ずっと逢いたかった声
キム
ずっと逢いたかった声 -side.Rei-
声を探していた。
学校中に響き渡るあの声を。
学校生活における、唯一の癒やしであるあの声を。
* * *
れぇちゃんが共学校から女子校に転向してきたのは今から二ヶ月前、二年生の六月のことだった。
この女子校は中高一貫で、れぇちゃんが転校してきたときには、周りの人たちはそれぞれが行動を共にするグループというものを既に完成させていたため、れぇちゃんはどのグループにも所属せずにいた。
特段いじめなどがあるわけではなくて、移動教室の場所を聞けば教えてくれるし、休んだときにはノートも写させてもらえる。それなりの人付き合いはできているので、不便はしていない。
そんな、満足もせず退屈もしない学校生活において、唯一の楽しみだったのがお昼の放送だった。
そろそろ始まる頃かな。
ザ、ザザ––––
『本日もお昼の放送の時間がやってまいりました。今日はオススメの本を紹介したいと思います』
この学校では、お昼の時間を使って放送部員たちがオススメの何かを紹介している。
その何かとは、読んだ本であったり、観たドラマであったり、聴いた音楽であったり。曜日などによって紹介するものが決まっているわけではないらしく、同じもジャンルが二日続くこともあったりする。ジャンルごとに紹介する部員が決まっているようで、本の紹介をしているのはいつも同じ子だった。
そしてどうやら今日は、本を紹介してくれる日のようだ。
れぇちゃんは、本の紹介するこの放送部員の声が大好きだった。
何年何組の誰さんの声かはわからず、調べようにも「あの声誰?」なんて聞いて回るのも恥ずかしいので、いつも聞くだけで楽しんでいる。
とっても可愛くて、いつも一生懸命で、本を読んで欲しいって気持ちが伝わってくる。読書とは無縁の生活をしてきたれぇちゃんも、この紹介を聞いて二冊ほど本を購入して読んでみた。うまく言えないけど、とっても面白かったと感じたのは確かだった。
『本日ご紹介する作品は――』
はあ、今日も可愛いなあ。
心の中で放送の声に感想を送りつつ周りを見ると、クラスメイトは本の紹介に興味がないのか、放送には聞く耳を持たず賑やかに昼食をとっている。
れぇちゃんはいつも通り一人で机の上にお弁当を広げながら、スピーカーから流れてくる声に集中するのだった。
* * *
「きりーつ。きをつけー。れーい」
「「「ありがとうございましたー」」」
その日も何事もなく、一日の授業が全て終わった。
今日はバイトもないし、帰りにヒトカラでも行こうかな。などと考えていると、たった今授業を終えた家庭科の先生から声をかけられた。
「風月さん、あなた今日確か日直だったわよね」
「あ、はい。そうですけど」
「この資料を準備室まで運んでちょうだい」
「はーい。わかりましたー」
めんどくさー……
一日の最後に面倒なことを頼まれてしまったが、これも日直の仕事だから仕方がない。
* * *
「さってとー、教室に鞄を取りに戻らないと」
家庭科準備室に資料を届け終えて、カラオケで歌う曲について考えながら教室に戻っているときだった。
突然、悲痛な叫び声が耳に入ってきた。
『どうしてオレたちを殺そうとするんだ!』
ビクッ!
耳に入ってきた声に、思わず体が跳ねてしまった。
驚いたのは、その物騒な内容にではない。
(今の声って……ひょっとして?)
聞き間違えるはずもない。本を紹介するあの人の声だ。
廊下を見渡してみるが、誰もいない。となると、どこかの教室か。
近くの空き教室のひとつを覗いてみると、一人の女生徒がこちらに背を向けて立っていた。黒くて長い髪に、狐のような耳と尻尾を付けている。
彼女だろうか。彼女があの、声の主だろうか。
聞き耳を立てようとドアに近づいてみた。
ガタッ
が、興奮して勢いよく近すぎてしまったせいか、ドアにぶつかり物音を立ててしまった。
「誰!?」
あちゃー……気づかれちゃった。
とっさに屈んでしまったが、ここにいることは多分バレてるだろう。
しばらく反応を伺っても何も言ってこないので、こちらから出ていくしかない。
「あーすみませーん。ちょっと声が聞こえたもんで」
「声? あぁ、さっきの台詞ですか。不穏なことを叫んでいてすみませんでした」
「いやぁ、台詞というよりはあなたの声が気になりまして」
「私の?」
「はい。あの、お昼の放送で本の紹介をされてる方、ですよね? れぇちゃん、紹介してる本買って読みましたよ。めっちゃ面白かったです」
目の前の女の子、リボンの色からして恐らく三年生の先輩が、少し驚いたように目を開いた。
「なるほど、そうでしたか。はい、あの本の紹介は私がやっています。本山らのといいます」
「あ、やっぱりー。なんとなく似てるなって思いました。れぇちゃんは風月澪って言います」
「そうでしたか。れぇちゃんと呼ばせてもらっても?」
「あ、どーぞどーぞ」
「では、私のことはらのちゃんとお呼びください」
「はいはい、らのちゃ……えぇっ!?」
今、さらっととんでもないことを言わなかった?
「そそそっそんな。先輩に向かってちゃん付けだなんて。それに初対面ですし」
「いいんですよーそんなお硬いことは言わずに。あとそんなに敬語とかしなくてもいいですよ」
「じ、じゃあ……ら、らのちゃん」
「はい、れぇちゃん」
なんだこの呼びあい。もう無理、どうにかなってしまいそう。
こんな、ずっと逢いたかった声の主と名前を呼びあうなんて、幸せすぎて頭がどうにかなってしまいそう。
すー
はー
どうにか気分を落ち付けようと深呼吸をしていると、教室の中にあった書き割りや芝居道具のようなものが目に入った。
「ところで、色々と置いてあるけどここって何の部屋なの?」
開き直ってさっそくタメ口っていく。下手に敬語を使ってへちゃへちゃになるよりはこっちの方がいいや。
「ここですか? ここは演劇部が文化祭の準備をしたり、練習をしたりするために借りている部屋です」
「演劇部……あれ、本山先輩は」
「らのちゃん、ですよ」
「……らのちゃんは、演劇部に入ってるの? 放送部だけじゃなくて?」
「はい、放送部と演劇部を兼部していますよ」
それはすごいな。れぇちゃんとは大違いだ。
前の学校ではオーケストラ部に入ってたけど、この学校にはオケ部がないらしいので今はいわゆる帰宅部に所属している。帰宅部さいこー。
「じゃあ、さっきの台詞は演劇の?」
「はい、十月の文化祭に向けて練習をしていたのですが……なかなかうまくいかなくてですね」
らのちゃんの表情が沈む。
心なしか、耳と尻尾もショボンとしているように見える。かわいい。
さっき聞こえたアレでダメなんだ。結構迫力があったと思うんだけどなぁ。
「あの……れぇちゃん」
「ん、なあに?」
「ちょっと、やってみない?」
「え、やるって」
「演劇です。ちょっとだけ台詞とか言ってみませんか?」
「え、ええ! そんなのムリムリ! 演劇なんてやったことないし!」
「ほんのちょっとだけでいいので、お試しみたいな感じで、ね?」
「んー……じゃあ、ちょっとだけね」
「ありがとう! そうと決まったら、これを付けていただきたく!」
そう言ってどこからともなく取り出したのは、らのちゃんがつけているのとはまた別の耳と尻尾だった。多分これも狐のものだろう。
「え、それ付けるの?」
「はい、演じてもらうのが『人間に追われて家族を殺されそうになっている狐の男の子』の役なので」
またピンポイントな役だなあ。
渡された狐の耳と尻尾を着けてみる。うわぁ、なんかめっちゃ恥ずかしいなぁ。
「れぇちゃん似合ってて可愛いよ」
「やだもーからかわないでって。台詞はらのちゃんがさっき言ってたやつでいいの?」
「はい、それでお願いします」
「わかったー。ん、んんっ」
低めの声が出るように、喉を調整する。
人間に追われて、家族と一緒に逃げている狐の男の子をイメージする。
すー
……
はー
……
すー
っ!
『どうしてオレたちを殺そうとするんだ!!』
室内に声が響く。
思っていたよりもいい声が出せたと自分で思う。らのちゃんはどう思ってくれているだろう。
感想を聞こうとらのちゃんの方を見ると、何やらとても真剣な表情をしていた。
「えっと、らのちゃん。どうだった?」
「うん、良かったよ。とっても良かった!」
やった! らのちゃんに褒められた!
「ねぇ、れぇちゃん。もしよかったらなんだけど、その役、やってみない?」
「え、それって文化祭で劇に出るってこと? いや、そんないきなりムリくない?」
「大丈夫、いけますって。私が保証します」
「うーん……」
そう言って貰えるのはとても嬉しいけど、台詞一つならまだしも演技なんてできる気がしないし。
まあでも――
らのちゃんがそう言ってくれるなら。
なにより、らのちゃんのそばにいられるのなら。
「じゃあ、やってみようかな……」
「ホントですか!? ありがとうございます!」
退屈な毎日を変えてみたいって気持ちも、あったかもしれない。
でもそれ以上に、らのちゃんと一緒に何かをやってみたかったのだと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます