第3話:喜んで、

 空港を出て、タクシーでホテルに向かう途中の出来事。

「おえぇ……我が妹よ……肩かして……」

「はいはい、姉さん」

 見事飛行機酔いを果たした姉の背中をさすりながら、肩を貸した。

 ドスンと勢いよく体重が乗っかる。よっぽど気持ち悪いらしい。

 その様子を見た父さんが言葉を発する。

「ははは、姉ちゃんのほうは相も変わらずだな」

「……だったらモット良い酔い止めを買ってよ」

「それが一番高い奴だぞ」

「エゃ……」

 更に疲れたのかように姉がぐったりとする。

「肩が痛いわよ、姉さん」

「んな事いわれても、気持ち悪ぃ……」

「膝に頭を乗せてよ。そっちの方が私も姉さんも気が楽でしょ」

 そう言って、あることに気づく。

 そういえば彼に膝枕をしたことが無い。

 するチャンスも彼のテス勉によって潰れたし、それ以降も何もしてない。

 それなのに姉にさせるのは、なんか悔しい。嫌だ。

 だから、私の膝に頭を乗せようとしている姉の頭を両手でがっちり掴んだ。

「やっぱなし!」

「はえ? 何言い出すの、私もう限界よ……」

「じゃあ、このまま」

「え?」

「このまま頭を持ってあげるから、膝に頭を乗せないで」

「え、えー……」

 まぁ何もないよりは、っと少し不満げであったが姉はしぶしぶ私の案を受け取った。

「……ふふふ」

 私の隣から笑い声が聞こえた。母さんだ。

 母さんは基本声を出さないし、自ら動くことはあまりない。

 だけど面白い事を見ることは好きらしく、良くこうやって笑う。

 母さんがスマホでこちらを撮って、写真を見せてくれた。

 私が姉さんの頭を持ってる写真だ。

 それを見た父さんが笑いだす。

「はは! なんだかシュールな絵だな」

「……」

 ……膝に寝かせないために持ち方を工夫したのが間違ったのかは分からないが、私は両手で赤ん坊を抱いてるように姉さんの頭を持っていた。


 @


 ホテルに着いたら後は寝るだけだ。

 旅行は明日からなのだから、ゆっくり寝るしかないのだ。

 時刻は11時ほど。これはイタリアの時刻なので日本では朝の7時くらいだろう。

「……」

 彼氏は今どうしてるのだろうか。電話したら出てくれるのだろうか。

 それを知るために彼のツイッターを開く。

 私はツイッターをやってないが彼の動向を知りたい用にアプリは入れている。彼にはそれを伝えてないが。

 彼のツイッターアカウントには新着のツイートが1件。

『今からバイト頑張るぞ』

 ……とすると電話は無理そうだ。

 そこで一つ案が浮かぶ。

 両替したばかりのコインを2枚取り出し、サイン。そしてインスタにアップする。

 付属コメントには、「トレビの泉用にサイン書いておきました。これで入ったかどうかばっちり」

 これで彼に伝わるかもしれない。旅行で楽しんでますよって。

「ふふふ……」

 別に彼に話してる訳でもないのに楽しかった。気分は落とし穴を掘った気分。無事に引っかかってくれないかなとワクワクする気分だ。

 そんな気分のまま、ベッドに潜り込んだ。


 @


 朝起きて確認したのは彼のツイッターだ。

 いくつかのツイートがされており、内容としてはバイト頑張るぞっと意気込むものだ。

 その意気込みの内容の中には、「彼女を良い場所に連れて行くんだ!」っという物も。

「……ふ、はは!」

 いつもは静かにを心掛けている笑い声が思わず、タガを外した。いつもより音のサイズが大きくなってしまう。

 嬉しかった。

 私自身はお金には困っていない。両親からは毎月万単位でお金をくれるし、そのお金を私はあまり使わない。結構たまってしまって税金が取られそうなほど持っている。

 でもそれとは全然関係ない。私のために頑張ると言ってくれたのだ。

 この言葉自体は旅行に行く前に何回も聞いた。彼が直接私に言ってくれた。

 でも嬉しい。彼のアカウントは愚痴垢的な側面もあるのだ。つまりこれは紛れもない本音! いままで信じてなかった訳ではない。でも思っている事しか言わないアカウントで言ってくれたのは――!!

 とにかく嬉しかった。嬉しくて、うれしくて。

 もう何かジッとしてられなかった。

 今の時間はまだまだ早朝だ。朝ごはんを食べるには少々早すぎる。

 でも行動したかった。

 着替えて、外出て、向かうのはトレビの泉。

 ホテルからはそこそこ離れていたが、そんなの関係ない。ダッシュでトレビの泉へ向かった。

 着いた。

 周りに人は全くいない。いるとしても早朝の運動している市民らしき人物くらいだ。

 その人に話しかけ、写真を撮ってもらうように言って承諾された。

 のでコインを投げる。見事入ったが、勢いが強すぎたのか奥の方へ入ってしまった。距離が離れると写真で撮ってもサインがつぶれて見えなくなってしまうかもしれない。

 ――だから知らない人に腰を持ってもらって、距離を稼ぐことにした。

 小学校の時にあった組体操。そのサボテンみたいに持ってもらう。

 持ってもらった白人男性は鍛えていたらしく、楽々私を支えてくれた。

 そのおかげて無事、入ったサイン入りコインを撮ることに成功!

「Grazie! !」

 感謝を伝えて、写真をインスタにアップする。

 この時の私は感情で動いていた。だから、泉の反射で私の顔と白人男性が写ってる事に気付かなかった。

 これが原因で彼に不貞を疑うなんてこれっぽちも考えてなかった。

 ——半日後、私が彼の不貞を疑うなんて事を考えても無かった。

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