帝王Tsuyamasama学園ラブコメ短編集 カクヨム投稿版!(コンテスト応募用)

帝王Tsuyamasama

短編17話

雪久ゆきひさちゃんおはよー」

「おはー」

 俺こと岡園おかぞの 雪久ゆきひさは男なのに、同級生で唯一ちゃん付けで呼んでくるのは武平たけひら 若萌わかも

 若萌とは幼稚園入る前からの付き合いだから、俺も俺で呼ばれ慣れてしまっている。

 若萌は髪が肩を越えるくらいの長さでつやつやしている。本人によると髪は唯一の自慢らしい。

 唯一とか言ってる割には成績は俺よりいいし、部活では副部長やってるし、お父さんもお母さんも学校の先生だ。社会の武平先生は俺らの先生でもあるんだぞ。お父さんは別の中学校らしい。

 俺は小さいときから若萌にちょっかいかけてたから、おじさんおばさんとは結構仲良くなっている。まぁ俺の父さん母さんとも結局つながってくるんだが。

 俺って友達結構いる方だと思ってるんだが、若萌がいちばん友達歴が長い。若萌からとっても俺がトップなんだろうか?

 小学校は通学団の関係で登校は別々だったが、中学校はたまに一緒に登校するときがある。今日は別々だったが。

 待ち合わせとかはしてないけど、お互いタイミングが合ったら一緒に行ったり帰ったりする仲だ。昔に比べると若萌の家に行くことは少なくなったが、今でもときどき若萌の家で遊ぶことがある。

 そんなこんなで俺たちの仲の良さは自然と周りにも知られており、俺が男子で若萌が女子であるため中には『付き合ってんの!?』と聞かれることもしばしばあるが、そうではないと言ったところで『えー付き合ってるんちゃうーん?!』……そう思うなら最初から聞くなよ……とため息をつくこともまたしばしば。

(……告白したら、若萌は俺と付き合ってくれるんだろうか)

 いやいや俺は何を考えてんだ。別に付き合うってことをしなくたって、今でも充分仲良くやれてるし。リスクを賭けてまでもそんなことしなくたって……。

「な、なぁ若萌」

 とかなんとか思いながら俺は若萌に声をかけてしまっていた。

「うん? なに?」

「あー、えーとだなぁー」

 どーしよどーしよ。とりあえずなんかなんか……

「きょ、今日一緒に帰らないか?」

 絞り出した結果がこれだった。

「うん! じゃげた箱で!」

 ノリで言ってしまったが、若萌はとりあえず楽しそうだった。


 部活が終わり、あとは帰るだけ。

 俺はげた箱にやってきたが、まだ若萌は来てないな。とりあえずー……エキストラっぽくぶらぶらしとこ。


 お、若萌がやってきた。

「雪久ちゃんお待たせ! さあ帰ろうっ」

「おし」

 若萌はおとなしすぎず元気っこすぎず、でも元気っこな感じ……で伝わるだろうか若萌な感じが。スカートがふわふわしていた。


 本日もつやつやな若萌の髪がそよそよ揺れております。

 姿勢よく、そしてにこにこと帰っている若萌さん。

 ……うーん。非常に画になりますな。俺に絵画か写真の技術があればっ。

 そうこうくだんねーことを考えながら若萌の横顔を眺めていたが、若萌の笑顔度がさらに上昇した。

「わ、若萌、なんかいいことでもあったのか?」

「雪久ちゃんと一緒に帰るのが楽しいだけー」

「相変わらず若萌っていいやつだよなー」

「そうー? 思ったこと言ってるだけだよ?」

「なおさら若萌のいい子ちゃん度がアップしている」

「なにそれ。でも雪久ちゃんによく思われてるのならよかったっ」

 若萌のるんるんは続いていた。

「あ、そういえば雪久ちゃん、いつもはばったり合ったら一緒に帰るって感じだけど、今日は最初から誘ってくれたよね。なにか私にご用事かな?」

 おっとそこをそう突いてきましたか。

「いや、別に用ってほどのことは」

「そっか。でもそれがいちばんうれしいかも」

「ん? どういうことだ?」

「だってー。それだけ雪久ちゃんにとって私が身近な存在って考えててくれてるのが、なんかいいなって思って」

「はぁ。まぁ身近ってのはそうかもな」

「よかったー」

 笑顔な若萌の横顔。流れる景色と若萌の表情がまじでこう……んがー、なんで俺は絵の才能がねぇんだよぉ!


 俺の家は学校からそんなに遠くないからもう着いてしまった。

「それじゃ雪久ちゃん、また月曜日っ」

 今日は金曜日で、土日を挟むからだ。

「わ、若萌っ」

「うん?」

 俺は自然と若萌を呼び止めてしまっていた。そして続けざまにこれまた自然と言葉を発していた。

「あ、明日ー。会おうぜ」

 若萌がちょっとはっとなったのが見えた。

「えっ? いいの?」

「いいよ。って俺からお願いしてんだぞ?」

 それでも若萌はやっぱりにこにこで、

「うん! わあ、明日は雪久ちゃんと遊べるんだね!」

 若萌は手を組んでうれしさアピール全開である。

「ね、何して遊ぼっか?」

「んー……」

 なんか。ノリで言うのはいいんだが、その先が続かないことばっか言ってしまってるなぁ。

「じゃあ……とりあえず若萌ん家で」

「うん、いいよ。じゃ朝十時に来て朝から一緒に遊ぼうよっ」

「ああ。じゃ十時な」

「うん! それじゃあ明日ね!」

 笑顔で手を振る若萌を見送った。

(うーん。なんか今日の俺は俺じゃないみたいだ。こんなに行き当たりばったりなことを次から次へ若萌に。頭が回ってないというか、ぼーっとしているというか。でも俺は若萌と遊びたいのは遊びたいし……)

 まさかこれが噂に聞く恋とかいう現象のことなんだろうか。いやいやまさかそんなまさかなはははのは。しかし顔が熱いような気がする。いーやこれは夕日のせいだろう。

 とにかく俺は家に入ろう。普段考えないこと考えたせいか、むせてのどがいがいがするぞっ。



 次の日、土曜日



「……ちゃんと寝るのよ?」

「へい」

「お母さん、今から休んでもいいのよ?」

「いや大丈夫れすげっほごっほ」

「こんな日に限って土曜日に出なきゃいけないなんて……お腹がすいたら何か食べられるかしら?」

「それくらいはだいじょぶ」

「はぁ……雪ちゃんあんまりかぜなんてひかないから、心配だわ」

「だいじょぶだいじょぶ」

「ふぅっ。じゃあお母さんいくわね。なにかあったら電話してね。すぐ出なかったらお父さんにかけてもいいわよ」

「へいへい」

「いってくるわね」

「いってらげほごっほ」

 俺。かぜ。

 母さんを見送る。ドア閉められた瞬間どっと疲れが出てきたような気がする。

「あー電話電話」

 昨日あんな約束を取り付けてしまっての今日土壇場キャンセルである。だがこのかぜっぷりはどうしようもないレベルだ。

 俺はフラッフラしながらもなんとか電話機に到着。若萌の電話番号はー……連絡網からー……

(うわーだめだ文字見るのは結構きついぞ)

 頭がフラフラしては文字見る集中力がないというか。黒板の字を見るのは退屈だが、今の俺は字そのものを拒否してるレベルだぞあ若萌の電話番号あったあった。

 なんとかこうにか俺は若萌の電話番号をプルルルできた。

「はい、武平です」

「ああ、若萌、か?」

「え? 雪久ちゃん? どうしたの声っ」

「すまん、かぜった。寝る」

「え、えっ、雪久ちゃんかぜ!? そんな、心配だよぉっ」

「じゃあ看病してくれ……すまんもう無理、鍵開けとくから……」

 ああ受話器……もうなんでもいいや……とりあえず鍵、母さんが出るときにかけたけどもっかい開けて……よし。幸い冷蔵庫の中にスポーツドリンクがあって、それ飲みまくっていい許可が出てたので、コップとそれ取ってこよう。


 なんとか2リットル持つことができ、もうなんかほとんど考えができないまま俺の部屋に到着。

 学習机の上にコップを置いてどばどばスポーツドリンクを注ぐ。一杯飲んで、もう一杯飲んどこう。どばどば。うし。うぇのど痛ぇ。

 もういい。もういいや。もう寝る。寝るぞ俺は。おやすー……



(……んー、なんだこれは……俺は何かにぎにぎしているぞ。にぎにぎ)

「あ、雪久ちゃん起きた? ねぇ起きた?」

(あぁー若萌の声が聞こえるー。そうかこれがいわゆる幻聴というやつだな……あーにぎにぎ)

「よかった雪久ちゃん……あ、おなかすいた? おかゆ温めてくるよ?」

(とりあえずにぎにぎしとこう。うーんぷにぷにしてていい感触だな)

「えっとー、これはおかゆ食べますっていう合図なのかな? それじゃあ温めてくるねっ」

(あれ、にぎにぎがどっかいった。そうかもうにぎにぎはないのか。ないならもういいや……寝よう……)


(……お、にぎにぎが帰ってきた。おかえりにぎにぎくん)

「雪久ちゃんってば。食べるんだよね?」

(ずっとにぎにぎってたいわー)

「まだ起きるのつらい? 起こしてあげよっか?」

(にぎにぎもそうだがすべすべもするなー)

「ゆ、雪久ちゃん、さっきから触ってくるの優しすぎて、ちょっとこちょばいよ……?」

(てか若萌の声がずっと聞こえてるなぁ。幻聴にしては長くね?)

 あれにぎにぎまたなくなっうぉ。ここで俺は体がなんか……浮いた?

「失礼しまーす。さあ雪久ちゃん、食べてっ。ふーふー。あーん」

(あーんってあれだよな……口開けろやオラっていう命令のあれだよな? あーん)

 なんか口の中に運ばれた。味薄いけどうま。

(どーぉ? おいし?)

 にぎにぎしておきたかったがにぎにぎがないのでもぐもぐしておこう。

「食べてくれてるから、いいのかな……? はいもう一口。あーん」

 あーん。もぐもぐ。

「食欲あってよかったね。家族の人だれもいなかったから、勝手に作っちゃったけど……よかったのかな?」

 もぐもぐ。これはおかゆだな。でも味付いてるぞこれ。のど痛ぇ。でもうま。

「ふふ、なんだか雪久ちゃんかわいー。私がちゃんと治るまで面倒見てあげますからねー。はいあーん」

 あーん。もぐもぐ。お、のりがあるのがわかった。うま。うま?

「……若萌?」

「あ! 雪久ちゃん、やっと声出してくれたね!」

 なんか若萌にもたれかかってる俺がいる。んで俺にもたれかかられている若萌がいる。赤いセーターを着ている?

「……なぁ若萌」

「うん?」

「俺。今なんでこんな体勢になってるんだ?」

「私がおかゆ食べさせてあげてるからだよ。はい、あーん」

「あーん。もごもご」

 おっと昆布が出現したか。うま。

「すまん、なんかよくわかんないけど、もっとくれ」

「はいはい、あーんしてくださいねー」

 頭がぼーっとする。けど若萌からおかゆ食べたい病が発症しているようなので、若萌からたくさんいただこう。


「す、すごい雪久ちゃん、もうなくなっちゃったよ?」

「あーん」

「だからないってばぁ。まだ食べたいの?」

 にぎにぎどこいった? てかなんだこのざらざらしたやつ。これではにぎにぎできないではないか。

「あ、こらっ、お鍋を叩いてもおかゆはわいてきませんっ。もっと食べたいの?」

「もうちょい」

「はーい。じゃあ作ってくるから待っててね」

「にぎにぎは?」

「にぎにぎ? おにぎりが食べたいの?」

「おかゆ」

「おかゆ食べたいのね? 雪久ちゃんがいつもの感じじゃなくて、余計に心配しちゃうよぉ……とにかく作ってくるから待っててね」

 俺の浮遊感が失われた。やはりこの世界には重力というものが存在していた。

 なんか疲れたので寝よう。


 再び訪れた浮遊感。

「失礼しまーす。お待たせしました。ふーふー。雪久ちゃん、あーんだよ」

「あーん」

 あっち。おや、さっきと味が少し違うな。まぁうまいのでなんでもいいやもぐもぐ。

「おいしい?」

「あーん」

「わ、わかったからっ。はいあーん」

 梅干しかっ。おお、なんかちょっと目が覚めてきたかも。

「……若萌?」

「なあに?」

「好きだ。愛してる。あーん」

 あれ、俺やっぱり疲れてるかな。やたらぼーっとしてきた。

 ……おかゆが来ないな。おかゆ切れか。仕方ない、諦めよう。気持ちがふっと切れたように俺の体は沈んでいった。のになぜか俺の浮遊感は続いている。

(……頭痛いな……のども痛いけど。あーんする度にのど痛ぇけど、今の俺ののどが求めていた味付けど真ん中だったからか、痛みを上回ってあーんしたがる俺ののど)

 やっぱもっかいあーんしよ。あーん。

 あれ。口閉ざされた。なんか当たってる。これではあーんできないではないか。

(やばい、だめだ、すごく疲れた)

「ゆ、雪久ちゃん? 大丈夫?」

(だめだ……若萌……)



「……ん、んんー……」

 うっわ頭痛いなおい……てかなんか胃もたれみたいなん起こしてんだけどぉわばっ。

「わ、若萌っ!?」

 おいなんで若萌がここにいるんだ!? てか俺の左手はなんで……てこれ若萌の手か!?

(どゆこと!?)

「んー……ふぁ、雪久ちゃん起きたぁ?」

 すんげー眠そうな若萌。赤いセーターを着てる。今日も髪はつやつや。

「お、おい若萌」

「おはよぉ……なに?」

「おはー……いやいやおい若萌」

「なにってばー……ん~っ」

 若萌は伸びをしている。俺の手は握ったままもう片方の腕で。

「なんで若萌がここにいるんだ?」

「え。私からしたら、なんで雪久ちゃんからそんなこと言われちゃうのかがわからないよっ。寝ぼすけさん?」

 若萌がなんともいえない表情をしている。

「と、とりあえず若萌。この手、なに?」

「え? あ、ご、ごめんなさいっ」

 若萌が布団の中で握っていた手をすぐに離して引っ込めた。

「いや、別に……てか頭痛ぇ」

「大丈夫?」

「そうか、俺かぜってたんだったな。スポドリっておくかな」

「ああ雪久ちゃん動かなくていいよ。私が取ってあげる」

 俺がのそのそ動くよりも先に若萌はちゃちゃっとスポーツドリンクをコップに注いで俺に渡してくれた。

「さんきゅ」

 一気に流し込むべし! うーん爽快。

「ぷは~」

「いよっ、大将いい飲みっぷり! もう一杯いっとく?」

「いや、疲れたからいいや……」

 俺は若萌にコップを渡すと、また枕へ頭を沈めさせた。

「雪久ちゃん本当に大丈夫? 私とっても心配だよ」

 若萌が本当に心配そうにこっちを見ている。小さいときからいろんな若萌の顔を見てきたけど、今のこの表情はレア度高めだ。

「だーいじょーぶ。しんどいけどこの程度ならな」

「そんなにしんどいの? 頭の他に痛むとこある?」

「のども痛い。でも頭がかなり痛い」

「のど痛いの? さっきあんなに食べたけど……」

「うん? そういや俺胃もたれな感じのこれ……ん?」

 見回すと、おかゆが入っている小さめの土鍋を発見。俺ん家の食器ではある。

「若萌が食べたのか?」

「そんなわけないでしょっ」

 やっぱり俺が食べたらしい。腕動かした記憶がないんだが……。

「じゃあその中途半端に残ってるのはなんだ?」

「えっ? え、それはー……そのー……」

 歯切れの悪い返答である。

「でも俺もうちょい食べたい気分だな。残ってるそれ食べきってしまってもいいか?」

「うん、もちろん! ま、またさっきみたいに食べさせてあげた方がいい?」

「さっきみたいにって……」

 ちくたくちくたく。

「てか若萌! なんでここいんだよ!」

「もぉー雪久ちゃんが呼んだからでしょーっ」

 ぷんぷんしてるがちょっと笑ってる。俺若萌呼んだのか。

「来てみたらだれもいなかったもん。だから私に助けを呼んだのかなって思ったんだけど……?」

「あー……そんなことしたような気がするような」

「もぅ。本当に大丈夫?」

「大丈夫じゃなさそうだ」

「もぅ~。ほら、やっぱり私がおかゆ食べさせてあげるから。ね、いいでしょ?」

「仕方ない……お世話になるか」

「うんうん。では失礼しまーす」

 若萌はおかゆ鍋を鍋敷きごとベッドに乗せて、俺を起こしつつ背後に回って、

「若萌」

「なあに? よいしょっ」

 後頭部に腕が回され、あちこちポジションが整えられていき。

「俺。さっきもこの体勢で食べてたのか?」

「そうだよ。はい、あーん」

「若萌」

「なによぅ」

「俺。さっきもこの体勢であーんしてたのか?」

「そうだよっ。わかったら早く、あーんして」

 ……あーん。ぱく。もごもご。

「うま」

「よかったっ」

 見上げると若萌がすぐそこにいる。俺は若萌に寄りかかってしまっている。

「ほんとにさっきまでのこと……覚えてないの?」

「なんかうろ覚え。食べたような気はするが、はっきりとは」

「そっか。はい、あーん」

 あーんと言われてあーんするような歳でもないと思うんだがー……でも疲れには勝てないのであーんすることに。もぐもぐやっぱうまいなこのおかゆ。

「ところでうちにおかゆの素なんて置いてたっけ」

「知らないけど、私は特に使わなかったよ」

「ふーん」

 ふーん……。

「ん? おい。じゃあこのおかゆって、だれが作ったんだ?」

「私」

「ふーん」

 ふぅーん…………

「え!? このうまいおかゆ、若萌が作ったのか!?」

「う、うん。そんなにおいしい?」

「あ、ああ。あいや、まあその。うんまぁ」

 面と向かってうまいとか言ってしまったが……。

「うれしいっ」

 若萌めっちゃ笑顔! 同時に俺のハートに電撃光線!

「また雪久ちゃんがかぜひいちゃったら、作ってあげても……いいよ?」

「のど痛くないときには食べさせてくれないのか」

「えぇっ。そ、そんなに食べたいなら、また今度、作ってあげても……でもやっぱり恥ずかしいなぁっ」

 言ってる俺もなんだかちょっと。やばい、やっぱ頭フラフラってるわ。

 若萌からおかゆをすくったレンゲを差し出されると、俺はただ口を開けてはもごもごするしかなかった。


 残ってるおかゆの量はさほど多くなかったので、ほどなくしてごちそうさまになった。ご丁寧に若萌から口元ティッシュぽんぽん攻撃を受けた。

 若萌に下ろされて、俺は横になっている。その若萌はお鍋を片付けているようだ。


 そして若萌が戻ってきて、ベッドの横にぺたんと座ってベッドにひじ付いて俺を眺めている。

「若萌が来てくれて助かった」

「そんなぁー照れるなぁーてれてれ」

 若萌はにこにこしていた。

「食べたら少しましになったような気がする」

「ほんと? よかった」

「まさか若萌に料理の才能があったとは……」

「だってお父さん、家庭科の先生だもん」

「そうだった」

 お母さんは社会科、そしてお父さんは家庭科の先生だったことを思い出した。

「若萌も先生になりたいのか?」

「どうかなぁー。なってもいいかなーとは思うけど、まだそこまではっ。雪久ちゃんは、何か夢があるの?」

「うーん。聞いておきながら俺はなんにも。平和に奥さんがいて子供がいたらそれでいいや」

「へ、へぇー……」

 まっすぐ俺を見ている若萌。今はなにもおもしろいことをしてやれないぞっ。

「ど、どんな奥さんがいいの?」

「んー。そんなの考えたことないがー……うーん」

 いや俺まだ結婚未経験だしっ。大人にすらなったことないというのに。

「今みたいに看病してくれるのはありがたいよな」

「私看病しちゃうよ!」

 ついていたひじは立てられてガッツポーズになった若萌。

「若萌が俺の奥さんになるのか?」

 俺が聞いてみたら、あれ若萌の動きが止まった。

「若萌のおかゆおいしーもんなー。あれ、でもたしか結婚って、相手の家に行ってお願いしますってしなきゃいけないんだよな。おじさんおばさんなら俺にOK出してくれそうだけど……ってまだ全然先のことだよなははっ」

 頭ぼーっとするー。ずきずき痛む。

「薬飲もうかな。飲まないと母さんにぎゃんぎゃん言われそうだ。若萌、場所わかるか?」

「え!? あ、えと、どの辺にあるかな?」

「下の電話の近くに薬がいっぱい入った薬箱があるはずだ。その中から封が開いてるかぜ薬があったらそれを持ってきてくれ。なかったら開けてないやつでもいいから。胃腸のやつとかいらんからな」

「わかってますぅ。待っててね」

 若萌は立ち上がって灰色のスカートをふわっとさせながら部屋を出ていった。


「これでいいかな?」

 水を入れたコップも持って登場した若萌。見せてきた薬は封の開いたかぜ薬だった。

「ああ、それでいい」

「飲める? 飲ませてあげよっか?」

「じゃー……せっかくなんで頼もうかな」

「はい。失礼しまーす」

 またさっきみたいに少し起こされてはもたれまくってる俺。

「水ちょっと含んでね」

 んぐ。あ、飲んじゃった。

「すまん、もっかい」

「もー」

 とか言いながら笑ってる若萌。今度は含めた。

 薬の個包装が開けられた。

「はい、お口開けてくださーい」

 口を開けるとさらさらーっと……うぇ苦。ごくり。苦。

 続けざまにコップを口に当てられたので、俺はごくごく。

「これでばっちりだね」

 また俺の口の周りをティッシュでぽんぽんしてくれる若萌。そんでまたまた横になった俺。若萌は残っているコップと薬を勉強机のとこに置いて、ティッシュや使った個包装はごみ箱へポイポイされた。そしてさっきまでの定位置へ。

「若萌手際いいなー。いつも友達がかぜったらこんなことやってんの?」

「ううん、こんなの今日が初めてだよー。お母さんの面倒を見たことならあったけど」

「まじか。クラス中のかぜを治す出張型の医者でもやってんのかと思った」

「そんなことありませんっ」

 うーんにこにこしている若萌。まぁ若萌ってこの笑顔がトレードマークみたいなもんだんしな。

「ああ母さんに電話一応しておくか。ほんと母さんこういうことにうっさいからさー。すまん、若萌母さんの会社に電話して、若萌がいてるから早退とかしなくていいって伝えてくれないか?」

「あ、うん、いいけど……いいの?」

「うん? いいから、いいんだが?」

「ご、ごめんね、うん。電話番号はどれかな?」

「下の電話のとこに書いたメモが貼ってあるはずだ。わからなかったらもっかい聞きに来てくれていい」

「わかった。じゃあそう言ってくるけど……雪久ちゃん、さっき電話ぶらぶら下がったまんまだったよ?」

「は? なんで?」

「知らないよぉ。私に電話してからずっとあれだったんじゃないかな。おかゆ作るついでに直しておいたからね」

「若萌にはお世話になりっぱなしでございます」

「いえいえっ」

 若萌がにこっとすると、そのまま部屋を出ていった。


 若萌がまた戻ってきた。

「雪久ちゃんのお母さんに伝えてきたよ」

「さんきゅ……ふぅ、これでゆっくり寝られそうだ」

「寝る? 疲れたかな?」

「いや今はいいけど、若萌帰って一人になったら寝るしかないし」

「わ、私はその、できるだけ長く雪久ちゃんといたいっていうか……し、心配だしっ」

 若萌はちょこっと定位置からこっちに近づいた。

「若萌は何時までここにいるんだ?」

「雪久ちゃんがいていいって言ってくれるだけ、ずっといてたいなっ」

「そうか。俺も若萌がいてくれると退屈じゃないから、よかったらいてくれ」

 やっぱり若萌は笑顔だった。

「うんっ」

「あでも若萌が退屈か?」

「ううん! 私雪久ちゃんのそばにいたい!」

「じゃよろしく」

「うんっ」


 それからはひたすら若萌とのおしゃべりが続いた。俺は顔横に向けるの疲れたから天井さんとおしゃべりしているような感じだったが、でも声とテンションは若萌だった。

 学校の話題が多かったが、若萌の家のこととかも結構教えてくれた。おばさんはからい物がへっちゃらとか。


 昼の三時くらいになって、またお腹がすいてきたと言ったら、今度はうどんを作ってきてくれた。また食べさせてくれた。うま。薬もまた飲んだ。苦。


 うどん食べた後もまだまだおしゃべりは続いた。ほんとどこまでおしゃべり続くねんっていうくらいおしゃべりが続きまくっている。


「ってか若萌が来てくれたのは助かったけど、若萌にうつすとやばいな」

「気にしなくていいよっ。私は雪久ちゃんのために頑張りたいっ」

「健気よのぅー。若萌いいやつすぎ」

「雪久ちゃんのそばにいたいもん」

「へーへー」

 若萌笑ってるからまぁいっか。実は声が笑ってるだけで表情は別だったらどうしよ。俺の視界は今天井さんだからな。

「……ね、ねぇ雪久ちゃん」

「あん?」

「手……握っても、いいかな」

「なんで?」

「えーとぉー……お、おまじない! 早く治りますようにって!」

「ふむ」

 俺はもぞもぞして布団から右手を出した。

「失礼しますっ」

 そっと若萌が手を乗せてきた。俺の視界は相変わらず天井さん。

 若萌のぷにぷにおててがあったので、さわさわしてにぎにぎした。

 でもそれをするだけで特にこれといった会話はなかった。


 本当にしばらくそれしかなかったので、俺は若萌を見てみたが、若萌は元気におめめぱちぱちしていただけだった。もうちょっと見てみよーっと。

「なあに?」

「若萌は今日も元気そうだな」

「かぜひいてないもん」

「若萌がかぜひいたら、今度は俺が看病しに行かないとな」

「……ま、待ってますっ」

 若萌も俺の手をさわさわしていた。俺は疲れたのでまた天井さんを見ることにした。


 さわさわごっこをしていたらまた眠たくなってきたので、俺はうとうと。

「雪久ちゃん、また寝る?」

「眠ぃ」

「うん、私ここにいるから、なにかあったら呼んでね」

「おやす」

「おやすみなさい」



 ……だいぶと寝たぞ俺。

 俺は手に力を入れるとまだ若萌とにぎにぎしていたようで、

「て若萌が寝てんじゃねーか」

 俺のベッドに頭乗っけて寝てる若萌。すやすや若萌さんである。

(さすがにずっと寝ててあれだな……少し起きるか)

 若萌とつないでいた手を離して、若萌とは反対方向に起きた俺。それでも若萌は寝ていた。ここは一発スポドリで。

 ぷはー。今日一日でそこそこ飲んだな。と、この立ったところから寝てる若萌を見下ろすこの感じ。

 顔の正面に回ってみたが、やっぱり寝てる若萌。

 これだけ一緒にあれこれやってきた若萌だが、寝てる若萌なんて見たことあったっけなぁ……宿泊学習とかは班別々だしなぁ。

(寝てる若萌、かぁ)

 若萌ご自慢のつやつや髪が適度に顔にかかってる若萌さん。なんかいたずらしてみたくなったが、そんな気持ちは一瞬でどこかにいってしまった。

「……むにゅー……ゆき、ふさ、ひゃぁん……」

(ゆきふさひゃんってだれやねん)

 というツッコミを心の中で入れておくとして、なんと俺が登場する夢を見ているようだ。

 そういえば理科の先生が、寝てる人の目がころころしているときに声かけたらそれが夢に反映されるとか言ってたけどほんまかいな。

 なかなかない機会なのでなんかやってみよ。俺は若萌のすぐ近くに座った。

(さて何言おう)

 我は皇帝なり世界をいただくのだわっはっはとか言ったら冒険物が始まるとかそんなんだろうか。てかすでに俺は登場してるんだよな?

 じゃあやっぱ俺が正義の味方になんなきゃな。ということでこほん。

「若萌。お前の力が必要だ。俺の力だけでは世界を平和にできない。お前の力がなくては皆が笑う世界を作れない。頼む。この俺、岡園雪久のそばにいて支えてくれ」

 うっしっし。これで俺と若萌の冒険活劇の幕開けだぜ。

「……むにゅぅ」

「てうぉあ」

 若萌の左手が俺のお腹にベシッ。ただの寝相のようである。

(そっかー。この若萌のおてては、俺におかゆ作ってくれたり電話かけたりしてくれたんだよな)

 すべすべしてありがとうの想いを込めておこう。

(そっか若萌かー……)

 すぐそこにいる若萌。若萌の顔がすぐそこに。寝てる。めちゃ寝てる。

(若萌かー……)

 寝てる女子をこんな間近で眺めるなんてことあるわけがなく。

(……寝てる若萌かー)

 より顔を近づけてみて、若萌はまったく起きる気配がなく。

(……うーん……とりあえず、その、まぁなんだ……ありがとうって感じで……)

 無性に顔を近づけたくなったので、右腕を若萌の背中に添えて、俺は若萌の唇へと重ねにいった。


 なんか。すごいどきどきしてるけど。ものすごくその、なんていうか。若萌のことが……ね。

「んっ」

(はっ)

 若萌の目が開いてしまった! なのに俺はなぜかその場から動けず! これもかぜの影響なのだろうか!? そうこう考えているうちにみるみる若萌の目は開いていきっ、

「ゆ……雪久、ちゃん……?」

「あ……や、やぁ若萌……ちゃん?」

 その距離。15cm物差しも真っ青の至近距離。

「えっ、ゆ、雪久ちゃん、なあに……?」

「い、いやあ、別に?」

 ほんと今の俺、なあに?

「やだっ、離れたくない。もっと近づいていい?」

 何も言ってないのになんか言われた。何もうなずいてないのに両腕が俺の背中に回された。

「起きたら雪久ちゃんがこんなに近くにいたよぉ。なんでかなー……?」

「さ、さぁ~」

 背中に回された腕はすごく優しく回されてるはずなだけなのに、なぜか俺はその背中を突破することができず。

「雪久ちゃん、変態さんなのかなー?」

「ぐっ」

 ……やばい。つまりそういうことか。

「やだっ。お願い、もっとそばにいたいよ」

 だから何も言ってないのになぜっ。若萌の腕によってさらに顔が近づいてしまった。

「……えへー。雪久ちゃん、近いよ?」

「失礼しまー」

「失礼しちゃだめっ」

 ここぞとばかりに若萌は腕に力を入れて、もっともっと若萌と顔が近づいてしまった。それこそさっきくらいの距離まで。

「雪久ちゃん……」

「へい」

 若萌は今日も笑顔だが、いつもより随分穏やかな感じだ。

「さ、さっきのー……お話。信じて……いい?」

「さっきのってどれだ? 今日めちゃくちゃいっぱいしゃべっ」

 思わずいつものノリでしゃべってたら、若萌の口とちょい……

「……雪久ちゃんの奥さん。私……」

 だからまたしゃべると若萌の口と……

「もう雪久ちゃんにめろめろだよぉ……ねぇ、私……いいでしょ?」

「い、いいって、何が、かな」

「私が雪久ちゃんの……奥さん……」

「なんだ子供に立候補じゃないのか」

「そんなわけないでしょっ」

 やっぱりいつものノリになっちゃった。もう何度も口がかすちゃってますがっ。

「若萌さんは恋愛にご興味がおありで?」

「ありますっ」

 ほほぅ。これは有益な情報を手に入れました。

「その割にはそんな話全然しなかったじゃんか」

「本人に向かってしませんっ」

 ほほぅ。そりゃまた意味深な……ほ、ほほぅ……。

「もぅいいでしょう? 私雪久ちゃんのこと……あの……も、もぉぉっ、ゆきっ」

 俺はさっきからかすりまくってる唇を正式に重ねにいった。それと同時に自然と若萌の背中に回していた腕も力が入ってしまった。こんな病人の力なんてなんのそのだとは思うけど。

 なんだかものすごく……若萌とくっついてたい気持ちになった。


 ちょこっと顔を離した。

「じゃあ……俺、明日おじさんおばさんにお願いしますしに行かなきゃだめ?」

「……まずはかぜ治そう?」

「せやな」

 あれ、俺いきなり若萌と結婚? いやまだ俺ら学生生活エンジョイ中で若すぎだし。若萌だけに。すんませんそんなにうまくありませんでした。

「雪久ちゃん……私で、いいの?」

「なにが?」

「だ、だってその……私、雪久ちゃんのお嫁さんに……なっちゃうよ?」

「かぜったときに看病してくれて、おいしいおかゆが食べられるんなら……まぁ」

「なにそれーっ、私じゃなくてもよくないかなぁ?」

 あ、いつもの若萌の笑顔。

「若萌に看病してもらいたいし、若萌のおかゆ食べたいんだけどなー」

「……もぉー……」

 あれ。なぜかまた顔が近づいてしまっている。

「でも大人さんになるまで時間があるよ。どうしよっか」

 また口がちょいちょい。

「じゃあ……いわゆるお付き合いっていうのをしちゃうしか……ないかな?」

 俺は提案を出してみた。

「……私でいいのかな?」

「今のところ、看病してくれる同級生は若萌しかいないし」

「えー。それって、他に看病してくれる同級生がいたら、その子とお付き合いしちゃうの?」

「男とはしないぞ」

「ぷっ。あはっ、あはははっ」

 笑顔若萌はよく見ても、大笑い若萌はレアである。

「若萌こそ。こんなかぜひいて弱ってる俺なんかでよかったら」

 またちょこっと口が当たってたけど、

「……だから言ったでしょっ。私は……雪久ちゃんのそばにいたいのっ」

 若萌が目をつぶって近づいてきたので、俺ももっと近づいた。

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