短編16話

 俺らの学年には『紙と音の三大美女』なるものが存在する……らしい。

 一人目は角北かどきた 紫乃しの

 勉強が得意でテストでは常に上位。習字とバイオリンの習い事をしており、生徒会に所属しているため生徒会新聞などを通じて字のきれいさは有名。部屋に大きなぬいぐるみが存在するという情報があるが、真偽のほどは定かではない。

 髪は肩にかからないくらい。身長は女子の中では平均よりやや高いくらい。きっぱりきっちりした性格で、主にエリート勢から絶大な支持を集めている。

 二人目は三辺みなべ 美海みうみ

 紫乃のような目立った成績は残していないがそれでもまぁまぁテストの点数はいい方らしい。ピアノの習い事をしているが、地域のコーラス隊にいたこともあったそうな。詩や小説が趣味らしいが、詩とか俳句では入選したことがあるものの、小説に関しては表舞台に出ておらず、一般ピーポーではその存在を見ることすら至難の業らしい。

 髪は肩を大きく越す長さ。身長は女子の平均くらいだろうか。まさに優しく微笑むそのやわらかな表情から、正統派ヒロインを求める多くの男子からの支持を集めている。

 そして三人目……とされる人物は……

「マルちゃんおはよー!」

「おっはよー!」

 多丸たまる 真理奈まりな

 いやまぁ身長高くてすらっとしてて、見た目はまぁ……んまぁ……な?

「おっはよーユッキー!」

「あいでっ。加減しろよマリー」

「あっはは! 今日もよろしくぅ~!」

「へいへい」

 セーラー姿のマリーは今日もとっても元気なようだ。

 勉強はあまり得意ではないようだ。習い事はそろばんを少しやったことある程度。ただ音楽に関しては吹奏楽部に入っているので、音の要素はそこに含まれているんだろう。では紙の要素は何なのか……皆によると憶測が憶測を呼んでいて、まともな情報が固まっていないらしい。というかマリーの場合はキャラが濃いからもはやそこまで気にされてないのかもしれない。

 ……俺は知ってるんだけどな。そのマリーの紙の要素を。

 なぜかこの三人のうち、マリーだけはみんなから『マルちゃん』と呼ばれることが多発している。つまり支持層は庶民派の人たちということになるのだろうか?

 ああ俺がマリーっつってんのは、下の名前が真理奈だからだ。もともと向こうが俺のことをユッキーとか言い出してきたから、それに対抗する感じでな。小学校のときの話だ……そう、俺とマリーは幼なじみだ。

 余談だが、俺の名前は道端みちばた 雪紀ゆきのりで、ユッキーは雪だけじゃなく紀のとこにもかけてるらしい。ふーん。

 昨年は三大美女がそれぞれ別のクラスだったんだが、今年になると一気にひとつのクラスに集まったからさぁ大変。なにが大変って、うちの学校では文化祭に美男美女コンテストなるものが存在するからである!

 グランプリになると学校外へ配るパンフレットとかの制服紹介などでモデルとして採用されるという副賞みたいなのもついている。そのため推薦ではだめで立候補のみの受付となっている。

 昨年この三人が一年生ながらに出てきて話題になったのであった。昨年の女子の部優勝者は三年生の弓道部部長だったのだが、はてさて今年はどうなることやら……

 とまぁこんな具合なのである。

「背中大丈夫? 今日も真理奈ちゃんは元気だよね」

「もう慣れた。慣れて悲しいのは気のせいだろうか」

 さらに余談だが、俺の名字は『みちばた』だ。三大美女の一人、『みなべ』美海とは出席番号が隣で、結構しゃべる機会が増えた。美海と呼んでいるとどこかからか視線を感じるような。

(てか美海のキャラからして、美女コンテストに立候補するようには見えないんだが……はて)

「雪紀、今日の日直は私たちね。早速日誌に名前を書いてちょうだい」

「うっわ紫乃早っ、もう取ってきたんかよ! へいへい」

 紫乃は昨年クラスが同じだったから多少仲良くなった。やはり紫乃と呼んでいるとどこかからか視線を感じるような。

 マリーは言わずもがな。だがなぜかだれからも視線を感じない。

「ありがと。前の黒板お願いできるかしら。私は日誌や予定板とか他のことをやっておくわ」

「わあった。じゃあ帰りの日誌は俺が持ってくよ」

「うーん……実は私、放課後に生徒会のことで職員室へ行くつもりなのよ。そのついでに持っていこうかと思ってたのだけど」

「じゃ一緒に行こうぜ。たまには俺にも活躍させろっ」

「活躍ってねぇ……わかったわ。放課後教室の机を一緒に直して、そのまま行きましょうか」

「おし」

 紫乃は軽くうなずいて、俺のところから離れ

「あーちょ待った紫乃」

「なに?」

 ていこうとする紫乃を呼び止めた。相変わらずきりっとした表情だ。

「一年のときに美少女コンテスト出たよな。あれ立候補だろ? なんで出たんだ?」

「なっ、突然何聞いてくんのよっ」

 美海もちょっと反応していた。

「いやー紫乃も美海も立候補するような感じに見えないのに、なんでかなーってさ」

 紫乃はため息をついた。

「もしだれも立候補がいなかった場合、せっかく立ててくれた企画が潰れてしまっては悪いと思ったからよ。あれは生徒会じゃなく文化祭実行委員会が昔から受け継いでいる企画らしいから。それとパンフレットに制服の見本として立つのを嫌う人が多いかも知れないから、生徒会としても協力したかったからよ」

「すっげ紫乃、そこまで考えてたのかよ」

「それくらいの覚悟がなければ生徒会なんてやってけないわよ。美海ちゃんも出てたわよね、なんで?」

「あわ、私は~」

 話を振られる美海。焦る美海。

「み、みんなから勧められて~……」

「美海ちゃん、断るときはきっちり断らないとだめよ?」

「ごめんなさあいはわわ」

 またひとつため息紫乃。

「それじゃ雪紀、今日はよろしくね」

「ああ」

 紫乃は改めて去っていった。

「まーまー、美海は別に美海のペースで、なぁ?」

「ありがとぅ」

 人差し指同士をつんつんしている。

「雪紀くんは、今日紫乃ちゃんと日直かぁ~。本当に紫乃ちゃんってなんでもてきぱきしてるよね」

「まったくだ。疲れないんだろうか」

 出席番号が隣の美海だが、今の席はたまたま席替えでも隣になったので、今日も仲良くしゃべっている。

 マリーは……なんか他の女子とお手玉してる。どっから持ってきたんだよ。

 こうして三大美女全員としゃべってる俺だが、この光景にたまにうらやましがられることがある。普通にしゃべりかけたらいいだけだと思うんだけどなー。

(……うんまぁ。美海も紫乃も、芸能人って言われても納得できるくらいの整った顔だと正直思う。マリーも別にそんな悪い顔じゃないし……)

「うん? なに?」

「あいや別に。そういや美海って小説書いてるって聞いたんだけど、本当か?」

 と俺が言った瞬間、たぶん1cmくらい浮き上がったんじゃないだろうかっ。

「だ、だれから聞いたのっ? うん、そうだよ。でも恥ずかしいからあんまり言いふらさないでほしいな」

「そういうもんなのか? 俺読書感想文ですら苦手なのに、でっかい作文できるやつなんてうらやましすぎる」

「さ、作文とはちょっと違う気がするけどなぁ」

 なんだかんだでそこそこしゃべってくれるんだな。

「とにかく美海はすげーんだよ。よかったら今度読ませてくれよ」

「え、えぇ~っ、雪紀くんにー……?」

「ちょ、俺そんな信頼されてないんか!」

「ああううん違うの、男の子に見せたことなかったなぁって思って。や、やっぱり恥ずかしいなぁ」

「いやいや、俺も無理言ったかな。まぁ気が向いたらよろーってことでさーって一限目は社会っと。資料集取ってくるかな」

 俺は後ろのロッカーへ資料集を取りに向かった。


「よっしゃぁーーー! プリンゲットぉ~!」

 くっ。余りプリンじゃんけんで俺は早々に負けたというのに、今日はマリーが手にしたとは……

「いぇい!」

 清々しすぎるマリーの勝ち誇った顔。


 そんな給食時間が終わり、片づけも済ませ

「ねねユッキー」

「んぁ?」

 マリーが声をかけてきた。左肩にぽんと置かれた手。マリーの身長はとても高く、男子の俺より高いという。

「今度の日曜、ひま?」

「あ、ああ。なんだ?」

 おぉっとマリーから誘いが来たぞっ。

「いやー実はさー」

「うわちょっ」

 そのまま俺の肩をつかんでちょっと窓際に連れてこさせられた。んでスカートのポケットから出したのはー

「福引で遊園地のチケット、当たったんだぁ~っ……!」

「うぉすげ」

「しぃ~!」

「すげー」

 肩を寄せ合ってひそひそらなければならないらしい。この時点で結構怪しさ満点だと思うんだが。

「期限まだあるけどさー、ちゃちゃっと行った方がいいと思って。ユッキー一緒に行こうよ」

「ぉ俺?」

 いやまぁそりゃさ、マリーって突拍子もないことを結構しでかすタイプだとは思うけど、今回はさらにその斜め上をいくぶっ飛びっぷりだ。だってこれってつまり……さ……な、なぁ?

「ユッキーがいいからユッキー誘ってんじゃんっ」

「さ、誘ってくれんのはうれしいけどさ、マリー友達いっぱいいそうじゃん。女子もたくさんいるだろうし……でなんで俺かなって」

「だーかーらー、ユッキーがいいからって言ってんじゃーん。ユッキーはどうせあたしと遊んでくれるでしょ?」

「どうせってなんだどうせって。間違いじゃねーけど……マリーこそ、俺でよかったら」

「そう言ってんじゃんってば! じゃこれ一枚渡しとくから、日曜日ー……それじゃ八時にうち来てよ!」

「お、おう」

「じゃね!」

 マリーは俺の肩をぽんとたたいてあはは~と去っていった。

(ふぅーん……)

 俺はたくさんのキャラクターがにこにこしてるチケットを眺めながら、マリーの笑顔を思い出していた。


 そしてやってきた日曜日。俺は持ちうる装備品の中では結構服装頑張って選べたと思う。このジャケットはいとこのお姉ちゃんが選んでくれた物だから、たぶん大丈夫だろう。紺色の小型リュックも装備してるぞっ。

 マリーとは何回も遊んできたから家は知ってるけど……さすがに遊園地に行くなんてのは初めてだなー。俺遊園地自体も家族とか学校の遠足とかでしか行ったことなく、友達と遊園地へ行くって感覚がまだわからないでいる。

(このわけわからん感覚のままぶん回してくるのもマリーらしいというかなんというかっ)

 てことで多丸家のインターホンをピンポン。そういや最近はマリーん家で遊んでないなー。俺ん家ならこの前遊んだけど。

「はい」

「あ俺道端です。マリーいますか?」

「いくねーん」

 応答してくれたのはマリーだった。

 ほどなくしてマリーが登場。

(ほ、ほぉ……)

 制服よりもちょっと短めの水色のスカート、ちょっとだけオレンジの……えとブラウスって言うんだっけ? 肩ちょっと越すくらいの髪を白いリボンでひとつにくくってる。ちっちゃい白いカバン。白に赤のラインが入ったスニーカー……そんなマリーが登場した。

 この前俺んとこに来たときはズボンだった。

「おはーユッキー」

「おはー」

 加えてこの俺を上回る身長。でこの笑顔。

(なるほど……こうして見てみれば、三大美女にカウントされるのも……)

「うん? げ、歯にのり付いてる?」

「なんの話だよ」

 でもやっぱりマリーはマリーだった。


 マリーと二人横に並んで歩いている。いい天気な朝にこのさわやかなマリーの顔よ。

「晴れてよかったねー! ま、あたし晴れ女だし!」

「マリーはどこでも元気だろっ」

「まぁね!」

 にこにこ元気に歩くマリーであった。

「さっき家に行って思ったけど、そういや最近マリーん家で遊んでないなって思ってさ」

「あ、ま、まーそーだねーあははー」

 なんだそのぎくり度MAXの顔。

「またマリーん家で対戦しようぜ」

「あー、うーん、そだね!」

 俺の持ってないテレビゲームを結構持ってるマリー。昔からよく対戦してきたなぁ。


 駅に着いた。目的地までは乗り換えなしで四十分くらい電車に乗れば着くところだ。


 無事改札・ホーム・乗車・さらに着席という流れをこなした俺たち。

 進行方向に向かって二列並ぶイスに座ることができた。マリーは速攻で窓側を陣取った。

「ほれ」

「ん?」

「カバン。上に置く」

「まじー? ありがとーっ」

 マリーのカバンを受け取って、俺の小型リュックと一緒に網棚の上に置いた。そして俺も座る。

「う~ん楽しみだねぇー!」

「俺友達と遊園地行くとか初めてだぞ」

「あたしも」

「まじで!?」

 あんなに洗練された流れだったので、てっきり経験ばりばりかと思ったら……。

「遠足ならあるんだけどねー」

「俺もそんな感じだ……ってかその割にはすげー自然な流れでチケット渡してこなかったか!?」

「えーそう? ユッキーと行きたかったから渡しただけだけど?」

 ここで俺は思わず手で自分の目を覆って少し首を前に傾けた。

「なにその反応?」

「いや、なんでもない。マリーはどこまでもマリーだなと思ってさ」

「それほどでも~」

 さらに少し首を前に傾けた。


「ねぇユッキー」

「ん?」

「最近みうみんと仲いいねぇー」

「は、はぁ?」

 てかマリーは美海のことみうみんっつってたのか。

「結構しゃべってるなーって思って。だからチケットは給食のときにした」

「そっか。まー席も出席番号も近いしなぁ」

「みうみんかわいいもんねー。ねー。ねーっ」

「念押されましても」

 ぶっちゃけ、かわいい。うん。

「なんかユッキーってさ、女子としゃべりまくってるよね」

「ナンパ野郎みたいな言い方すな」

「だってそうじゃん? あたしとも結構しゃべってるしさ」

「本人が言うなやっ。てかマリーだって男子とめちゃくちゃしゃべる逆ナンパ女子になるじゃねーか」

「な、ナンパなんてしてませーん。男子としゃべることはあるけど、遊びに誘ったりこっちから進んで声かけるようなのって、ユッキーくらいだと思うけどなぁ~」

「うぇーなんだその信憑性しんぴょうせいのねぇ文章」

「ほんとだってばーひどー」

 マリーはぷんすこしている。ほっぺたがふくらんでいたので、思わず人差し指で突っついてしまった。ぷしゅっというむなしい効果音とともにマリーの口がたこさんになった。

「ぶっ、ははっ!」

 無理。笑わずにいられるわけがない。

「あっはははっ」

 なぜかマリーも笑ってる。

「はー、やっぱユッキーといると楽しいわー。あたしの勘は間違いないね!」

 何の勘なのかと思ったが、今日の遊園地で俺を選んだことだろうか。

「俺も。マリーといるときの雰囲気って好きだ」

(うぉやべっ)

「ほんとー? あたし結構雑だからさー、そう言ってくれると助かるよー、ありがとー」

 思わず好きとかっていう単語を出してしまったが、変なふうにはとらえられていないようだ。助かった。

「あたしもユッキーとの雰囲気、好き」

(ぬぅっ?!)

 お、俺が言ったみたいな感じのことだよな!? なのに急にぐっときてしまった……落ち着け落ち着けっ。

「せっかく誘ってやったんだから、ちゃんと楽しませろよー?」

 マリーがひじでうりうりしてきた。

「あ、ああ、努力しよう」

 とりあえず無難な言葉で乗り切ろう。


「うーん、着いたぁ~!」

「バス来てるな」

 電車の中では楽しい会話が続いたが、何度膝攻撃を受けたことか。当の本人はなにも気にしてないらしいが。

 とにかく俺たちは目的の駅に着いた。ここから遊園地行きのバスに乗り換える必要があるが、このチケットはバスも利用できるようだ。

 ということですでに止まっていたバスを見つけて、俺たちは乗り込んだ。またさっきと同じようにマリーは窓側に座った。

「楽しいね~」

「まだ着いてないぞ」

「楽しいからいいじゃーん。また今度誘っていい?」

「遊園地か?」

「遊園地もそうだし、もっとユッキーと遊びたいなって思ってさ」

「いいに決まってるだろ。じゃんじゃん来いっ」

「おっけ!」

 マリーはにかーっと白い歯を見せている。


 バスが動き出して、見慣れない街並みを窓から眺めていると、

「あ、ほらほら見えたよ!」

 マリーが指差す先に観覧車が見えた。俺たちだけじゃなく、他の乗客たちも遊園地が見えてきてテンションアゲアゲのようである。


 ついに俺たちは遊園地に到着した。二時間もかからずこの世界にやってくることができるなんてな。

「つーいたー!」

 マリーはこの日いちばんの腕の伸びを披露した。

「さあてゲート通るか」

「もー、ユッキーもうちょっと感動しなよー」

「テンションは高いはずなんだけどさ……」

(なんっか……なんっっっか。マリーのこと意識してしまうというかなんというか)

 俺たちはゲートのお姉さんによってチケットもぎもぎされた。そしてパンフレットをもらいながら

「ようこそ! 笑顔あふれる世界へいってらっしゃいませ!」

 と笑顔で話しかけてくれた。

「いってきまーす!」

 ここぞとばかりに叫ぶマリー。お姉さん超笑顔。

 俺たちはゲートを抜け、めちゃ花まみれのウェルカムな感じのとこまで出て、

「さあユッキーくん! どうしよっか!」

「んー。とりあえずマップを広げてだな」

「どれどれー」

「うぉぁい!」

 マップ広げた途端、なんとマリーが後ろから首に腕を回してきて、顔を俺の横にポジショニング! てか頭当ててきた!

「マリいぃ?!」

「ねージェットコースター乗ろうよー! どれかな? あ、この辺かな? こっちにもあるね!」

 めちゃくちゃマリーにくっつかれてんスけどぉ?!

「お、おおおいマリー、お前何やってんだよ!」

「見りゃわかるでしょ、作戦会議」

「そうじゃねえよ! なんでそんなべったべたくっついてんだよ!」

「えー、別にいいじゃん」

 顔近っ。

「よかねえだろっ」

「ユッキーがくっつかれるの嫌ならー、まぁ」

「そ、そうは言ってねえだろっ」

「もー。じゃどうしたらいいのさー」

 俺は……とりあえずせき払い。

「……とりあえずこの三番のジェットコースターに乗るか」

 マップを畳んでノールックでリュックの横に差した。

「い、言っとくけど。俺も男なんだから、女子にくっつかれるのは……き、嫌いじゃないからな。慣れてないだけで」

「あっ」

 俺は左手でマリーの右手を握った。

「んふー」

「変な笑い方すんなっ」

 マリーを引っ張りながら出発した。


 愉快な音楽・スタッフ・異国のような景色・石畳の感触・噴水の音・楽しそうな笑い声……本当にここは別世界のようだ。

 家族と遊園地に行ったのも随分前だし、女子と二人でこういうの、初めて、だし。

(ほんとにマリーは慣れまくってるようにしか見えないんだが……)

 でもマリーはうそつくようなキャラにも見えないしなぁ。

「なぁマリー」

「んー?」

「俺身長高い方がよかったか?」

「なにそれ?」

「いやー、周り見てみろよー。女子の方が低いグループばっかじゃん?」

 家族単位にしても二人編成にしても、やっぱり男子が高く女子が低い組み合わせばっか。

「ユッキーそんなこと気にしてんの?」

「いや別に、マリーが気にしてないんなら」

「あたしもユッキーが嫌じゃなかったらそれでいいよ。どうせ嫌じゃないことくらい知ってるし」

「ぐっ。な、なら別に」

 やっぱりマリーはにこにこしてた。

「もうどれだけの付き合いだと思ってんのさー」

「幼稚園からだもんな。一度もマリーの身長抜かすことなく人生終えそうだ」

「でっかくたっていいことないよー? 疲れるだけー」

「高いとこの物取れそうじゃん」

「ほんとそれだけだし。前かがみになることが多くて首痛いし、頭ぶつけるし、かわいい服ないし」

「かわいいじゃん」

「うぇ?」

 とっさのフォローのつもりで言ったが、その直後に俺は何を言ってんだを気づくも時すでに遅し。

「へっへーん。今日は気合入れたんだー。うれしいー」

 これは服についてだからな! それ以上深い意味はないからな! ほんとだからな!

 そんな俺の焦りをよそに、マリーは手を握ったまま腕を組んできた。

「だ、だっからなんで今日はそんなべったべたなんだよ!」

「くっついていいんでしょー?」

 なんで俺はこんなにもマリーに振り回されっぱなしなんだ……!

「この前俺ん家で遊んだときは、別にそんなべったべたしてこなかったじゃねえかっ」

「さすがに友達見てる前では恥ずかしいよー」

「今も恥ずかしくないんですかね!?」

「今はなによりもユッキーにくっつきたいのっ。もー乙女心わかってないなー」

「わかるかっ」

 ちょっとマリーの手を握る力が強くなったかも。

「でもうきうきしてるのはほんとだから、今日はめいっぱい楽しもうね!」

「わが、わがったから腕キメるないでいでで」


「わくわくだねっ」

「おう」

 ジェットコースターも久々だなー。小学校の遠足以来かな。


「ど、どきどきだね」

「おう……」

 このカタコト上がっていくときのこれが……


「きゃーーーーー!!」

「おほぉぉーーー!!」


「おもしろかった、ね……!」

「お、おう……」

 やべ俺脚がくがくだ。


「きゃーーーゆっきぃーー!!」

「のほぉぉーーー!!」


「きゃっ! きゃあーーー!!」

「ひょうぉーーー!!」


 ジェットコースターを回りまくった俺たち。楽しかったけど、のっけから飛ばしすぎちゃいます……?

「早めにごはん食べるか。十二時になったら混みそうだし」

「えらい! じゃどこにするー?」

 ベンチに座っていた俺たちだったが、俺がマップを広げると、またマリーは俺の肩に手を置いてくっついてきた上でのぞき込んできた。

 またいろいろ言いたかったが、もう諦めよう……俺の緊張を真理奈さんに伝えることはできないんだ……。

「見た感じ、和食も中華もなんでもありって感じだ。イタリアンにスペイン料理の店まであるっぽいし」

「迷っちゃうね~」

「ほんとに考えてるか?」

「もっちろん! でもユッキーならきっとびしっと決めてくれると信じてるっ」

「俺が決めていいのか?」

「いいよー。あたし好き嫌いないし」

「んー」

 お食事場所選択を俺に委ねられてしまった。どうせなら楽しく食べられそうなとこがいいな。

「じゃあこのでかいとこにするか。船も見られるらしいし」

「決定だね! 頼りになる~」

「そりゃどうも」

 俺がマップをまたリュックに差しながら立ち上がると、やっぱりマリーは手を握ってきて腕を組んできた。


 でかい食べるとこにやってきた。おーメイン通り沿いだからかそこそこ人がいる。てことは十二時過ぎるとやばそうだったかも。


 俺たちはうーんうーんと一緒に高いところへ飾られた大きなメニュー表を見上げつつ悩みまくり、結果、俺はハヤシライスセット、マリーはクリームスープスパゲティーセットにした。

 やっぱりここでもお姉さんたちは超笑顔だった。


「手を合わせましょう!」

 ぺったん。

「いただきます!」

「いただきまーす」

 マリーの号令によるいただきますで俺たちのお昼ご飯タイムが始まった。この席は窓から海を眺めることができて、遊園地の船や遠くには遊園地とは関係ない船もちらっと見えている。

「う~んっ、しーあーわーせ~」

「おう、うまい」

 ハヤシライスも久々に食べたな。

「おいしいね~」

 マリーは左手をほっぺたに当てている。まさに全身を使っておいしい度アピールを行っている。

「マリーってほんとうまそうに食べるよな」

「だっておいしいんだもーん」

 クリームスープスパをちゅるってるマリー。

「……ほんとうまそうに食べるよな」

「だっておいしいんだも~ん」

 こんなに幸せそうなマリーの顔を見てると、やっぱ……うんー……

(俺、やっぱマリーのこと好きなんだろうか……?)

 あれだけべったべたくっつかれて一時的に好きになってるとか……? いやそもそもこれを安易に好きって気持ちに当てはめるのもまだ早計か……?

(恋愛話なんてだれともしねーもんなぁ……付き合ってるのかどうとかって話も全然聞かねぇし……紫乃や美海、それにマリーも実はだれか男子と付き合ってたりするんだろうか)

 まぁさすがにマリーはだれかと付き合ってるなら今日俺なんか誘わないだろうけど。

「なぁマリー」

「んむ~?」

「いやいい、食べろ」

「んむ~」

 まぶしい笑顔がそこにあった。


「手を合わせましょう!」

 ぺったん。

「ごちそうさまでした!」

「ごちでーす」


 俺たちはごはんを食べ終わった後、食器を片付けても、しばらくお茶を飲んで休憩することになった。

 思えば電車バス加えてジェットコースター乗りっぱだったしな。

「ね、さっきなんか聞こうとしてなかった?」

「ん? あー、じゃあ聞くかな」

「うんなにー?」

 マリーは両手でほお杖ついている。

「マリーってさ。今付き合ってる男子とかって、いるのか?」

「はぁ? いるわけないじゃん」

「はぁて。そ、そっか」

 すんげーへの字口をされたぞ。

「いないからユッキー誘えてんじゃん」

「ごもっともです」

 至極ごもっともでございます。

「ユッキーは? 彼女いるの?」

「いねーよ」

「そっか。先それ聞いとけばよかったね」

「あん?」

「だって、くっついちゃってるからさー」

「ああまぁ別にいないし」

「うんー」

 弾けた笑顔もしょっちゅうしてるが、今みたいな穏やかな笑顔も結構してるマリー。

「ユッキーって、どんな女の子がタイプ?」

「タイプぅ? 考えたことないな」

「えー。じゃ今考えてよ」

「はー。そうだなー……」

 俺。好きなタイプの女子を考える。

「……まじでわかんねーや。考えたことがなさすぎて、そもそも好きな女子のことすらもわからない」

「そんなー。恋したことないのー?」

「ない。たぶん」

「へー」

「そういうマリーは、男子好きになったことあんのか?」

「うん」

「ほら俺と同なにぃーーー!?」

 あまりに即答すぎて俺の脳の反応速度が追いついてなかった!

「だ、だれだよ!?」

「……知りたい?」

「おう」

「そんなに知りたい?」

「おう」

「そっかそっかー……まあユッキーからの頼みだったらー、しょーがないなーふっふっふー」

 マリーが席を立ったかと思ったら、俺の左の席に座ってきた。うん? ひそひそ話でもするのか? 手を添えてきたので、俺も耳に神経を集中させた。

「………………フッ」

「ひょうぉぉぉーー!!」

「あっはは! あははっ!」

「まーりーぃーーー!!」

「あーごめんごめんってばあは! てきゃ、あーいややめてたんまたんまあはは! あーやだやだたんますとーっぷあはあはははきゃはあはは!!」

 おしおきとしてこちょこちょの刑をお見舞いしてやった。

「フンッ」

「あーっ、はー、はぁーっ、ちょ、ちょっとした冗談じゃーん、はーはーっ」

 マリーは腕を自分の脇腹に回している。

「フンッッ」

「ふふっ。一緒にいてて楽しいユッキー、好きだよ」

「フ………………ん?」

 ……ん?

(…………ん……?)

 俺はマリーの顔を改めて確認してみた。

 腕は脇腹のままだが、顔はさっきよりももっともっと穏やかな顔だ。

「はい休憩終わりー! いこユッキーっ」

 マリーが自分のカバンを取って肩にかけ、お互い飲み終わっていたコップを両方持って、お片づけに……

(……今……そしてこのずきずきくる気持ち……)

 もう一度さっきのマリーのセリフが俺の頭の中を回ってきた。


「さー次どこいこっかー。ごはん食べたばっかだから軽いのにしとこうよ」

 外に出るなり、俺のマップなのに俺のリュックから抜き去って勝手に広げてやがる。また顔近づけて。

「ユッキー決めていいよ」

 すまん、マリーのセリフがあまり頭に入ってこない。さっき聞いたセリフが居座り続けてるからだろうか。

「ねぇユッキーってばー」

「んぁ、ああ」

 とりあえず返事。

「こらユッキー。マルちゃんを次の場所へ案内せよ!」

「へいへい……」

 人の気も知らずにんっとにまぁこのマルちゃんさんときたら……

「じゃあこの辺の資料館に行ってみるか」

「うん行こ行こー」

 俺たちは改めて歩き出した。やっぱりマリーに腕を組まれながら。


 この辺はぎゃーぎゃーきゃーきゃーするようなアトラクションはなく、展示するのとかばかりが集まっている通りらしい。大きいお城が建っているが、そこすらも展示系アトラクションらしい。

 とりあえずぱっと近いところから入ってみることに。木造の家っぽい感じで……んー芸術家かなんかのイメージだろうか。

「え! ちょっと待って! うわすご! これいいじゃん! うわー! ふんふんなるほどねー!」

 ここの家はまるごとキャラクター原画コーナーだった。開発中の絵と秘話が額縁に入れて並べられてある。マリーこと真理奈さんの目に火がついた。

 そう。三大美女最大の謎、多丸真理奈の紙の部門は、なんとマンガなのであった。読む方も好きらしいが、本職は書く方のことである。

『書の部門』と名付けられていたら、まだこのマンガのうわさも出てきていたことだろう。だがあくまで『音と紙』というざっくりとしたものだったので、和紙職人だの折り紙職人だのあぶらとり紙集めだのなんだのかんだのと言われたい放題だったのであった。ある意味マンガのことがカモフラージュされてしまっているとも言える。

 図工や美術の時間は普通のやつらよりうまく描いてたはずなんだが、本人のキャラが濃いのかそこに結びつけてくるやつがいなかったなぁ。学童展も校内でのやつしか出してないはずだ。

 隠し事やうそをつくとかをしないマリーだが、唯一このマンガを描いていることに関してだけはトップシークレットらしい。うん。もし情報がもれてたら間違いなく遠足のしおりの表紙とか描かされてるはずだ。

 なんで俺が知ってるかって? 俺はマリーの秘密部屋に入ったことがあるから。

 マリーの家には普通のマリー部屋とは別にマリー秘密部屋も存在するのだ。

 一応物置部屋という設定でみんなに伝えて鍵かけてるらしいが。残念ながら今はすっかり俺相手でも扉を閉ざされてしまっている。

 なぜ俺はマリーの秘密部屋に侵入することができたのか。

 ……ただの鍵のかけ忘れだったようだ。

(でもそのころからかなー。遊んだりしゃべったりする頻度が高くなったのは)

 気のせいかもしんないけど。

 今のマリーの背中を見ていたら、なんか子供のころの思い出がちょいちょいよみがえったな。

 俺はマンガを描く側のことはわからないので、この家の中をぐるっと一周回っただけで木のイスに座っているが、マリーはじっくりじっくり眺めまくっている。ほっとこほっとこ。おっとここの机にはノートと四色ボールペンがある。どちらも備え付けられている。マリーがこれを発見しようものなら長くなるぞ……


(……案の定)

 マリーはボールペンでノートにかきかきしている。来訪記念ノートみたいな感じらしい。

「マリー絵うまいな」

「ふふん、ありがと」

 ペンを滑らせるスピードなんか俺とは桁違いに速い。

「相変わらずマンガ描いてること隠してんのか?」

「うん。なんか恥ずかしくってさ。だれにも言わないでよ」

「わあってるって」

 この遊園地のキャラクターをちゃちゃっと描いてやがる……まさに職人。

「三大美女最大の謎であるマルちゃんの紙部門。そのマンガを見たことあるのはこの世で俺一人だけ、か……フッ」

「編集部の人に見せたことあるよ」

「人がせっかくかっちょよく決めたというのに」

 マリーはかきかきしている。


 できあがった絵と添えられたメッセージを見せてもらった。字も俺なんかとは比べ物にならないほどきれいだ。

「……こういう特技持ってんの、うらやましいな」

「好きなだけだよ」

 とか言いながらマリーはちょっと誇らしげ。


 その後も展示系アトラクションを歩き回った。マリーは一見元気系に見えて、こういうのも結構興味ありありなんだな。

 正直俺はふーんっていう程度だったが、楽しそうなマリーを後ろから眺めるのはそれはそれで結構楽しかった。この辺は人も少なくて静かだし。


「すっごくよかったね! この辺すっごく楽しかった!」

「えがったえがった」

「ユッキー楽しかった?」

「ああ」

「ほんとにー? なんかリアクションはいまいちだったけど」

「楽しそうなマリー見てるのが楽しかった」

「なにそれっ」

 マリーはただ笑っていた。

「それじゃそろそろ激しいのいきますか!」

 いつの間にそのマップはマリーの物になったのだろうか。自分のあるだろうに。


「うわー負けたー!」

「おっし50点差!」


「あは、これおもしろいね!」

「うぇー手がぬめぬめ」


「きゃーきゃー!」

「目回るー」


「おいしー、ぺろっ」

「俺のやっちゅーに」


「えー! 当たったのになんでー!」

「狙いがまだまだ甘いのよっと、ほれ」

「ユッキーかっこいー! ほれ直したよぉー!」

「そ、そういうことは言わんでよろしい」


「きれー」

「君の方が何倍もきれいだよ」

「ん? 今なんか言った? わーあれもきれー!」

「別に」


「ずっぶぬれじゃん!」

「先頭を陣取ったからな! うへー」


「あー楽しー」

 急流滑りでぬれてしまった俺たちは、芝生ゾーンでのほほんしている。というかマリーは堂々と大の字している。

「俺もマリーとこうやって芝生にごろんすんの楽しいわー」

 ここでマリーは何も言わずに手を握ってきた。

 俺もそのままごろんし続けた。


「ねユッキー」

「んー?」

「ユッキーといるとさ。楽しいし、すっごく居心地いいんだー」

「ふーん」

 俺は目をつぶって、遊園地内の楽しげな音とマリーの手の温もりを感じている。

「……ねユッキー」

「んー?」

「あたしたちって……周りから、どういうふうに見られてるかな?」

「ヒトデ」

「こんなでかいヒトデいたら怖いわ」

「せやな」

 握っていたマリーだったが、さらににぎにぎしてきた。手も爪もすべすべだなー。

「ねぇユッキー?」

「んー?」

「あたしのこと、好き?」

「焼き?」

「たまごとたれが絡んで絶妙のハーモニーっておいっ」

「うっわマリーのノリツッコミとかいつぶり!?」

「ふはっ、ユッキーといるとつい、ねっ。てこらー。質問に答えなさーい」

「……嫌いじゃない、かな」

「あたしはユッキーのこと、好きなのになぁ……」

 そんな大事なことをそんなしみじみとさぁ……。

「……そう言ってくれるのはうれしいけどさ。俺ほんと、好きって気持ちがよくわかんなくってさ」

「りんご好き?」

「普通?」

「カレー好き?」

「まあまあ?」

「数学好き?」

「そこで好きと答える勇気も実力もない」

「プリン好き?」

「あったら食べる」

「マルちゃん好き?」

「嫌いじゃない」

 またにぎにぎしてきた。


 俺たちは再びアトラクションを巡りまくった。劇場みたいなとこも回った。事あるごとにマリーは俺の手を握り腕を組み。そしていよいよ観覧車にも乗り込んだ。


「うわー水平線見えるー」

 この観覧車内はマリーのうきうき度で充満している。

(このマリーと一日中ずっといたなー)

 少し陽が傾いてきているが、そのちょっとオレンジがかった光でマリーのまぶしさ度も上がっている。

「今日は楽しかったな」

「うん!」

 あー平和。男子とぎゃんぎゃん騒ぐのも楽しいけどさ。のんびりマリーと過ごすのもいいな。ジェットコースターとか激しいのも乗ったが、基本的にはのんびり楽しんだ感じだった。と思う。

 マリーは脚と腕を伸ばして伸びをしている。ここ結構広いんだな。

「観覧車乗っちゃったけど、これ終わったらもう帰るの?」

「船乗ってなかったよな。あれ乗りたいかな」

「おっけ!」

 おっとここでマリーが俺の横に移動してきた。今回は移動してきただけでくっついてはこなかった。脚また伸ばしてる。

「また遊園地来ようよ!」

「また福引で当ててくれ」

「じゃあ当てるからまた一緒に来ようね」

「おっ、強気に出たな? 期待しておくぜっ」

 本当にマリーならもっかい当ててきそうだ。俺は腕を頭の後ろで組んだ。

「明日からも学校生活頑張ろー! おー!」

「宿題とテストがないんなら頑張ってもいいんだがなー」

 ああずっとこの世界にいてたいわー。

「ユッキー今日はほんと楽しかったよ。ありがとっ」

「どういたましてー」

 そろそろてっぺんかな?

「今日はあたしに付き合ってもらったからさ。今度は逆にユッキーがあたしにしてほしいことあったら、付き合ったげるよ!」

 マリーがおめめきらきらでそう提案してきた。

「んー、そうだなー……」

 俺は別に今日楽しませてもらったんだから、特にそんなことは考えていなかったが……

(このマリーのきらきら具合を見てたらー)

「ほんとにマリー付き合ってくれるんだな?」

「うん! なんかある? なんでも言いなよ!」

 その顔の横で組まれた手の意味がよくわからなかったが、

「じゃあマリー」

「はい!」

「俺と付き合ってくれ」

「うんうん!」

 ……うん。まぁ、うん。うん。わかってないなこいつ。

「で、何に? 遊園地? お買い物? ゲーム?」

「だから。マリー、俺と付き合ってくれ」

「だーかーらー、どこに何しにさー。あんまりしんどいのはパスだよ? まユッキーはそんな無茶振りしないだろうけどさ!」

「しんどいのパス? あーじゃあ俺と付き合ってはくれないかもなー」

「な、なに言ってんの? 付き合ったげるっつってんじゃーん」

 マリーの表情を見るからに、まじで素の表情でこっちを見てきている。

(さすがにこれなら伝わるよな)

「え? ゆっ」

 俺はマリーの肩をつかんで、唇に向かっていった。


 ちょっと経ってから顔を離した。でもこのちょっとの間はとてもどきどきした。

 マリーは目を大きく見開いていたが、口はちょっとわなわなしていた。

「……ゆっ、きー……?」

「あん?」

 おめめぱちぱちマリーちゃん。

「きゅ、急に……な、なにしたの……?」

「確認のためにもっかいした方がいいってことか?」

 マリーは首を横にぶんぶん振った。ので、俺はマリーの肩から手を離し、元のポジションに戻った。マリーの脚は伸びてなかった。


 てっぺんから戻ってくるまではマリーのおしゃべりがなにもなかったので、俺もぼけーっと外を眺めてるだけだった。

 俺たちは観覧車を降りたが、マリーは肩やら視線の角度やらからちいちゃくなっている。

「船乗ろうぜ」

 マリーはこくこくうなずいていた。


 この船は遊園地内の移動手段としてでも使えるが、俺たちは手当たり次第アトラクション巡りしてたので、普通に船旅を楽しむだけに乗ることになっていた。マリーと手をつながずに歩いたのは一体いつぶりかな。


 手すりのところから外を眺めると、たくさんの人たちの笑顔がよく見える。歩いているときとはまた違う景色だ。やっぱり船はおとこのロマンだぜ!

 マリーは手すりを両手でぎゅっと握っていた。

(もしかしてー……迷惑だったのかな)

 あんだけ好きだの手握ってだのしていたら、大丈夫なのかなーとか思ってた俺が浅はかだったのだろうか。いやぁーでもたぶんマリーのことだから大丈夫だとは思うんだけどなー……。

 まだ視線は少し下に角度がついている。


 船旅を終えた俺たち。ちょうどゲートに近いところだ。

「それじゃマリー、帰るか」

「お、おみやげっ」

「ああそうか、行くか」

 随分久々にマリーの声を聞いた気がするが、とりあえずゲート付近のおみやげ屋さんへ。


 自然とマリーは俺のとこから離れていろいろおみやげを吟味しているようだ。俺はー……んー……別にキーホルダーとか付けるようなタイプじゃねぇしなー……

(これにしよ)

 俺はA4の紙が複数枚入るファイルにした。キャラクターたちが勢ぞろいの柄だ。


 アイテムを手にした俺は他には特に見るものがないので、お店の外でマリーを待つことにした。

(お、来た来た)

 マリーが俺と同じ華やかな袋を手に提げて現れた。

「それじゃもういいか?」

 マリーはうなずいている。


「ありがとうございました、またお越しくださいませー!」

 お姉さんたちに見送られて、俺たちは現実世界に再び舞い降りた。

 ここで俺はマリーの手を握り、バス乗り場へと歩き出した。マリーはそのまま握ってくれていた。


 バスに乗りー、電車に乗りー、陽が結構沈んできたが、マリーからのおしゃべりはなく。でもバスでも電車でも手を握っていたら、それをのけることはせず。

 そして俺たちの最寄駅へと帰ってきた。


 さ、さすがに同級生に見られるとあれだから、ここでは手を握らないでいたが。

(い、一体どっちなんだ? 手を握ってていいのは俺のことを好きだからなのか、それとも社交辞令だからなのかっ? 一体どの情報が正しいというのだ!)

 やはり恋愛経験なんかない俺からしたら、謎だらけの状態である。

(それでもここまで無言を貫かれると……)

「よし、帰るか。マリーん家まで一緒に行くか?」

 マリーはうなずいていたので、一緒に歩くことになった。


 俺の左斜め後ろを歩くマリー。相変わらずやや縮こまっている。

 なんかうまくかけてやれるような言葉が見つからないので、そのまま歩くことに。


 ……本当になんの言葉もないままマリーの家の前に着いてしまった。朝とのこの落差はなんなんだ。

(それだけ、やっちゃだめだったんだろうなー)

 後悔しても遅いけどさ。ひとまずー……

「じゃ俺はこれどぅえっ」

 突然マリーは俺の手を握っては多丸家の敷地に連れ込み、鍵でドアを開けたかと思ったら

「うへあっ」

 俺は多丸家の中に連れ込まれてしまった。誘拐!?

 マリーはすぐに靴を脱いで、やや乱暴にぽいぽいすると、俺の服をくいくいしてきて……つまり俺も上がれと?

「おじゃましまーす」

 返事はなかった。だれもいないのか? とりあえず靴脱いで、


 ……で。マリーの部屋に入らされてしまった。

『最近行ってねーなー』とか思ってた当日にこの流れなのである。

 マリーはばちーんと電気のスイッチをONにするなりおみやげ袋をベッドの脇に置いたかと思ったら、ベッドへダイブして枕に顔をうずめながら両足をばったばったぼっふぼっふさせている。忍法埃隠の術(ほこりがくれのじゅつ)でも繰り出しているのだろうか。しょうがないので俺も適当に座って荷物置いてマリーを眺めることに。


 ぼっふぼっふが終わったと思ったら、今度はしーん。ぴくりとも動かなくなった。

(わからん)

 問題:この多丸真理奈さんは一体何を表しているのでしょう

 回答:わからん

 こんな感じである。

 連れ込んだ理由もわからない。

「な、なぁマリー。迷惑だったらそう言ってくれていいんだぞ? 友達続けてくれるだけでもうれしいし」

 しーん。

(だめだ。どうしようもない)

「じゃあー……俺帰るぞ」

「待ってよぅ」

 やっとこさマリーが絞り出すかのようにかけてきたセリフがそれだった。

「なんだよぅー」

 とりあえずマリーの口調をまねして様子見。

「………………なんもないんかいっ!」

 思わず鋭いツッコミを放ってしまった。

「……ゆぅっきぃぃー……」

「なんだよぅー」

 マリーのものまねパート2。

(やはりなにも起こらなかった)

「言うことないんなら帰るぞー?」

 マリーは脚ばたばたさせている。

「言うことあるなら座って近づいてこい。言うことないんならそのままぼふぼふさせてろ」

 俺は最後通告かのように言い放ってやったら、マリーは素直にベッドの上に座った。顔はえらく下向いてる。

「ではマリーさん、発言の機会を与える。どうぞ」

 俺もベッドに腰掛けた。

「………………なんもないんかーいっ!」

 お、マリーが近づいてきた。

「ておいっ」

 そのままマリーが俺の背中から抱きしめてきた」

「発言の機会を与えただけであって、抱きしめる機会を与えたわけじゃねーぞ?」

 それでもマリーは抱きしめ続けてきた。

「……ね、ねぇユッキー」

「あん?」

 お、ようやく話す気になったか?

「こ、この気持ち……この気持ち、なんだろ。ものすごくユッキーのことぎゅってしたい」

「首をぎゅってするなよ」

 肩の辺りをぎゅっとしてました。

「お、落ち着いたから……も、もっかいさっきの、していい……よ?」

 この瞬間随分とどきーんとしたが、ここは冷静に冷静に……

「ほ、ほう。それでマリーは、俺と付き合ってくれるんだな?」

 そこのお返事はすぐにくれないマリー。

「俺のこと好きなんじゃなかったのかっ」

「す、好きだけどさ、ユッキーのこと好きだけどさっ、それはその、友達としてっていうか……」

 …………なんたることだ。この俺様が先走りすぎていたとは……。マリーの性格のことをよくわかっていたはずだったのに、そこを気づけていなかったとは……!!

「で、でもね! 嫌じゃないんだっ。嫌じゃないよ。ほんとっ。あ、あたし、告白されたこととかなくって、なのにあんなことされちゃって……」

「ちょっと待て。お前三大美女なのに告白されたことないのか!?」

「えぇっ!? な、ないよ! ていうかそれなんであたしも入ってんの!? こんなでかくてがさつな女が美女なわけないじゃん!」

「いやその選定基準は俺よく知らねぇけど……へぇ~、それはそれで意外だな……」

「あたしそんな告白される女に見える!?」

「ん……んー、まぁ?」

 久々にマリーと元気なやり取りができたと思ったが、マリーは顔を肩に乗せてきて俺沈む沈むっ。

「それはひとまず置いておこう。じゃあ改めて聞くぞ」

 マリーからの反応はなかった。

「マリーは、恋愛対象として、俺のこと……好きか?」

 やはりマリーからの反応がない。考えてくれているのかもしれないのでしばらく放置。

「わ、わからないよぉ……」

 とか言ってる割には俺をぎゅーぎゅーしている。

「ところでさっき、もっかいしていいって言ってたな。では遠慮なく」

「え、えっ? あ、ゆっ」

 俺は振り返ってマリーの肩と頭に腕を軽く回して抱き寄せながら、唇をくっつけにいった。


 しばらくしてから顔を離すと、やっぱり口がわなわなしているマリーがそこにいた。ぎゅーぎゅーしていた腕は力が抜けているが、俺の肩にかかったままだった。

「もう一度聞くぞ。マリーは俺のことがれん! あい! たい! しょう! として! 好きか?」

 マリーは目を強くつぶってなにやらうなっているが、また腕の力が強まって再び俺を抱きしめてきた。

「では観覧車での提案に対してもう一度聞くぞっ。俺とれん! あい! たい! しょう! として! 付き合ってくれるな?」

 またしばらくマリーの反応を待ってみた。すると、

「うぉマリー?」

 俺の左ほっぺたにしっとりとした触感が。ものすごくやわらかく、静かに、そして優しく。

 でもすぐにマリーの顔は離れてい

「いっでぇ!!」

 このタイミングでなぜか背中べこんべこん叩かれた。さすがマリー、油断もすきもありゃしねぇ。

「ま、まぁうん、マリーが恋愛方面にそこまで弱いのが意外で、えーとまぁそのなんだ。すっごくかわいいから今日はもう許してやるいでぇって!」

 またもべこんべこん。

「じゃあ時間もあれだし、帰るぞ」

 マリーはやや大きくうなずくと、腕をゆっくり外した。

 俺は立ち上がると、ベッドにぺたんと座って上目遣いしてくるマリーの姿を発見。

 なんか言ってやりたかったが、これといった言葉が思い浮かばなかったので、普通に荷物を取って

「あ、待って」

「ん?」

 マリーはすぐに動き出して、自分のおみやげ袋をがさごそしだした。

「……お、おそろいなんだー。どこかに付けてて」

 マリーから差し出されたのは、遊園地のキャラクターがいっぱい載ってるけど小さめのキーホルダーだった。

「キーホルダーか。じゃあ家の鍵に付けとくかな。さんきゅ」

 マリーも自分のを見せてきておそろいですアピールをしてくれた。インザ俺のズボン右ポケット。

「俺からはおそろいじゃないけどさ。これ」

 袋から出してもいいけど、これしか入ってないから袋ごとやろう。

 マリーは袋からファイルを取り出した。

「うわー、これファイル? いいの?」

「ああ。前にマリーがそんな感じのファイルに入れて楽譜持ち歩いてるのを見かけたからな」

「わぁ~ありがとー! あはっ、でもこんな派手なの持ち歩くのはちょっと恥ずかしいかなぁー」

「げっ、そっか。すまん」

「ううんううん、むしろこんな柄のファイルって普段買わないから、すごくうれしいよっ。ありがとーユッキー」

 大事そうに抱えて笑顔を向けてくれた。

「下まで行くよっ」

 マリーがついてきてくれた。ようやく、ようやー……くいつものマリーの調子に戻ってくれた。

「ああマリー、言い忘れてた」

「うん?」

 振り返ると元気なマリーが立っていた。やっぱり俺より身長が高いぜ。

「本日をもって、マリーのことを嫌いじゃないから好きに格上げとなりました」

「うれしー。あたしはユッキーのこと好きだったけどね~」

「友達としてとか思いっきり言ってたくせに」

「ぎくり。ほ、ほらあれさ! あたしも好きから大好きに格上げしたのよ! 現場からは以上です!」

 たくさんのキャラクターたちが笑ってるファイルで軽くぺんぺんされましたとさ。

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