短編13話

「やっぱおばさんのうどんおいしいってー!」

「ゆがいてつゆをかけただけよ?」

「あのねおばさん。あたしはうどんの歴史とかしくみとかよく知んないけどさ。おいしいうどんかおいっしぃ~うどんかの差くらいわかるわよ!」

「おいっしぃ~? どう違うのかしら」

「おいしいうどんっていうのはね、おいしいうどんなのよ。おいっしぃ~うどんっていうのはね、こう、心から温まるような特別においしいうどんなのよ。もちろんあたしにとっちゃおいしいうどんも心が満たされるけどね!」

「まぁ~。風歌ふうかちゃんは本当にうどんが大好きなのねぇ」

「うん好き! というか食べるのが好きなだけなんだけどね、あはっ」

 ……うーん。このうどんは父さんが会社の後輩からお土産でもらった物らしくておいしいけどさー。なんでー……

「なんで今日も俺の横で風歌うどん食ってんだよっ!」

「いーじゃんおいしいんだから! 三行みゆきだってうまいって言ってたじゃん!」

「理由になってねぇよ!」

 俺は桑張くわばり 三行みゆき。みゆきって名前だからよく女っぽいとネタにされるんだが……いやいや今は名前より名字に注目してくれ。ああ字面を注目するんじゃなくてだな……。

 ここは桑張家だ。テーブルもイスも丼もはしもコップだって何度確認しても俺ん家のだ。なのに俺の右隣に座ってるのは満路まんじ 風歌ふうかだ。

 身長が高くバレー部で頑張っているらしいが、まーよく食べる女の子でしてね。まだまだ身長伸びんじゃね?

 髪は長めだが、学校ではまとめてたりくくってたりしてることがほとんど。出かけるときもひとつにくくっているときが多い。あと麺類食べるときもくくることが多い。本人いわく戦闘態勢らしい。それはいいんだが、戦闘態勢移るために髪くくるときぶつけてくんのは俺になんかうらみでもあるんだろうか。

 それら以外のとき……例えば俺ん家来るだけのときなんかは髪くくらずに登場することが多い。そう。さっきも髪ぶつけられながら髪くくられていたわけです。

「なぁ風歌」

「なによ」

「髪切らねぇの?」

「はぁ?」

 はぁ? て。はぁ? ってっ。

「三行はさ。髪長い女の子と髪短い女の子。どっちがかわいいと思う?」

「髪長い女の子」

「ほら。あたしもかわいくなりたいからショートにはしない」

「風歌見てるとさ。髪じゃまそーにしてるように見えるんだけど」

「じゃまねー。じゃま。洗うのも面倒だし」

「髪切らねぇの?」

「あんたあたしの話聞いてた?」

「じゃまだと聴いた」

「そんなにあたしは女の子っぽいのが似合わないと?」

「言ってねぇ言ってねぇ」

「はいはいどーせあたしは背デカくてがさつだよーだ」

 風歌はそう言うと再びうどんをおいしそうに食べ始めた。

 この『おいしそうに』ってのは、にこやかにとかほっぺたとろけそーとかではなく、勢いがあって瞳の奥からじんわり輝いている感じのマジでド直球においしそうな食べ方をしているのである。CMのオーディションだっていけるだろう。

「みゆくん。風歌ちゃんだって女の子なんだから、おしゃれくらいしたいわよねぇ」

「んくっ。ほんとほんとー。三行もまだまだ女心がわかってないわねぇごくごく」

「今その格好でおしゃれがどうのとか言われても」

 地域のマラソン大会で配られた白い長袖シャツにピンク色のジャージの半ズボン。うん。いつものスタイルである。

「一緒に出かけるときはちゃんとしてんじゃん」

「……なぁ母さん。女の子のおしゃれ感覚って、こんなもんでいいのか?」

「正直で元気があって、お母さん風歌ちゃんのこと好きよ」

「ありがとーおばさーん! うちでもうどんもらったらまた食べに来てねー!」

 俺は数秒間手で目を覆ったが、俺もうどんを再び食べ始めた。

 おっとここで電話が鳴った。母さんが取りに行ったようだ。

 俺たちは並んでうどんを食べている。

「なぁふぃゆき」

「んぁ?」

 風歌は飲み込んだが、俺は麺すするの続行。

「あたしってー、やっぱ女の子っぽくないかな」

 もぐもぐごっくん。

「どっからどう見ても女子だろ」

 あーうどんうま。ん? 話終わりか?

「……そ、そうじゃなくてさ、可愛気がないってゆーかさー」

「風歌はかわいらしい女の子になりたいのか?」

「まぁ~……多少は?」

「ふぅーん」

 風歌は両手で丼を持って、ちょっと汁を飲んだ。

「あたしの名前風歌だよ? めちゃくちゃ女の子っぽい名前だし」

「風ごとぶった切るスパイク撃ち込んで味方に勝利の歌を贈るとかかっちょええな」

「……あんたたまにはいいこと言うね」

「そこはいつもに訂正しといてくれ」

「いつもたまにはいいこと言うね」

「何言ってんだそこの丼女子」

 俺も汁を飲んだ。まだ風歌は丼に手を添えている。

「俺なんてみゆきだぜみゆき。めちゃくちゃ女の子っぽい名前だろ」

「うん」

「何か言えよ」

「うんって言った」

「ひでぇ」

 風歌は丼を置いて、お、こっちを見てきた。と思ったら伸びしだした。

「あーやっぱ三行とうどん食べるの楽しいやー」

「他にうどん仲間はいないのか?」

「いるわけないじゃん」

「そこまでさみしい文章で言わんでも」

「三行だけだよー。ここまでありのままのあたしを受け入れてくれるのー」

「俺より母さんの方が受け入れてそうだぞ」

「もー。あたしのこともうちょっと大切にしてよー」

「大切って、具体的に?」

「優しくしてほしいな~」

「優しくしてくれるんなら優しくしてやる」

「優しくって、具体的に?」

 俺は丼を置いて腕を組んだ。

「んー、そうだなー……髪や背中にごみ付いてたら取ってくれるとか、顔にごはん粒付いてたら取ってくれるとか」

「三行そんなのが趣味なの?」

「おい頭ん中の場面が激しい音立てて崩れ去ったぞ」

「してほしいんならしてあげ……ごめん、やめとくわ」

「崩れた後粉々に砕け散ったぞ」

 風歌はまたうどんを食べ始めたので、俺も食べ始めた。

「……ねぇ、ちょっと話を聞いてくれるかしら?」

 母さんが戻ってきた。


「……ということなの」

 俺たちはうどんを食べながら母さんの話を聴いた。二人とも食べきった。

「最近ないと思ってたが、前みたいな泊まりがけのがまた来たって感じなんだな?」

「そうなの。風歌ちゃん、次の土曜日と日曜日、みゆくんのことお願いできないかしら?」

「もっちろん! どーんとあたしに任せてよ!」

「てか前は小学生だったからあれだが、今だったら俺別に一人でここにいててもいいんだぜ?」

「またまたそんなさみしいこと言わずにさー。いーじゃんうちおいでよー!」

 風歌はやけにノリノリだ。訂正、いつもノリノリだった。

「お母さんも、みゆくんが風歌ちゃんと一緒にいてくれたら安心だわ」

「わ、わあったよ。じゃあ金曜の夜から風歌んとこに泊まりに行く形でいいか?」

「うん! おいでおいでー、うわー懐かしいねー」

 俺の父さんと母さんは、前は半年に一回くらい、泊まりがけの仕事の用事があって、俺はその度に風歌のとこに泊まりに行ったもんだ。風歌のお父さんは俺らのとこよりもっと外に出てる期間が長くて、風歌はお母さんと二人でいることが多かった。今でもあまり帰ってこないらしい。

 お互いの家族は仲がよくて、昔は年に一回家族ぐるみで旅行したなー。今は旅行は減ったが、風歌のお父さんが戻ってきたときは、一緒に鍋囲むことくらいは続いている。



 そしてやってきた金曜日



「まじか!? 一体あいつの連続プリン記録はどこまで伸びるんだ……」

「プリンの左手魔王、今なお健在……」

「な……」

「みーゆきー! みーゆーきぃ~っ!」

「なんか来たみたいだぜみゆきちゃん」

「うっせ」

 俺は昼休みにクラスメイトの男子二人、ノリのいい岩瀬いわぜ 久尾ひさおとお調子系の北玉きただま 成安なりやすとしゃべっていたが、聞こえた声は別のみゆきちゃんを呼んでいることを願ってみた。

「三行大変よ大変ー! ビッグニュースよ~!」

 残念ながら風歌は俺の机の前に立った。大声のため教室内から多少視線が注がれている。

「どんなニュースなんだ?」

「ついに! ついについに! 新しいうどんチェーン店がオープンしたのよぉ~!」

 風歌はなんというおめめきらきらっぷり。

「あぁー今日からだっけ? この辺じゃ見かけないが有名らしいな」

「オレ別んとこで食べたことあっけど、うまかったぜ」

 二人は盛り上がっている。

「ね、三行明日一緒に行こうよ!」

「明日ぁ? 混んでんじゃね?」

「混んでるうどん屋さんに並ぶのも珍しい体験じゃん!」

「そんな体験別にしなくても……てかこの二人と一緒に行ったら?」

 俺は手のひらを上に向けて岩瀬と北玉を推した。

「あんたたちが朝昼晩おやつ二回をうどんに捧げられるんならついてきてもいいわよ」

「げぇっ、週三が限界なオレは遠慮しとくよ……」

 岩瀬は手を振って去っていった。

「満路まだでかくなるつもりか?」

「ほぅ~? あんたの足がつかない位置で絞め上げられるほどでかくなるのも悪くはないわねぇ……」

「ひぃっ! 桑張、入院したら見舞いに行くからなひぇ~!」

 北玉は逃げ出した。

「ひとつ。確認いいか?」

「なに?」

 清々しい顔してんなおい。

「まさか明日、朝昼晩おやつ二回うどんに付き合えってんじゃないよな?」

「あ、それいいね! 三行明日部活は?」

「ねぇよ。いやここはあるとうそついて五食うどんを回避してもぅおとっ」

 風歌は俺の両手を取って握ってきた。

「一緒に思い出作ろう、三行っ!」

 顔も近っ。ここまでされちゃあ……

「わ、わあったわあった」

「やたーーー! じゃあたし掃除場所行ってくるねー。あー今日一緒に帰ろー。げた箱よろしくー!」

「うおぉいっ」

 風歌は…………な、なんかもうどうでもいいや。休み時間もそろそろ終わりそうだから俺も掃除場所に向かおう。


 午後の授業も終わり、部活で汗を流した俺だったが、今日は風歌と一緒に帰ることになっていたのだった。

「桑張くん、だれか待ってるの?」

「ああ、風歌を待ってんだ」

「へー」

 いろんな生徒が下校していく中、クラスメイトの永松ながまつ 有江ありえが話しかけてきた。

「風歌ちゃんって、元気があって人気者よね」

「まぁ、性格面でも身長面でも目立つし」

「身長おっきな子って、コンプレックスに思ってる子も結構いるみたいだよ?」

「じゃあ俺のみゆきも慰めてくれ」

「あは、よしよし」

「いや慰めろとは言ったが、頭なでてくれとはっ」

 永松は明るい表情で俺をなでなでしている。ペット扱い?

 永松はー……まぁここで普通と言ったところで風歌がぶっ飛んでる以上だいたいのやつが普通に見えてしまうんだが、普通な女子ってる普通な女子だ。

 身長は俺より低く、なでてる手もちっちゃく。肩にかけられたかばんに添えてる左手の添え具合もやっぱ女の子らしいというかなんというか。声の音量も抑えられてるし、高めでちょっとゆったりしたしゃべり方だし。

「お昼休みも大声で呼ばれてたね」

「しかもその音量でみゆきみゆきって呼ぶからたまったもんじゃねぇ」

「ふふっ。私もみゆきちゃんって呼びたいな」

「やめろ」

「はーいみゆきちゃん」

「やめろぉーっ!」

 永松のなでなではまだ続いていた。お、風歌が来た。

「それじゃあ桑張くん」

「じゃなっ」

 永松は俺と風歌にばいばいをして歩き出した。風歌はそれに応えると、靴を落として上靴を投げ気味に入れ、靴を足でとんとんしながら履いた。

 そういや風歌はスニーカーだが永松は革靴だったな。

「おまたー」

「この差よ」

「うん?」

 俺が歩き出すと、風歌もついてきた。さっき永松が歩き出したばっかだから、まだ前に永松の姿が見える。

「ねー三行ー」

「あん?」

「さっき有江ちゃんの手が頭に乗ってたけど、何してたの?」

「慰めろと言ったらああなった」

「は、はぁ?」

 俺は身長別に低くはないんだが、風歌は女子の中で学年一二を争うほどの高い身長なので、俺は抜かされている。座ってるとそんなに気にならないんだが、やっぱ立って並んで歩くとよくわかるこの差。

「ぅっ。何すんだよ」

 突然風歌が右手を俺の頭に乗せた。なでてない、乗せた。

「あたしも慰めてあげようと思って」

「昼休みにみゆきみゆき叫んだ風歌の話だったんだが」

「うぇ、あたしのせい~?!」

 風歌はあははーと笑っていたが、すぐため息をついた。その勢いで俺の頭もちょっと前に傾いた。なでる気ないな。

「やっぱ有江ちゃんみたいなおしとやかーにはなれないねー」

「明日一日おしとやかになってみてもいいんだぞ」

「へ?」

「ん?」

 俺はいつもの流れでちょっと冗談っぽく言ってみただけだがー……

「……ちょ、ちょっと~……頑張ってみよ、かな?」

「うえぇ~っ!?」

「ちょっ、なにその反応はーっ。あ、あたしだってやるときゃやるわよ!」

 ま、まぁ休みの日に外へ出かけるとか、家族ぐるみで出かけるとかってときの格好自体は割と女の子らしい服着てるとは思うし、身長はあってもがっちり系の体つきってわけでもないけどさぁ。

(しかしー……これはこれでいい機会かもしれないぞウッシッシ)

 俺の中のなんだかよくわからない悪魔的ななんかがほほえんだ。

「おーっし。じゃあ明日は風歌がとびきり女の子っぽく頑張ってくれるんなら、俺も一日五食うどんにとことん付き合ってやるよっ」

「よっしゃー! 明日はうどん三昧よー! 待ってろ私のうどんちゃんたちー!」

 左手で思いっきりガッツポーズしている。永松ではしなさそうなほど力強い。


 父さんの車を使って俺の荷物が満路家に運び込まれた。満路家桑張家みんなの手で和室に運び込まれていく荷物たち。あーうんうんそういやこんな流れだったな。残念ながらおじさんはいなかった。が、電話でちょっとしゃべった。

 ということで今回も夜ごはんは満路家でお鍋である。〆はうどん……じゃなく雑炊だった。風歌はうどんでなくても食べること自体が好きなタイプなので、雑炊でもおいしそうに食べていた。

 改めてこの土日は満路家にお世話になります話をした。あでも月曜朝も学校から帰ってきた直後もまだお世話になってるか。月曜の夜に戻る形になった。

 何度も行われているやり取りではあるが、ちょっと久しぶりだ。

 ごはんを食べ終わると、俺の父さんと母さんは俺の家に戻っていった。朝早くから出なければならないらしい。

 俺と風歌とおばさんは父さんと母さんをお見送りした。


 その後ちょっとおばさんと、まぁ風歌もいたけどしゃべったが、お風呂に入って宿題して寝ます宣言をした。宿題すると言ったがこの眠さは微妙だぞ……。


「ふー。一段落ってところだな」

 俺は畳に敷いた布団にとりあえず入っている。あーやべこれ宿題しないコースだ。電気はつけてるがこれが豆球だったらすでに寝てそうだ。

 荷物をそんなにたくさん持ってきたわけじゃないけど、やっぱ自分のベッド以外で寝るときの初日って、こう、ぐでーっとなりません?

(和室に布団もいいな。和の心ってやつだ)

 しかしうどんや雑炊をあんなおいしそーに食べる風歌の方がもっと和の心を大切にしてそうだと思った。

「三行ぃー、入っていいー?」

「おー」

 ふすまを開けてきたのは風歌だった。どこかで見たようなシャツとジャージ姿だが、さらに使用感があって家で着てる感がよくわかった。髪は下ろされている。

「うぇ、電気つけたまま寝ようとしてんの?」

「お泊まり初日なんだからちょっと疲れたんだよ」

「別に遠慮することないのにー。昔みたいに一緒に寝てもいいんだよー?」

「一体いつの昔の話をしてんだっ。小学生のときからすでにここで寝てたろ」

「そいえばそだったね」

 また風歌はあはあは笑っている。余計に疲れたのか、俺は少し眠気が進んだ。

 しっかし風歌ってほんとに身長大きいんだな。寝ながら見上げる風歌は迫力満点だ。

「ね三行。明日の計画立てたんだ。聞いて聞いて」

「あーうどんまみれの? 計画?」

 風歌は接近してきて

「おじゃましまーす」

「ちょうわ風歌、わあた起きる起きるから」

 布団に入ってこようとしたので、俺は体を起こした。


 それでも一枚の布団を並んでひざに掛けながら、風歌は明日の作戦会議を始めた。


「……ほんっとーにうどんまみれだなおい」

「へへーんいいでしょー」

 風歌は指で自分の髪をくるくるさせているが、明日の作戦はこうだ。

 まずこの地域でうどんが食べられるところといったら四ヶ所存在する。

 朝十時~夜十時まで営業のコンビニ。駅前の食堂。国道沿いの和食料理屋さん。そして電車で二駅先のうどんチェーン店。スーパーでも食べられそうだが、パックは焼きうどんだし他はカップ系なので今回見送りになった。

 最初に朝七時半駅前食堂へ行く。電車乗ってなんかしてお昼ごはん代わりに十一時くらいにチェーン店へ。そこからまたなんかして、電車乗って戻ってきておやつ代わりに三時くらいコンビニ。そして夜ご飯は和食料理屋さんへおばさんと三人で行くとなった。俺のおふろってる間にもうそこまで話を進めていたとは。

「なにかご質問は」

「はい」

「はい桑張くん」

「一日五食とか言いながらこの計画四食なんですけど」

「細かいことを気にしてはいけません。他には」

「はい」

「はい桑張くん」

「満路さんはうどん飽きないんですか」

「飽きません。はい他には」

「はい」

「はい桑張くん」

「満路さんの好きな食べ物は何ですか」

「えーなんだろー。カレーかな」

「うどんちゃうんかーい」

 衝撃の事実発覚。

「もちろんうどんも好きだよー。あ、三行ってカレーうどん好きだったよね」

「ああ。よく覚えてるな」

「じゃ朝の食堂はカレーうどんっと……」

「メニュー見てから考えさせてくれよ」

「他にご質問ないですかー」

「はい」

「はい桑張くん」

「明日女の子っぽくなるのに今から言葉遣い練習しなくていいんですか」

「う。うっさいわね、あたしは本番に強いタイプなのよっ」

「そっかそっか。質問終わりでーす」

「それじゃ解散! ……だけどー。もうちょっといていい?」

「あぁ? まぁどうぞ」

 眠気は多少あるがまだ大丈夫だ。

「三行、手出してよ」

「あ?」

 俺は両手を差し出した。左手を取った風歌は、右手を俺の手に合わせてきた。

「ん~……」

 手はまだ俺の方がちょっとだけ大きいかな。

「な、なんだよ」

「手までおっきかったら、ますます女の子っぽくないかなって思って」

「だれもそんなとこまで見ねぇよ」

「そーぉー? 普通こういうときって『きゃ、三行くんの手おっきぃ~!』とかってなるもんじゃないの?」

「展開次第ではな。でも今手合わせてんの風歌だし」

「はぐぅっ」

 風歌は何ポイントかのダメージを受けたようだ。

「てか風歌ここんとこそんな話題が増えてきたな。どうしたんだ?」

「え、そ、そんなことないんじゃないー?!」

 その表情はマンガでよく出てくるやつだな。

「この前も言ったろ? 風歌はどっからどう見ても女子じゃん。たしかにでかいけど女子は女子だし。俺は風歌と一緒にしゃべんのもうどん食べんのも楽しいぞ?」

 うん。言ってやった。風歌は合わせた手はそのままに、なんかちょっと驚いたような顔をしている。

「……あ、あんたほんといいやつよねー! 三行をお姫様抱っこしてる写真でも撮ろっか!」

「なんっでそんな話になんだよぉ!」

 風歌は合わせていた手から指をちょっとずらして、俺の手を指の間から握ってきた。

「はぁ~。あたしって三行に甘えてばっかよねー」

「な、なんだよ急に」

 にぎにぎしながら急に声がトーンダウンした。

「ほらあたしこんなでかさだし性格もこんなだからよくみんなからおちょくられちゃうけどさー。三行だけは、こう……そう! 愛を持って接してくれてるのよね!」

「ぶっ」

 愛と来ましたか風歌さん。

「俺だって名前がみゆきだが、同級生でまじめに三行と呼ぶやつも珍しいぞ?」

「えーあたしは三行ってかっこいい名前だと思うけどなぁ」

「まじぃ~!?」

 これまた衝撃の事実発覚。

「あ、うん。え、そんなに驚くこと?」

「親戚のじいさん以来だわそんなこと言われたの……」

「へぇ~」

 いやーまさか同い年からそんなお言葉を聴くことができる日が来るなんてな。

「確かにみゆきちゃんっていう女の子はいると思うけど、そんなこと言ったら~……ほら、あきらちゃんとかけいちゃんとかも、どっちでもいそうな感じじゃん?」

「まーそーっちゃそーだが、でもしかしみゆきだぜみゆきぃ?」

「いーじゃん三行くん。三行っぽくてかっこいいよっ」

 そこでウィンクの合わせ技を仕掛けてくるとは……

(おろっ。今のこの風歌は充分女の子っぽいんじゃ?)

「風歌だって、字がかわいいだけじゃなくって、風歌に似合ってていいと思うぞ」

「風断ち切って踊りながら歌い出すっていう?」

「なんかちょっと違う気がするが……でも、そのなんだ」

 コホン。

「風歌もそういうことをストレートに言ってくれるとことか、かわいいと思うけど」

 俺もちょっと手を握り返してやった。と思ったら風歌の方が手をゆるめ始めた。

(そんなことより顔がっ)

 さっきの言葉、そんなに効き目あったの……か?

「お?」

 風歌は手を解くとすぐ立ち上がって、照明の下に立ち、

「おおお、おやすみ! 明日六時半に起こす!」

「お、おやすー」

 有無を言わさずひも引っ張って豆球にされた。そのまま風歌は部屋から出ていった。ふすまの音がでーんとした。

(……おやすー)

 俺はさっきの風歌の顔が頭から抜けないまま、布団をかぶって本格的に寝る体勢に入った。



 次の日、土曜日



「おっはよー三行ぃ~!」

 すぱぁーん! という突き抜けた音ととてもお元気な声に起こされた。

「……元気すぎんだろぉ……」

 よく眠れた方だとは思うが、さすがにそんな瞬間的に目が覚めることはない。

「さあほら三行起きた起きたぁ~!」

 掛け布団を勢いよく引っペがされ、体を起こされてはほっぺたべちべちされた。

 まだ目を開けることはできん。

「……み、三行ぃ」

「ぬぁんだよー……」

 だからその落差は一体なんなんだ。声しか聞いてないが。

「まだ眠い?」

「すぱぁーんから何秒の出来事だと思ってんだよ」

 ん……? 俺の肩に風歌の腕が乗せられたぞ。そのまま両手で俺の頭が固定された。何事?

「お、おはよぅー」

 風歌はやや棒読み気味に

(ん!? んんんーーーっ?!)

 突然の感触で一気に目を開くと、超至近距離に目を閉じた風歌がいる!!

(ど、ど、どっ、なーーーーー!?)

 この唇の感触って……そ、そういうことだよなおいおいおいおい!!

(……夢か! 夢ってことか! 夢であってくれよな!)

 俺はわたわたしながらも風歌の両ほっぺたを捕らえることができ、引っ張ってみた。

「うにゅ。ふぃゆひぃー」

「風歌。痛いか?」

「ひょっとはけ」

 俺はほっぺたから手を離した。風歌も少し顔を離した。

「……お、おはょー」

「こらこら何事もなかったかのように進行するなっ」

 いつもの口調に徹したが、もちろんこんなこと女の子からされたらどきどきするに決まってる。

「……目閉じてる三行見てたらさ。ついっ」

「ついってなぁ……」

 それでも風歌の顔が近いことに変わりなく、腕だって回されたまんまだ。

「き、昨日かわいいとか言うから、いけないんだぞっ」

「かっこいいとか言ってたのはどこのどいつだよ」

「それはそれこれはこれっ」

「ひでぇ」

 口調はいつものだったが、そのやり取りが一段落すると、やっぱりこの近さなので急に意識が。

「い、嫌なら断ってもいいんだよっ」

「寝起きにいきなり飛び込まれて断る間ゼロだったんだが」

「……ごみん」

「みんてなんだみんてっ」

「ごめん、もう一回許して」

 風歌が目を閉じたと思ったら、また唇に……。

 俺も自然と目をつぶってしまったが、風歌がしばらくして離れると、お互い目を開けた。

 その風歌の顔は、今まで食のことに関して見せてきたおめめきらきらとはまったく別の輝かせ方をさせた、ちょっとはにかんだ笑顔だった。

「んでぇっ!」

 急に両肩を叩かれた。物事に加減というのは大切だと思うんですけど。

「さ、三行準備しよ! あたし顔洗ったから着替えてくるね!」

「だから髪ぶつけんなっつーのっ」

「ごみんごみーん!」

 風歌は髪ぶつけてきながら立ち上がるとそのままの勢いで走って部屋を出て、階段を駆け上がっていったようだ。

(な、なんだかなぁ……)


 ひとまず俺の準備は終わった。

 そういえばお出かけ仕様の風歌を見るのもいつぶりだっけ……と思ったが、今年見たや。

 にしてもおばさんが起きてる気配ないんだが。

「三行ぃー、準備できたー?」

「ああ」

 廊下から風歌の声がしたので、俺はふすまを開けて廊下に出て……んーと風歌はどこだ?

「さ、今日はいっぱい食べるぞー!」

「四杯食べることが確定してるけどぅっ……」

 俺が風歌を探しながら玄関方面に目を向けると、

(……なんか知らん人がおるーーー?!)

 厚めのちょっとだけ水色のブラウスに、ひざくらいまでの長さで下の方で横に白い線が入ってる濃い目の深いピンク色のスカート。そんでなんかセーターみたいな感じの白いモコモコ羽織ってるやつ。てか前に出したひとつにくくられた三つ編みの中にひもっぽいの混ざってんぞ? ぇ、まさかあのおでこの鉢巻みたいなやつがそのままあっこに混ざってんの?!

「……つかぬことをおうかがいしますがー」

「なにー」

「あのー。ここは満路さんのお宅でしてー。あなたはどちら様でしょうかー」

 と俺は冗談っぽく言ったが、謎の女の子は笑……いや、にやついている。

「……似合う?」

 ここはもう素直に従うしかなく、そのまま首を縦に振った。

「よかったぁ~! 気合入れた甲斐があったわー!」

 あ。そのガッツポーズは風歌さんですねはい。

「ほ、ほんとに気合入ってんな」

「ふんっ。やるときゃやるって言ったでしょ!」

「しかぁーし! なんだそのしゃべり方は! だいたいなんだその握り拳はっ!」

「うっ。ま、まだ家の中だからノーカンよ!」

「ほほぅ。じゃ行きますかってその前におばさんは?」

「まだ寝てるんじゃない? 土日は八時くらいに起きてるかなー」

「ふーん、まいっか。じゃ」

 俺は靴を履くべく玄関に……接近するということは同時に風歌に接近するということでもあり。

「風歌」

「んー?」

 やはり俺は少し目線を上げるはめになっているが、

「に、似合ってますよ」

 風歌は左手をほっぺたに当てた。

「ありがとーっ。いこいこっ」

 笑顔の風歌と一緒に靴を履いた。

「靴はスニーカーなんだな」

「バレーで大事だからここは許してっ」

「許す」


 ここのところ十月とはいえまだ暖かい日が続いているとは思ったが、さすがに朝七時は肌寒いな。

「そんなかっこで寒くないのか?」

「寒くなったら上着貸してね」

「今ならウィンドブレーカー取りに戻れるぞ」

「意地でも女の子になるわ」

「お嬢さん、もう家の外ですよ」

「い、意地でも女の子になりますわっ」

 それはまた別の方向の女の子だ。

「三行って朝だれと登校してんの?」

「お嬢さん」

「み、みゆきちゃんって朝どなたと登校してるのかしら?」

「わざとかっ。ほとんど一人」

「そ、そうなんだぁ~。今度一緒に登校しましょうよ」

「なんでまた」

「い、いーじゃん」

「朝練の曜日とか時間とか違わないか?」

「あたしはさー」

「お嬢さん」

「わ、わたくしの朝の訓練はですねー」


 そんなこんなで風歌と楽しいおしゃべりをしながら食堂にやってきた。

 今日は土曜日だが、駅前ということもあり人通りはまぁまぁ。サラリーマンのおっちゃんらがよく寄っていくが、今日も遠くから見ててもスーツ姿のおっちゃんらが出たり入ったりしていっている。

 風歌が食べることが好きということもあり、ここで長いことお店を続けていることもありで、俺も風歌も顔なじみな感じだ。祭の日も出張して屋台で出現するので、地元民にとって名物な存在かも。

 風歌はたぶんこの世にレディーファーストっていう言葉がなかったとしても自分から進んで入口の引き戸に手をかけただろう。そのまま駅前食堂の戸を開けた。

「へいらっしゃぁーい! おおぉ?!」

「おじちゃんうどんー!」

「おじちゃ……てーと、ひょっとするとー……」

 俺も風歌に続いて入った。

「ちわー」

「おぅ三坊さんぼう! らっしゃ……んおぉ!? 待てよ、とするとそこのべっぴんさんはー……」

 店内のおっちゃんたちは風歌とおじちゃんを往復して見ている。おっと戸を閉めとかないとな。風歌はもうカウンターに座ってら。

「ま、まさかふうちゃんかぇ?!」

「うん、そだよー」

 おっちゃんにとっては衝撃度半端なかったらしい。

「あんれまぁーこりゃ見違えたねぇー! あんなちっちゃな風ちゃんがこんーなにもべっぴんさんになっちまってよぉー……! おいでんちゃん見とくれよ!」

 テーブル席のサラリーマンも会話に入った。

「風ちゃんって、あの風歌ちゃんかい!? いやーおっきくなったねぇ~!」

「おっきすぎてからかわれてばっかりよ、ふんっ」

 さっそく反撃をくらうサラリーマンさん。

「ああごめんごめんそういう意味じゃなくてさははは! 大人になったねって意味だよ」

「そう? だってさー三行ー」

 店内はまさに地元民馴染みのお店って感じだ。古いカウンターに古いイス。壁に並ぶ手書きのメニュー表、名物おっちゃんのねじり鉢巻。小型のテレビが高い位置に備わっててニュースがつけられてる。新聞読んでる人もいるがあれもここの物かな。土曜日だけどスーツ着てるみんなはこれからお仕事なのだろうか。てか私服なの俺らだけじゃん。

「おっちゃん俺カレーうどん!」

「へいよ! あーっと三坊、実はな、最近新しいカレーうどん始めたんでぃ」

「ちょっと三行聞いてる?」

「へー、どんなの?」

「その名も。和風チーズカレーうどんでぃ!」

「おっちゃんチーズとか使ったことなさそうに見えんだけど?」

「てやんでぃ! うちの自慢のダシにゃぁどんなもんでも合うってもんでぃ!」

「そ、そういうものなのか……よーしじゃあその和風チーズカレーうどんで!」

「へいよ!」

「三行ってばぁ!」

「風歌は何にするんだ? メニューはあそこに書いてあるぞ」

「もー。あたし何しよっかなー」

 風歌は壁に書かれたメニューを眺めている。昔は見上げてたけどなぁ。

「よし、あたし重ねきつねうどん!」

「へいよ! いやー朝から元気な子を見るとこっちも元気もらってるようなもんってもんだねぇ!」

「ありがとーっ」

 そう言いながらおっちゃんが水とおしぼりを出してくれたので、俺たちは受け取った。

 重ねきつねうどんとは、でっかい揚げが四枚乗ってるうどんである。自家製レシピのお揚げなのでまさに看板メニュー的存在。

 俺のは新メニューらしいのでまったく想像がつかない。


 他のお客さんともちょいちょい地元トークをしつつ、うどんを待った。さすがにここまで地元感あふれる場所では風歌はいつもの風歌である。


「へいお待ち! 先に重ねぎつねでぃ!」

「やったー! いっただっきまーす!」

 風歌はいただきますをし……たと思ったら、まさかの超でかい揚げ一枚を一口でいきやがった! 店内からもちょっとどよめきが。

「よっ! 相変わらずいい食べっぷりだねぇー!」

 リスかハムスターの大会にも出られるほどにほっぺたぱんぱんふくらませながらもっきゅもっきゅしている。うーん幸せそうな顔である。

「へいお待ち! 新メニュー、和風チーズカレーでぃ!」

「へぇー、これが新メニューかぁー」

 カレーうどん自体和風な気がするが、見た目はカレーうどんにたっぷり粉チーズが乗ってるだけのように見える。

「これどの辺が和風?」

「まぁ食ってみぃや」

「いただきまーす」

 俺は食通じゃないのでいきなり麺からいくぞ。ずるずる。

「お? 見た目ほどカレーカレーしてないな」

「三坊。最後ちょっと汁残しててくれや」

「あん? なんで?」

「ふっふっふ。ま、そん時になったら教えてやらあ」

 まぁいいや。

「どれどれ~」

 とここで風歌は俺のカレーうどんを奪ってすぐちゅるちゅるし始めた。おしゃれ着らしいのに容赦ないちゅるっぷり。

「おいしいねーこれー! チーズ入りだから女の子にウケるよ~!」

「ほんとかい!? かっかっか! みんなに宣伝しといてくれや!」

「おっけー!」

 あの。それ俺のなんスけど。

「三行お揚げいっこあげるー」

「どーも」

 俺も名物きつねうどんを久々に。さすがに風歌みたいに一口では無理だ。

「あーやっぱここの揚げでかくてうめーなー」

「この揚げはうちの命だ! 妥協は一切しねぇよぉ!」

 いやほんとおいしい。サラリーマンたちの胃袋を満たすとはまさにこのこと。俺ただの学生だけど。


 俺たちは食べ進んでいたが、麺がなくなってきた。

「おっちゃん、そろそろいいかい?」

「へいよ! そーれ三坊、こいつ、入れてみな」

 出てきたのは、茶碗に盛られた……あつあつご飯? 白いご飯っぽいけどちょっと炒めてあるようだ。レンゲも付いてる。

(そういや俺には汁飲むやつ付いてなかった! いつもあれ使わずに飲んでたから忘れてた)

「これなんだ?」

「バターライスさぁ!」

「何?! まさかおっちゃん……それが狙いか!!」

「これこそっ! 和風チーズカレーうどんの真骨頂ってさぁ~!」

 おっちゃんの決めゼリフに店内からどよめきが。

「え! えっ! 三行ずるい! そんなの絶対おいしいに決まってんじゃん!」

「へへーん」

 俺は茶碗に盛られたバターライスをそのままどばっと丼の中へ。

 レンゲを持って、ちょっと混ぜ混ぜしてぱくり。

「……う、うめぇ! おっちゃんこれ男子にもウケるぜ!」

「そーかいそーかい! カレーうどん好きの三坊のお墨付きとあらぁ、こりゃ間違いねぇな!」

「あー! おじさんあたしだってカレー好きなんだからね! どれどれー」

 また風歌は俺の丼を

「あ、おいっ」

 レンゲごと持っていって、カレーごはんをすくって食べた。

「……ひゃぁ~! なにこれおいしぃー! おじちゃんこれ表にでかでかと書きなよー!」

「ありゃー風ちゃんもそう言ってくれりゃぁ、昼から貼り出すとしようかねぇ! かーっかっかっか!」

「ね、おいしいね三行っ」

「おいしいけどさ、そ、それー」

「はいお返しー」

 丼が返ってきた。そして今このレンゲ思いっきり……

「にしても三坊、今日はどっかにお出かけかい?」

「ああ、今日はうどん食べまくるぞって風歌が」

「ほぉー? そりゃつまり?」

「昨日チェーンのうどん屋がオープンしたからそれ食べるのと、ついでにここの周りのうどんの食べ比べ……って感じ?」

「ありゃまーおもしろいことすんのぉー」

「な、風歌」

「うん! でもこのおじちゃんのお揚げに敵うとこはなさそうだなぁ~」

「へっへっへ! うちよりうまい揚げの店がありゃぁこっちが教えてもらいたいくらいってもんよ!」

 おっちゃん実にノリノリである。

「こいつぁーな。うちのじっちゃんから受け継いだ大事なダシなんだ。使ってる材料も顔なじみのやつらからしか使わねぇ。もちろん揚げにもこだわりがある。今は近所のばあさんたちに頼んで毎朝作ってもらってるが、どういう揚げにすりゃぁうどんにもそばにも、そんで子供にもじいさんばあさんにもうめぇっつってもらえる揚げになるかくっちゃべって……くぅーっ、あんころは若かったねぇ~!」

 おっちゃんの熱い話を俺たちはしっかり聴いた。道徳の時間でも作っておじちゃんの話してもらってもいいんじゃね?


「おじちゃんまた来るね~!」

「あいよーまいどありぃ~!」

 出るときも俺が後から出る形だったので、戸を閉める役を担った。

「あぁ~おいしかったー、やっぱここのきつねうどんは外せないよねぇ~」

「人のレンゲでどんだけ食った口がそんなセリフ言ってんだぁ~?」

「カレーは別腹!」

 まったくっ。あの状況で新しいレンゲを要求するわけにもいかないから、そのまま同じやつで食べたけどさぁ……。

(風歌はそういう意識まったくないん……だろうからああいうことやってきたんだよなぁ)

 本人は前をるんるん歩いている。

(……でも……朝……)

「さ、電車乗るよー」

「へいへい」

 俺たちは駅に向かった。さっきの食堂もそうだったが、土曜日でもお仕事で駅使ってる感じの人でいっぱいだ。俺らの学校は駅使わないから平日どんだけ混んでるのかよく知らないけどさ。


 俺たちは二駅先までの切符を手にして、一緒に改札を通った。

(う~む。やはり時々通り過ぎる人たちから風歌への視線を感じるなぁ)

 まぁ学校トップクラスの身長=世間でも相当高い部類に入るだろうからなぁ。

「なぁ風歌ー」

「んー?」

「身長高くて便利だったことって、あるか?」

「また身長の話ー?」

 やっぱ身長の話多いんだな。

「あ、いやー、乗り気じゃないならいいけどさ」

「まーいーけどさー。よくみんなから『高い所の物取るのに便利そう!』って言われるけど……ほんとそのくらいだよ」

「そんなもんなのか」

 風歌のあきれっぷり。

「うちの家は大丈夫だけど、部屋とかお店入るときにかがんで入らなきゃいけないことがあるし、気づかず頭ごーんするときあるし。もっと身長高い人なんか、車に乗るのも大変って聞いたことあるよ?」

 たぶんこれが背高い人あるあるなんだろうなぁ。

「あーでもやっぱバレーではなくてはならない存在なんだろ?」

「どーかなー。実はー……じ、実はー、ね?」

「うん?」

 俺たちは地下通路を通ってホームにやってきた。電車が来るには少し時間がある。横に並んでイスに座ったが、いつもの勢いがない。

「これから話すことは、ひ、秘密よっ」

「へい」

 風歌がここでひとつ新呼吸。

「あたし、さー。バレー……向いてないんじゃないかなって、思うんだ」

 視線が落とされ気味。

「おいおいどうしたんだよ風歌らしくねぇ」

「だってさだってさ。あたし。なんていうかその。センスがないっていうかさ。こんなに大きいのにレギュラーメンバーっていうほどじゃないし……試合のときだって、ベンチに座ってる時間がほとんどだから、なんかその、て、敵から笑われてるような視線を感じるし……」

「ちっちっち。風歌。俺はバレーのことも風歌の部活の練習の様子も試合会場の雰囲気も全然知らない。が。もし俺が相手チームで、敵のベンチに超大型選手が控えてたら『おいおい敵の最終兵器やばすぎじゃね』とか『あくまで最強を温存していく作戦なのか』とか『むしろ座ってるだけで威圧感ありあり』とか思うけどなー」

 俺は漢(おとこ)のロマンを熱く語った。しかし風歌は深いため息をひとつ。

「あのねー。あたしたちがいくら弱い学校だからって、過去の出場データくらいは向こうも持ってるわよっ」

「ほう。だから?」

「だーかーらー。あたしが出る番もなく学校が負けた試合とか、あたしが出ても目立った活躍してないとか、そういうデータも持ってるはずよ。んまー弱すぎてそんなデータを取るまでもないって思われてるかもしんないけどさ」

「そ、そんな弱いのか風歌らって」

「そーよ! 悪い!?」

 風歌ぷんすこだ。

「あ、あーほら電車そろそろ来るかなー?!」

 まだ三分あった。

「ほんっと、おっきくても、あんまりいいことないなぁ……」

「ふ、風歌元気出せよー。俺だって地区大会行ったことねーしさー」

「はぁ~」

 風歌は大きな大きなため息を。

「モデルとかさ! 身長でかくてちやほやされてんじゃん! それにでかくねぇやつが大半なのにでかいってことはやっぱすげぇことだって! な! な!」

「ばか~あほんだらみゆき~」

「痛い。まじで」

 風歌のぽかぽか攻撃は本当の意味での攻撃になってしまう。

「風歌はさー、んー、なんて言ってやったらいいかわかんないけど。お、俺とさ。ずっとこうやって楽しく遊んでくれてたら、俺は別にでかくてもちっちゃくてもどっちでもいいぞ」

「三行はよくても周りからの目はねぇー……」

「そーだそれだ風歌、周りの目を気にしすぎだ! そこ気にするなら、さっきのおっちゃんらのべっぴんさん発言も真に受けろよな、そーだそーだ!」

「あんなのお世辞お世辞ー」

「だめだこりゃ」

 風歌は落ち込んでる。

「……でもさ。そうやって言ってくれる三行はいいやつだなって思うよ」

「そうだ俺はいいやつだ。だからもっと風歌らしく元気でいてくれ」

「なにそれー。まぁ、三行も三行で部活頑張ってんだろうし、もうちょっと頑張ってみよっかな」

「そーだそーだー」

 おっと電車が来たアナウンスが流れたので、俺たちはイスから立ち上がった。


 電車の乗り降りも無事成功し、改札も無事通過した。その間もやはり風歌を見る視線がちょろちょろ。

 地元駅から二駅先のここは、俺たちのとこよりかはにぎやかなところだ。お店も多いし、でかいショッピングセンターに電車で行くときもここになる。でかい直売所なら俺らんとこにあるんだけどな。

「さて。朝ごはん食べたばっかでまだチェーン店の開店まで時間があるぞ」

「はぁ~」

 にぎやかなとこってのもあり、時間も回ってきたので、行き交う人はどっと増えた感じだ。

「あのさー。昨日の勢いはどこいったんだよ」

「それはそれ、これはこれー」

「そーですかそーですか」

 俺はひとつせきばらい。

「今朝のあの勢いもー。どこいったんですかねー」

 ……風歌は止まっている。

「風歌さーん?」

「……恥ずかしいこと思い出しちゃったじゃんばかみゆきーっ」

「いきなり飛び込んできたのはそちらなんですけど」

「だって。だってだって。だってーっ」

「ああはいはい。ほれ。八時過ぎたんだからショッピングセンター開いてるだろ。行くぞ」

「えっ、ちょ、み、三行?」

「行くぞほら」

「は、恥ずかしくー……ないの?」

「恥ずいわ! 風歌のために恥ずいことやってんだからとっとと元気になれや」

「み、三行ー……やっぱ、三行っていいやつよねっ」

「いでぇ! 加減して握れ!」

「あー、はは、慣れてなくてっ」

 俺と風歌は手を握って歩き始めた。


(……気のせいか、さっきと比べて視線の対象が風歌より俺になってるような)

 だがそんなことは言ってられん。効果あるのかどうかわからなかったが、とりあえず今は風歌が普通の様子だ。

「ふふっ、なんか昔のこと思い出しちゃった」

「あん?」

「ほら。昔からあたしの方がおっきかったから、手つないでるとよくお姉ちゃんって言われてたなーって」

「フッ。どうせ俺は女に負けるほどの身長さ……」

「はんっ。あたしはどうせ男に勝ってしまうほどのでかさよ……」

「……ここは素直にすまん」

「ふふん。お姉ちゃんって呼んでもいいわよ?」

「その流れで俺をみゆきちゃん呼びしようとしてるのは見え見えだぞ」

「ぎくっ」

 どうやらいつもの風歌の調子に戻ったようだ。さて手ー離そ。

「もう終わりー?」

「元気出たろ」

「ああだめもう元気ないだれか助けてー」

 風歌が天を仰いでいるので、このすきにスタスタ速度を上げる。

「げぇっ」

「そっか。あたしから握りにいっちゃえばいいよね」

 恐ろしい歩幅だ。競歩では完敗しそうだ。

「くっそ。こんなことになるなら握らなきゃよかった」

「もう逃がさないわよ」

(はっ。俺にはまだ切り札があった!)

「お嬢さんお嬢さん。口調口調」

「ぐっ。そこでそれ持ち出すとはー……!」

「フハハハ。どうだ女の子らしい女の子はそんな乱暴な手段に出ないぞー?」

「……お、女の子らしい女の子だって、捕まえてごらんなさーいあははうふふーとかするでしょ!」

「あれは女が逃げる側だろがっ」

「つーかまえちゃった、えへへー! とかも女の子っぽいじゃん!」

「風歌がやったら関節技になるだろっ」

「ううっ。三行がちっとも優しくしてくれない」

「だぁあーもうわあったから!」

「わーいまた手つないでくれたー」

 ぐぬぬぬ。風歌めいつか見てろこんにゃろっ。


 ショッピングセンターにやってきた。開店して少ししか経ってないので、店員さんのおはようございますがある。なんかちょっぴりお偉いさんになった気分。

「……なぁ。いつまで握ってればいいんだ?」

「えー? ずっと握っててもいいよー?」

「ったく……女の子っぽいのかなんなのか」

「とりあえず休憩しよーっと。三行何茶がいいー?」

「言ったそばから手離してお茶取りに行くのも実に風歌らしいな」


 風歌におまかせと言ったらほうじ茶を選ばれた。風歌は玄米茶だ。どちらもあつあつ。

 俺たちはとりあえずフードコートにやってきて、無料のティーサーバーからお茶出して飲んでいる。

 格好はほんと女の子らしいんだよなー。女の子らしさを求めてるのも女の子らしいことになんのかな?

「うぅ~……んっ!」

 伸びをするとよくわかる風歌の大きさ。

「風歌ってさ。普段友達とどんなことして遊んでんだ?」

「女の子友達と? マンガ読みながらおしゃべりしたりー……? 向こうに合わせてることが多いかな。映画観に行くから一緒にどうーとか」

「へぇー。昼休みに男子相手にドッジで無双とかしてそうなイメージだが」

「ぐさっ。み、三行までそれ言うなんて……」

「げ」

 つくづく俺の想像の範囲は一般ピーポー並みだということが露呈してゆくっ。

「あとあたし泳ぐの好きだから、たまにプール行くかな」

「なに?! バレー以外のスポーツ話は初だぞ!?」

「す、スポーツっていうほどじゃあ」

 陸上競技ならいくらでも想像ついていたが、水泳ってのは想像してなかったなぁ。

「じゃあ来年プール行こうぜ」

「えっ? み、三行とー……?」

「一体だれと話してんだ」

「だ、だってー……三行とぉー……?」

「俺別に泳げないわけじゃないぞっ」

「そんなのはどっちでもいいけど…………三行とー……?」

「なんだよ」

 しばらく風歌はへの字口をしていたが、普通の表情に戻った。

「……三行とは、ちょっとー」

「だからなんだよってば」

「こ、こらぁー。あたしこれでも一応女の子やってんのよ?」

「俺風歌のことをでかいとは言ってるが男っぽいとは言ってないぞ」

 風歌はここでお茶を飲む。

「……それちょっとうれしい」

「だからプール嫌な理由言えっつーの」

「べ、別に嫌っていうわけじゃー」

「のあー。はいはいもうこの話は終わりだっ。あーそうそう例のプリンの左手魔王、また連勝記録伸ばしたんだってよ」

「うっそー!? 今年まだ負けなしって聞いてるわよ?!」

「あいつが今最も恐れてるのは、戦いに敗れて連勝記録が途絶えるのよりも、かぜひいて不戦敗なうえに自分のプリンがだれかの手に渡ってしまうことらしい」

「あはっ。男子ってほんとそういうとこあるよねー」


 俺たちはしばらく学校トークで盛り上がった。部活の話はほとんどなかった。


 その後ショッピングセンター内をぶらぶらしていたらいい時間になってきたので、うどんチェーン店へ向かった。

 手をつなげと無言の圧力をくらったので、また手をつないで歩いた。


「うっわーやっぱすごいわねー!」

 複数のお店が使えるでかい駐車場に隣接されたとこに造られたこともあって、車がたくさん停まっている。ここからでも人が並んでいるのが見えるが、そこまで多すぎることもなさそうだ。

「これ十二時とかだったらすごいんだろねー」

「まったくだ」

 俺たちは入口に向かっていった。


 ちょっと並んで待っていたが、進むスピードは思っていたよりも早かった。

 なるほど。ここはセルフサービスのうどん屋さんっていうやつだな。おー作ってるとこも丸見えだ。湯気超もわもわ。

 ふーむなになに。おぼんをまず取るんだな。さてっと……

「ご注文おうかがいします!」

(思ったより若い女の人だ)

 和な感じの出で立ちだが……相当の手練てだれってことなのだろうか。

「あたしすだちおろしぶっかけうどーん!」

「サイズは並で?」

「並でいいでーす!」

「ありがとうございます! すだちおろし並お願ーい」

 みんな忙しそうだ。

「別に超盛でもいいんだぞ」

「うっさいわね」

「お嬢さん」

「う、うるさいですわね」

「大して変わってねぇ」

「ご注文おうかがいします!」

 俺のターンだ。

「カレーうどん並で」

「またぁ!?」

「おう」

「カレー並ですねー!」

 おぉー。こんな間近でうどんが出来上がるのを見られるってのもおもしろいなぁ。

「すだちおろしうどんのお客様ー」

 男の人だ。こっちも若めだ。ワカメじゃないぞ。てかわかめうどんもおいしそうだ。

「はいはーい」

「お待たせいたしましたー」

「わーおいしそー!」

 早っ。

「カレー並お待たせいたしましたー! お次のお客様ー」

 なんという早さだ。おっとぼーっとしてられない。さらに横にずれてっと。ふんふん天ぷらうどんにしたい人はここから好きな天ぷらを取ると。いなり寿司や巻き寿司もあんのかー。野沢菜のおにぎりを取ろう。風歌はー……小型の野菜のかき揚げかー。渋いぜ。


 俺たちは席を確保して、お茶取ったりちょっと容器に天かすやねぎを入れたり。


「いただきまーす!」

「いただきまーす」

 さて。ここのカレーうどんはっと……

「おっ。ガツンとカレーな感じだぜ」

 ほほう、ぶっかけうどんはテーブルの上に備え付けのだししょうゆをかけるのか。

「おーいしー! さっぱりしてるー。三行交換しよー」

「へいへい」

 さてすだちおろしうどんさん初体験。

「ははーんこう来ましたかー。うどんしっかりしてる感じなんだな」

「カレーもいいじゃん! 今度あたしそれにしよかな」

「これはこれでおいしいけどさ。悪いけどおっちゃんの方がうまいかなー」

「ほほぅ桑張先生からすればまだまだと」

「あいやこれもおいしいしカレーの味ガツン派ならこっちがいいって言いそうだけどさ。地元ダシにチーズにバターライス付きだぜ?」

「バターライスは反則! あんなのおいしいに決まってる追い打ちなんてだめ! ひきょーよひきょー!」

「今度自分が食べりゃいいじゃねーかー」

「食べますよーだ」

 うどん専門店という割にはなかなか広い店内はオープン間もないこともあって人がたくさんいてにぎやかだ。俺たちも楽しみながらうどんを食べた。

「これ先食べてみていい?」

「どーぞ」

 野沢菜おにぎりをほおばる風歌も幸せそうだった。


「ありがとうございましたー!」

 俺たちが食べ終わった器を返すと、厨房からありがとうございましたをいっぱいもらえた。俺たちはちょこっと頭を下げて、お店を出た。


「う~んおいしかったねぇ!」

「なかなかパンチのあるカレーだったぜ」

「てゆーか二食連続でカレーだよ?」

「四食連続うどんをやろうとしてるやつはどこのどいつだよ」

「あたしでーす」

 風歌のてへ顔を眺めたら、俺からまた手をつなぎにいってやった。


 また時間があるので、今度は別のショッピングセンターへ向かうことにした。駅からしたらどっちも同じくらいの距離だが、ここからだとそこそこ歩くことになる。

 だが風歌は運動部元気っ子なので、この程度ならば問題ないだろう。


「はいお水ー」

「へーい」

 ほーら風歌はこっちのフードコートに着くまでノンストップだ。

「風歌元気だな」

「うん。三行疲れた?」

「疲れてても手つないでるから結局引きずり回される」

「さっきは三行くんから手をつないでくれたんですけどねー」

「あー水うめーな」


 ちょっと休憩した後、店内を歩く。

「三行ー」

「んー?」

「記念にあれ撮ってこうよ」

 と、指さされた先にはプリントシール機。

「えー」

「そんな露骨に嫌な顔しなくてもー」

「まー……風歌とこんなことするなんてのも珍しいしな。今回は特別な」

「ほんと!? いこいこ!」

「お嬢さん」

「……いきますですわよ!」

「いやさっきのは女の子っぽかったぞ」

「よっしゃー!」

「前言撤回」


 俺たちはのれんみたいなのをくぐって、

「おいおいくっつきすぎだっ」

「そうしないと入らないよー」

「てか抱きつくなよ」

「そうしないと入らないかもよー」

「ったくー」

 機械から笑顔満点ミラクルスマイル~! と言われたので、俺たちは写真撮影を行った。


 出来上がった写真を眺めてはえらくにっこにっこしてる風歌。フードコートに戻ってくるまでの間もずーっとにっこにこだった。今回水が用意されなかったのは、ぬらしちゃいけないからだそうだ。

「どこに貼ろっかなー」

「学校に持ってくやつはやめてくれよ」

「それは~……あ、あたしも、ちょっとっ」

 にしてもー……自分で言うのもあれだけどさー。

「でもこれ。よく撮れてるよな」

「うん! こんなにうまく撮れるなんてびっくりよねー!」

 星きらっきらな枠と夜空な感じの背景の中に俺たちがいる。風歌は俺に抱きついていたが、顔の位置が俺より下だからか、なんかこの写真だけでは俺の方が身長大きく見え……

「なぁ風歌。顔の位置低いの、わざと?」

「ばれちった?」

「ばれっばれ」

 でもやっぱり風歌は微笑みながらシールを眺めていた。

「家に帰ったらはさみで切って半分あげるね」

「半分ってー……八枚も!? 俺そんなにシールべたべた貼んねーよ」

「みゆきちゃんは。あたしとの想い出」

「半分いただきますはいですそして机のどっかに貼っつけときます」

 そんなにー……このシール、風歌にとってよかったのか。


 またあちこちぶらぶらしてから駅に戻り、電車に乗って地元駅に戻ってきた。

 俺たちはその勢いのままコンビニへ向かった。


 小学生はカードゲームや遠足のおやつのために。中学生は遠足じゃないおやつや文房具を買いに。高校生は買い食いに。大人のみなさんも食べ物買ってくけど、たまにコピー機使ってる人がいるなぁ。

 とにかく地元民にとって大切な拠点のうちのひとつなのは間違いないな。お店自体はそんなに大きいわけじゃないんだけど。特に小学生にとっては遠足のおやつという超重要な供給元なのだ。まさに地元住民になくてはならないお店だなうんうん。


「おばちゃんこんにちはー」

「あらいらっしゃい、えーっと……満路ちゃん?」

「そそ!」

「あらまぁー随分おしゃれしてー。どっか出かけてたのぉ?」

 お店がなくてはならない存在なら、このおばちゃんも同時になくてはならない存在ということになるであろう。いかにもザ・おばちゃんな感じだが、ある意味この辺で最も顔が知られているおばちゃんっていうことになるかもしれない。

「へへーん。三行と一緒にちょっとねー」

「どもー」

「あらーてことは桑張くんね。久しぶりじゃなーい」

「いや俺毎回遠足の駄菓子ここで買ってんじゃん」

「あらそうだったっけ? おばちゃんももう歳ねー」

 おばちゃんは笑っている。

「おばちゃんうどんちょーだい!」

「はいはいうどんねー。ちょっと待ってねー」

 さて。ここのうどんは何かというと。

 このコンビニはおでんが常設されている。うどんは冷凍庫からチンされる物だが、実はこのうどんは商品を送ってきてる会社がおでんのつゆで食べるためだけに開発した特注品だと聞いたことがある。ちなみに多さは普通のうどんの三分の一くらいかなー。

 風歌は出来上がるまでの時間を知っているのか、店内を見回り始めた。

 とここでちょっと顔を寄せて、

「俺もうどんなんだけどさ。俺にはラーメンも入れといてよ」

「オッケー」

 そこのうどんの〆にラーメンとかなんやねんそれとか思った全国お茶の間のみなさん。まぁまぁ落ち着いて。このラーメンも普通の三分の一くらいと思う。


「ありがとね、また来てねー」

「ばいばーい」

「俺も遠足のやつのときにー」

 俺たちはおでん容器とはしが入ったビニール袋を持って、コンビニの自動ドアをくぐって外へ出た。


「どこで食べるんだ?」

「やっぱ公園?」

 ということで俺たちは近くの公園に向かった。


 ベンチが空いていたので、並んで座って、先におはしを取り出してから、おでん容器を開けた。

「いっただきまーす!」

「いただきまーす」

 それにしても何度見てもこの風歌の初手の勢いある食べっぷりよ。

「はふー。おやつにぴったりよねー」

「あーこれこれ。この味だ。家のおでんじゃできないんだよなー」

 食堂がやわらかめ、チェーン店がかための麺と来て、コンビニうどんはやややわらかめって感じなんだよなー。

「このおでんダシとこのうどんじゃなきゃこのうまさが出ねぇんだよなー」

「ほんと不思議よねー。糸こんにゃくならわかるけど、ここでのうどんの組み合わせ。たまらないわよねー」


「ぷはーおいしかったー! またふっと食べに来ちゃうんだろうなぁ~」

「ふーん」

 俺は風歌の満足げあふれるコメントをよそに、第二ステージへと進んだ。

「うどん三連続だけど、結構いけるもんね!」

「ふーん」

 さてさて、この魔法の子袋を……

「ま、またー三行とお出かけしたいねー」

「ふーん」

 ぱらぱらーっと。

「さっきからそっけないよみゆ三行ぃーーー!」

「なんですか騒々しい」

「三行! あんったなに一人だけ抜けがけしてんのさー!」

「別にうどん以外食べちゃいけないってルールじゃないしー?」

「それは……禁断の……禁断の! おでんラーメンじゃんかーーー!」

「フッフッフ」

 説明しよう! 禁断のおでんラーメンとは、おでんつゆにこの魔法の子袋をから粉をふりかけることによって、なんとあら不思議! ラーメンスープになってしまうという、まさに禁断の秘術である!

 それではかき混ぜてっと。じゅるじゅる。

「……何度食べてもラーメンなんだよなー……」

 いやまじで。まじのまじで。びっくりするくらいまじで。おまけにおいしいし。

「三行ぃ~」

「はいはい」

 俺は風歌におでんラーメンを渡しあ、この渡し方だと風歌は俺のはし使やっぱ使いやがったじゅるじゅる。汁もじゅるじゅる。

「……これ。ほんっっっ……とラーメンになっちゃってるよね」

「な」

 風歌はもっかいじゅるじゅるしている。おいおい普通の麺類より量少ないんだからすぐなくなっちまうぞ?

「はい三行」

「少なくなってません?」

「久々だからつい」

 ま、別にそこまでくいしんぼってわけでもないのでいいけどさ……

(別にそこはいいんだけどさ……)

 ちょっと自分のはしを見つめたが、またじゅるじゅる。あーまじほんとラーメン。


 俺たちは空になったおでん容器をコンビニ備え付けのゴミ箱にポイ。

 まだ明るい方だが、あとは帰るだけだ。

「じゃ帰ろっか」

「もういいのか?」

「うん。もうゆっくりしたい」

「なんだかんだで結構歩いたからなー」

「おんぶしてー」

「無茶言うな」

「どうせあたしはだれにもおんぶしてもらえないよーだ……」

「やっと帰るのにそんなテンション下がること言うな」

「あたしっ。だってっ。お父さんにだってそんなにおぶってもらった記憶ないんだよ!?」

「記憶ないくらいちっちぇーときはさすがにおぶってるに決まってんだろ」

「おぶられてる記憶欲しいです」

 うーん。しかし本当におんぶは厳しそうだしなぁ……もしだめだったらもっと落ち込みそうだ。

 とりあえず周りに人があんまり歩いてないことを確認するとー。

「まじでおんぶは俺にも難しそうだから。せーめー……てっ!」

「ひあぁっ! あ、きゃ、み、三行ぃ!?」

 ふぅ。いわゆるお姫様抱っこはぎりぎりいけた……正直これも自信なかった。風歌の腕も俺の首に回させた。

 とはいえ満路家が見えるくらいの距離まで来てるからやってるんだぜ! 駅からとかぜってぇ無理……。

「おんぶできない軟弱者ですんませんね」

「おんぶできないデカ者でごめんなさいね」

「……た、頼む。家に着くまではテンション下がるの禁止、なっ」

「ちょ、ちょっと三行ぃっ、そんなにその……お、重いなら、無理しなくっても……」

 そういやこの体勢も、風歌の顔が下になるという珍しい状況になれるんだな。

「じゃーごちゃごちゃ言わずに、ずっとっ、元気でっ、いてくっ、れっ、んしょと」

「み、三行ってばーっ……」

 おーなんとかたどり着きそうだ。

「……そんなに優しくしてくれると……み、三行のことっ……」

「着いたぞうぉらぁ! はい終わりぜぁぜぁ」

 俺は玄関前に風歌を立たせると、みっともないがひざと手をついた。

 風歌はドアの鍵を開けたようだ。

「おいしょっと」

「のうわぁあ?!」

 なんと! まさかの風歌が俺を持ち上げたぞ! しかもまさかまさかの肩に担ぐタイプという。

(……なんか。風歌があれしてこれしてって夢見る気持ちが、ほんのちょっとわかったかもしれない)


 家の中に入ると

「ただいまー」

「なんでそんな重くなさそうに声出てんだよ!」

「重いに決まってんでしょ! もう下ろすわよっ」

 俺は風歌に下ろされた。俺が下ろされた方なんだぜ……女子に……。

「あれ。お母さんいないのかな」

「今日夜うどん一緒に食べに行くんじゃなかったのか?」

 俺たちは靴を脱ぎながらしゃべって、靴を脱ぎ終わってからは一緒に歩きながら近くの部屋から確認して回った。

「夜には帰ってくるかもねー。靴ないから、いないと思う」

「そっか」

 まぁどの道時間はあったし。

「だー疲れた。悪ぃ、ちょっと寝るー」

「じゃ手を洗ったらお布団入っときなよー。お茶持ってくから」

「ではお言葉に甘えまして」

 俺は洗面台を使いに行った。風歌は台所の方へ向かったようだ。


 なんだかんだでやっぱ疲れてたんだな俺も。あー布団気持ちいー。

(食べてる時間以外は歩いてることが多かったしなー)

 ……うん。わかってる。さっきのお姫様抱っこが相当身体にあれだったのは。

 それはともかく、あんだけ歩いてぴんぴんしてる風歌の体力は凄まじいな。

(バレーのセンスないとか言ってたが、たぶん大丈夫だと思うけどなぁ)

「レモネード持ってきたよー」

「『お』も『ち』も『ゃ』も入ってねぇじゃねえか」

 風歌がおぼんを持って入ってきて、テーブルに置くかと思いきやそのまま俺のそばまでやってきて、座って俺を見下ろしている。

 起きたての今朝の姿とは全然違うなー。この後この装備も外されていつものシャツジャージ風歌に戻るんだろうな。

(あーだめだ。朝といったらあれを思い出す)

 ちょっと首を振って、

「飲みますかなー」

 俺は起き上がった。

「どうぞー」

「いただきまーす」

 風歌からレモネードを受け取った。温かいVerだ。

「うーん爽やかな甘さだ。風歌の分は?」

「あたしはいいよ。あでもそれ分けてもらお」

 もう奪われてしまった。

「あーおいし。はい」

 もう戻ってきた。ちょっと手が触れた。

「そういやこんなに風歌と一緒にいんのもいつぶりだろうな」

「昔は結構一緒にいたのにねー」

 風歌は壁にもたれた。ので俺も。

「どうだ、女の子になれたか?」

 そう聞いてみたら、

「う、うんー。どう? あたし女の子してた?」

「微妙」

「ひどっ」

「でも俺は最初から風歌は女の子にしか見えてねぇし」

「三行ってばー」

「こぼれるこぼれる」

 俺の左腕が風歌に抱き抱えられた。そのまま手も握ってきた。

「今日はやけにべたべたくっついてくんな」

「別にいいじゃん」

「よくねぇ」

「あたしがいいって言ったらいいの」

「勝手に世界の中心になるなよ」

 小学校のときに泊まりに来たらよく遊んでたなー。お互い一人っ子だからってのもあったかも。

「……バレー部ってさ。男子と一緒に練習することはねぇの?」

「ないねー。同じ大会に出るときに会場で協力することはあるけど、普段は別にー」

「そんなもんなのか」

「三行んとこは?」

「俺んとこは男女混ざって練習してるぞ」

「へーそうなんだー」

 俺の左手はむにむにされている。

「……か、かわいい女の子と一緒に練習してたら、やっぱ燃える?」

「はぁ? あんま考えたことねーなー」

「まじめー」

「余裕がねぇだけだよ。それにかわいくて強いやつは、もうすでにだれかと付き合ってそうな感じあるし」

「え!? やっぱり部活内恋愛ってあり!?」

 ここで風歌はずいずいっと。

「あ、おう、こっちは別に禁止とかないし。そっちは?」

「あたし女子バレー部なんだけど」

「男子バレー部員と付き合う女子バレー部員とかいんのかって意味だろっ!」

 焦りますわっ。

「どーかなー。そんな話聞かないけどねー」

「ふーん」

 レモネードうま。

「風歌は人気者だから、ラブレターとかねぇの?」

「三行。そんな都市伝説を持ち出して何が楽しいのかしら」

「あ、いや、今のは割とまじな方だったんだが」

 風歌は俺を見ている。

「……あるわけないじゃんっ」

 ぷいされた。

「そーかー」

 レモネードうまうま。

「三行こそっ。ないの?」

「果たし状?」

「むしろ果たし状あったの?」

「ねぇよ」

「じゃラブレターは?」

 レモネードうまうまま。

「……あああ、あ、あったの!?」

 あーレモネードおいしーなー。

「ちょ! ちょおっとお! そんな話聞いてないわよー!」

「こぼれるこぼれる」

 もう飲んじまっておこう。

「ごちでーす」

 俺は風歌に左腕を引っ張られながらも右手の飲み終えたコップをおぼんの上に置いた。

「詳しく聞かせなさいよー!」

「へーへー。三回あるけどどれだ?」

「さささ三回ぃ~~~!?」

 やはり風歌は加減というものを知らないのか、俺の腕が大変なぐねぐね度を発生させている。

「全部よ全部!」

「一回目は小学~……五年かな。二回目は中一、三回目は中二」

「あわわわわ……」

 風歌の顔が大変なことになっているが、話を続けてさっさとこの話題を終わらせておこう。

「一回目は放課後中庭に。二回目は放課後裏門に。三回目は昼休みに正門近くのベンチで。それぞれ呼び出されたが、全部断った」

「なんで!? なんでよ!?」

「俺には好きなやつがいたからな」

 あ、俺の左腕が落とされて、風歌の太もも付近に落下した。さすがに場所が悪いので畳に落としとこ。

「……それも……聞いて、ないんですけど……」

「だれにも言ってないからな。俺だって青春くらいは……ておい風歌っ!?」

 突然風歌が泣いてる!?

「ちょおお風歌、なんだなんだおいおい」

「い、今も好きな子、いるの?」

 袖で涙をぬぐいながら聞いてきた。

「あ、ああ」

 な、泣きすぎじゃね?

「そっか」

 この話題のどこにそんな泣く要素があったのかまだピンと来てないがまずいことはわかる。まずいまずい。しょうがない。こんなタイミングのつもりはなかったが、今言わなきゃ全部終わってしまう。

「その涙はうれし涙って受け取っていいんだよな?」

「……三行っ。それ、ひどいよ、ひどいよぉあ、三行っ……?」

 俺は風歌を抱き寄せて、思いっきり力を込めて抱き締めた。

「俺が好きな相手は風歌だって気づいてくれての涙なんじゃなかったんですかねー」

 ちょいてれますんであくまで口調はいつもの冗談っぽくー。

「……ぐえぇぇ風歌たんまたんまっ」

 今度は風歌が俺を抱き……いや締め上げてきた。

「ギブギブ風ぐあぁ」

 風歌にはけんか売るのやめましょう。

「離せ離せ」

「やだっ」

 たぶん大丈夫だろうなーとは思ったけど、風歌も俺のことを嫌ってないようでなによりだった。

「三行のこと、好きになっていい?」

「俺の体がばらばらになりそうなので考えさせてください」

「やだっ。もう三行のことずっと大好きだったもん。いいよね?」

「わ、わが、わがだからはなぜはなぜ」

「三行大好きっ」

 ちーん。


 俺はまた布団に入っている。

「三行大げさだよー」

「てめぇが手加減せぇや……」

 痛ぇ。

「……でも今の顔。女の子っぽいぞ」

「そう? 三行のおかげー」

 風歌は俺を見下ろしながらにこにこしている。シールを眺めてたときのような感じ。

「……ねぇ。本当にあたしのこと…………なの?」

 よく聞こえなかったが続行。

「まぁ……いちばん気の合うやつだし。楽しいし。自然体だし。趣味合いそうだし。体でかいけどごついわけじゃないから、まぁえっとまぁその……」

「なに? なにっ?」

 はぁ。

「……今日とか。美人だし」

 ん? 風歌はごろごろ転がってる。テーブルで足打ったら痛そうだ。

 あ、止まった。またこっちに戻ってきた。

「三行っ。あたし。ずっと三行についてくっ」

「なんて優秀なボディガードだ」

「ええ。三行のためならいくらでも悪党の首を……フフフ……」

 うん。優秀なボディガードだ。

「もっと……あたしを女の子にさせなさいねっ」

「だからー。ずっと風歌を女子だと思って見てきたってどんだけ言わせんだよー」

「あーん三行大好きーっ」

「も、もう勘弁してくれぇー」

 首は危険だ危険っ。

「ただいまー」

「おかえりー」

 助かった……がくっ。


 六時過ぎに俺たちは満路家を出て、バスに乗って和食料理屋のとこまで向かった。

 おばさんは車を運転することもできるんだけど、あんまり自信がないらしく、俺を事故に巻き込ませるわけには~と大変心配してバスになった。普段のお買い物には車を使ってるらしいが、別にそれと同じ感覚でもいいのにねぇ。


 食堂のときのような引き戸だけど、厚みがあって音も重めだ。

 おばさんを先頭に風歌、俺と続けて入った。

「いらっしゃいまし。あらまんちゃんようこそー」

「こんばんはお元気ー? 風歌が今日うどん食べたいって言うし、あたしもおそばいただきにね」

「あらっ、風歌ちゃん元気?」

「こんばんはー、あたしは元気いっぱい!」

「俺も元気あるぞ」

「あら懐かしい組み合わせねぇ。ようこそ三行ちゃん」

(だー。でもここのおばちゃんの場合は悪気があって言ってるわけじゃないんだよなぁ……)

「みゆきちゃん」

「うっせ」

 ぜってぇ風歌のにやにやが来ると思った。

「ささどうぞどうぞ、お好きな席へっ」


 和食料理屋さんといっても、敷居が高い感じではなく、なんていうかファミレスの和食版なんだけどかっちりした世界観もありーのというか、とにかくまぁそんな感じのとこだ。あでもそういやここもチェーン店になるのか。雰囲気かっちりしてるからつい単独かと錯覚。

 おばさんおじさんが昔から通ってるらしく、風歌も連れられてくることが多い。ということで俺もそこに混ざって来ることも少々。


 メニュー表をたくさん眺めて、俺たち三人は注文内容が決まった。


「ご注文を繰り返させていただきます。野菜舞う新緑うどん膳がおひとつ。小町物語御膳がおひとつ。野菜たっぷり味噌煮込みうどんがおひとつ。以上でよろしかったでしょうか」

「はい」

「ありがとうございます。少々お待ちくださいね」

 女の人は去っていった。

 俺の左に風歌。風歌の前におばさんが座っている。

「三行くんとここに来るの久しぶりねぇ」

「何年ぶり? あーでも二年ぶりくらいかな? ほら風歌の試合前にさ」

「あーあったねぇ」

 風歌のお母さんは細い人で、いくら風歌が身長大きくてもごつくはないとは言っても細すぎませんかってくらい細い人だ。

 外で働いているがたまに病気になるときがあって、その時は風歌が面倒を見てる感じだ。

 風歌のお父さんはその分今バリバリ頑張っているらしく、風歌が大人になったらおじさんはおばさんにつきっきりになると約束もしているらしい。

「どう三行くん。風歌ちゃんと仲良くしてくれてる?」

「もちろん。なぁ風歌」

「う、うん。とっても仲良し。とってもとっても」

「そう、よかったわ」

 おばさんは風歌をにこやかに眺めている。

「おばさん最近体調は?」

「大丈夫よ。最近は休んでないわよね、風歌」

「そういえばそうだねー。夏にダウンしてたけど、それ以外は大きなのはないね」

 お元気そうでなによりです。


 さっきの注文を聞きに来てくれた女の人が、料理を載せたカートみたいなやつを持ってきた。

「お待たせいたしました」


 おばさんは小町物語御膳。ちっちゃいのをいろいろ食べられるようなやつ。温かいそば付き。

 風歌は野菜舞う新緑うどん膳。昼のチェーン店の野菜のかき揚げと食べ比べる魂胆かっ。温かいうどんを選択。

 俺は野菜たっぷり味噌煮込みうどん。いや~鉄鍋のぐつぐつっぷりは見るからに体に染み渡りそうな感じ。固形燃料の火がめらめら。

 俺たちはいただきますして食べ始めた。


「ん~。味噌が体に染み渡るぜぇー」

「どれどれー」

 レンゲが配られてるからって遠慮なく食べにかかりやがってっ。

「ん~。染み渡るぅ~。どれどれー」

 当然麺も持っていきやがった。

「ん~。絡んでるぅ~。はい三行、ちくわも食べていいよ」

「うむ」

 俺はちくわの磯部揚げもうどんのとこに入れて一緒にうどんを食べた。

「なんで磯部揚げってこんなにうまいんだろうな」

「給食でも大人気」

「間違いない」

 俺たちは本日うどん四食目なのに盛り上がっていた。おばさんはにこやかにそばを食べていた。


 食べながら最近の俺たちのことや、風歌ん家のことなどをおしゃべりした。ごはん食べてる風歌の元気っぷりは半端なく、おばさんも俺交えてのおしゃべりを楽しんでくれているようだった。

 この落ち着いた店内も、おばさんののほほん度に似合ってると思う。まぁだからといって風歌が似合ってないってわけでもないがっ。

 当然風歌は本日四食目となるうどんを完食いたしましたとさ。


「ありがとね満ちゃん」

「また来るわ、おいしかった」

「二人もありがとね」

「また来まーす!」

「俺もまたうどん食べに来まーす、いやそばかも」

 店員さんたちに見送られながら今度は俺が先頭でお店を出た。


 満路家に戻って、おばさんに見守られながらリビングで風歌と宿題やったりテレビ観たり。今日の一日の流れについてもおばさんに説明もした。

(シールのこととかあんなこととかは言ってないけどなっ)


「よし、寝るっ」

「おやすみ、三行くん」

「あたしも寝るー。おやすみー」

 俺と風歌はリビングから出た。


「おやすー」

「お、おやすみー」

 風歌は二階なので、俺は和室に向かった。



「……みーゆーきー。みゆーきー」

「ん~……んぁー、なんだむっ」

 この感触は。

(……まった風歌ってやっつぁ……)

 俺は風歌の肩を押し上げて、口から風歌の顔を離しながら起きた。

「変態か」

「お、お腹すいちゃってさー。それになんか眠れなくって。宿題もさっき一緒に終わっちゃったし」

「一人で食べろよー」

「半分分けっこしようよー」

「全部一人で食べろよー」

「太っちゃうでしょー」

「じゃ食べんなよー」

「……大好きすぎて、三行とおしゃべりしたいよっ」

(んん~……)

「しゃーねーなぁ」

「やたーっ」


 キッチンのコンロで俺は冷凍半玉うどんをゆがいている。こんなのまで常備してんのかよ。風歌は隣のコンロで汁作りをしている。半玉をはんぶんこするんだから食べんのは四分の一か。

 さっき時計見たら夜中十二時前だった。

「三行ってさ。い、いつごろからあたしのことー…………だった?」

 よく聞き取れなかったが続行。

「いつだろ。小学一年のときにはもうそうだったんじゃねぇか?」

「そなの!? だったらもっと早く言ってよー」

「風歌こそもっと早く言ってもよかったんだぞ」

「女の子は男の子からの言葉を待つものなのよっ」

「じゃあ今になっても文句言うなよな」

「……あたしが他の男の子に告白されて、他の男の子と付き合っちゃってたらどうしてたの?」

「あきらめるしかないだろ」

「さみしー」

「てか風歌はどうせ他のやつと付き合うなんてことならないだろうしな」

「うっわ。そんなにかわいげがないっていうの?」

「たぶん風歌も俺のこと、好きに想ってくれてるんじゃないかなー……って思ってただけさ」

「……大正解~」

「コンロの前で抱きつくなっ」


 出来上がったちっちゃいうどんは、みそ汁用の器に入れて、風歌のご要望により和室で食べることになった。

「いただきまーすっ」

「本当に一日五食うどん食べるとは」

 自分の部屋から持ってきた目覚まし時計をちらっと見ると、まだぎりぎり十二時になっていなかった。

「う~ん。やっぱり三行と食べるうどんはおいしいねー」

「じゃ別にうどん食べ歩かなくてもよかったんじゃ」

「あたしは楽しかったよ。デ・エ・トッ」

「ぶふっ。げほっがはっ」

「あっはは!」

(いつか見返してやるこんにゃろっ)


 みそ汁くらいの大きさなので、あっちゅーまに完食。

 確かに小腹がすいたときにはいいかもしれないが、こんな真夜中にってのはなぁ。

 風歌はとても満足そうな表情をしている。でもこの五回のどれよりも穏やかな感じでもある。

「ねぇ三行」

「あんだよ」

「またデートしようね」

「へいへい」

「またうどん食べようね」

「へいへい」

「また一緒に帰ろうね」

「へいへい」

「またちゅーしていい?」

「却下」

「えーなんでっ」

「……俺からもしたくなるからっ」

 俺は風歌をすぐに抱き寄せて、唇を重ねにいった。

 そして割とすぐ離した。やっぱ風歌ってかわいい顔してるよな、これ。

「……あ、あたしのことっ。見捨てないでよ」

「何年風歌のこと好きだったと思ってんだよ。風歌こそ他のやつに告白されても断れよ」

「うん。約束しまーす」

 近い距離に風歌の顔があるが、その表情は楽しそうというかなんというか。

「じゃ、今日から風歌は俺の彼女な」

 一応確認。

「……あ、あたしで、いいのかなっ?」

 きょろきょろし始めた。

「断るなら今のうちですが」

「やだっ。み、みゆきちゃんとお付き合いしたいです」

「わざとかっ」

「ああそのあの、さっきのはほんとにその、う、ううん」

 風歌のあたふたはまじのあたふただと判断。

「よし。彼女決定」

 風歌は二回まばたきした。

「よよ、よろしくお願い、します」

「こちらこそ」

 ということで、もっかい重ねにいった。

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