短編7話
「やったぁー!」
「おーっしゃぁあー!」
俺たちは……勝った!!
「よくやったよくやった!」
「しびれる展開だったねぇ!」
「粘りに粘っての勝ちか。次もこの調子でな」
男女それぞれの部員から少々手荒めの祝福を受けた。
「ちーの最後のあれかっこよすぎなんだけどー!」
「やっぱそう? 自分でもあれ決まってスカっとしたー!」
小学校四年、地元のクラブチームに入った俺。そこで出会ったのが
めちゃくちゃ高いってわけじゃないけど女子の中では身長高いほうの知理乃は、持ち前の明るさも相まって男子からの人気はちょい高い。サイドテールがトレードマーク。
対する俺、
「りっくんもよかったよぉ~! さあさ飲んで飲んで!」
「さーんきゅ」
知理乃と組んで練習するようになってから、この『も』っていっぱい聞いたような気がする。まあみんな悪気なさそうだから別に。知理乃くらいちやほやされるのも疲れそうだから、俺は今くらいでいいかな。
女子部員の
「おぉ~いい飲みっぷりぃ! もう一杯いっとく?」
「よしもらおかな」
詠花に追加スポーツドリンクをついでもらった。
詠花は、俺としては学校入ってから出会ったイメージだったんだが、どうやら小学校のときの大会で戦ったことがあったらしい。俺小学校のときなんて弱すぎて全部負けてたから、んないちいち戦った相手のことなんて覚えてねーよー。
しかもその出会ったときにしゃべったらしいけど、負けて落ち込んでるときに敵からしゃべられたことなんて覚えてねーっつーのー。
……いや。逆にそんな珍しいパターンあったら覚えてそうだけど。でも覚えてないんだよなあ。
(今度具体的にどんなことしゃべったか聞いてみるかな。まだ聞いてなかったや)
詠花は髪が長いってほどじゃないがくるんとしてて、ある日くせっ毛かと聞いたらパーマですと怒られた。
ちょっと小学校のときのことを思い出しつつ、手にスポーツドリンクを持ったまま知理乃の様子を見ていた。
「ねねりっくーん」
「あん?」
詠花が自分の分のスポーツドリンクも用意して声をかけてきた。
「男子とタッグのチームをひとつ出場させるってなったときの会議でね。ちりぃ、真っ先にりっくんの名前出したんだよ?」
「な、急になんだよ」
さっきの試合に勝ったとはいえ、今思いっきり試合当日だぞっ。
「ちりぃなんて主力の女子メンバーで戦うことを希望したら充分選ばれるはずなのに。男子部員と……ううん、りっくんと! 組むのをすっごく望んでたんだよ」
「そんなにだったんかよ」
そういや女子部員の会議内容とか聞いたことなかったなぁ。俺別に役職就いてるわけでもねーし。
「いちおー『男子の中では女子と組むのにすごく向いてる人だと思うー』『今まで男子と組んだことないから今年組んで来年三年のときに生かしたいー』みたいな言い方だったけどー。まーちりぃって思ったことは先輩相手でも言うタイプだし、単純に納得してた子ばっかりだったけどぉ~……」
「な、なんだよその目」
詠花はそこには答えず、
「はー。私もりっくんと組んでみたかったなぁー」
「はぁ? 俺と?」
そんなこと言ってくれるやつがいるなんて。
「だって楽しそうだもん。お姉さんがいっぱい教えてあ・げ・る!」
「普通ならここで『うるせーたーこっ』とかいいながらデコピンするとこなんだろうけど、詠花はまじでうまいからな」
「ふっふーん」
女子部員たちの話によると、今の女子部員の中でトップのうまさを持っているらしい。トップクラスではなくトップだとみんなが言っている。知理乃からも詠花のすごいぜ話を聞いたことはある。
「別に試合じゃない日でも教えてくれてもいいのにさ」
「試合の日……に、いっぱい教えたかったな」
「……すまん」
詠花はけがをしたせいで、この試合……いや、これより前の試合にも出ていない。病気もちょいちょいするのでしばらく試合から遠ざかっているようだ。
それでもセンスのよさは失われておらず、教えるのもうまいから部としても結構重要な役目を任されている。本人は『チームの幻の隠し玉』とかって冗談めかして言ってるけど……
(この目はなぁ……)
詠花がチームメイトを眺めてるときに時折見せるこの目。試合に出たくないわけないよな。
「なーに言ってんのよっ! 最終兵器がここにいるんだから、りっくんたちは思いっきりやってきたらいいのよっ。てこらっ」
俺は紙コップ持ってなかった方の左手で詠花の頭に手を乗せた。
「さっきの試合を振り返って、アドバイスくれ。いやくださいお姉さん」
詠花はほん……の一瞬だけ優しい顔を挟んだが、
「よろしい! ちりぃのとこ行こっ」
きりっとした顔になった。
「はいお姉さん」
なお詠花は同級生である。なお誕生日も俺が先である。なお身長も俺の方が高い。
てか詠花は女子の中で身長かなり低めだ。
「よーし! 明雪、いくわよ!」
「おう!」
「いってこーい!」
「気合よ気合ー!」
「期待している」
「頑張ってねーん!」
俺と知理乃は手を小突きあって、次の試合に臨んだ。
俺たちは懸命に戦った。さっきの相手は自分たちの組んだ戦術が通じたのに、今回の相手にはまったく敵わない。
それでも俺たちの気合は乗っていた。
「明雪……くっ……」
「すまん。ペースを持ってかれてしまった。知理乃の役に立てられなかった」
知理乃はタオルで顔を覆いながらも首を横に振ってくれている。
「ナイスファイトだ! お前らはよくやったよ!」
「うんうん! 元気もらったから、次は私たちが勝ってみせるわ!」
「ちーのー。残念だったけど、でも一回勝てただけでも……えっとごめん、うまいこと言えないよぉ……」
「結果は残念だったが、新たな発見がたくさんあった。次を頑張ろう。オレたちもサポートする」
俺たちは二回戦で負けた。もう一回さっきみたいに盛り上げさせたかったな。
「りっくーん。飲むぅ?」
詠花がスポーツドリンクと紙コップを抱えてやってきた。
「……飲もうかな」
まだ息が整いきってない俺だったが、詠花がスポーツドリンクを紙コップについで渡してくれた。
「さんきゅ」
さっきと同じように一気に飲み干した。
「いよっ、大将いい飲みっぷり!」
身体的以外にもいろいろと疲れていたはずだが、なぜか詠花に自然と笑顔を向けることができた。
「アドバイス。生かせられなくてすまんかった」
飲み終えた紙コップを詠花に返した。あれ、別に自分で持ったままでもよかったのに、なぜか渡してしまった。まぁいいか。
「そんなことないよー。りっくんの頑張り、このつぶらなおめめでちゃんと観てました」
俺は近くにあった会場備え付けのイスに座った。詠花もすぐに右隣に座った。
座ったが……これといった言葉が浮かんでこない。
少し遠くでみんなに囲まれている知理乃を見てみると、まだタオルで顔を覆っていた。男女どちらの部員もなぐさめてあげている。
座っていると俺のとこにも声をかけてくれる部員もいた。みんななんだかんだですることあるから二、三言しゃべって去っていっているが、その間詠花はずっと俺の隣に座っていた。
俺ら以外の学校の連中ももちろんたくさんいて、それぞれが忙しそうに行き交っている。
……別にこれまで試合に出たことあるし、負けることには慣れてるけどさ。やっぱ……強がりとっぱらったら……
(くやしさしかないよなぁ)
「もー。そんなに落ち込むなんて、りっくんらしくないよー?」
詠花は笑顔で声をかけてくれた。
「……ま、そっかな」
俺も笑い返して、イスに少しもたれた。
「じゃあ今日はここで解散! いったん学校までバスで送ってもらいたい人は乗り込んでくれー」
俺はここから直接帰ることを選択した。
「明雪は乗らないんだ?」
「ああ」
「そっか。じゃね!」
「またな」
知理乃が手を立ててこっちに出してきたので、俺たちはハイタッチした。
「あ、明雪」
「なんだ?」
知理乃は自分の髪をちょっと触った。
「今日はありがと。楽しかったよ」
「おう」
そう言うと知理乃はバスに乗っていった。
バスに乗ってもこっち側の窓側に座ったようで、手を振っている。俺も手を振り返した。
バスが走り出すのを見送ると、直接帰る部員たちは改めてじゃーなーばいばーいと散っていった。
俺はもう一度、振り返って試合会場を眺めてみた。いろんな表情をした選手たちが会場から出てきている。
「ま、楽しかったかな」
勝ったときの感覚はよかったなぁ。自分自身のもそうだけど、なんかあのチーム全体で盛り上がってる感じがとても気持ちよかった。
他のチームの対戦はすでに行われていて、男子チームは初戦敗退。女子チームは二回戦敗退。混合団体戦は今日行われて初戦敗退。みんな練習サボってたわけじゃないんだけどな。
明日は休養日で、あさってから試合はまた行われる。この休養日は、単に休んでもいいけど、競技を通じて地域を盛り上げるとか、よその学校との交流のための日って感じで会場自体は開いている。なんか催しがある。俺たちの部員はみんな参加するつもりだ。
「りっくーん」
「お、詠花。まだいたのか?」
なんか今いい顔してんな、詠花。
「たそがれてるりっくんを見てたらおもしろくってー」
「おいおい」
「うそうそっ。
「せらちゃん? 女子部員にそんな名前のいたっけ?」
「違うよー。よその学校の友達っ」
「知らねぇよっ」
もう詠花はスポーツドリンクは持ってない。俺もそうだけど、使った道具とかはバスに積んで持ってってくれた。
「詠花は学校行かなくてよかったのか?」
「うん。直接帰っていいって言ってくれたから、お言葉に甘えました」
「そっか」
まだ体調万全じゃないとか? ぱっと見元気に見えるけど。
周りを見渡してみたが、もう近くに仲間は詠花しかいない。
「詠花帰んねーの?」
「こんなとこにお泊りなんてしませーん」
「ふむ」
詠花はこっちを見てきている。肩からカバンを下げていて、ひもを両手で握っている。
「……帰んねーの?」
「ひょっとしてりっくん! こんなか弱い乙女を一人にして立ち去っていくおつもり!?」
「お姉さんなのにか弱いのか?」
「乙女はみんなか弱いのよっ」
えらくキリっとしたウィンクだ。
「じゃ」
「あーりっくぅーん! 一緒に帰ろうよぉー」
もちろんなんとなくそういうことかなーとは思った。けどー。
「詠花と一緒に帰るなんて、初めてじゃないか?」
「りっくんはいつも男子部員やちりぃと帰ってるからでしょー」
「……ん? 詠花、俺と一緒に帰りたかったのか?」
「もーこらー! デリカシーのない子ね! ぷんぷん!」
これで部トップのうまさ持ってんだからなぁ。
(そういえば、本気の詠花の姿って……見たことないんじゃないかな。詠花の試合出てる数が少ないうえに、当日も観るタイミング合わなかったし、映像の記録とかもあるのか知らないし。練習のときも基本的には男女別々だし。教えてる姿は見ることができても、試合で立ってんのとはまた違うだろうし。本番想定するくらいの本気の練習は見てる側ばっかみたいだし)
詠花はぷんすかしながら腕と脚を大きく前に出しながら歩いている。髪も揺れている。
「なあ詠花」
「なんですかぷんぷん、り、りっくん?」
俺は詠花の右手を取った。なんでかわかんないけど取ってみたかった。
「いつか、詠花の本気で戦ってる姿、見てみたい」
「えっ……」
「俺詠花が試合出てたときタイミング悪くてさー、まだ見たことないんだよ。普段女子とは練習別々だし。女子部トップなんだろトップ」
俺なりに言葉を選んでみたー……が、あんまり気の利いたことは言えなかったかも。
「……ふふん。じゃあ、このお姉さんの横に立てるくらいうまくなっておきなさいね」
「それは無理なんでやっぱ辞退させていただきます」
詠花の手を離して頭ぺこり。
「あーごめんなさーい! うんうんりっくん今度一緒に組もうねっ」
「おう……? って、俺詠花の本気姿を見たいだけであって、俺なんかが一緒に出ても足引っ張るだけなんじゃないかな」
詠花はゆっくり首を横に振った。
「ううん。どうせ見るなら、一番近いとこで見ていいよ。私も……本気のりっくんとタッグなら、もっと本気になれる」
この詠花の目は優しめだけど本気だと思う。ここから優しさを取り除いて集中力を加えたら本気試合モード詠花になるのだろうか。
「よーし約束だっ。約束したからな詠花。試合出て、俺とタッグ組んでくれよな」
俺はもう一度詠花を見た。
「……うん。そうだね」
俺たちはいろんな選手に混じって、会場を後にした。
夕方が過ぎもうほとんど夜になってきた。
さすがに詠花はあの疲れそうな歩き方はもうしていない。
「……ねぇりっくん」
「ん?」
なんかしんみりした声でしゃべりかけてきた。
「今日……電話、していい?」
「はぁ?」
いやいや横に本人いますやん。
「俺ここにいんだから、用件あるなら今言えばいいだろ」
「そーじゃなくってー。はぁ」
なぜため息。でも詠花はすぐ顔を上げた。
「……実は、さっ。私、今日、夜一人なんだー」
「一人? どういうことだ?」
「お父さんは出張、お母さんも出張。試合出るって言ったらいつも応援に来てくれるけど……ほら、私試合出てないし」
なんか……うまい言葉をかけてやれなかった。
「二人同時に出張なんてめったにないんだけど、そのめったにない日が今日来ちゃってー。夜、おしゃべりの相手してほしいなーって思っ……たのっ!」
暗くなってきたけど詠花はまだまだ元気そうだ。ああそうだ俺は試合で疲れてるんだった。でも詠花としゃべるのはめんどくさくない。
「そっかー。お姉さんでもさびしんぼなんだな」
「お姉さんも乙女なのー!」
乙女とはなんぞや。
「詠花は時々そうやって一人の日があるってことか?」
「そだよー」
詠花としゃべる機会がそんなになかったってのもあるけど、そういうのがあるってのはまったく知らなかった。
「でもさ、なんでそれ今俺に言ったんだ?」
「え?」
「ほら、乙女なんだったら乙女同士女子トークとかあるんだろ?」
うわほっぺた超ふくらんでる。
「りっくん! そこは素直に『はい電話どうぞ』でよろしいのですことよ!」
「詠花キャラめちゃくちゃ」
「……りっくんが元気ならいいのよっ。ふんっ」
うーん。詠花なりの元気づけってことなのか?
「さんきゅ。元気だから俺のことは心配すんな」
詠花の頭に手を乗せた。口がとんがったままだ。
「べ、別にりっくんのことなんて心配してないんだからねっ!」
「マンガの読みすぎだ」
今度は詠花は笑っている。もうだいぶと暗くなってきて、表情も街灯があるとこ以外は見えづらくなってきた。
「でも詠花からそんな話を聴かされたら、今度は俺が詠花を心配してしまうな」
「私っ?」
頭をちょっとわしゃわしゃする。
「だって、一人でさみしいんだろ?」
「う。さ、さみしくないもん」
「どっちだよ」
「うー」
詠花はぶーぶー顔で俺を見ている。
「わあったわあったわかりました。詠花はさみしくないんだな。せっかくいい案を提示しようと思ったのにさっ」
「い、いい案?」
「あれれー? さみしくないんですよね?」
ここで謎の猫ポーズを取る詠花。
「さみしいです。さみしいですので案ください」
はやっ。
「あ、あー。まあ案っていってもさ……俺ん家、来るか?」
「えっ」
詠花は立ち止まったまま謎猫ポーズで静止している。
「俺ん家。来るか?」
再度言ってみたが、詠花は止まったままだ。
「ぁ。あーはは。やっぱ乙女にこういうの誘うのって、だめだよなー」
(き、嫌われたかな)
でも心配だったし。
「りりり……りっ……くん……」
「あははー」
詠花が一歩こちらへ踏み出した。
「い、いい……の?」
「あははのはー………………は?」
今なにか聞こえたような。
「それ、その。お泊まりのお誘いだよ……ね……?」
「あ、ああ」
詠花の目がきらきらしているように見える。
「いい、の?」
「あ、お、おう。俺ん家って、よく父さん母さんの友達とか親戚とか泊まりにくるんだよ。親戚の子供と遊ぶの俺の役目」
きらきらがさらに増した。
「……ご、ご迷惑じゃなかったら……」
おっと! まさかのノリ気か!
「お? じゃあ電話すっか」
「え、も、もう!?」
「ああ。駅の公衆電話でかけるか」
「あのっ。こ、心の準備がっ」
おー詠花がもじもじしている。これはなかなか珍しい光景かもしれない。
「嫌なら嫌で無理しなくても」
詠花はぶんぶん首を横に振っている。
「お、お泊まりなんて、初めて、だもん」
「合宿やったことあんじゃん」
「全然違うよぉー」
詠花はあれこれ言っているが、駅が近づいてきた。
「じゃ電話するぞ、いいな? それとも詠花が親に電話するの先にするか?」
詠花はなにやらあたふたしている。特に返事がなかったので、俺は公衆電話に
「わかりましたお父さんに電話しますー!」
詠花が俺の左腕を抱えてきて公衆電話への前進を阻止された。
「じゃあ……どうぞ」
詠花は俺の腕から離れて、生徒手帳を取り出して電話をし始めた。
駅を利用する人で行き交っている駅。食べるとことかお土産屋とかもあって、俺の最寄駅よりも大きい。
「……もしもし、お父さん? 詠花です」
(ぬ!?)
声がしっかりしている……!
「今大丈夫? あ、うん。あのね。実は……」
「……り、りっくぅん」
「ん?」
電話の途中の詠花が俺を呼んだ。
「りっくんの声聞きたいんだって」
「ああはいはい」
俺は受話器を受け取った。
詠花のお父さんと一通りしゃべって、詠花のお泊まり許可が下りたところで電話が終わった。詠花のお父さんはしっかりした口調の人で、『りっくぅ~ん』とはえらい違いだった。
……自分で思い返して少し寒気がした。
ともかく、俺も家に電話だ。
電話をすると母さんが出た。早速お泊まり話を出したら、快くOKが出た。今横にいることを伝えたら、こちらもしゃべってみたいってことで詠花と交代した。
「お電話代わりました。初めまして、夜分に突然すいません。私、明雪くんと同じ部活で、二年二組の霧榊詠花と申します」
(だれだお前ー?!)
顔と声は一致してる。声の高さも一致しているだろう。だがお前は一体だれだ!?
その後も「すいません」とか「ご親切に明雪くんが」とか「ご迷惑でしたら」とか「私が申しました言葉に」とか
「ぬあー! 詠花貸せっ」
聞いてらんねぇよっ。
「とにかくかーさん、お、俺が言い出したことだから、詠花なんも悪くねーからな。いつもいろんな人泊めてっから俺の友達でもいっかなって思っただけだかんな! あーっと電車来そうだからそろそろ切るわー」
ガチャリと受話器を置いた。公衆電話からテレホンカード穴開けといたからはよ受け取れや警告が鳴り響いているので抜き取った。
「詠花、行くぞ」
生徒手帳にテレホンカードを直して、詠花の方に向いた。
「う、うん」
さっきは適当に言ったが、本当に電車がそろそろ来るころだった。
電車に乗ると、会社帰りの人や部活帰りの生徒とかがいっぱいいるみたいだった。混み混みではないけど。
俺と詠花は進行方向に二人並んで座る座席が空いていたので、詠花を窓際に追いやった。
「ん」
「ん?」
「荷物」
「え、いいよぉ」
「そこの乙女、荷物寄こせ」
詠花はカバンを俺に渡したので、俺は網棚に置いた。続けて自分のカバンも置いた。道具がないから荷物軽い。俺も座る。
「りっくんってぇ……」
「あん?」
そのもじもじはさっきのと違い冗談のもじもじだろうな。
「結構大胆っ?」
「し、知らねぇよっ」
詠花はなんか変な目で俺を見ている。
「こうやっていつも女の子誘ってるのぉ~?」
「詠花が初めてだ。女子としても、友達としてもっ」
一発デコピンをお見舞いしてやった。「あた」って声が聞こえた。
「ほんとにぃ?」
「えらく疑い深い乙女だな」
脚がちょっと詠花に当たってしまったので、座り直した。
「だって、すごく慣れたような感じだったよー?」
「そうか? 嫌われるの覚悟で言ったくらいには緊張したぞ」
詠花はこっちを見ている。実は広告を見てるとか? と思って振り返ってみたが、特に変わった広告は見当たらなかった。
「私がりっくんを嫌うことなんて、ないよ」
「そりゃありがたい」
詠花はまた俺を見ている。実は乗客を見てるとか? と思って振り返ってみたが、特に変わった乗客は見当たらなかった。
「むしろこんなにりっくんとしゃべることができて楽しいなー」
冗談ぽくはなく、本当にそう思っているようだ。
「女子部員の中では、詠花とってそれなりにしゃべってる方だと思うけど?」
「えー。りっくんひどーい」
「どこがひどいねん」
思わず関西弁出てもーたがな。
「今日も会場で結構しゃべってたし、練習のときも声かけてきてるじゃねーか」
「それはそれ。これはこれ」
「よくわかんね」
まぁでも俺も楽しいかな、詠花といるの。
「つーかさっきの電話のあれだれだよ! 顔と声は一致すんのにセリフが顔と一致しなかったぞ?」
「え? なんのこと?」
「さっきの電話の『明雪くんとは~』のあれ」
詠花はちょっと顔を近づけてきた。
「だ、だってー。ちゃんとごあいさつしなきゃいけないでしょー」
「いつもの『りっくぅ~ん』との違いが……くくっ」
「んもぉー! りっくんなんてこのこのー!」
詠花からぽかぽか連続攻撃を受けている。
「やめやめぃっ、でもかっこよかった、うんうん」
攻撃は止まなかった。
俺ん家の最寄駅に着いた。大きい駅じゃないからここで降りる人は少ない。でも時間が帰宅時間なのでそれなりにはいてる。
「りっくんここの駅なんだね」
「ああ。詠花は?」
「ふたつ先のとこで乗り換え。その後降りてバス」
「そっか」
結構遠いとこから来てんだな。これずっと一人で家帰っても一人とか、なおさら誘ってよかったかもしれない。
「俺は駅はここだけど、ここまでは自転車で」
「明雪ー」
俺を呼ぶ声が聞こえたので、振り向いてみると、
「母さん?」
「迎えに来たわよーっ、あら
改札を通っていく知り合いらしき人たちに声をかけていた。俺たちも定期券を通して改札を出た。
母さんのあいさつが終わったようで、
「ごめんなさいねぇ。この子が?」
「初めまして。先ほどは突然お電話をおかけして、失礼いたしました。二年二組の霧榊詠花と申します」
(だからだれだお前ー!)
「あらあらこれはご丁寧にー。明雪の母で
詠花は頭を上げた。
「この度は突然、かつ勝手なる申し出にも関わらず、受け入れてくださるということで、本当にありがたく」
「詠花行くぞっ」
「ひぁいっ」
改札付近でこのやり取りはさすがに。
母さんは車で迎えに来てくれていた。てことは自転車置きっぱになるけど、明日の朝また駅まで送ってくれるってさ。
車に乗ってる間、詠花がどういうやつかってのを軽く紹介したが、詳しくは家で父さんや
程なくして俺ん家に着いた。
俺と詠花は電車のときと同じように後ろの席で並んで座っていた。詠花を先に降ろした。
「ここが明雪くんの家なんだね」
「ああ。しかしお前だれだ」
「私の名前は霧榊あたっ」
詠花ってなんかおもしろいな。玄関の明かりが詠花を迎え入れた。
「ただいまー」
俺はドアを開けてただいまをした。詠花はきょろきょろしていてまだドアの外。いつものくせで一瞬ドア閉めようとしたがすぐ元のように開けた。
「おかえり明雪。おおその子か」
「初めまして。この度」
また詠花のだれだよ自己紹介が始まったが、ドアの外だったので自己紹介中に背中に回って家の中に押し入れた。押したときだけ声が高くなったが、変わらず自己紹介を続けていた。
父さんが招き入れようとして詠花があたふたしているのを横目に俺は階段を上ろうとし
「明雪くんどこ行くの?」
「荷物置いて着替えるんだよ」
詠花は小さく「ふぅーん」と言っていた。まだ詠花らしさは少し残っているようだ。
「ああ詠花、着替えなんて持ってないよな。夏瀬貸してくれっかな」
「え、ええっ?」
着替える前にリビングに入ると、妹の夏瀬がポン酢ととんすいを持って歩いていた。普通にシャツとスカートの妹だ。髪は肩にかかるくらい。てか今日は鍋だっ。
「おかえりー」
「ただいま。なあ夏瀬、服貸してくれるか?」
夏瀬は持ってた物を机の上にぶちまけ……る寸前で踏み止まったようだ。
「お、お兄ちゃん!? へ、変態!?」
「わちゃ! な、ちちちげーよ! えーとほら詠花、詠花入ってこい!」
父さんに連れられ詠花もリビングに入ってきた。
「この詠花に着替え貸してやれないかって意味だっつーの! 詠花ちっちゃめだからどうかと思ってさ!」
「な、なぁーんだびっくりしたぁー……お兄ちゃんびっくりする言い方やめてよー」
「いや事情聞いてたらわかるだろ!」
「初めまし」
またも詠花の自己紹介を横で聞いていた。夏瀬は少したじろんでいたが、着替え貸す交渉は成立したようだ。
俺は着替えを済ませてリビングに戻ってきた。母さんもいた。詠花はすでに座っている。俺の右隣で普段は夏瀬が座ってるところだ。
「なんなら詠花ちゃんも着替えたらどうだい? 今着てるのお母さんが洗濯しておいてあげるから」
「そんな、そこまでしていただくのは」
「いいのよいいのっ。最近お父さんが乾燥機付きの洗濯機を買ったから、遠慮しないでっ」
「で、でも……」
「詠花、嫌なら断っていいけど、遠慮してるなら命令に従えっ」
「りっ、明雪くん……」
ちっ、もう少しでりっくん披露できたのに。
「じゃあ……すいません、お言葉に甘えさ」
「さーさ夏瀬も詠花ちゃんの服用意してあげて」
「はーい」
「あああのっ」
詠花は母さんと夏瀬に連れ去られてしまった。
「いい子じゃないか、詠花ちゃん」
「ああ」
お鍋はぐつぐつしている。
「お待たせしましたー、さあ食べましょ!」
母さんと夏瀬が戻ってきて、遅れて詠花がやってきた。
「ぶっ」
「な、なによぉ」
いや、よりによってそんなでかでかと猫の絵が描かれたシャツてっ。スカートもピンクで、少し短め?
「ああいや、普段制服か体操服ばっかだから、ちょっとな」
詠花は少しだけいつもの調子でぷんぷんしようとしたらしいが、ぷんぷん発動はしなかった。
「詠花ちゃんかわいいわねぇ。夏瀬にお姉ちゃんができたみたい!」
「部活の話聴きたーい!」
「だってさ、詠花」
詠花は表情が元に戻っていって、俺の右隣に座った。
「うん。聞きたいことがあったら聞いてください」
夏瀬は俺の左隣に追加されたイスに座った。
「では。いただきます!」
五人でのお鍋つつきが始まった。
「へー! かっこいー!」
「私たち女子部は助け合いを信条としております。苦手なことは補い合い、つらいときは支え合い、楽しいことは笑い合い。そういう部活を目指しています」
「お兄ちゃんとこはー?」
「ほれんとこ? んぐっ。男子部は結束の強さを重んじてるって感じかなー。人それぞれいいとこってあるだろ。自分の持つベストをそれぞれ尽くしてチーム全体の結束として試合に臨む、みたいな」
「ふーん」
夏瀬は豆腐を食べている。
「部活の話を聴けて母さん楽しいわあ」
「普段部活の話はされないのですか?」
「たまにあるけど、部活の友達から聴いたことは初めてよねぇ?」
「ん? 父さんはあるけどな。あのときはー、副部長の子だっけ?」
「ま! お父さんったらいつの間に抜け駆け!」
「人聞きが悪いなぁ。今たっぷり聴けばいいじゃないか。な、詠花ちゃん」
「は、はい」
詠花はもやしを食べている。
「遠慮することないんだよ。ささポン酢足そうか?」
「いえ自分で」
「そうかい? まあ間違ってどばっと入れちゃったら大変だしね! あっはは!」
ここで俺がポン酢を手にして、
「ストップって言えよ」
「え、え?」
俺はふたを開けてゆっくり注ぎ始めた。
「ストップッ」
その声とともにボトルを上げた。
「ありがと」
「いーえー」
俺もちょい足し。
「あれお母さん、ゆず風味のはなかったかい?」
「あ! 忘れてたわぁ!」
「もーお母さんってばー」
俺たちはわっはっはーと笑った。詠花も少し笑っている。
〆のラーメンも平らげ、詠花はおふろに行き、お父さんとお母さんが片づけしてくれてる中俺は今日の試合のレポートをリビングで書くことにした。
さっきの食べてたとことは別にある机にレポートノートを置いて、ソファーに座って書き始めた。
ら、夏瀬がやってきた。
「お兄ちゃんそれなに?」
「日記みたいなもんだよ。今日の試合のこと書いて、次の試合の作戦会議の材料にするって感じかな」
「ふーん。見たい見たい」
「恥ずいな」
「見たいぃー。お兄ちゃんとお姉ちゃんの話に入りたいよー」
さらっとお姉ちゃんゆーたぞこいつ。
「そっかそっか。ほれ」
「わーありがとー!」
書いてる途中だったが、夏瀬にレポートノートを渡した。
やや小さめな感じのやつで四月に一人一冊配られるが、知理乃みたいな熱心なやつだったら一年で二冊目三冊目突入することもある。俺は熱心じゃないから去年は一冊で終わった。最後少しだけ足りなかったからテープでくっつけて延長したが。
「おふろ、お先にいただきました」
「あいよー」
父さんが返事をしていたが、詠花が上がってきたようだ。
「じゃ夏瀬いきまーす」
夏瀬がレポートノートを置いてリビングから出ていった。
「お手伝いします」
「いいのよっ。ほら明雪が今日のこと書いてるみたいだから、そっち見てあげなさいな」
「はい……すいません、何から何まで」
詠花がやってきた。ほかほか度が伝わってくる。タオルで髪を拭きながら左隣に座ってきた。
いつも詠花は髪がくせゲホゴホパーマだが、今はつやつやさらさらしてる。パジャマだけ見たら夏瀬だけど。
「お先にいただきました」
「どちら様ですかね」
「私のあたっ、まだ言ってないよっ」
「ぷくく、詠花おもしろいな」
「えっ?」
詠花の髪拭くのが止まった。
「詠花ってこんなにおもしろいやつだったなんてなー」
詠花が身体を寄せてきた。
「……なによぉりっくーん」
「お、詠花さんこんばんは」
「もぉ~っ……」
台所にいる父さん母さんに気づかれないようにか小声でしゃべりかけてきた。
「詠花、なんであんなよそよそしいんだよ」
「だってぇ。失礼のないようにしなきゃ。それにほんとにここまでしてもらって悪いよぉ……」
ほかほか度がさらに伝わる。
「まじで気にすんなって。父さんと母さんどっちもあーゆーことすんの好きなんだよ」
「で、でもぉ。でもでもでもぉ」
「電話してからどんだけ経ってんだよ。いい加減あきらめて気を楽にしろっ」
「むぅ~」
詠花のほっぺたがふくらんでいる。ついつつきたくなったのでほっぺたをつつくと、「ぷしゅっ」というシュールな音と共に詠花の口はたこさんになった。
「ぶはっ!」
そのたこさん口のまま俺を見ている詠花だったが、
「ぷっ。あはっ、あははっ」
詠花も笑った。
ひとしきり笑い合った後、レポートを書く作業に移った。こうなると詠花も部活モードに入って、今日のことを一緒に振り返りながらレポートを書き進めていった。パジャマ姿だけど。
本気モードを父さんと母さんに見られるのが恥ずかしいのか、いつもより近くて、腕とか脚とかずっとくっついてた。
当たり前だが、どきどきしないわけがない。
「夏瀬上がりましたぁー」
「じゃあ次は明雪入ってらっしゃい」
「あー……詠花、すぐ入ってくるから、後で続きいいか?」
「ゆっくり入ってきていいよ。いってらっしゃい」
心の中でお前だれやねん光線を出したが、詠花はただそこでにっこりしていただけだった。
「よっし上がったぞ」
さっき食べてたテーブルのとこには父さんと母さんが座って、そろってコーヒーを飲んでいる。
ソファーのところに詠花と夏瀬が座って……俺のノートに書いてんのか?
詠花の右隣が夏瀬だったので、俺は詠花の左隣に座った。
「明雪くん、勝手に書き足しちゃった」
「なんでまた。へー」
俺は書き足された部分を眺めた。俺のノートに詠花の文字や絵が散りばめられている。ページの端に描かれた猫はこれ夏瀬が描いたな。
「おい夏瀬、これ部長や先生らに見せるやつだぞ」
「うぇ!? お、お兄ちゃんまずいこと書いちゃった!?」
「夏瀬ちゃん大丈夫。女子部員のノートはみんなかわいい絵描いてるから」
「そなの!? よかったぁ」
「よかねえよっ、俺男子部員だろうがっ」
「あーんお兄ちゃんごめんなさあい」
夏瀬は詠花に抱きついている。
「いいのいいの。ね? お兄ちゃん」
「普段はお姉さんと呼べとごにょごにょ」
「え? 今なんて?」
「べ・つ・に」
俺はにやにやしながらレポートノートを手に取って、いったん閉じてから裏に向けて、
「ほら。俺のノートってわかりやすいように、なんか書いてくれ夏瀬」
テーブルの上に置いた。
「おにーちゃーん」
夏瀬は詠花の陰から顔をちょい見せしていた。
しばらく詠花と夏瀬によるお絵かきタイムが続き、俺はその女子っぷりを眺めることしかできなかった。んっとにまぁ次から次へと絵が浮かんでくるもんだなぁ。しかも黒と赤と青のボールペンでよくあそこまで華やかに。
満足したのか裏のお絵かきタイムが終わり、さっき書いてた内容の仕上げに入った。
といっても詠花がその辺ほとんど書いててくれたのでー……
「んー。ま、次頑張りますって書いて終わっとくかな」
俺はそれっぽいことを書いてレポートを書き終えたことにした。が、詠花はノートを取ってまたさらに書こうとしているようだ。
黙ってその様子を見ていたら、
『次もまた勝って喜んでる姿を見せてね! 霧榊詠花』
笑顔の女の子の絵と一緒にそんなメッセージが書かれた。と、そこで夏瀬もノートを取った。
『おにーちゃんまた勝ってください りくなつせより』
夏瀬もメッセージをくれた。
「さんきゅ」
俺はノートを閉じた。二人が笑っていた。
俺は試合の疲れもあってか、先に寝る宣言をした。詠花が俺を見ていたが眠いんだから寝かせろ。
詠花は夏瀬の部屋で寝るそうだ。おやすみー。
俺は自分の部屋に戻ると、レポートノートと筆記用具をカバンの中に入れた。いつもよりカバンの内ポケットの奥に入れた。
(……なんか……なんっか眠れねぇな)
疲れてるんだけど、なんか寝つけない。
(さっきのレポート書いてるとき楽しかったなー)
女子枠としては夏瀬いるけどさー。同級生女子とあんなくっついてなんか書くこととか初めてだったなー。詠花楽しそうだったし。
知理乃とも作戦会議はたくさんしてきたけど、ほんと勝ちにいくための! って感じで余計なことを考えてるひまなかった。でも今日の詠花とのレポート書きは、もちろん次に生かすために書いてたけど、一緒に作り上げる感じみたいなのがしてとても楽しかった。
あー……女子と二人で……まぁ今日は夏瀬もいたけど。って作業自体ほとんどしたことないんじゃないかなー。クラスとかでもさ。
帰るのだって、知理乃と一緒に帰ることはあっても、それは練習終わるのが一緒の時間で、しかし知理乃は近くのバス停までだし。詠花と一緒に帰るのも楽しかったな。
詠花の帰りの電車は途中まで俺と同じっぽいから、今度帰るの誘おうかな。
(うーん。今日で詠花に楽しんでもらいたいって気持ちがわいてきたなー)
家でひとりぼっちのときもあるっぽいしな。
(でもさみしいって割にはどうして今日の帰りは俺に声かけたんだろう。いろんなやつらの中からなぜ俺っ)
「りっくーん」
「おわっ?!」
突然詠花の声が!
(こ、これがうわさに聞く幻聴か!?)
「りっくーん。寝たぁ?」
(また聞こえた! おばけー! ってんなあほな)
俺は起き上がって電気をつけて、ドアを開けた。詠花はおばけじゃなかったようだ。
「どした?」
詠花はもじもじしてこちらを見上げた。
「なんかー……眠れなくってー」
「俺も」
「そなのー?」
「なんか飲むか?」
「う、うん」
俺は詠花を連れて台所にやってきた。
「アイスココアでも飲もーっと」
「私もそれがいい」
「あいよ」
「おまたー」
結構大きめのコップにアイスココアを作って詠花に出した。夏瀬が好きなのでココアの粉末と牛乳は常備されている………………俺も好きだけど。
「あ。俺サイズだった。詠花多いか?」
「ううん、ありがとう」
「いえいえ」
俺はぐびりぐびり。んまい。
「ねぇりっくん」
「んー?」
詠花はとりあえずアイスココアを手に持っている。
「さっきりっくんの部屋見ちゃったー」
「図面書いて犯行に使うなよ」
「そんなことしませんっ」
いつもの詠花だ。やはり夏瀬パジャマだが。
「ね。りっくんさえよかったら、りっくんの部屋で飲みたいな」
「はー? なんで」
「な、なんでってー……ほ、ほら! ここだとお母さんとかに会っちゃうかもしれないし!」
「んー。まあそうか」
別に気にしなくてもいいと思うけどなー。でも詠花的には気になることかもしれない。
「じゃ行くか。電気消すぞー」
「うん」
「おじゃましまーす」
「じゃますんなら帰ってー」
「え?」
残念! 詠花にこのネタは通じなかった!
「よし詠花。一度だけレクチャーしてやる。心して聴け!」
「は、はい」
詠花はココアを両手で持ちぴしっと立った。
「俺が詠花の前を歩いていて、何かしらのタイミングでドアをくぐったとしよう。ドアの形状はなんでもいい」
「う、うん?」
「で、そこで詠花は『じゃますんでぇ~』と言う」
「うん……?」
「そのセリフが来たら、俺は必ず『じゃますんなら帰って~』と言う」
「えーそんなぁ」
「そこで詠花は『あいよ~。ってなんでやねん!』ここで鋭いツッコミを俺にかます。わかったな?」
「よくわかんないよ」
「はい練習!」
「ちょ、ちょっとぉ」
「はいそこでセリフ!」
「もぉ~。じゃますんでぇー」
「じゃますんなら帰って~」
「あいよー。ってなんでやねん!」
「最高だ詠花」
俺は思いっきり親指を立てて詠花をほめたたえた。
「……男の子ってよくわからないなぁ」
「これ男子にやったらウケるから。保証してやる」
「べ、別にウケなくても~……?」
「よし座れ」
「う、うん。聞いてるー?」
ドアを閉めてから、いったん俺のココアを詠花に持たせる。
小型の折り畳みのテーブルがこの部屋にはあるからそれ出して、クッションふたつ置いて、詠花をそこに誘導した。とりあえず向かいになるようにクッションは配置した。
詠花はアイスココアを両方置いた。
(ふぅ)
前にはパジャマ詠花が座っている。
「眠くなったらとっとと寝ろよー」
詠花はアイスココアをちょっと飲んだ。
「私はー……りっくんとおしゃべり、したいな」
おしゃべりねぇ。
「じゃあ何しゃべろっか」
詠花と話題を設定してしゃべることとかって今までそんなのなかったなぁ。ひたすら部活のことばっかだ。女子部員のとこではどうなのか知らないけど。
「りっくんのこと知りたいなぁ」
「俺のことって、部活やってんじゃん」
「部活以外のことっ。クラス違うから、普段のりっくんのことあんまりよく知らないもん」
「部活やってる俺も充分普段の俺だと思うけど」
「もーっ。りっくんのわからずやー」
「なんだそれ」
ほんとよくわからなかった。
「にしても詠花の父さん、よく詠花のお泊まりを許してくれたな。俺男だぜ?」
「私も驚いちゃった。お泊まりなんて一度もしたことないのに、こんなにすんなりいいよって言ってくれるなんて」
「うちは人呼ぶの慣れてるからあれだけどさー」
「本当にすごく慣れてる感じだったねー」
「あれ鍋をあっためるタイミングも計算されてんだぜ、きっと……」
「すごーい」
おお。なんか詠花と自然なおしゃべりができている。こんな感じでいいんだな。
「また泊まりたくなったら来いよ。父さん母さん結構テンション上がってたし」
「えっ、そんな、何度もなんて……」
「いいのよいいのっ。遠慮なんてしないで」
「あ、似てる~」
「横で何度聞かされたことか……」
もっとおもしろいものまねを習得したかった。でも詠花にはウケがよかったようだ。
「詠花、来てくれてさんきゅ」
「えっ、なに~?」
詠花はアイスココアを置いた。
「なんか。さんきゅ。楽しい」
そのまま詠花はテーブルを周りながら近づいてきた。
「お礼なんてー。こっちがお世話になってる側なのに。お礼言うのはこっちの方だよ」
「いいのよいいのっ」
また笑った。よしこれしばらく使おう。
「私もとっても楽しい。こんなに楽しい思い出を作ってくれて、本当にうれしい」
「お、おいおい俺にまで明雪くんモードしなくていいんだぞ」
そうこう言っているうちに詠花は目の前まで来た。さっきのレポートのときくらい近くなった。
「私ね。お父さんもお母さんも時々出張するし、出張じゃなくても帰ってくる時間がばらばらだから、三人そろわないときって結構あるの」
詠花が淡々としゃべり始めた。
「きょうだいもいないしー。夏瀬ちゃんかわいいね」
「そ、そうかあ?」
実の兄である俺にはよくわからん。
「だから、りっくんの家に来てから……ううん、りっくんが会場から一緒に帰ってくれたあの時から、私、なんていうか……その……」
もじもじ詠花。
「……すごく、幸せっ」
「んな大げさな」
詠花は笑っている。
「ああ詠花。学校入る前に詠花と出会ってたってやつ、聞かせてくれよ」
詠花はちょっと思い出すような仕草をしていた。
「あ、うん。小学生の大会で会ってたことだよね。ほんとにりっくん覚えてないのー?」
「覚えてないから聞いてるのー」
膝に手を置いてぷんぷんアピールのようです。
「はぁ。五年生の大会のときにね。私、初戦でりっくんと戦って勝ったの」
「自慢かっ」
「あありっくぅん。でもね、どこかでハンカチ落としちゃってて、気づかないまま通路をうろうろしていた私に届けにきてくれたのがりっくんだったんだよ」
「全然覚えてねぇ」
「そ、そんなぁ~」
「すまん、まじで」
詠花はしゅんっとなってしまった。
「でもこれ続きがあってね。次の六年生の大会でもりっくんと初戦で戦ったの。結構な人数が参加しているはずなのに、また初戦で当たるなんて、すごいよね!」
「あー、まぁそうかもな」
「私、か、勝っちゃったけど」
「ウッウッ」
「でででもね! 私その試合で足痛めてたの。それでも勝て」
「ウッウッ」
「あーん最後まで聞いて~」
(俺としては苦い思い出がよみがえってるだけじゃねえかっ)
「試合が終わった後、思ったよりも痛かった私は、先生の判断で次の試合は棄権しようってなったの。悔しかったけど、本当に痛かったから……」
詠花は自分の右足をちょっと触っていた。
「それが、私の小学生最後の試合。つまり、りっくんが私の小学生最後の対戦相手だったの」
「そうかよそうかよウッウッ小学生の試合全敗の俺からしたらウッウッ」
「よ、よしよし」
詠花からよしよしされている。余計に心がえぐられるぅ。
「あ。てことは俺も小学生最後の対戦相手は霧榊詠花だったってことになるのか」
「わー一緒だー! 私棄権してなかったら一緒にならないから、なんかもっとうれしいなっ」
「棄権することなく負けたのは俺だぞウワァーーーン!!」
「あありっくぅんよしよし、よしよしよし」
詠花狙ってるのか!? 狙っているのかこれは!?
「で、でね? 試合会場から少し離れたところで……私、悔しくて泣いてたの。病気がちだった私がすごくいい調子でやっと大会に出られたのに、最後が棄権だなんて」
よしよしの手は下ろされた。
「そんな泣いてた私に、声をかけてきた男の子がいたの。またまたりっくんでした」
「俺なんでそんな詠花に声かけてたんだ」
「こ、こっちが聞きたいよぉっ。私も、さっきまで敵だったのになんでそんなに優しいのって思った。小学生のときは、よその学校の人とおしゃべりするなんてこと全然なかったから、二年続けておしゃべりしてきてくれたりっくんのことは、思い出に強く残ってるんだよ」
「んー……」
ちょっとためて
「すまんっ」
「あーん」
詠花はとうとうテーブルに突っ伏した。
「そこではどんなことしゃべってたんだよ」
「私は泣いてばかりだったから、りっくんははげましてくれてた。元気出せー、笑えーって。泣き止んだら頭わしゃわしゃしてきて、そのままどこか行っちゃった」
うーん。俺っぽいっちゃ俺っぽい。
「……たぶんだけどさ。それ。俺、詠花って気づいてないんじゃないかな」
「え!?」
詠花が瞬時にこっち向いた。
「対戦相手だったなんて気づくことなくって、通路のハンカチも落ちた瞬間が見えたから届けたとか、泣いてるのも通りがかりに見かけたからわしゃわしゃしたとか、たぶんそんなんじゃね?」
詠花は止まっている。
「俺小学生全敗で、負ける度にあーまた負けたーってなってばっかだったから、相手のことなんて覚えてねーよー」
「ぅ~。りっくぅ~ん……私の青春を返せーっ!」
ぽかぽか攻撃が始まった。いつもより少し威力がある。
「す、すまんってばー。でもほらさ、それも運命ってやつさ! 小学校卒業した後、それこそ今こうして詠花が俺の前にいてるのだって、詠花がそれ覚えててくれてて、俺と仲良くなりたいって思ってくれたからなんだろ?」
ぽかぽか攻撃が途端に止んだ。
「俺からしたらむしろうれしい方だし! 俺だって詠花と今日一日過ごしてすっごく楽しかったし、いつも適当に書いて終わらせてるレポートだってあんなに楽しく書けた。また泊まっていっていいってのは、家族がいいって言ってくれるからっていうのもあるけど、俺も~……今日みたいな楽しい時間。もっと詠花と過ごしたいし。さ」
詠花はこっちを向いている。ただ向いてきただけでなく、なんかずっと俺を見ている。
「む、むしろ俺が詠花に積極的にしゃべりかけるのが遅くなって、すまんかったなっ。これからはたくさんしゃべろう。帰りも電車途中まで一緒みたいだから、たまにはー……うん」
詠花はぐーにした両手を自分の胸の前に持ってきた。奥義でも出るのだろうか。
「え、えーと詠花。うん。こんな感じ」
ますますなにかをためているようだ。
「……ありがとう、りっくん。やっぱり私はりっくんが好きーっ」
「んぇ? なっ」
次の瞬間、詠花は俺に抱きついてきた!
「おー、えーと、えー、えいかー?」
首を詠花の腕に包まれて、俺の顔の横に詠花の顔があって。ほかほか度は下がっているが髪の香りがやってきて。
(いやいやいやいや! その前によぉ!)
「ちょ、え、詠花、落ち着け、落ち着こう、うんそうだそうしよう落ち着こう」
が、詠花は俺に抱きついたままだった。
(なんか、え、えーっ!?)
てか詠花の抱きつく力がさらに増した!
「え、詠花応答せよ詠花ぁ!」
「……好きぃっ。大好きなのーっ。言っちゃった……」
ああ。なんか気を失いそうだ。
しばらく詠花の抱きつきが続いた。俺はなんかいろいろなことが頭を駆け巡り続け、言葉らしい言葉が浮かんでこなかった。それでも詠花は抱きつき続けた。
(いや……うん、でも、悪い気はしない……けど、これ、どうすりゃ……)
むかーし夏瀬にも抱きつかれたことはあったはずだし、試合に勝ったときも抱き合ったことはあるけど、そのどれとも違う今の抱きつかれ方。抱きつかれる形の違いもそうだけど、なんか猛烈にどきどきしている。試合の緊張とは全然違う……なんだこれは。
「え、詠花、その。い、いつまで?」
「ずっとこうしてたい。ずーっとこうしてたい」
「更衣室とか入ってこられると男子部員みんな困ると思うぞ」
「もお~……雰囲気壊さないでよぉ」
「ふ、雰囲気言われましても」
お。詠花はようやく顔を離した。が、腕は俺の首のとこに置かれたままだった。
「……やっぱりりっくんはちりぃのことが好きなのかなぁ」
「はあぁ?!」
なんかそういう話題になっている!
「びっくりしたぁっ、近くで大声出さないでよー」
「ああすまん」
………………
「いやいやいやいや! な、なんだ詠花急に、きゅ、急によ!」
まさか今ごろになって寝ぼけてましたとかじゃないよな!?
「りっくんはっ。りっくんは。ちりぃと私だったら……どっちが、好き?」
「おおいおいおいなんだそれは。そ、その好きって、どうせあっちじゃなくそっちのだよな……?」
詠花はうなずいて、そしてじっと俺を見つめている。
「い、いきなりすぎだし……てかなんでそこで知理乃が来るんだよ」
「だって小学生のときから一緒に練習してるらしいしー。タッグ組んでて練習楽しそうだったしー。しぃ~」
「だはっ。知理乃との練習はきつかったぞー? 突然開催される筋トレ大会に付き合わされるこっちの身にもなってもらいたいもんだ……」
「私だって、りっくんと一緒に筋トレしたいしー。しーしー」
「詠花~……」
い、いったん落ち着こう。うん。俺さっきからどきどきが止まらん。
「詠花ー、俺のどこが……いいんだ?」
詠花は深呼吸をしている。
「りっくんの自然な優しさが……好き」
「待て。恥ずかしいから好き禁止」
「好きっ」
「ぬあーーー!」
俺に雷属性の何かが撃ち込まれていくー!
「私……ほら。試合、出られてないでしょ」
詠花は腕を下ろして、俺の手を握ってきた。
「みんな結構気遣ってくれるんだー。うれしい仲間だよねー。みんな優しいよ。男子部員も声かけてくれるし」
俺の手をさわさわしている。今はまめなくてよかった。
「ほんとに優しいの。荷物持ってくれたり、すること代わりにやってくれたり、お茶とか持ってきてくれたり。部の方針としてそういうのをしようっていうのはわかるけど……やっぱり、試合に出られない私なんかにあんなにみんな優しくしてくれたら、申し訳なく思っちゃう」
さわさわされていたが、改めて握ってきた。
「りっくんもね。優しいの。でもね。すごく自然な優しさなの」
「自然な優しさ?」
「うん」
そのまま手を持ち上げられた。
「なんて言うんだろう……ほんともう、すごく自然ってしか言えないけど……居心地がいい感じなのかなあ。空気感がいいっていうか……こう、寄りかかっていたい感じ」
「よくわかんねーな」
詠花はちょっと笑った。
「とにかくー。私はりっくんとくっついてたいのー」
「おああまたそうやってー!」
詠花はまた抱きついてきた。今度は腕は腰から背中に回されて。詠花の顔が胸のところに来た。
「はい! ちりぃと私、どっちが好き?」
「だぁらー、別に知理乃は、そーゆーのんじゃないっ」
「ほんと?」
「ああっ」
「ほんとにほんと?」
「ほんとにほんと」
「ちりぃ、たぶん……りっくんのこと、好き……かもしれない、よ?」
「知らねぇよー。言われてねーもん」
詠花はまた顔を俺の胸にうずめた。
「じゃあ……りっくん」
「な、なんだよ」
また顔を上げたが、今までに見たことがない、真剣なのに優しくちょっと切ないような、そんな目で俺を見つめてきた。
「霧榊詠花のことは……好き?」
(ぬお。なんだこの感覚はっ……!)
「わ……わかんねぇ、よ。そんなこと考えたことないし」
詠花の目が、ほんのわずかに変わった気がした。
「……えへー。やっぱり、そうだよね。そういう目で見てくれてなかった……よね」
詠花は笑っている。笑って、俺の背中に回している手にちょっと力が込められた。
「あ、ああ。そうなるな」
「うん……」
詠花の手の力が今度は少し弱まった。
「え、あっ、りっく、んっ」
……これで。合ってるの……か?
(も、もっと? か?)
角度とか強さとかわかんないけど、長さくらいなら……いややっぱりわからない。けどもうちょっと伸ばそう。
背中の詠花の手は、これは……震えているようだ。やっぱり間違ってたのかな……んーどうでもいいや。長さはこの辺かな。
俺は詠花の顔からゆっくり離れた。その詠花は……ものすごい顔をしている。あ、下向いた。あ、腕も落ちた。あ、顔が俺の膝に墜落してきた。
「……詠花?」
まさかのここでぽかぽか攻撃。
「間違ってたら、すまん」
うん。先手を打っておこう。まだぽかぽかされている。
(てかさっき、詠花は俺に抱きついていたな。あれしよう)
「ふわありっく、りっくんっ」
こんな感じに腕を首に回して。
「あありっくん、こら、こらあーっ」
んー。ぽかぽかされている。何が間違いなんだろう。ああ距離の問題かな。もっと近づいてたよな。
「り、りっくん、りっくんってばあ……」
お、ぽかぽか攻撃が弱ってきた。これは正解の合図ってことか? 顔も横に置いて近づけていたな。くっつけておくか。
「りっくーん……」
詠花はまた腕をゆっくり背中に回してきた。
「お姉さん」
「はぁ……なによぉ」
今までに聞いたことないゆっくりとしたトーンでしゃべってきた。
「正解ですか?」
「……何意味わかんないこと言ってるの」
「いや、俺にもよくわかりません」
「りっくんのあほー」
あほーいただきました。
「俺確かに詠花を好きとかそういうので見てこなかった。でも、詠花がくっついてきたとき、俺すっげーどきどきして、もっとくっつきたいと思った。詠花が俺を好きだって言いながらくっついてきたってことに、俺からもくっつきたいって思ったってことは、つまり詠花のことをー……」
ちょっと力を強めたが、すぐに顔を離して、
「俺も詠花のことが好き……になった。と……思……う」
なんかしどろもどろっぽくなってしまった。
「……ほんと?」
「たぶん」
「た、たぶんってなにぃっ」
「いろいろ教えてください乙女の姉さん」
俺はおでこを当てた。詠花は目があちこち動いている。
「……教えてないのになんで、ち、ちち、ちゅー知ってるのよばかーっ!」
「すいません姉さん。これから好きになってくんで許してくれ」
「りっくむーっ」
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