第7話:月並みの表現

「え、何なに?」「人が倒れたらしいぞ」「マジか」「え、どうすんだよ」「救急車呼ぶか?」「馬鹿! こんな狭い所に呼べるかよ」「救護場があったはずだ! 運ぶんだよ!」

 やや暗くなった広場にいる人々が騒ぎ、怒号が鳴り響く。

 周りがうるさく背が高い人間がちらほらいるので、倒れた人間がどのような人物か分からない。

「大丈夫かな……?」

 隣にいる彼が、心配そうな声を出す。

 ……すごく失礼だが、彼に心配された人間に嫉妬を覚えた。私はあまり心配されることは無いので、何故お前が心配されるんだという我が儘な嫉妬が。

 そんなことを思わず口に出しそうになって、止める。

 別の事を言おうと口を動かした、その瞬間、

「どけどけ! 病人が通るぞ!!」

 そんな叫び声と共に人々が急に動き出す。私たちを押し抜けようと人々が動き出す。

 その動きを感じて気づく。病人の運びはここを通るつもりなのか?

「どいて、どいて!」

 だが、それに気づいた時には遅かった。

 私たちは道の真ん中らへんに居た。病人の神輿はそこを通ろうとしていたのだ。だから私たちを押し抜けようと人が寄ってきているのだ。

 この人込みから出ようとしても、逆方向にも人がたくさん集まっている。動けない。

「うわっ」

 驚く彼の声が聞こえて、顔をそちらに向けるが見えない。彼の姿が見えない。

 見えるのは私たちを分けた人々と、「どいて!」を何回も繰り返す病人神輿の列が人々を分けながら進む姿。彼の姿は見えない。

 ……彼が居るとしたら向かい側の人の群れの仲だろうか。

 全く知らない人々に囲まれるのは非常に窮屈だ。今すぐにも会いたいが、人々をよけながら彼を探すのは困難だろう。

 スマホで連絡をとってみようとバックを探ろうとして、そのバッグを彼に預けたままなのを気づく。

 重いだろうからと持ってくれたままだったのだ。その時は嬉しくて渡したが、こういう場合には不便なことになってしまった。

 この人の群れが無くなるのをおとなしく待つしかないのか。

 そう思っていると、右手に温かい感触がした。手だ。

 誰かが触れたのかなと考えた瞬間、握られた。

「ひ――っ!」

 びっくりして、その手をはねのける。手を握った犯人を見ようと顔を向けると、

「お久しぶりです! マイスイィトサァッド!!」

 やけにテンションが高い、英語を中途半端に引用した良く分からない言葉を発する少女。

「……貴方、留置場に居たんじゃ?」

「今日のために、プリズンブレイクしちゃいました!! おかげでおめかし出来ずにジャージですけど」

 彼の妹を見て、私は自分の頬がゆがむのを感じていた。


 @


 人込みにまみれていた俺は、急に腕を引っ張られて気づいたら救護室に居た。

 俺を救護室に運んだのは、体格の良さそうな男2人だ。

 元々は病人を運んでいたらしいが、気づいたら俺にすり替わっていたらしい。……少々意味が分からないかった。

 2人が俺に頭を下げてくる。

「ごめんなさい。まさか知らないうちに入れ替わっているとはね」

「いえ。……それよりも、病人はそんな容姿の人が運ばれていったのですか?」

「そのです。そんな感じの少女でした」

「……多分、うちの妹ですね。迷惑をかけてしまって申し訳ございません」

「いや、でも、本当に具合が悪くなってるかもだから」

「あいつは今まで病気にかかったことが無いんですよ。馬鹿は風邪をひかないという意味ではなくて、本当に物理的にひいた事がないんですよ。たぶん演技でやったんですよ」

 演技で倒れた後は、親切な人に運ばれる。その途中で人の群れに慌てている俺を引っ張り入れ替わる。そうして俺が救護室に運ばれていくという訳だ。

「……もしそうだとしても、どうしてそんな事を?」

「それが分かったら苦労しないですよ。あの野郎いもうとの行動原理は意味不明ですから」

 そういって会話を打ち切ったのち、外に出る。

 ドーン。と花火が爆裂する音が聞こえた。

「……遅かったか」

 一緒に花火を見ると言ったのに、今現在、隣に彼女が居ない。

 慌てて彼女に連絡をしようとスマホを取り出し電話する。持っていた彼女のカバンからバイブ音。カバンを開けるとそこには彼女のスマホが着信を知らせていた。

「くそっ!!」

 悪態が漏れ出る。どうしてこんな大切な祭りの日に妹が来たんだ。やらかしたんだ!!

 連絡をとる手段は何1つ思いつかない。取れる手段は、俺がここで彼女を待つこと、俺が動いて彼女を探す事。

 ここで待つのが良いだろうか? それとも彼女と別れてしまった場所へ向かうか? 彼女が行きそうな場所へ向かうか?

 軽く考えた向かう候補地を全部回っても、花火は終わらない。無駄に1時間もあるのだ。だが、できるだけ長い間一緒に花火を見ていたい。

 ゆえに最初に向かう所は、彼女が1番居る可能性が高い場所に行く。

 それを考えて――気づく。

「……御誂え向きな場所が1つあるな」

 だが、そこは遠い。何故なら祭り会場からはやや遠い場所にあるのだ。もしそこに向かうとすれば、行って探して帰る間に花火の8割が終わる。

 向かうべきではないだろう。

 だけど、そこは、

「……」

 彼女も同じ気持ちであると信じて、俺は足を御誂え向きな場所へ向けた。


 @


  「何処ですか! マイスイィトサァッド!!」

「……うるさいわね」

 私を探し回っている彼の妹に気づかれないように、小さくため息をついた。

 今私が居るのは林だ。軽く丘になっている場所だ。そこを私は走っている。

 光は無い。月や、上空で破裂する花火の光ですら木の陰となる。真っ暗だ。

 そんな所を私は進んで、目的の場所へたどり着いた。

「……やっぱり居た」

「……本当に来た! 信じてはいたけど、本当に来るなんて!!」

 やっほう! っとガッツポーズをしながら彼はそう喜んでいた。

 ここは町のややはずれにある神社だ。林に囲まれていて建物も神社以外なにもない。

 そんな所では木が邪魔で花火が見えないと思うかもしれないが、意外に見れる。

 神社の参道が車4台並べられるほど無駄に広く、その上には木は無い。なのでその上空は遮るものは何もないのだ。

 そこから花火を見る事が出来る。

 しかし、祭り会場からかなり離れているので、

 『続いては、宗教法人光の空からの心ゆき』

 花火のアナウンスも蚊の音並みにしか聞こえない。さらに、花火が小さく見える。クラスターマインなどの低空花火は遠すぎて見えない。

 なので、花火の規模が小さく感じる。だとしても、

「……」

「……」

 2人きりで見れる花火と言うのは、とても良かった。

 周りからのうるさい声なんて一切ない。邪魔されない。何も気が向くような変なものが無い。2人きりで花火を見る事だけがそこにはある。

 そして、なによりも――私が告白された場所であるというのが良い。

 感極まって、ある言葉が漏れる。

「……月が綺麗ですね」

「え? あ、そうだな」

「そこはつっかえずに言い切ってほしかったわね」

「え、えぇ?」

「私への告白のセリフだったでしょ」

「……まぁそうだけどさ」

 そう言って彼は、再び花火の方へ視線を向ける。

 ……私よりも花火の方が重要なのか。なら、

「……この言葉を最初に聞いたのは去年の夏祭りだったわね」

「……やめてくれ、好きだと言う意味を孕んでいるなんて知らなかったんだよ」

「ふふふ。そうだったよね。意味を聞いて、赤面していた貴方の姿を今も思い出せるわ」

「本当に止めてくれ……」

「止めないわよ。だって2年参りの時に告白されたとき、『月が綺麗だな』、『意味を分かって言っている』、『本気だ』って私に言「あー!! あー!! あー!! 恥ずかしぃいいいいいい!!」

「ふふふ!」

 次々と破裂する花火は、2人っきりな神社を良く照らした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る