第7話:遠距離デート

 何か言わないといけない。

 そうは思うが何も思い浮かばない。何も考えることが出来ない。 

『返答は、「へ?」だけで良いのね?』

 俺が思考停止している間にも彼女は忙してくる。柔らかい声質だが、これは相手を思いあってはいない声質だと何故だが分かってしまう。

 だから思わず、

「……どうして分かったんだ?」

 思ってはいたが、言わないでおいた事を言ってしまった。

『――っ』

 スマホ越しに彼女の唾を飲む音が聞こえる。

 そうだよな。これを言うという事は、

『……カップル限定メニューとやらを食べたのは認めるのね?』

「……そうだよ」

 はぁというため息が聞こえて、その後は無音。

 言葉を発して謝罪するには今のタイミングしかないだろう。

「……えっとな、別に不貞を働いたとかじゃなく『は?』ゴメンナサイ……」

 完全にタイミングを間違えたようだ。さっきよりも明らかに声質が固い。思わず反射的に誤ってしまった。

『そのゴメンナサイは何なの?』

「……バイト先の付き合いとはいえ、カップル限定メニューを食べてきてゴ『言い訳?』

 彼女は俺の言葉に食い気味に蹴とばした。

『そんな下らない言い訳なんて聞きたくないのよ』

「……誠意を見せろって事?」

 ちょっと前に消しゴムを貸してもらった出来事を思い出しながらの発言。それに対して、

『……』

 彼女は何も言わない。……これであっているって事なのか?

 じゃあ、誠意を見せるような行動をすれば良いのか? でもこんな遠距離で? 彼女がイタリアに行ってるのにどうやって。

 聞いてみるしかないか。

「……どうすれば良い?」

『こっちに来て』

「え」

『イタリアまで来いって言ってんのよ。そうすれば貴方の行動も全部わかるし、貴方は物理的に不貞出来なくなるし……一緒に観光もできる』

「……流石に無理だよ。お金が無いし、そもそもパスポートも無いし、飛行機が……」

『お金なら私が出すし、パスポートは3日で作れるわよ。飛行機は、まぁ……頑張りなさいよ。私の為を思って』

「いやでも……」

『何よ』

「……お金を出してもらうのっていうのは誠意を見せれてないと思うんだ」

『私が出すって言ってるから良いじゃない』

 いや、ダメだろう。それは。

 ……考える。

 彼女は俺を海外に寄こしたい理由を考え、さらにその理由を満たす方法を考える。

「……俺がお前と一緒にいればいいんだよな?」

 そして、誠意を見せる方法を考え付いた。


 @


 とあるイタリアの都市の一区画。

 そこに観光客向けにアクセサリーを販売している店があり、そこの店員は現在困惑していた。

 その困惑の根源はアジア人の少女であった。しかもイタリア語はネイティブを疑うほどに美麗であり、カタコトであったりその現地の言語しかしゃべらない一般的な観光客よりも対応が楽なはずだった。

「で、どれが似合いそう?」

『お前だったらどれでも似合うよ』

「ふふふ。嬉しいけど、ちゃんと答えて欲しいわ」

『……そうは言っても、正直違いが良くわからん』

 そのアジア人は、なんかスマホでテレビ通話しながら商品を選んでる。

 話している内容はイタリア語ではないので分からないが、声質から楽しそうな感情が伝わってくる。

「何処が分からないの?」

『逆に何処に違いがあるのかが分からないわ。全部同じデザインじゃないかよ』

「材料に貝を使ってるから、個体差があるわよ」

『それは違いとは言えるのかなぁ』

 その後は少女がアクセサリーを身に着け、スマホに向かって「どう思う?」『似合ってるよ』「ふふ、また同じような感想言ってる」の繰り返し。

 店員は、(何だあれ、最近のアジアではあんなデートが流行っているのか?)っと困惑するしかなかった。

 店員は知る由もなかったが、このスマホ遠距離デートは彼氏が不貞してないのを示すためにやっていた。

 最初、彼氏側が数分に一回は連絡を入れるという提案をした。

 が、彼女はそれでは足りないと拒否した。それだと簡単なbotで自動化できてしまうからだ。

 だからskypeを使って常時テレビ電話しながらの海外旅行という提案をし返したのだ。これなら自動化できないし、誰かが一緒になるとか物理的に不可能だからだ。

 だが、この方法だと彼氏はバイトに行けなくなる。当たり前だろう、通話しながらのバイトなんて狂気すぎるからだ。

 ゆえに彼氏は残りの4日間は全てバイトを休むことになった。が、彼氏は「彼女を信じ切れなかった罰」だとして受け入れた。

「楽しいわね」

『……ああ、うん』

 こうして残りの旅行中は彼氏とインターネット上で繋がっている彼女のデートによって幕を閉じた。

 ただでさえ、海外の通信料金が高いのに常時通信などすれば通信料金が馬鹿高くなってしまう。だが彼女はそのデメリットを受け入れ、今期の通信料金を貯金から払った。

 父親は反対したが、母親は笑って受け入れた。面白かったからオッケーらしい。

 ちなみに彼氏は通信料金については知らない。そこまでの知識がなかったし、知ってたら彼氏が反対するのが彼女には目に見えてたので伝えなかった。

 とまあ、このカップルの不振は吹き飛び、元の仲に戻ったのだ。

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