遠距離恋愛
第1話:上げて、
「じゃあ、よろしく」
「はい、分かりました」
そう言って俺たちバイトをまとめるオッサンは部屋を出て行った。
俺たちバイトらが居るのは何か良くわからないビルだ。
仕事内容はデータ入力。
次々に渡される書類をパソコンで入力していく感じ。書類内容については良くわからない。なんかのサービス登録書である事しか分からない。
ぱちぱちっとキーボードを押して入力していく。
俺がいる部屋には、俺以外にもバイトが二人いるが、
「――で、どうなったのよ。そのイケメン君とは」
「うんまぁ、良い雰囲気にはなったんだけどね。連絡先までは交換してもらえなかったんだぁ」
「あらま。そりゃ残念」
二人の女の人だ。仲がよろしいのかしゃべりながらデータを入力している。
対して俺は一人だ。寂しい。
彼女たちはしゃべって音を出しているのに、俺は提供してもらった高級ーヒーを飲む啜り音しか出ない。人肌が恋しい。
でも流石にしゃべりかける勇気はない。仲が良さそうだからその空気を破っちゃ悪いし、失敗して悪い雰囲気になったらこれから先のバイトが辛くなる。
あと、嫉妬深い彼女がどう思ってしまうのか。
今彼女は家族旅行中でイタリアに行っているので大丈夫だが、まぁ気持ちの問題だ。
できるだけ誠実でいよう……いやただバイト人の知り合いを作るだけだが、彼女の場合はそれすら許してくれなさそうだし。
そうやって、俺は書類とキーボードに集中する。
俺がバイトする理由は金が欲しいからだ。
できるだけ彼女と一緒に居たいという理由でバイトをしてなかった俺が短期で始めたのはこれが理由だ。
夏休みはまだ半分もいってない。まだやれることはある。
そのやるためのお金。夏休み明けのお金もなんとかしていきたい。
集中が進み、瞬きの回数が減ってくる。
このバイトは飲食私語自由だが、そのかわり出来高払いだ。
できるだけ回数をこなす必要があるので、俺はとにかく頑張った。
@
昼だ。
とりあえず切り上げて、ご飯を食べに行くことにした。
外出もバイトまとめオッサンに言えば出来るので、近くにあったすき家で昼ご飯を食べる。
もちろん一人で。寂しい。
そう思ってスマホを見る。使うアプリはインスタだ。
俺自身はインスタはやってない。が、彼女はやっているのでたまに見てる。
彼女が今一体何をしているのか知りたいからだ。寂しさマックスの俺は、彼女が何をしているのか知りたかったのだ。
彼女はイタリア旅行中だから、何か観光地の写真でもあるだろう。
だが観光地の写真は無かった。
理由は時差だ。イタリアと日本ではおよそ8時間ほどの時差があり、イタリアでは朝の4時なのだ。
しかし、別の写真はあった。
2枚のコインの写真。コインには彼女のサインが書いてある。
説明文には「トレビの泉用にサイン書いておきました。これで入ったかどうかばっちり」
……サイン書いても良いのかこれ?
トレビの泉についてwikiで調べると、投げるコインの枚数によって願い事が変わるらしい。
2枚投げた時、大切な人と永遠に一緒にいることができるらしい。
……嬉しかった。なんだか幸せな感情が芽生えた。
これは午後も頑張ってキーボードをぱちぱち鳴らさなきゃな。
——だから、バイトが終わった後、彼女の不貞を疑うことになるとは一切考えていなかった。
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