者様が夢に出てきてルーメアが復活しそうになってるから学園のラライラ先生って人に助けを求めるようにって」

「ほーう。勇者様ですか」


 まあここはファンタジー世界だからな。全部こんな感じでいけるだろ。

 100年前に世界を救った勇者が夢や幻の中に現れてナイスなアドバイスをしてくれるなんて、いかにもらしいんじゃないかな。


「ふむふむ。この王立学園主任魔道士ラライラ・ハートクル、あの世の勇者様に名前を知られるほどとは。うーん、これは学園長もワタシへの福利厚生を見直すべきと反省するでしょう。これは夢の学園スローライフまったなしですね」


 ラライラ先生もいい感じに納得してくれてる。

「今日も俺達の前にほわほわあって蜃気楼みたいな感じで勇者様が現れて、兄さんたちがルーメアに操られてるぞって言ってたんで慌ててかけつけて――――」


――――というノリで全部勇者様のお告げのおかげみたいなことにして説明ができた。



 そして俺たちは村に戻る。

 村が見えてきたところで、兄二人が走りだした。


「お母様ー!」

「うわー」


 見れば村の垣根の外に義母がいた。

 ジャットとスニの姿に気づいて向こうも駆け出してきた。

 あの様子だと森の反対側に出ていったワイルドボアは無事に退治できたんだろ。


「ジャット! スニ! 無事でよかった!」

 俺達は抱き合ってわんわん泣き出してる親子を見守る。


 そのタイミングでラライラ先生が口にする。

「ところでネリィさん。あなたはレア属性の光魔法が使えて、しかもすでに勇者様から失われた古代魔法も授かっているわけですよね。どうです? このままワタシと一緒に王都の学園に行きませんか?」


「えっ!? 私ですか?」


「ネリィさんの歳でこの実力なら学費が支給されますから家計にも安心ですし、どのみち光魔法の使い手となれば教会か…………貴族なら寄親に囲われちゃいますよ。あるいは下手なところと政略結婚もあるかもですよね。

 学園にいれば少なくとも卒業まではこちらで守ることができますから。将来設計に自分の意思を入れたいのでしたら絶対にオススメですよ」


 先生は兄たちとのここまで会話の中で我が家のゴダゴタ込みの事情までつかんでたみたい。


 どの道、ネリィは原作だと来年になったら自分で家出して学園に押しかけてきて、そこで先生にスカウトされるっていう筋なんだよな。

 この後の邪鬼ガルグランの対処を考えたら王立学園に籍をおくのは必須だから助かるのだけど…………


 あれ? 俺は?


「ええと、お兄さまは?」

 ネリィちゃんがナイスアシストで俺もセットでどうかって言ってくれた。


「え……ううん、たしかにルーメアに立ち向かっていったのはがんばり賞でしたが、学園としては奨学金やら優遇できるのは他の子より段違いの才能がないと、なんですよね。もちろん男爵家なら正規のルートで試験に受かって入学金を支払えるなら歓迎ですよ」


 いや、貧乏男爵の家計から出すとか義母が許さないっしょ。


 えっ? 俺は居残り?

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