短編6話

「ぬぁー今週も終わったぁー!」

 授業が終わるチャイムとともに教室中がぬぁーなった。俺は今週も学校頑張ったぞ!

 国語の授業ってなんでこんな重たいアイテムばっかなんだろう。俺は便覧を後ろのロッカーに置くために立ち上が

(あ)

 花柄のかわいらしい消しゴムが足元に落ちてきた。俺のは豚さんのだからこんなかわいらしくはない。あー潮沙しおさはかわいいって言ってたなぁ俺の豚消しゴム。父さんと会社見学に行ったときにもらったんだよなぁ。よく消える。

 潮沙の言葉を思い出しながらも便覧を左手に持ち替えて右手で花柄消しゴムを拾った。持ち主は後ろの席のまさにその白羽しらばね 潮沙しおさだ。潮沙の顔を見ながら、

(サッ)

 と身体をひねらせ消しゴム奪おうとする仕草を見せたら、

(お、笑った)

 潮沙はちょっと笑ってくれた。

 潮沙は俺のネタのウケがいいのか、結構笑ってくれる。俺は俺で登校してはいかに潮沙を笑わせられるかを考える日々。笑ってくれるとおもしろいが、笑いつつも首をかしげてネタがよく通じなかったときも楽しんでくれてそうだからそれでもおもしろい。

 もちろんこのまま奪って逃走するなんてことしないので、潮沙に消しゴムを返すべく手を出した。潮沙もゆっくり手を出してきてくれた。

「ありがとう、遊行ゆいきくん」

 あ、俺の名前は川峰かわみね 遊行ゆいき。今日も元気いっぱいだ!

 潮沙の声は高くて静かで、特に新学年になったときのクラスで話題になることが多い。潮沙自身もとてもおとなしく、潮沙から周りにしゃべりかけることはほとんどないようだ。

 そんな潮沙なので友達が少ないのか、一人でいることが多いと思う。

 しかしこのクラスのみんなも潮沙の性格を知っていて、みんな積極的に声をかけてあげてるみたいで、おしゃべりの輪に混ざってるのは何度も見ている。この集団を友達にカウントするなら一転してかなり友達がいることになる。でもやっぱり潮沙は話を聞いてることが多いようだ。

 俺もどっちかっていうと潮沙を笑かすために勝手にあれやこれやしてるが、潮沙はやっぱ聞き役が楽なんだろうか?

 便覧を置いて自分の席へ戻ってくるときに潮沙を後ろから見てみる。特にかぜとかはひいてないようだ。

 そう。加えて潮沙は学校をかぜで休むことがちょいちょいあって、長引くこともある。そんなにかぜ回数が多すぎるわけでもないけど、年に三回はまずあるんじゃないかな。

 俺は帰りの会に備えるべく席に着いた。まだ先生来てないので後ろの席である潮沙の方に振り向いてみる。ああ潮沙は連絡帳を書いている。たまにはじっくり眺めてみよう。

 ……本当にひたすら書いてるだけで、こっちには気づいてくれない。よし。

 俺も連絡帳と筆箱を持って、

(ででん)

 振り向きながら潮沙の机の上に半ば強引に置いた。さすがに潮沙は気づいてこっちを見てきた。ちょっと驚いているようだ。

「ふふん」

 俺も潮沙の机で連絡帳を書き始めた。潮沙はちょっとスペースを用意してくれた。強引に攻め込んだのにこの優しさ! 潮沙も再び書き始めた。っと潮沙の左隣の席の九見ここのみ 降葉ふるはが机を寄せてきたぞ! 元気っ子でこいつもよく潮沙にしゃべりかけている。

「川峰ー、あんた白羽ちゃん困らせちゃだめよ!」

「ちょ! 九見こそ潮沙のペース考えたことあんのかよ!」

「あんったいっつもいっつも白羽ちゃんを名前呼び捨てで呼んじゃって! 馴れ馴れしいんじゃない!?」

「別に潮沙がいいっつってんだからいいじゃねぇか!」

「川峰が無理矢理いいって言わせたんじゃない? あんたこそ白羽ちゃんのことを」

 ここで潮沙は九見をじっと見つめた。

「白羽ちゃっ」

 九見は驚いた表情で止まっている!

「し、白羽ちゃん! 迷惑だったらあたしが代わりに言ってあげ……」

 潮沙のガン見はなおも続いている!

「あ、あたしこそが白羽ちゃんのことを一番に考えてるよ! 川峰みたいな馴れ馴れしいやつなんて」

 これが世に言う無言の圧力ってやつなのか!?

「……はい。すいませんでしたぁ」

 九見はしゅんってなりながら机を元の位置に戻した!

 潮沙は一言も、一文字もしゃべってないというのに……。

「よーし、帰りの会するぞー」

 先生がやってきたので、俺も前に向き直

(ん?潮沙がこっちを見ている)

 なんだろう。普通の表情をしてこっちを見ている。

(あ。先生が前にいるからか)

 勘違い勘違い。俺は前に向き直った。


 帰りの会が終わって、部活の時間が始まった。今日乗り切ったら明日休みだー。

 教室中が「じゃーなー」「またねー」であふれる中、俺もかばんに宿題やら教科書やらいろいろ詰め込んで、

「いーだ」

「フッ」

 九見が俺を見るなりいーだをしてきた。そのまま潮沙に手を振ると潮沙も九見に手を振り返していた。今は少し笑顔である。九見は教室を出ていった。

「よし、潮沙、じゃな!」

 なぜか今日はエッヘンポーズな気分だったので、エッヘンポーズをしながら潮沙に去るあいさつを。

「遊行くん」

「ん!?」

(俺の名前を、呼んだだと?!)

 潮沙はちょっと……なんていうか、もじもじしている?


 …………のまま、十秒二十秒と経過していく。

(ここは俺からも声をかけるべきなのか!? いやしかし潮沙から声をかけてくることは珍しいから、ここは焦らず様子見のほうがいいか!?)

 なんて考えながらも二十五秒三十秒と経過していく。周りのやつらは俺らを気になりながら教室を出ていっている。

(な、なんなんだ一体!?)


「……遊行くん」

「はい!」

 もう一回来た!

「作文……」

「さ、作文?」

 これだけ時間をかけて出てきた単語が作文?

「宿題の……」

「宿題の?」

 チクタクチクタク。

「あ、ああ~! 国語の作文のやつか! それがどうしたんだ?」

(うわ人差し指同士をくっつけてもじもじ度アップしたぞ!)

 今回宿題の作文は、この土日と祝日の月曜日の間に書いて火曜日の国語の時間に提出するやつだ。俺原稿用紙書くのあんまり得意じゃない。

 お題があってー、友達のことを一人挙げて

(ん!? 友達!?)

 そうだ今回のやつ、友達一人を挙げてその人のことについて書くやつだった! しかもそれ、一回先生に提出した後、返ってきたやつを友達にあげてもいいくらい丁寧に書けってやつだった! まぁ実際友達に渡さなくていいらしいけど、なんなら渡しちゃってもいいらしい。

 その宿題のことで、俺に声をかけてるってことは……

(潮沙は俺を選びたいってことなのかーっ!?)

 いいいいやいや待て待て。ただ単に書き方の相談なだけかもしれないしな。まだ『作文、宿題の』までしか聞いてないからなうんうん。

 なんとなく理解してきつつも潮沙を見てみるが、依然としてもじもじしている。

(……キラァーン! よし、いい作戦を思いついたぞ!)

 このままもじもじを眺めているだけだったら先に進まない! ならばこちらから攻めるまでよ!

「いやぁ~俺作文ってあんま得意じゃないんだよなー。しかも原稿用紙とかもっと苦手だー」

 かーらーの

「でも今回のお題は友達一人挙げて書けってゆーてたよなー! いやぁ~このお題はちょーラッキーだったなぁー!」

 おしおし潮沙はこっちを見ている。

「俺って友達多いからそんだけ友達とわいわいすんの得意なんだよなー。だから友達のこと書けって言われたらよゆーで書けちゃうさー!」

 ここでわっはっはを入れる。

「さあ~ってー! 今回の作文はだれのこと書こっかなー! だれのこと書ぁ~こおっかなぁー!」

 潮沙を見てみると、あれ、またもじもじしている。

「でもどーせだったらお互い書き合いたいよなー! 俺のこと書いてくれるやつを書きたいなー! 書きたいなぁー!」

 潮沙をちらっちらっ。

「おーっと教室にはもうだれもいないやー! 俺のことを書いてくれるやつもうみんな部活行っちゃったのかなー!?」

 右手をおでこにセットして教室全体を見渡すポーズ。ほんとにだれもいなかった。

 もう一度潮沙をちらっちらっ。

 潮沙はもじもじを続け

(おっ!?)

 潮沙はすごい勢いでカバンをがさごそして、取り出したのは、筆箱と……何の教科のノート? それもわからないくらい高速で逆からめくって……なんかページの隅にカキカキし始めた。

 とりあえず眺めておくことにした。

 カキカキが終わったようで、

「おわっ?!」

 紙べりっ後に俺の左手を持ってかれたと思ったら、手にべりられた紙を握らされた。と思ったら潮沙はノートと筆箱を抱えてすごい速さで教室を出ていった。肩を越す長さの髪は左右に揺れていた。

 俺一人、ぽかーん。

(おっとこれ見なきゃ)

 潮沙から押し付けられしべりられ紙には一体何が。早速見てみると、潮沙の丸っこくちっちゃい文字が並んでいた。

『いっしょにかえろ うらもん』

(こ…………これは…………これはっ…………!!)

「うぉーーー!!」

 教室に魂の叫びがこだました。


 今日の俺は絶好調だった。先輩から驚かれつつもなんか怪しまれていたような気がするが、そんなのどうでもよかった。

 今までに感じたことのない感覚が全身をほとばしりながら練習に打ち込み、正直周りの言ってることが頭に入らなかった。 


 部活が終わると超速攻で帰り支度をして、部トップの早さでさようならを叫んだ。

 勢いそのまま、俺は裏門に向かった。鮮やかなステップですれ違うやつらを回避していった。


 コンクリに俺の靴を滑らせると、裏門すぐそばのベンチに潮沙がいたー! 潮沙も俺に気づいて、ゆっくりと立った。今になって俺は息切れしてるのに気づいた。

「潮沙! 帰ろう!」

 俺は右手を握りしめて潮沙に向いた。このポーズは自然と出たものだった。

 潮沙はゆっくりうなず……いてんのか? ちょっと顔の角度を下げつつ裏門の方へ向いた。


 俺。今潮沙と一緒に帰ってるよ。

(てか女子と帰んの初めてじゃん俺!)

 いつもばーっと走って帰ってばっかりな俺は、ただでさえだれかと一緒に帰ることが少ないのに、女子と一緒に帰るとか全然なかった! つーかつまり女子に誘われたのも初じゃん!!

 なんか初めてづくしで急に緊張してきたぞっ。潮沙は顔がずっと同じ少し下向き加減の角度のまま歩いている。セリフ数はまだゼロ。

 誘ってきたのは向こうなのになんにもしゃべってくれない。普通だったらどーゆーこっちゃとなるだろうけど、その相手が潮沙とあっちゃあ話は別だ。他のやつと一緒に帰ってるところを目撃するだけでも結構驚くと思うのに、今回その相手が俺だぜ俺!?

(しかし潮沙からセリフがないことには変わらない。い、一体何考えてんだろう。てか帰る方向一緒なのか?)

 潮沙の家なんて知らないぞ俺。一応俺ん家への方向からはそんなにそれていない。

(あんな誘い方したんならよっぽどなんだろうけど……うーむ)

 俺はカバンを持ちながら両腕を頭の後ろにやった。潮沙はカバンを両手で前に持ちながら歩いている。

(うーんうーん。わかんねぇ)

 でも一緒に帰るなんて機会、もしかしたらもう二度とないかもしれないよな!? ということはここは攻めるべきか!

「し、潮沙!」

 ちょっと声が裏返ってしまった。潮沙がこっちを向いた。

「や、やぁ潮沙!」

 謎のあいさつ。でも潮沙は

(うわぁすげー笑ってる!)

 ああいや他のやつらの大笑いには程遠いが、今まで見てきた潮沙の表情の中ではいっちゃん笑ってるかもしれない!

 てことはだれかと一緒に帰るのは楽しいってことなのか? てかずっとこっち向いてて前大丈夫なのか? でも楽しそうだなぁ。あ、やっぱり前向いた。

(………………終わり!?)

 ここはもーいっちょ。

「し、潮沙っ!」

 またこっち向いた。

「……えーっとー……」

 あれ、言葉が自然と浮かんできた。

「今日は誘ってくれてありがとな! また一緒に帰ろうぜ!」

(なんからしくないセリフが出てきたぞ!?)

 今さら撤回できないので、顔をキメたまま潮沙を見続けた。

(おわーーー! とんでもなく笑ってやがるー!)

 さっき潮沙笑い世界記録更新したのに、続けざまにまた更新されたぞー!?

 今までいろんな手段で潮沙を笑わせようと挑戦していったが、そのどのときでも感じなかったなんかよくわからんうれしさが込み上げてるぞ俺ー! と同時に緊張も。

 潮沙は前を向いた。けどカバンは腕で抱える形に変わった。あれ、また元の持ち方に戻った。と思ったらまたまた……

(潮沙が……身体を使って表現をしている!?)

 信じられない……夢のようだ……あの潮沙が(※潮沙にしては)こんなに大きな動きを披露してくれるとは……

(って運動会とかあったっけ。いやいやそれはノーカンだ!)

 ……待てよ。俺はまた思いついてしまった。

(今カバン持ってるから(※一般的には)あの程度の動きだよな? ならばカバンがなければ……)

 俺は部活で培われた瞬足で潮沙のカバンを奪いにかかった! あっけなく潮沙の手からカバンが離れた!

 これにはさすがに潮沙も驚いているようだが、

「持ってやるっ」

 俺は力持ちポーズを取りながら潮沙に言うと、

「ありがとう」

「なんのなんの!」

(どうした潮沙!? この数分間で一体いくつ新記録を樹立するつもりだー!)

 潮沙はカバンがなくなっても手は前で組んだまま歩いている。

「遊行くん」

「どした?」

 こっちを向いて俺の名前を呼んだ。

 ……のに、十字路を右に進んだ。俺ん家の方向から外れることになる。けどそのままついていくことに。

 単に曲がりますよの合図だったのかもしれない。


 しばらく直進した後、何度か左に右にと曲がった。

 すると少し大きめの公園に入った。ほほーここを通り抜けているんだな。

 小学生たちが遊んでる中公園をくぐり抜けたら、信号のある横断歩道を渡る。今度は商店街だ。へーこの辺住んでんのかな。

 にぎやかな商店街を抜けたら曲がって脇道に入った。

「……遊行くん」

「ん? おわっ」

 また俺の名前を呼んで振り返ってきたと思ったら潮沙は急に立ち止まり、勢いついたままの俺は

「あ、ちょうわっ!」

 潮沙にぶつかってしまい潮沙がこけてしまった!

「だいじょぶか!?」

 潮沙は道に手をついていたが、すぐこちらを向いた。この表情からしたら大丈夫のようだ。

 荷物を置いてから潮沙の手を取って

「あっ」

 見てみても、特に傷はなさそうだ。でこぼこの跡付いてるけど。

「俺急ブレーキ装置備わってないからぶつかっちまったよーうはは!」

 そのまま潮沙の手を引っ張って立たそうとした。がうわ立ってくれねぇから俺が今度こけかけた。

「足くじいたとか?」

 潮沙は首を横に振っている。でも俺の手を握っている。

(握っている!?)

 潮沙が俺の手を握っているのか!? 俺視力落ちたのかな……。

 結局潮沙は立てたようだったけど、手はつないだままで、なんていうか、離すタイミングが……。

 ここでちらっとの表情を確認しようとしたが、下向いててよくわからなかった。しかしばっちり手をつないだまま。潮沙も離そうとはしていない。いやもしかしたら離せないのか。でもなんか……この貴重な瞬間、もうちょっとつないでたくなったので、そのまま立っていた。

 ……手をつないで立ってる二人がずっと無言のまま動かずって、周りから見たらどんな画なんだろう。ここは通りから脇に入った道なので今のところは近くに人通ってないようだけど。遠くに見えたような気がするけど気のせいにしておこう。

(てうぉわ!)

 突然潮沙が俺を引っ張り始め

「おちょちょカバンカバンっ」

 左手だけ離してカバンふたつ持って、改めて潮沙が引っ張る方向に流れていった。潮沙の空いた右手は俺を引っ張る主戦力の左手に加勢してパワーアップされた。

(しかしこれ引っ張られてる方向は、家だよな……ん!?)

 表札を見ると

「し、潮沙の家ここぉわ」

 確認作業する間もなく敷地内に連れてかれて、加勢していた右手はドアノブに。あ、ドア開いた連れ込まれたドア閉じた!

(展開追いつかねぇよ!)

 この超展開に頭がついていかず、しかもそれやってるのが潮沙ってのがよけーに……!

「潮ちゃん? おかえ……」

 その菜箸の落とし方と驚いた表情、マンガでよく見たぞ! 長袖シャツにエプロンの女の人だ。

 てかお母さん? まさかお姉さん? たぶんお母さんだと思うけど、もしお姉さんだったら……ああこんなこと考えてる場合じゃねぇ!

「ここ、んにちは!」

『こ』がとても裏返った。

 女の人はまだ止まっている!

(もしや時間停止の術!?)

 潮沙を見てみても動きは止まってるし……あでも俺を握っている手の力の入れ具合に強弱があるので、やっぱり時は流れているのか。

「こんにちは……」

 女の人側も時は同じように流れている! そしてゆっくり近づいてきた。菜箸は踏まれなかった。

「潮ちゃん。この子は……?」

 へー潮ちゃんって呼ばれてんのか。てことはやっぱお母さん?

(てか痛い痛い)

 握られてる力が強まったが、しかしここは黙って耐えるのみ。

「……友達っ」

 ジャッジャッジャッジャァーーーン! 遊行は潮沙の友達の称号を手に入れた!

「……まあ~っ!! あなた、お名前は? あ、私の名前は白羽しらばね弓香 《ゆみか》と申します。潮ちゃんのお母さんなのよっ」

 やっぱお母さんだったー!

「お、俺は」

「川峰遊行くんっ」

 潮沙がフルネーム言ったー!

「まあ……まあまあまあっ……潮ちゃんは普段なんて呼んでるの?」

「……遊行くん」

「まあっ! じゃあお母さんも遊行くんって呼んじゃうわ! いいかしら?」

「は、はい」

 お母さんはまあ~って言いながら満面の笑み。

「はっ。潮ちゃん上がってもらうんでしょ? 立ってないでほらほら! ぁああごめんなさいスリッパいるわね、はい、はいっ」

 いっぱいくまちゃん描かれた柄のスリッパだ。こ、これお客さん用なのか?

「おじゃましますっ」

「どうぞどうぞ! 潮ちゃん遊行くんのことについて教」

「どうしたのお母さ……えっ」

 奥の通路からもう一人お姉さんが出てきた! あ、今度はたぶんお姉さんだと思う。白いタンクトップに短いズボンっていう運動性能高そうな感じ。

 そして時の止まり方がやはり親子!

 でもお母さんとは違い止まった時間は短く、しかし今度は口がぱくぱくしている!

「し……しし、し、しっ……ししし……」

 ししか言っていない。

「ししし……し、しし……しっ」

 倒れたーーー!


「潮沙……改めてお姉ちゃんにも教えて」

「遊行くん」

 お姉さんがこっちを向いた。

「こ、こんにち、は」

 ずっと俺を見ている。

「こんにちは……ゆ、遊行く、ん」

 真面目そうな表情なのになぜか言葉が途切れ途切れ。

「あ、私は潮沙のお姉ちゃんやってる白羽しらばね美園みそのよ。よろしく!」

「よ、よろしく」

 それにしてもお母さんもお姉さんも、表情豊かでよくしゃべるなぁ。

「潮沙に友達ができたみたいでうれしいけど、まさか男の子だなんて! 通り越して驚きすぎて辞書に載ってない感情がわいているわ!」

「潮ちゃんよかったわねぇ……よかったわねぇっ……ささ食べて食べて! これお父さんの会社の人からの頂き物なの。お母さんは桃食べるわね。どれがいい?」

 これはゼリーみたいだ。結構大きくて、果物の実が入っているようだ。てかそんなに桃好きなんかいっ。

「じゃあ……りんごで」

「はい、どうぞ。潮ちゃんも仲良くりんごでいい?」

 潮沙はうなずいている。お姉さんにはみかんが渡された。お姉さん納得の表情。

 俺たちはやや大きめの丸いテーブルを囲んで座っている。俺の右隣に潮沙がいて、こっちから見て前にお母さん、その右にお姉さんが座っている。お姉さんが髪をくくり直している。本気モード?

 りんごゼリーとスプーンが俺と潮沙の前に置かれた。真ん中に皿が用意され、ふたはここに置くようだ。

「いただきます」

「どうぞどうぞ! もう遠慮しないで! 潮ちゃんのお友達よお友達!」

 やっぱ潮沙って友達少ないんだなぁ。潮沙を見てみると、ゼリーを開け……ようとしているが、硬いのかうまくいってない。ので俺が開けてあげることにした。一瞬前から「まあっ」って聞こえた。

 潮沙の手は本体に添えさせて

「……よっと」

 ふたを開けることに成功した。取ったふたを皿に置いた。

「ありがとう」

 お姉さんが天を仰いでいる!!

「ごめんなさい、お母さん電話するわね!」

 お母さんが勢いよく立ったが、これまた勢いよく電話機のところまで。そしてとんでもない速さで番号が叩き込まれた。

「……あ、お父さん! 弓香です! お父さん聞いて聞いて! え? もうそれどころじゃありません! あのねお父さん、潮ちゃんが……潮ちゃんがっ……ああっ、私たちの潮沙ちゃんが……!」

(なんか不吉な言い方じゃね!?)

「ねぇ潮沙、遊行くんとはどんな出会いだったの!?」

(出会い!?)

 お姉さんがスプーンをグーで縦に握って潮沙に聞いている。

「……遠足」

「遠足!?」

 今お姉さんとハモった。

「え、なんで遊行くんも驚いてんのよ?」

「い、いやぁ……潮沙、俺にも話してくれよ」

 潮沙はおめめぱちぱちしていたが、

「ちょっと待っててね」

 潮沙は立ち上がりそのままリビングを出ていった。階段を上っていったようだ。

「そうなの! そうなのよ! 遊行くんっていう子でね、男の子なのよぉー。うんうんいい子よいい子! はぁ~、潮ちゃんが……潮ちゃんがぁ……」

 お母さんの電話は盛り上がっているようだ。

「ね、遊行くんっ」

「はい?」

 俺はゼリーを食べている。お姉さんがずいっと上半身を近づけた。

「潮沙のどこを好きになったのよ」

「ぶぐあぁ! げっほがっはごぉっは!」

 やべ鼻っ。

「あんらぁ~いいリアクションねぇー! ねぇねぇどこを好きになってくれたのよっ」

「そ、そんな、好きとか、す、好き、とか…………」

 だめだまったくついていけねぇ! っと潮沙が戻ってきた、階段結構なスピードで降りてこなかったか?

 また俺の右隣に座って……って、持ってきたのは、アルバム?

「んねぇ遊行くぅん」

「潮沙何持ってきたんだい!?」

 今お姉さんの攻撃を受けるわけにはいかない!

 やや小型のアルバムで、一ページに六枚ずつのタイプ。学校行事のばかりみたいだけど、潮沙はあるページを開いてこちらに向けてきた。

 俺とお姉さんは顔を近づけてみると、

「あーーー! これかぁー!」

 思い出した思い出した! これ小学校の遠足があって外で弁当食べるとき、一人で弁当箱開こうとしてた潮沙を先生が写真撮ってて、俺は写真写りたさに潮沙の横に飛び込みVサインしたんだった! 俺も弁当手に持ってたから、潮沙と並んで弁当箱開いたやつを撮ってもらったんだっけ。

「俺ん家にもこの写真あるぞ! そっか潮沙的にはこれが俺との出会いなのか」

 うんうんこの写真潮沙いい顔してるなぁー。今ならわかる、これは楽しんでるときの潮沙の顔だ。

「その後そのまま一緒に弁当食べたんだよな。なっつかし!」

 横にいる現実の潮沙も楽しそうだ。

「こん時はクラス違ったけど、そっからだんだん一緒のクラスになることが多くなってきて、で、しゃべるようになってきたんだっけ?」

 潮沙はうなずいている。お姉さんはまた天を仰いでいる!

「お母さんも混ぜて! それじゃねお父さん!」

 なんて乱暴なスピードで置かれた受話器。お母さんがすぐにこっちにやってきた。

「まあっ! こんな写真あったわね! この時名前わからなかったらしくて、結局そのままこの子のこと聞かずじまいだったわねぇ。そう~、この子だったのねー」

 俺も忘れてたぜてへ。


 しばらく写真懐かしいコーナーが続いた。俺と潮沙が二人で写っている写真はさっきの弁当シーンくらいだったが、学校行事の思い出を一緒に振り返った。潮沙は相変わらずしゃべってないけど、表情はとても楽しそうだった。

 アルバムも終わりかけになってきて、最後のページを開くと、横に挟んでる写真がいくつか。収まりきらなかったとか? これも別に俺と写ってるわけではないようだ。

 アルバムを閉じたら、なんと下に白い封筒が。これも一緒に持ってきていたのか。

 その封筒を潮沙が開けると、やはり写真。だがその写真はこれまでの学校行事のとはちょっと違い、日常を撮ったようなやつだった。

 ああこれは新聞委員会のやつが撮ってる感じかな? 俺もカメラ持ち歩きたくなってきたな。

「お、おおおこれはっ!!」

 潮沙がゆっくり紹介してくれた写真。二人で写ってる! 前から「まあっ」がまた聞こえた。お姉さん案の定!

「これ体育でマラソン練習のタイム測ったときのやつだな!」

 潮沙はうなずいている。

「俺は本気で走ったからゴールしたときはバッテバテで倒れ込んでたら、潮沙がゆっくり近づいてきて、上からのぞき込んできたんだよなー。そん時新聞委員会は特別にカメラ持って卒業アルバム用の授業風景を撮ることを許されてたとかだっけー」

 写真自体は、俺は身体起こして顔ヘトヘトながらグッ! ってやってるが、んまぁ~この体操服潮沙もいい表情だこと! 特にこれといったポーズをせずこっち見てるだけなのにっ。

「潮沙……遊行くんの前ではこんなに笑ってるんだねぇ」

 あれ、ここで潮沙は俺を見てきた。これは……な、なにを訴えてんだろう。

「とっておき」

「とっておき!?」

 潮沙はそんな言葉を残しつつ、さらに忍ばせてあった今度は薄い黄色い封筒!『白羽さん』という文字が見えた。みんなが注目。封筒から出てきたのは……

「ぶっは!!」

 とうとうお母さんとお姉さんは抱き合っている!

「おい潮沙この写真なんなんだよ!」

 ぶわー! 現実潮沙ちょー笑ってる! いや写真潮沙もちょー笑ってるけど!

 俺が芝生んとこで寝てる横に潮沙が座ってて、やや上の角度から俺の寝顔ばっちしな横に潮沙のこの笑顔!

 しかしこの芝生どこだろう。俺芝生見つけたら結構寝転んでるけど、これガチ寝してるよな。にしてもこれ普段着だぞ? うーん?

「し、潮沙……これどこで撮った」

「宿泊学習」

「そこかぁーーー!!」

 ああ。俺の身体にフィット具合半端なかった宿泊学習の芝生……。

「てか起こせよぉーーー!」

「……くすっ、ふふっ」

 潮沙がついに声出して笑ったぁーーー!!

 ああお母さんまで天を仰いじゃってるよ。

「お母さん」

 潮沙の呼びかけに応えず天を仰いだままだ。

「遊行くんと宿題する」

 潮沙はちゃちゃっと写真を片づけると、次に俺のゼリーを奪っていった。なんて自然な奪い方! と感心している場合ではない、潮沙は立ち上がって……? つまりついてこいということかな?

 俺は潮沙の分のカバンも持って立ち上がったが、お母さんとお姉さんはそれぞれ手を組んで目を閉じて顔はやや上方に角度を付けて、どこか遠くの空間に身を置いているようだった。

 置いてかれる前に俺は潮沙についてった。階段を上るようだ。


 階段を上って、いくつか部屋があるわけだがー……

(……こ、ここはっ……!!)

 今ここに立ってる場面を九見に見られたら、間違いなくぶん殴ってこられそうな状況。そう。目の前にあるドアには木で出来た掛け札があり、『しおさ』とピンク色の文字の木が貼り付けられてあった。

「……開けてっ」

「お、俺が!?」

 潮沙は両手のゼリーをアピールしているようだ。いやその片方俺のなんですけど。

 潮沙様の命令は絶対な雰囲気がかもし出されていたので、俺はドアを開けた。

(うっ。まぶしい。これが女子の部屋かっ……!)

 机。ベッド。棚。カーテン。カーペット。どれもこれもまぶしい……。

 女の子の部屋なんて、むかーし親戚の家に行ったのが最後かもしれない。

「閉めて」

「はい」

 俺はゆっくりとドアを閉めた。潮沙は少し奥に置かれていた小型の丸くてまぶしいテーブルの上にゼリーをふたつ置くと、そのまぶしいテーブルを部屋の真ん中に持ってきた。

 まぶしいクッションも用意された。こちらは少し大きめ。潮沙はもう少し探している仕草だが、まぶしいクッションはいつまでもひとつのまま。ひょっとしてひとつしかないってことか?

「潮沙様がクッションお使いくださいませ」

 潮沙の動きが止まり、そのまままぶしいクッションに座った。えらく端に。そのポジションのまま俺を見上げている。うん。見上げている。いい表情である。うん。見上げている。

「え、俺も!?」

 潮沙は不自然に空いているスペースを優しくぽんぽんした。そこ座った瞬間脱出装置動いて屋根付き抜けるとかじゃないだろうな!?

「お……おじゃまします」

 俺はカバンを~……ベッドでいいや。ベッドに置いて、潮沙のクッション内に座った。

 クッション内ということもあって、さっきとは比べ物にならないほど近距離……というか、もうがっつりくっついてる。

「あ、あのぅ潮沙様。これはさすがに無理があるんじゃ」

 潮沙はこっちを向いたが、表情まったく変わらず。てか近い。

「……おじゃまします」

 潮沙はゼリーを再び食べ始めた。

「ちょい待ち潮沙。俺のどっちだ!?」

 出されたスプーンは同じ銀色同じ柄。同じりんごゼリー。部屋入るまでは持ったゼリーが入れ替わることなかったと思うが、部屋入ってテーブルに置かれたとこはよく見えなかった。しかし潮沙はすでにスプーンでゼリーぱくりをしている。

「て、なーんだ潮沙のそっちだよなははは! 運んだの潮沙だもんな、間違いないよなははは!」

 潮沙はスプーンを口にくわえたまま……

(……おいまさか)

 そのゆっくりゆっくり顔の角度下げるのやめろぉぉぉー!

「こ、こっち……俺のだよ……な!? なっ!?」

 潮沙はこっちを見ずにスプーン口にくわえたまま。やっぱり返事ねぇ!

(俺のだったらよし。だがもしこれが俺のじゃなく潮沙のだったら……)

 ……つまり。つまりあれだ。あれである。

(いやっ! この停止具合は潮沙もどうしていいかわかんなくなってるってことか!? ならばここはやはり……!)

 俺は意を決してゼリーとスプーンを手に取り

「もぐっ」

 ゼリーを食べた。りんごがしゃりしゃりしている。

「ゼリーうまいな! な!」

 潮沙はこっちを向いた。スプーンが口から開放されて、潮沙ゼリーのところへ。潮沙はまた食べた。もぐもぐごっくんしているようだ。

(……まさか俺の出方をうかがうフェイクとか!?)

 さすがにそんな高等テクニックを使ってくるようなキャラには見えないけど。

「……遊行くん」

 おっとここでお呼びがかかる!

「どした?」

「ありがとう、遊行くん」

「どういたしまし……て?」

 ふた取ったことか?

「勝手に連れてきちゃって、ごめんなさい」

 申し訳なさそうな表情をしている。

「な、何言ってんだよ! うれしいに決まってんじゃん! 俺同級生の女子の部屋に入んの初めてだから緊張してっけど」

「ありがとう」

(ほっ)

「遊行くんなら、私の気持ち伝わるかなって思って……」

 今年最も長い潮沙の会話の文章だったかもしれない。

「伝わってる伝わってる! よな? 俺の解釈が間違ってなかったらだけど」

 潮沙はゼリーぱくり。俺もゼリー食べよう。でもほとんどなくなってきた。

「遊行くんはね」

 あ、潮沙はゼリー食べきった。

「私の……いちばんの友達」

 ジャーンジャカジャッジャッジャッジャーーーン! 遊行は潮沙のいちばんの友達の称号を手に入れた!

(ああ。今ならあのお姉さんの天を仰ぐ気持ちがわかるかもしれない)

「それは光栄だな! ありがたき幸せーははーっ」

 最後にゼリー放り込んで頭を下げてははーポーズ。でも右の潮沙とくっついてるけど。

 潮沙はちょっとだけこっちを見ている。身体くっついてるから顔もかなり近い。おーっとここで潮沙の奥義もじもじが始まったー!

 しかしこれだけの接近戦なので俺もどうしていいかわからず、とりあえず座ったままじっとしておくことにした。


 鳥のさえずり。車が通る音。布団ばしばし。外の音が少し聞こえるけど、潮沙も俺も動くことなく隣で座ったまま。でもなんだろう、なんか……

(……眠たくなってきたな)

 あまりに平和な空間だからなのかあまりの超展開で疲れていたからなのかわからないけど、猛烈に眠くなってきた。

(いかんいかん! 潮沙さっき宿題してくるっつったじゃねーか!)

 つまりたぶん、作文一緒にしよーぜってことだよな? ならば寝るわけにはいかぬ!

「遊行くん」

「んぁ?」

 気の抜けた返事になってしまった。

「……眠たいの?」

「ふあ、あぁ~……よくわかったなぁー。なんか急に眠たくなってきた」

 結局こんなこと言っちゃったし。

「遊行くんといるの、楽しい」

「まじか!?」

 ぁ、この距離で声おっきかったかな? 潮沙はこっちを向いてうなずいている。

「みんなといるのも楽しい。でも遊行くんといるのがいちばん楽しい」

 いちばん友達だけでなくいちばん楽しいまで!

「……仲良くしてねっ」

「も、もちろんに決まってんじゃねーか! 仲良くなりたいから仲良くしてんだ! 俺からもよろしくな!」

 げっ。顔がものすごく近い。

「うん」

(て!? うぇーっ?!)

 そのまま潮沙は、しし潮沙は、だ、抱き、だだ抱きっ

「えちょ、え、し、えっ!?」

 俺の慌てっぷりをよそに潮沙は腕を俺の背中にしっかり回している。

「……いちばんの、友達」

「お、おう。いやいやいや今それどころじゃないんじゃてうおおっ」

 さらに腕の力がこもった。

「し、潮沙あ、お、俺男なんだけどぉ!?」

 潮沙は顔を少し離し、こっちを見てきた。いや離れてねぇ近い。近すぎる。

 潮沙の表情は……いつものかなぁ。超アップだけど……。

「……友達。友達っ」

 腕は背中回ったまま顔だけ少しもじもじモード突入?

「友達だぞー友達だぞぉー」

 了解しておりますアピール。

「……遊行くん」

「へい」

 今日はものすごい数名前呼ばれてるぞっ。

「……もっとぎゅってしていい?」

「ほぁ!?」

 なんか五十音表に記載されていない声が出たような!?

 潮沙はきょろきょろしつつも目で訴えている。

「ど、うぞ」

 急いで許可を出すと、潮沙はゆっくり力を込め改めて俺に抱きついてきた。

「で、でも急にどうしたんだ潮沙っ。なんか、今までに見たことない潮沙な気がっ」

 ……お返事は特に来なかった。

「まあ、うん、潮沙がしたいだけ、好きなだけ……どぞ」

 顔がちょっと動いた。俺の左肩に潮沙の顔が。

「で、でもさ! いくらでもそうしてていいけどさ! 代わりに~……今みたいに、いっぱい潮沙の気持ちを言葉にしてくれたらー、俺ー、もっとうれしいかなー。なんて」

 たまには交換条件!

「……うん」

 いつもより高くて、いつもよりしっかりとした返事だった。

「む、無理せず俺の前だけでいいから……さ」

 無理してんのかは確認取ってなかったけど、まぁいいや。

「うんっ」

 のぅ、抱きつき力上がった。潮沙結構力持ちなんじゃね?


 でもそこから潮沙は特にしゃべることなく、ずーっと俺に抱きついていた。腕疲れないのだろうか。

 俺結構緊張してたけど、潮沙は緊張さないなぁ。いやぁもじもじするときはもじもじしてるけど、こういう行動に移してるときはそんなにもじもじすることなく行動してるよなぁ。

 しっかしこんなにじーっとしてたら、

「ふぁ~……」

 再び眠気が。今度はもっとでかい眠気が。

「寝る?」

「寝たい」

 眠いぞ俺は! ってうおっと潮沙は体勢変えたと思ったらおわわわ!?

(これは……語り継がれし伝承にのみしかないと思われていた幻の……!)

 ひ・ざ・ま・く・ら!

(あでも今猛烈に眠いや……やべぇ……)

 まさかさっきのゼリー睡眠薬入りとか?

 潮沙は膝に俺の頭を乗せ、左手は俺の胸辺りに置いていて、ベッドにもたれている。

(ほんっと潮沙動じてねーなぁ。普段からお姉さんにやってんのかなぁ)

 それでも潮沙はずっといい表情だ。あでも表情確認しづらくなるほど眠たさが。

「ベッドがいい?」

「いや、ふあぁ、これでいいや」

 完全睡眠モードに入りそうだ。

「遊行くんと仲良くなれて、うれしい」

「俺もー」

 膝枕。そうかこれが膝枕の魔力か。

「遊行くんと出会ってから、みんな私にしゃべりかけてくれるようになったんだよ」

「ほー、そうだったのかー?」

 ちょっと間があったけど、これはたぶんうなずいているんだろう。

「あの日の遠足の行きと帰りで全然違ったもん。あのお弁当持った遊行くんとの瞬間から、私、学校楽しくなったよ」

「なんて光栄なっ」

 潮沙よいしょしすぎだー!

「仲良くしてね」

「もちろふぁ~……むにゃ。寝るー」

「おやすみ」

 あー気持ちいー。寝るー。



(……ん、んーっ)



(んー…………んん?)

 なんか息苦しいような……変な夢でも見たのかなー……

(まだ眠いから寝よーっと)



(……はっ)

 俺、マジで寝ちまった。

 ほっぺにこれ、

(潮沙の膝!)

 ずっと膝枕しててくれたのか! 見上げてみると、

(潮沙も寝てるのか!?)

 ベッドにもたれながら寝ている潮沙。おっといつまでもこうしてると潮沙の膝が。俺は起きた。

(うわー潮沙寝てるよー)

 目の前に寝ている潮沙がいる。潮沙の顔からどういうこと考えてるか予想するのも慣れてきたけど、寝顔という表情を見るのは初めてだ。いつもこんな顔して寝てるのかー。

(うぉ、宿題するんじゃなかったのか!?)

 俺も潮沙のこと書くんだから、先にやっとこ。

(しゅ、宿題をして邪念を取り払うのだっ)

 ゼリーはテーブルの端に置いて、カバンから筆箱と作文の宿題を取り出した。その間ずっと顔に潮沙の膝の感覚が……うぉっほん!

「ん~。どんなふうに書いたらいいんだっ。原稿用紙のマス目が俺に襲いかかってくるぅー」

 声は部屋にむなしく響き渡った。潮沙は寝ている。

「あー題名考えなきゃいけないなー。んん~っ……」

 考えること数秒。

「『いちばんの友達と言ってくれた友達』よし、これでいいや。えーっと。俺は~じゃなくてぼくが今日紹介する友達は白羽潮沙さんですー。おとなしいけどクラスの人気者」

 結構浮かぶもんだな! 潮沙が起きる前に完成させて自慢気に紙ぺらぺらしようフッフッフ。


 お、ノックだ。

「潮ちゃーん? レモネードとチョコレート持ってきたわー」

 はいはーいっと。潮沙はまだ寝ているので俺がドアを開けた。

「あら遊行くん、まあっ……!」

 お母さんは潮沙が寝ていることにすぐ気づいた。

「遊行くんが来てるのになに寝てるのかしら、ふふっ」

 お、今のはいかにもお母さんって感じの表情だ。やっぱこの人潮沙のお母さんなんだな。

 お母さんは部屋に入って、持ってたおぼんをテーブルの上に置いて、改めて潮沙を見た。

「潮ちゃんこれ起きそうにないわねー。ごめんなさいねぇ遊行くん。潮ちゃん寝るとなかなか起きない子なのよー」

「だいじょぶだいじょぶ! 潮沙が寝たいって気持ち出してくれてるのがうれしいし!」

 お母さんはちょっと笑って、潮沙のセーラーを

「ぬわあ?!」

「上着だけよっ」

 素早く脱がしていったん服置いたと思ったら、そのまま潮沙を抱えて

(え、そんな軽く持ち上がるもん!?)

 慣れた手つきでベッドに入れた。あっという間に布団かぶった潮沙のできあがり。

「ね。よかったら学校での潮ちゃんのこと、聴かせてくれないかしら」

 お母さんは潮沙のセーラーをたたみながらクッションに鎮座した。なんという手馴れ具合。

「さっきしゃべったのがほとんどのような気がするけど~」

 改めて思い返してみる。

「潮沙、自分からしゃべりかけることは全然ないけど、潮沙のことを気にかけてるやつらは多いんじゃないかなー。朝や帰り際に一言潮沙に声かけて帰ってくやつとかは結構いると思う」

 お母さんはうんうんうなずいている。

「あー潮沙は全然しゃべってくれないから、部活のこととか俺のいないとこでどんな感じなのかとかはわかんないなー。それでも俺は潮沙を笑かすためにネタ考えるけどな!」

「へぇ~、うれしいわー」

 ここでお母さんはテーブルに目を移した。

「あら作文? 言ってた宿題かしら」

「国語の。俺作文苦手なんだよー」

 てへ。

「読んでいい?」

「え、まだ書きかけだけど?」

「遊行くんさえよかったら、お母さん読みたいわぁ」

「ま、まぁ……どぞ」

 お母さんは穏やかな表情のまま、俺の作文を手に取って読み始めた。ここでは「まあ」は飛び出さない。まあ度の低い作文ってこと?

 俺はどうすることもできないので、レモネードを飲もう。甘くておいしい。


「ありがとう遊行くん」

 お母さんは元の位置に作文を置いた。

「お母さんうれしいわー。こんなにも潮ちゃんのことをわかってくれる友達がいてっ」

 にこにこだ。

「なんか潮沙って、しゃべりはしないけど、俺のやったネタをいつも笑ってくれるんだよなー。愛想笑いとかじゃなくマジで笑ってくれてるし。それだけ俺のことまっすぐ見てくれてるってわかって俺もうれしいって感じかな」

 チョコレートもおいしいな。

「そのチョコレートもお父さんの友達からのいただき物なのよー。おいしいわよねぇ」

「んまい」

 普通のチョコレートじゃないことはなんとなくわかる。気がする。

「潮ちゃんいつ起きるかわからないけど、まだ宿題するの?」

「潮沙が起きたときのネタになるからする!」

「お母さん下にいるから、用があったら遠慮なく呼んでね」

「あい!」

 お母さんは立ち上がり、もう一度潮沙を見てから部屋を出ていった。

「さて書くぞぉー。表情を見ただけでどんな気持ちなのかわかるようになってきたぼくは~」

 俺は作文の続きを書き始めた。


「……でーきたぁー!」

 俺は腕を大きく伸ばしたまま後ろに倒れ込んだ。

「結局潮沙起きなかったなー。ほんとに寝るときがっつり寝るタイプなんだな。俺もそっか」

 でも俺以上のがっつりっぷりだな! ここで潮沙をもっかい確認してみよう。ベッドに行って潮沙を斜め上から見下ろしてみる。

「……ガチだ」

 潮沙はとても穏やかな表情で寝ている。

「潮沙ってひょっとして、友達来てるのに寝るのが趣味とか、そんなん?」

 聞いたことない趣味だ。

(……はっ!)

 俺はここで突然いいアイデアをひらめいた! すぐさま部屋を飛び出しお母さんのところへ。


「……この辺?」

「いいわいいわ、いくわよー、はい、チーズッ」

 カシャリ。

「もう一枚、はいチーズッ」

 カシャリ。

「おまけにもう一枚、ほら美園も入ってっ」

「お主も悪よのうー」

 カシャリ。

「ただいまー」

「あらお父さんよ! あなた、あなたーっ」

 お母さんはカメラをお姉さんに押し付けて帰ってきたお父さんのとこに向かっていった。


「みんなして何やってんだ? お? き、君は?」

 スーツ姿のお父さんが登場した!

「あ、こんにちは。俺川峰」

「あいさつは後よ!」

「弓香三脚なんか持ってきてどうしたんだ!?」

「あなたセットよろしく!」

「セットって……潮沙は寝てるのか?」

「とーさん早くしないと潮沙起きちゃうじゃん!」

「まったくみんなして………………最高の角度で撮ってやる」

 お父さんも同類だったかー!


「そうかそうか……潮沙にこんないい男の子の友達ができたのか」

「ど、ども」

 お父さんは俺を見ている。

「宿題で作文があって、友達のことについて書くらしいの。潮ちゃんは遊行くんのこと書きたいみたいなのよ!」

「そうかそうかそこまで……弓香、よかったな」

「あなたっ」

 お母さんがこんな感じなのでお父さん静かパターンの可能性を考えていたが、それも崩れたとなると、じゃあなんで潮沙はこんなに静かなんだろう。

「てゆーか遊行くん来てんのにいつまで寝てんの?」

「随分気持ちよさそうに寝てるわよねー」

「そんなに長いこと寝てるのか?」

「遊行くんが作文終わっちゃうくらいね。途中に見せてもらったけどとってもよかったわぁ」

「それはそれは。なに、見せてもらった? 遊行くん、父さんも読んでいいかい?」

「どぞ」

「お母さんも出来上がったの読みたいわ!」

「お姉さんももちろん見るわよ!」

 みんなで俺の作文を読み始めた。


「ふぅー」

 気づけば結構暗くなってきたなー。そりゃ部活やった後に作文書いたんだし。

 今部屋はまた俺と寝てる潮沙の二人。ネタできないのもそうだけど、黙って帰るのもあれだしなー。

 窓から入ってくる光もオレンジっぽくなっていて、そろそろ夜になりそうだ。

 落ち着いたところでまた潮沙の近くに行って眺めてみることに。

「……体調悪いとかじゃないよな?」

 それっぽい感じでおでこに手を置いてみた。

「………………わからん」

 残念ながらおでこぺちをしただけの結果となってしまった。

(……お!?)

 潮沙のまぶたが動いた! そしてついに潮沙は目をゆーっくり開いた!

(えーっとおーっとうーっと)

「や、やあ潮沙!」

 おでこぺちったままだった。潮沙は目が覚めたようだが、ぱちぱちしたまま俺を見上げていただけだった。

「やあ!」

 ぱちぱちの速度が遅くなってきた。ようやく本格的に起きてくれ

「ちょおーい寝るんかーい!」

 たように見えたがそれは二度寝のサインのようだった。

「だめだこりゃっ」

 うん、帰ろう。今日の潮沙は完全にエネルギー切れだ。

 潮沙はもぞもぞしていて、おやすみポジに移行しているようだ。かと思いきや手が出てきたぞ? 目はつぶったまま。

(夢でうなされるにしては早すぎるっしょ)

 何かを探しているようで……て、ベッドについていた俺の右手に当たった。そのまま手首をつかまれ

「おおうおお?!」

 腕が布団の中に引きずり込まれてしまった! その流れで俺の体勢も崩れて、俺の顔は潮沙の顔の横に不時着してしまった。引きずり込まれた腕は両腕で抱えられているっぽい。手はこれ……腰辺り……か……?

(いやここはさすがに何か反応くれよぉー!)

 俺女子の体こんな触ったの初めてだっつーの! そんな俺の焦りをよそに潮沙はすやすやと。

(寝ぼけてる……にしてはさっきばっちり目覚ましてたよな……?)

 潮沙は俺の腕ポジションを決めたのか、すぴすぴ寝息を立て始めた。ああまたガチ寝だよ。

(作文に潮沙の顔見てたら何考えてんのかわかるって書いたけど、書き直そうかな……)

 さすがにこんな腕持ってかれることなんて想像だにしなかった。

(う~ん参ったなぁ。どーすっかなー……)

 潮沙は俺の腕を何だと思ってんだっ。

(てか近いってば……)


 何分経ったかわかんないけど、潮沙は腕を離そうとしない。

(待てよ……ガチ寝だったら腕引っこ抜けるんじゃ?)

 よいしょ。なんだ簡単に抜けた。ふー解放感。

(お)

 なぜかこのタイミングで目覚める潮沙。

「やあ潮沙!」

 ゆっくりぱちぱちしている。

「や、やあ!」

 おててでおめめをこすっている。おお今度こそ目が覚めたようだ! そのまま俺を見ている。この至近距離顔で。

 潮沙はゆっくりうなずいている。

「潮沙寝すぎ」

 潮沙は周りをきょろきょろし始めて、ゆーっくり体を回して目覚まし時計を手にした。時刻を確認するとすぐ元の位置に戻された。またこっち見てる。

「一言どうぞ」

 解放感のある右手でマイクを作って潮沙に向けた。

「おはよう」

「おはようございます。じゃねーよ! 寝すぎだ潮沙っ」

 潮沙は笑っている。

「せっかく作文書き上げたのにガチ寝しててネタできなかったじゃねーか!」

 潮沙はじっと俺を見ている。

「俺そろそろ帰るぞ?」

 やっと潮沙は布団をめくって体を起こした。やっぱりゆーっくり。

「ごめんなさい、寝ちゃって」

「いいんだよっ。お母さんが気持ちよさそうな寝顔だっつってたぞ」

 顔の角度を少し下げて、これはてれているようだ。

「そんなに気持ちよく眠れたのか?」

 潮沙は少し考えてから、ゆっくりうなずいた。

「じゃあまた遊びに来ていいか? 潮沙寝てていいから」

「もったいない。遊行くんと遊びたい」

「おいおいさっきまでどこで何してたやつがそんな口利いてんだ」

 俺は鋭いデコピン攻撃。潮沙は楽しそうだ。

「遊行くん」

「ん?」

 潮沙が顔を上げた。

「明日……遊びたいな」

「あ明日っ? ああ、いいけど」

「朝九時に来て」

「朝から!? い、いいけど」

 やはり潮沙は楽しそうだ。

「じゃあ帰るぞ?」

 ……反応がない。

「……ずっと寝てたから、ちょっとだけ……いい?」

「なんだなんだ今度はっ」

 俺はベッドに上がって潮沙の隣に座り直した。

「今の気持ち。伝えたくて」

「き、気持ちを伝える!? 潮沙熱でもあんのか!?」

 おでこぺちネタをしたが、その右手は潮沙に持っていかれてしまった。

「遊行くんとくっついてたら、とても暖かい気持ちになったの」

「あったかい?」

「よくわからない。けどとても気持ちよくて、眠たくなっちゃった」

「聴いてる方もよくわかんねぇよ」

 潮沙は笑顔で話を続けた。

「すごく居心地がよくて。よく眠れて。目覚めもよくて」

「友達来てんのに寝て目覚めよくてっておいおい」

 あれ潮沙すごく笑ってる。

「遊行くんも寝たよ」

「すいませんでした」

 も、もちろんこれも計算のうちだからな!!

「こんな気持ち初めて。初めてすぎてよくわからないけど、私、もっと遊行くんのそばにいたい」

「し、潮沙っ。ど、どうしたそんなにしゃべって、やっぱ熱でも!?」

 潮沙は大きく息を吸って吐いた。唐突な深呼吸。

「遊行くん」

「なんだよ」

 おおっともじもじ始まったぞっ。また長くなるのかっ。

「遊行くん……あの……」

 えー潮沙急に倒れたと思ったらまくらに直行したぞー!? 寝てはいないようだけど。

 とりあえずまくらにうもれている潮沙を眺めておこう。

 ……眺めても特になにも起きなかった。

 でももうちょっと眺めておこう。

 ……やはりなにも起きなかった。

「し、潮沙、別に明日でもいいんだぞ? 明日会うんだろ?」

 潮沙はまくらにうもれながらも首を振っている。そんなよほどのことなのか?

「んじゃ潮沙、セリフどぞ」

 しばらく潮沙はそのままだったが、ゆっくりと起きあがり、また同じもじもじポジションに戻った。

「……遊行くん」

「おう」

「……ゆ、遊行くん」

「おうおう」

 お、もじもじが止まった。改めてこっちを見てきた。

「遊行くん。今、好きな女の子……いる?」

「おうお……おおぉおおーっ?!」

 今。俺。すごいことを聞かれた気がする。潮沙がまっすぐこっちを見ている。今までに見たことないほどのまっすぐな目でこっちを見ている。ビーム出そう。

「ど、お、きゅ、急になんだおいおい潮沙っ」

 変わらずこっちを見てきている。ビーム撃つ充填中かもしれない。

「え、あー。こほん。な、なんだよ潮沙ぁ。俺女の子追っかけてるようなキャラに見えるかぁー?」

(はいすいません答えますはい)

「わ、わっかんねーなー。俺友達はいっぱいいるけど、行くときも帰るときも一人だしー。友達いても女子の友達なんてほとんどいないし、休みの日も男子と遊んでばっかだしなー。こ、告白されたことなんてねぇし、なんていうかそういうのと無縁なんじゃね俺って」

 潮沙は……たぶん聴いてくれていると思う。

「潮沙にはちょっかいかけてるけど、他の女子には別にちょっかいかけねぇしなぁ。まぁ潮沙はちょっかいかけても笑ってくれるからもっとちょっかいかけたくなってっだけだけど」

 あれ、潮沙はちょっと近づいてきた。

「好きな女の子、いないの?」

「……てことに、なるかな」

 考えたこともなかったや。潮沙はいつもより少し高速でおめめぱちぱちし始めた。

「……明日、遊ぼうね」

「え終わり!?」

 潮沙はこのよくわからないタイミングで、今日最もとびっきりな笑顔をしてくれた。そのまま潮沙はベッドから降りて立った。なんか立ち姿の潮沙を久々に見た気がする。

「てだから終わりぃ!?」

 俺も立った。潮沙がそこにいる。

「あ、てかさ! じゃーそんなこと言ってる潮沙は好きな男子とかいんのかよー」

 聞いてみた。こんな話題だれともしたことない。

 潮沙は笑顔のまま首をかしげている。

「俺言ったのに答えろよぉーっ」

 潮沙はまた笑っている。学校だとなんか緊張でもあんのかな。リラックスしているように見える。

「遊行くんがわからないなら、わからないままでいいよ」

「なんだそれー! いんのか!? いんのかよぉー!」

 潮沙は俺のカバンを取って、渡してくれた。

「明日、遊ぼうね」

「おう。てだから人の話聞いてんのかよー!」

 潮沙は俺の背後に回って両手で背中を押してきた。退場の誘導のようです。

「遊行くん」

「おいぃー」

 歩きながら潮沙は別の話をしようとしている。

「明日遊ぼうね」

「わあったっつってんだろぉーい!」

 うーん。まぁ潮沙が楽しそうだからいっか。

「……帰っちゃうの、さみしい」

「うぉーいって潮沙?」

 急にしんみりした声でしゃべってきた。

「明日。遊ぼうね」

「お、おうよ!」

 また元のトーンに戻った。


 御家族皆様に見送られながら、俺は白羽家をおじゃましましたした。玄関のドアを閉め、ようとしたら潮沙が出てきて潮沙が閉めた。

 潮沙は手を前に組んで立っている。風で少しだけ髪が揺れている。俺を見ている。

「いや俺明日来るし」

 とうとう潮沙のまばたきだけでわかりましたを読み取れた。気がする。

「じゃあ……行くぞ?」

 ほんと、いい表情してるなぁ潮沙。学校のときはほんと表情の幅小さいからなー。でもこれは熟練した俺だからこそわかる変化だな! そんじょそこらのあまちゃんじゃーわかりゃーしねぇぜっ。

「ほらほら最後なんだからセリフどうぞっ」

 潮沙は少し考えているようだ。そんな真面目に考えなくとも。

「また明日、会おうね」

「おう! じゃーなー!」

 俺が腕を大きく振り上げると、潮沙は笑顔のまま手を振ってくれた。

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