ずっと届けたかった声 -side.Rano-

 声を届けたかった。

 学校中の皆に知ってほしかった。読んでほしかった。

 私が今まで読んできた、大好きな作品たちを。


 * * *


 私、本山らのが学校の放送部に入部したのは、中学に入学してからすぐのことだった。

 この学校の放送部では、お昼の放送で好きなものを紹介する時間がある。

 紹介するものは、読んだ本であったり、観たドラマであったり、聴いた音楽であったり。

 私は普段から本を読むのが好きで、その本を他の人にも読んでほしいと思っていた。放送部の活動内容を知ったときには、是非とも本の紹介をしたいと思ってすぐに入部届けを提出した。

 お昼の紹介を任されるのが高校生だけだと知ったのは放送部に入ったあとで、中学生時代はとにかくひたすらに本を読んで、先輩から紹介の仕方を学んだ。

 やがて高校生になり、私が初めて本の紹介を任された日。

 

 「本日もお昼の放送の時間がやってまいりました。今日はオススメの本を紹介したいと思います」

 

 私は緊張しながらも、たどたどしくも好きな作品を紹介した。

 途中、用意してきた台本を読み間違えたりもしたが、なんとか無事に紹介することができた。

 放送を終えて教室に戻り、席に着いてから隣の席のクラスメイトに聞いてみた。

「ねえねえ、私の放送聞いてくれた?」

「えーあんまり聞いてなかったかも。なんだっけ?」

「もー、今度貸すから、全人類にオススメだから読んでみてね」

「うんうん、また今度ねー」

 どうやら私の紹介放送は、あんまり聞いてくれていなかったみたいだ。

 初めてだったし上手くいってなかったのかも。次からは頑張ろう。

 そう思って翌週からも本の紹介を続けた。どうやらこの学校の生徒はドラマや音楽の紹介には興味があるものの、本に関してはほとんど無関心に等しいらしかった。

 そのことに薄っすらと気付きながらも、私はずっと本の紹介を続けた。


 それから約二年半の間、毎週のように本の紹介をしてきたが、誰も私に「買ったよらのちゃん!」とは言ってくれなかった。

 購入報告を聞きたいがために紹介をしているわけではない。誰かが本を買って読んでくれればそれだけでよいのだ。もしかしたら私が知らないだけで、私の紹介を聞いて本を買ってくれている人がいるのかもしれない。

 でも、誰からも何も言われないと、自分の紹介内容に不安を感じないといえば嘘になる。

 卒業まであと半年。

 誰か。

 誰か一人でも私の放送を聞いて本を買ったって言ってくれたらいいな……。


 * * *


 三年生最後の文化祭の二ヶ月前。

 放送部だけでなく演劇部にも所属していた私は、文化祭での発表に向けて、準備用に借りた空き教室で台詞練習をしていた。演じるのは狐の男の子の役。後輩が部活を辞めてしまったので、急きょ代役として選ばれた。

 そして今練習しているのは、劇中の終盤一番の盛り上がるを見せるシーンだ。


『どうしてオレたちを殺そうとするんだ!』


 演劇で使う狐の耳と尻尾を付けてみると、気分が出て感情を込めて言えるようにはなってきたけど、まだイマイチ納得できない自分がいる。どうしたら上手くできるだろうか……。

 そう思い悩んでいたときだった。


 ガタッ


 入り口の方から物音が聞こえた。

「誰!?」

 振り向くと誰かが顔を引っ込めるのが見えた。

 不審に思いながらもしばらく待っていると、一人の女の子がドアを開けて入ってきた。腰よりも下まで伸びている金髪が目を引く、可愛らしい女の子だ。リボンの色からして、恐らく二年生だろう。上履きの汚れやスカートのシワが少ないから、ひょっとしたら転校生なのかもしれない。

「あーすみませーん。ちょっと声が聞こえたもんで」

「声? あぁ、さっきの台詞ですか。不穏なことを叫んでいてすみませんでした」

 どうやら演劇の練習が廊下まで聞こえていたみたいだ。

 確かに台詞だけ聞くと物騒なことを言ってるからなあ。

「いやぁ、台詞というよりはあなたの声が気になりまして」

「私の?」

 なんで私の声が気になったんだろう。

 あれ、この子、ひょっとして……もしかして……?


「はい。あの、お昼の放送で本の紹介をされてる方、ですよね? れぇちゃん、紹介してる本買って読みましたよ。めっちゃ面白かったです」


 ああ、やっぱりそうだ。

 この子、私の紹介放送を聞いて本を買ってくれたんだ。そうとわかった瞬間に思わず泣きそうになった。私の放送をちゃんと聞いてくれている人がいた。

 届いていたんだ……私の声。



 この子のことをもっと知りたい。

 自身のことをれぇちゃんと呼ぶ、この子を。

 私の紹介した本を買ってくれた、この子を。


「あの……れぇちゃん」

「ん、なあに?」


 私の高校生活、残りの半年間。ううん、卒業した後も、ずっと。

 この子と一緒に過ごしてみたかった。

 だから私は、そんなこれからを送るためのきっかけのひとつを投じてみた。


「ちょっと、やってみない?」

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