第4話:突き落とされる

 ダッシュでホテルに戻った後は予定通りにイタリア旅行が開始された。

 もう一度トレビの泉に行ったことになり、家族からはコイン投げないのかと聞かれて焦ったりもした。

 とは言え、想定外の事故はこのくらいで何事も無く旅行を楽しんだ。

 写真も動画も撮りまくり。彼氏に伝えるのが楽しみだ。

 彼とは残念ながらあまり趣味が合わないので、こういった話題は貴重だ。

 別に会話の内容が無くても、話すという事自体がとても楽しいのだが、それは白米をふりかけだけで食べるような行為だ。ちゃんとおかずと一緒に食べる方がより美味しいに決まっている。

 観光名所、売店、駅、電車、バス、バス停、たまたま私の前を通った黒猫。様々な場所を写真に収め、話を、歴史を聞く。話のネタになるのだ。

「観光っていうか、なんて言うのか……取材? 妹ちゃん取材に来たのかってくらい真剣に回ってるぞ」

「まぁ彼の話ネタが欲しいから。しっかり聞きにいかないと……!」

「うわぁ……姉ちゃん的にはドン引きだわ。旅行は旅行で楽しむべきだと思うなぁ」

 勝手に人をドン引く姉さんを放っておいて、私はスマホのカメラレンズを観光名所はなしのネタに向けた。


 @


 観光とは時間通りいかないのが普通だろう。あっちに行ったりこっちに行ったりしてる間に時間を浪費させていくのが普通だ。

 とは言っても今日の観光が終えてホテルに着くのが、予定よりも3時間遅れというのは流石におかしいだろう。

「その原因の半分以上は妹ちゃんのせいだと、姉ちゃんは思うなぁ……」

「姉さんは寄り道しなさすぎ。美術館でも入口から出口一直線に歩くのは流石にどうかと思うわよ」

「……姉ちゃん美術ワカンナイ」

 姉さんを適当に誤魔化して私はベッドに潜る。

 もう足はくたくただ。寝る前にマッサージをしていなかったら明日筋肉痛で辛いことになっていた。

  「そういえば、あっちはもう朝なのよね……」

 なんとなく気づいた事を口に出す。

 8時間遅れでイタリアの日は沈むので、あちらは朝になっている。

 つまり、彼のツイッターが更新されている可能性があるって事だ。

 ベッドから這い出て充電中のスマホを掴む。

 ツイッターを起動、彼のアカウントを確認する。

 新着のツイートが数件。

 早速確認してみて――硬直した。

『辛い』

 ただそれだけのツイート。これだけならバイトが辛いと判断できるだろうツイート。

 だけど、この後のツイートによってその意味は反転する。

『夢落ちであってほしかった』

『バイト先の人に相談でもしてみようか』

 バイトが原因ではない。

 じゃあ、何が原因だ?

 頭に血流を巡らせ考えてみるが、解はでない。材料が足りなすぎる。

 直接聞くべきか? でも相手は早朝だから迷惑かもしれない。

 っと、考えたとき、1つのイラつきが芽生えた。

 ——なんで私に相談しないんだ?

 彼が何に対して「夢落ちであってほしかった」と願ったのかは分からない。

 でも相談しようかと思った相手がバイト先の人??

 硬直した肉体が解れ、今度は燃え上がるような怒りを感じた。

「……」

 ツイッターを閉じて開くのは電話。怒りのあまり連絡帳からではなく、電話番号を直接入力して――手が止まる。

「……まさか」

 またツイッターを開く。

『バイト先の人に相談でもしてみようか』

 この言葉をもう一度考える。さっきとは別の視点を考える。

 つまり、彼が悩み事を普通は私に相談するという前提条件の元、このツイートを考えてみる。

 どうして私に相談しないのか? ……そこから結論付けられる真実は、

「私関連で問題が起こっているの?」

 その問題の考えられるモノとしては、別の相手を手に出したとかの不貞。

 怒りが収束して、今度は凍てつくような絶望が私の体に縛りついた。

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