第2話:嫌いじゃなかった

 変な男子に、急に勉強を教えてと言われて数日が経った時の話だ。

 別に教える義理は無かった。けども、彼の必死な頼みを聞いて、

「なるほど! そういう事か! ありがとう!!」

「いえいえ……」

 こうしてファミレスで物理を教えていた。

 しかし、この男は理解が遅い。教科書を読ませても、その一文を理解するのに前のページをいちいち読んでいる。

 前の内容を理解していない。覚えていないのだ。

「えっとじゃあここも教えてもらっても……」

「ん、分かりました」

 その原因は分かってる。単純に覚え方が悪いのだ。人名を覚えるようにこれはこれだと覚えている。

 この方法で覚えられる人間はいるには居るが、彼はそのタイプではないらしい。なので、覚え方をちゃんとする。

 教科書に書いてある公式に線を入れる。そしてその公式の成り立ちを説明する。

 どうしてこれはこうなのかを1から説明するのだ。理解することで記憶は定着する。つまり顔と名前だけではなくその人の行動を覚えることで人の名前が覚えられるのと一緒だ。

 説明が終わる。彼は唸り、線を引かれた文字を見る。

 1個1個を教えてもいいが、それだと彼の頭に定着しないだろう。

 その間にドリンクバーへ。ちなみに彼のおごりだったりする。勉強を教えてくれた代金という事らしい。

「なるほど、そういう事か!」

 カップに紅茶を入れている間に、そんな声が聞こえてきた。かなり大きな声。そのせいか他の席から奇妙なモノを見るような視線が彼に向けられていた。

 そんな視線を受けている彼は一体どうなっているんだろうか? 少し気になって彼の席を覗いてみる。

「……あ、すいません」

 周りに向けてだろうか、謝っていた。そうして視線は机へ向かう。周りの事をある程度は考えられる人間らしい。

 少し驚いた。急に私に教えを願ったので人の事を思いやれない人間だと思っていた。ごめんなさい。

 紅茶を片手に席へ戻る。

「あ、おかえり」

 彼がそんな事を言って、再び教科書に目線を移す。

「あれ、分かったわけじゃないのね」

 反射的に声が出た。そのせいか敬語が抜けた。少し失敗したが彼は気にせずに答えを口に出す。

「理解したと思ったら、数秒でその理解が間違っているって分かったから……もう一度確認してるんだ」

「あー、ありますよね。そういうの」

「あれ? 敬語外さないの? さっきは敬語じゃなかったのに」

「さっきはつい外しちゃっただけで……」

「敬語は付けなくて大丈夫だから。俺は敬語使うべきだと思うけど、教師側の貴方が敬語なのは違和感あるし――すこし距離があって悲しい」

「……敬語で俺とか使わないと思いますよ。そもそも敬語なんですかその言葉?」

「え、あ、そうなの?」

 素で驚いている彼には少しあきれてしまい、この後の会話で私は敬語を使う事は無かった。こいつには敬語使う意味がないっていう事で。

 私が敬語を外しても、彼の対応は変わらない。あいかわらず敬語が入り混じった謎の言語で話しかけてくる。しかも敬語の比率の方が少ないという。

 だけど、

「これで良いかな?」

「駄目ね。ここが違うわよ」

「え?!」

 根気強く教科書とノートにしがみつく、そんな彼の姿は嫌いじゃなかった。


 @


「で! で! 妹ちゃんは、そこで彼に恋心を抱いたの!?」

「姉さんうるさい。鼓膜が破けるわ」

「へへへ。実は人間って鼓膜が破れても声が聞こえるから、大丈夫!」

「声の大きさを調整しろと言ってんのよ」

 人の恋バナを聞いてテンションが上がっている姉さんをたしなめながら、浴衣を着る。

 「で、どうなの?」

「調整が下手過ぎない?」

「で、どうなのよ?」

「ん、分からないわ。明確に感じた時期はそこじゃないから」

「明確って……彼のカッコ良い思い出なのに、そこじゃ彼の恋心を抱かなかったの?」

「うん、その時は……犬を見てる気分だったわ」

「犬? ペット扱いじゃん彼」

「まあ、そうね。そもそも異性として見てなかった気がするわ」

「ありゃ。彼氏君かわうそー」

 浴衣を着替え終えて、あることに気が付いた。

 彼は今日、浴衣を着る予定だ。……一緒に着替えれば良かったのでは?

 今からでも着ている浴衣を脱いで、彼の家に行くべきだろうか?

 そう思っていると、スマホからバイブ音。彼からのメッセージだ。

『浴衣に着替え終わったら、そっち行くよ』

 時すでに遅しのようだ。はぁっとため息が漏れ出てしまう。

「幸せが逃げちゃうよ、妹ちゃん」

「漏れ出ないわ。その前に幸せが出てるから」

「だったら幸せを補充しなきゃ! 彼氏君に恋心を抱いた出来事を話せば補給できるでしょ!」

「……それ、姉さんが聞きたいだけだよね?」

「ははは! バレた?」

 また、ため息がで出てくる。姉さんの呆れからだ。

 ……でも、

「まあ、話しても良いかな……」

「え?! 良いの? やったー!!」

 今日は夏祭り。特別な日なのだ。私が彼に恋心を抱いた日なのだ。

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