短編9話

「ゆうくーん。起きてー。おはようゆーくーん」

 ……眠いなぁ……

「起きてくださーい」

 んー眠い。拒否。

「ゆーくーん。起きてください。ゆうくんが遅刻したなんてこと、私はどのような顔をしてお父さんとお母さんに報告したらいいの? お願い、ゆうくん起きて」

 ……夢の覚めかけに天使か女神が降りてきたような夢だった気がする……って、優海ゆうみの声が聞こえる。

「んあぁ……優海かぁ……眠いぞ俺はぁ……」

「ゆうくん……私がこんなにお願いしても、起きてくれないの……?」

「……起きます。だからそんな悲しい声出すのはやめてくれ」

「ゆうくんおはようっ」

「お、おはよう優海」

 今日も優海に起こされて……いや、起こさせてしまった。射府獅いふし 優海ゆうみは俺ん家の向かいに住んでる幼なじみだ。

 優海の父さんはこの辺では結構有名な人で、テレビに出たこともちょくちょくあるほど。科学の研究者らしいけど、俺にはよくわからない。俺ら家族としゃべってると大らかな感じがするけど、でもまじめでしっかりしてる印象かな。

 優海の母さんは高校の先生だ。明るい感じだけど、でもまじめでしっかりしてる印象かな。

 そしてこの優海。うん。もう見たまんままじめでしっかりしてる印象かな。

 この親子を見てると自分はなんて不まじめなんだと思うことがないこともない。

 あでもいくらまじめまじめといっても冗談が通じないとかじゃなくて、なんていうか何事にも一生懸命って感じかな。やっぱり俺では到達できない性格だ。

 俺はまじめにはなれなかったただの男子学生、彩女あやめ 勝雪かつゆきだ。

 優海は名字をさっと呼ばれないし口で説明も難しいってことが多く、俺は女っぽいだのそもそも名字に見えねぇなど言われるという共通点もあってか仲がいい、と俺は思っている。

 優海はもっと簡単な名字でもよかったと言っているが、実は俺自分の名字はそんなに悪くないと思っている。なんか忍者っぽくてかっこいいじゃん。女っぽいのは確かにちょっとあれだけど。

「ゆうくん、着替えて降りてきてね」

「ふぇい」

 優海はすでに制服だった。冬服なので紺のセーラー。

 冬だから布団から出んのだりーんだよなー。エアコンはあるけどそういう問題じゃないだるさがあるよなー。でもこれ以上遅れるともっと優海の悲しい声を聞くことになりそうなので、いい加減起きて準備しよう。


 俺はばっちり冬服制服を着こなし、カバンを持って一階に降りた。

 リビングに入り見回すと、ああ今日も優海に朝ごはんの用意をさせてしまった。日に日に積もる罪悪感。

「食べよう、ゆうくん」

「う。この状況に加えて優海の優しさに罪悪感が」

「私はゆうくんと一緒に朝ごはん食べるの、楽しいよ」

 そう。優海ってこうなんだよ。すっごくいい子。

 髪はいつもさらさら。表情もやわらかく、まじめで一生懸命。立ち振る舞いもいかにも女の子らしいの一言だし、勉強もできればピアノも上手。運動こそちょっと苦手みたいだけど、運動センスがないわけじゃない。意外にも本人はバスケットボールならできる方だと言っている。まだ一緒にやったことはないなぁ。

 で。高くてかわいらしい声。これでモテないわけはなく、ラブレターを受け取ることもままある。その度に俺に報告・連絡・相談してきたため、おかげで俺は少々恋愛相談受け上手になってしまった。優海以外からはめったに相談なんてされないが。

 俺はいつもの定位置に座ると、優海と一緒にいただきますをした。


 今日の朝ごはんも優海のお母さんが作ってくれた物をここに持ってきてくれたらしい。

 そうそう。俺の父さんと母さんは今この家にいないんだ。そろって海外に行ってしまっている。つっても一時的なやつだけど。

 子供置いてなんてことしてんだぷんぷんって言ってくれる人もいるが、父さんと母さんは海外で活躍している……らしい。必要としてくれている人が結構いるって優海の母さんから聞いたな。

 でだ。いつもはだいたいどっちか一人が遠くに行って二人一緒に遠くへ行くってことはないんだけど、今回はどぉーーー……しても二人一緒に行かなきゃならなかったらしい。

 そこで優海パパママが俺の面倒を見てくれるってことになってー。なんやかんやでこうして優海が朝起こしてくれてごはんも一緒に食べることになっている。

 あくまで俺はこの家にいてて、優海がこっちにのぞきに来てくれる形で、夜ごはんは優海のとこで一緒に食べるようにもなっている。朝ごはんも射府獅家で食べてもよさそうなものだが、なんか朝は優海とここで食べることになってしまっている。


 優海ママ特製ピラフたちをおいしくいただいた俺たちは、優海がガス切ってるかチェックをしてくれたうえで、学校へ出発した。俺ん家の設備把握しすぎだろ。

「いってきます」

「いってきまーす」

 家には俺ら以外いないのに、律儀な優海のペースに俺もはまっている模様。


 朝一緒に登校するのは前から続いている。というか小学生どころか幼稚園だってバス一緒だったので、そぉーとぉー長いこと一緒に朝出発していることになる。

「なあ優海」

「なに?」

 優海は白色にピンクの線が入ったマフラーをしている。手袋も似たような色のでもこもこしている。

「たまには他のやつと一緒に登校したいとか、思ったこと……ない?」

 って発言してすぐに言い方まずかったかなと思ったが、

「ううん。ゆうくんと一緒に登校するの楽しいよ」

 ええ子や。

「ゆうくんは、私じゃない女の子と一緒に登校、してみたいの?」

「女の子限定かいっ」

 優海はちょっと笑っている。

「いや、別に。優海が俺と一緒に登校すんのがいいんなら、俺もそれでいい。単に優海が俺とばっかでいいんかなって思っただけさ」

「学校に着いたら他の友達とおしゃべりできるよ。なんだかゆうくんと一緒に登校するのが当たり前になりすぎちゃって、他の子と登校するのって、想像つかないかもしれない」

「そんなにかっ。試しに他のやつと登校してみたくなったら言えよ」

「私は、試さなくてもゆうくんでいいよ」

 ほんまええ子やっ。

「ゆうくんも他の女の子と一緒に登校したくなったら、言ってね」

「だからなんで女の子限定なんだよっ。へいへい」

 俺と優海は横に並んで歩いている。

「でも女の子かぁ。優海はさ。俺男じゃん? 男子と一緒に登校してっと、周りからなんか言われることとかあるだろ?」

「たまにあるけど、もうそんなの慣れちゃったよ」

「いちいち対応すんのめんどくねぇ?」

「ううん、平気。ゆうくんもそういうの言われるの?」

「たまに言われるけどー……あー。俺も慣れてるや」

「おんなじだね」

「そだったな」

 今日も優海は笑っている。


 俺と優海は学校に着いた。今年はクラスも一緒なんだよなぁ。

 しかもほら、俺はあやめで優海はいふしだから出席番号も隣なんだよ。てかワンツーフィニッシュ。


 優海が前に進んで、先に教室の扉を開けた。

 おはよー優海ちゃーんがいっぱいやってくる。俺も入るとおはー勝雪ーがちょいちょい飛んでくる。席まで隣ではないので、ここでようやく俺たちは別行動になる。

 俺の父さんと母さんは、次の次の~次の月曜日に戻ってくるようだ。今日含めて後十八日。まぁこれ始まったのがおとといからだけどさ。


 今日も難なく授業をこなした……すいませんまだ半分です。とにかく給食の時間がやってきた。

 朝登校して教室に入ってからは一日ずっと別行動だ。移動教室の度に一緒になんてのはない。

 部活は一緒だが、それぞれ役職があるしなんやかんやで帰りは別々なことが多いかな。たまに一緒に帰ることもある。しかしおとといこれが始まってからは、優海は俺を待ってでも一緒に帰ろうとしているので、たぶん今日も一緒に帰るだろう。


 給食の時間。俺は冷凍パインジャンケンに負けてしまったが、その奮闘っぷりを優海が見ていたようで、戦場からの去り際で俺と目が合ったときに笑っていた。「その程度で負けてやんのうぷぷぷー」とかいうタイプの笑いじゃないことを願う。


 給食の時間が終わり、掃除の時間までの間の休み時間が始まった。

 やはりこの休み時間も行動はばらばらだ。下校以上に一緒にいることはまれだな。


 午後の授業が始まった。眠い。


 そして部活も無事終えた。今日は連絡とかがなかったのですぐ帰ることになった。

 優海はー……ああ出てきた。

「ゆ、ゆうくん」

 俺ほど恋愛ラブレターテクマスター(自称)になると、このたった四・五文字程度の発言で内容がわかってしまうものだ。

「まーた下駄箱に入ってたかぁ?」

「ゆ、ゆうくんったら、部室の前だよっ」

 よゆーよゆー。


 朝と同じように並んで校門を抜けて、さらにしばらく歩いたところで、

「ゆうくんっ」

「はいはい。なんなら俺ん家で聞こうか?」

「うん」

 今回のは当日返事くださいパターンではなかったようだ。


 俺ん家に着いた。鍵をカバンから取り出し、ドアを開ければ

「おじゃましまーす」

「いや優海、父さん母さん海外だし」

「そ、そうだけど、つい」

「ぷふっ。まあいいや、ほれほれ」

 俺は優海に入るよううながして、一緒に家に入った。

 てか優海は俺ん家の合鍵を持っている。もしもの時の切り札というわけだな。その切り札は毎朝俺を起こしに使われてしまっているんだが。


 リビングー……とかでもよかったけど、なぜか俺の部屋で作戦会議をすることに。

「優海先に帰らなくていいのか?」

「その方がいいのかなぁ」

「いやぁー……俺としてはどっちでも」

 優海はちょっと考えた。

「ううん。やっぱりこのまま聴いてほしいな」

「へーい。エアコンオーン」

 暖房開始。優海は思い出したかのようにマフラーと手袋を外した。そのままの流れでカバンから取り出されたのは、うん、わかってましたとも。

 水色の封筒だ。

「今回はどんなやつからだ?」

「下の子みたい」

 俺たちは二年生だ。つまり一年生から来たらしい。

「俺らの知ってるやつか?」

「ゆうくんは、どうだろう。球技大会のバスケットで私を見たのが初めって書いてあったよ」

「ふーん。名前は?」

「えっとね」

 優海は封筒を開けて、中に入っている紙を取り出して広げると、下の方を指差して、

「こう書いてあるけど、なんて読むのかな」

「けいまいただた? んなわけないか」

 これを書いたやつの名前は『軽米忠太』らしくて、なんて読むんだろうか。まぁなんでもいいや。

「てか優海まじめなやつなのに、他人からもらったラブレターは俺に見せてくれるんだよな」

 と、優海を見ながらそう言ってみると、

「……ゆうくんは特別っ。信頼してます」

「ありがたやー」

 絶大な信頼を勝ち取っている模様。特別なにかしてあげたつもりもないんだけどな。

「それに……私一人じゃ、どうしていいかわからないよ……お相手さんがお手紙に込めた想いを考えたら、お、おつ、お付き合いしてあげた方がいいのかなとか、思っちゃうもん……」

「それはだめだっ。だめーったらだめだっ」

 きっぱり。

「う、うん。ゆうくんはそうやって止めてくれるもん。だから私、ゆうくんに相談しないと……」

「そーだっ。やっぱ優海がだれかと付き合うんなら、優海が好きなやつと付き合わなきゃなっ」

 優海はうなずいて……いる? ちょっと中途半端だ。

 しかしここ毎回似たようなやり取りをしている気がするが、それでも優海にとっては大事な確認のようだ。

「今回もどこのだれだか知らないやつなんだし。断るべきだ。そーだそーだっ」

「やっぱりそうだよね……はぁ……」

 本当に、ほんとぉー……に申し訳なさそうな表情をする優海を見てるとこっちまでずきずきするぜっ。だがしかーし! 俺が冷静にアドバイスをせねば優海はたぶん彼氏百人だってしかねんだろう! それはだめだっ!

「場所と時間は?」

「明日の放課後、体育館の裏だって」

「ベタすぎてはちみつがうまいぜ」

「えっ?」

「すまん、自分で言ってて謎だった」

 ちょっと笑ってくれた。

「ゆうくんは、ラ」

「来ねえよぉー!」

 ベッドに飛び込み布団に潜り込みおーいおいおい。

「ゆ、ゆうくんったらぁ。なんで私なんかには来るのにゆうく」

「それよけーに傷つきますからぁーーー!」

「ご、ごめんなさい」

 布団にくるまりながらごろごろじたばた。

「ゆ、ゆうくんはかっこいいよ? とっても素敵。かけがえのない人で、私の人生にはなくてはならない大切な人。ゆうくんが優しいのはよく知っているから、私もゆうくんのためにいっぱい尽くしたい」

 ごろごろじたばたストップ。

「……優海。もうちょっと加減してほめてくれ。優海のそれは破壊力ありすぎだ」

「え、えっ? ごめんなさい、思ったことを」

「わあってるわあってるからさぁ優海ウッウッ」

 ウッウッ。

「ゆ、ゆうくんよくわからないよぉ。私、ゆうくんにどう声をかけてあげればいいの?」

「優海は優海でいいんだよウッウッ。これからもそうやって思った言葉をそのまま俺に投げかけておくれウッウッ」

「う、うん……うん」


 俺は布団から脱出して、元の位置に戻った。俺の部屋で制服の優海が封筒を握っている。表情は普通に戻ってきた。

「じゃあー。今日の相談は終わりかな?」

「うん。ありがとう、ゆうくん」

「どういたましてー」

「それを言うなら」

「ウッウッ」

「ああゆうくんってばぁ」



 次の日。

 優海は放課後、けいまいくんに会ったようだ。というか『かるよねちゅうた』くんだったらしい。それは読めん。

 珍しい呼び方同士というのも告白するきっかけだったらしいが、まじめな優海によるまじめなお断りに軽米くんは膝から崩れたらしい。あの表情でそう告げられれば、つらいだろうことは俺ですら想像に難くない。

 優海が心配していたみたいだったが、軽米くんは立ち上がるとすぐに走り去っていったそうな。

 身長が男子の中では低めで、かわいらしい感じだったらしい。


 部活が終わり、やっぱり俺たちは一緒に帰ることに。


 そしてこの優海の顔よ。

「元気出せよ優海ー」

「うん……」

 だー。

「しょうがないじゃーん。これだけ男子が学校にいるんだから、優海のことをー。そのー。好きになる男子だって、複数いるさー」

 だー。

「ゆ、優海さー。俺優海はやっぱ楽しそうにしてる優海の方がいいってー。笑え笑え。なっ?」

 いつもこういうときって気の利いたことを言えないんだけど、とりあえず言えることは言ってるつもりだ。

「……ありがとう」

 だー。

「優海ってさー……なんていうか。幸せに感じる瞬間って、ある?」

「幸せ?」

 ずっとうつむき気味だった優海がこっちを向いてくれた。

「ほら優海っていっつも一生懸命で、落ち込むときとか申し訳ないなーって気持ちになるときも一生懸命じゃん。なんていうかー。心が満ちてる感じ? ってゆーかそんな瞬間とかあんのかなーって。まぁあるとは思うけどっ」

「心が、満ちてる感じ……」

「うまい説明ができないけど、さ」

 優海は考えてくれている。

「……ごめんなさい。よくわからないかも」

 だー。

「好きな食べ物は?」

「えっと。じゃあティラミス」

「それ好きなだけ食べていい! おなかいっぱいなるまで食べていい! おかねとか気にすんな! ってときにめいっぱい食べたら、幸せな気分だろう?」

「ティラミスばっかりは、ちょっとー」

 だーだーだーだー。

「んじゃ食べ物以外でなんか好きなもんあるか?」

「急に言われても。そうだなぁ……川辺で水のせせらぎを聴くのは好きかもしれないよ」

「じゃそれ好きなだけ聴いていい! 芝生やレジャーシートやテント自由に使っていい! 食べ物飲み物やるから時間気にせず聴いてくれ! って言われていっぱい川の音聴けたら幸せだろう!?」

「虫刺されちゃいそう。ただ聴いてるだけじゃなくて、ゆうくんとおしゃべりしながら聴いた方が楽しそう」

 のー。

「ゆーうーみぃー」

「は、はい?」

 だはー。優海にはやっぱ勝てねーや。



「かっちゃんが毎日来てくれるから、優海が毎日楽しそうなのよぉ~」

 優海のお母さんのセリフに優海は……あんまり表情変わらずごはんを食べている気がする。

「いやいや俺も優海にお世話になりっぱなしでーははっ」

「父さんの若いころを思い出すなぁ。大学のときに、近所で子供の面倒を見てたことがあってねー。優海も優しい子に育ってくれているようでなによりだよ。はっはっは!」

 お父さんのそんなセリフがあっても、優海は~……たぶん表情あんま変わってないと思う。

「こっちから助けてやれそうなときがあったら真っ先に駆けつけるぜ!」

「あらあら頼もしいかっちゃんねぇー。優海、こんなにも優海のことを考えてくれているんだから、かっちゃんの言う事、ちゃんと聞くのよ」

 優海はかみかみごっくんをして。

「ゆうくん。私、ゆうくんの言う事、守れてないかなぁ……?」

「んなことない! ちょーおばさーん優海はすでに俺より優秀なんだから、余計なこと言わなくてもすげーままだってー」

「まっ! ごめんなさいねぇかっちゃんにそう言われちゃったら何も言えないわぁ」

「今や勝雪くんは、お父さんたちよりも優海のことをわかってあげられているかもしれないね、はっはっは!」

 優海はごはんを元気よく食べている。


「じゃ寝まーす、おやすみなさーい」

 手をちょこちょこ振る普段着優海をはじめとする射府獅ファミリーに見送られ、俺は射府獅家から出て、自分ん家に戻った。


(あー。静かだなー)

 優海たちがいなかったら、この静かさが毎日かー。

 そういえば明日は土曜日だ。学校ないから優海起こしにくることとかはないのかな? 確認してなかったけどまいっか。



「……ふわぁ~……」

 あーよく寝た。やっぱり優海は起こしには来なかった。今何時だー?

(七時半……)

 学校ある日と大して変わんねーじゃーん。でも起きてしまったものは仕方ない。

 休みの日なんだからもっと布団ってたいが……なんか妙に朝ごはん食べたい気分なので、仕方なく一階に降り……ん? 物音がするぞ。

(まさか泥棒かっ!?)

 んなわけないない。優海来てくれたのかな。


 リビングに顔を出すと、

「ゆうくん、おはよう」

 やっぱり優海がそこにいた。合鍵を託されている優海はこの家に入りたい放題やりたい放題なのである。我が家族からも絶大なる信頼!

 いつも朝は制服姿で登場しているが、今は明るい水色のセーターを着ている。相変わらずもこもこ派のようだ。スカートは紺色にうさぎさんがワンポイント。弱もこもこ? 靴下は白色。もこもこではない。

「おはよ……って、今日学校休みなのに何してんだ?」

「朝ごはん、あったほうがいいのかなぁ……って」

 俺は手の甲を目の辺りに当てて、顔を天井に向けた。

「ゆうくん?」

「……ああ……優海。お前どんだけいいやつなんだよ……」

「ありが、とう?」


 優海が普段着だったので、俺もパジャマから標準装備に着替えて定位置に。そして一緒に

「いただきます」

 向かいに優海が座っている。今日は昨日の夜に天ぷらが出たので、それ乗っけたうどん。こっちも昨日の夜出たいただき物の五種類漬物。ほうれん草のおひたし。おでんっぽいやつ。デザートに桃缶の桃まで付いている。

「なあ優海」

「なに?」

 優海は急須から湯のみにお茶を注いでいる。あ、俺のとこに置かれた。

「俺。今すげー幸せ」

「そうなの?」

「ああ。そうだよ。そうだそうだこういうのを幸せっていうんだよ。優海は?」

「私も幸せなのかなぁ。楽しいよ。ゆうくんと一緒にごはん食べるの楽しい」

 もう今この瞬間時間止まってもいいや。

「俺さっき起きたばっかなのにさ。優海はもっと早くに起きてることになるわけじゃん。冬だし外出るのめんどくせーって思うこととか、ない?」

「ううん。一人でいるより、ゆうくんと一緒にいる方が楽しいし、なんだか……ほっとする」

「ほっとするー?」

「うん。もしゆうくんがおうちで倒れてたら、私泣いちゃう」

「あのなぁー俺別に持病背負ってないぞ?」

「う、うん。でも、なんだか……心配になっちゃうの。おせっかいだったらごめんなさい」

「いやいやー。俺だって一人でいるよりだれかといた方が楽しいし、優海と一緒にいてるときのこののんびりな感じ、結構好きだぜ」

「よかった」

 本日も優海の笑顔はまぶしかった。


 ごちそうさまをして、食器を片付けて。俺と優海はホットココアを飲んでいる。落ち着くわぁー。

「ごはんも食べ終わったしー……」

 俺と優海はさっきまでと同じ向かいに座っていたが、俺はココアを持って立ち上がりー、優海に見上げられながらも左隣の席にやってきた。

「どうしたの?」

「いや、なんとなく」

 優海と距離が近くなりました。優海は穏やかに笑っている。

「優海今日なんか予定は?」

「何もないよ。ゆうくんは?」

「俺も別に」

 ココアずずっ。落ち着くわぁー。

「友達と遊んだり、家でごろごろったりとかは?」

「ゆうくんがよかったら、今日はゆうくんと一緒にのんびりしたいな」

 こんな心に響くセリフをさらーっと言ってくる優海さんほんとすごいわ。

「じゃあ……今日はよろしく」

「よろしくお願いします」

 落ち着くわぁー。


 ココアを飲み終えた俺たち。

 片付けてもさっきと同じ隣の席同士で座っている。

 ……静かだなぁ。平和だなぁ。時計の針の音が大きく感じるほど。

 優海を見てみても、何をするでもなく、ただただ普通に座っているだけ。髪はハーフトップって前教えてくれた。ヘアゴムももこもこじゃないし、どこからどこまでがもこもこラインなんだろう?

「……なぁ優海ぃ」

 優海はこっちを見た。

「友達と遊ぶときも、こんな静かに座ってるだけとかあんの?」

「うーん……ないかなぁ」

「ないんかーい」

 平和だー。

「ゆうくんは……もっとなさそう」

「俺友達と遊んでっときとかギャーギャー叫んでる」

「クラスでも楽しそうだよね」

「まあな」

 クラスや部活が同じとはいっても、学校では一緒にいる機会ってありそうでないもんなんだよなぁ。たまに授業のグループとかで一緒になることはあっても、優海は他のやつとしゃべってることが多いし、部活だってタッグ組んでなんかするってこともないしー。

 家での付き合いを除いて学校にいてるときだけを考えたら、優海はただのお友達レベルだろう。

 でも学校じゃない場面では優海(とそのご家族様)とはたくさん一緒にいてるし、今横にいて、今日は俺と一緒にいたいと言っている。うーん。


 そのまましゃべることのない静かな時間がちょっと過ぎた。

「てか優海、ひまじゃないのか?」

「えっ?」

「だってさ。座ってんだけじゃん!」

「あっ。そうだ」

「お?」

 優海のはっとなる表情はちょっとレア。

「宿題しようかな」

「だぁー」

 俺優海のペースで人生ってたら、どんな人生になってたんだろう。


 結局俺の部屋で宿題をすることになった。

 優海は小さいテーブルの方でやりかけていたが、俺がジャンケンで勝った方が勉強机使える権利を提案したら、言い出しっぺの俺が負けて、優海は勉強机を占領した。

 俺の勉強机に座る優海を見上げるのってのも珍しいな。

 宿題は国語と数学だ。量はそんなに多くない。


 黙々とやり続けて。終わってしまった。

「ん~。終わったー」

「私も終わったよ」

 伸びをする俺の対し何事もなかったかのように俺を見下ろしているだけの優海。

「宿題も終わっちまったな」

「うん」


 俺が座ってるとこに優海がやってきて、また隣に座ることになった。優海はここでも座ってじっとしてるだけ。

「……優海ぃ」

「なに?」

「退屈じゃないのか?」

「ゆうくんとおしゃべりするの、楽しいよ」

「どぁー」

 俺は思わず寝転んだ。さっきよりも急角度で優海が俺を見下ろしている形になった。

「ゆうくんは退屈?」

「た、退屈って言うんかなー。優海と一緒にいるのは楽しいし、のんびりした時間も好きだけどさ。あん~~~まりにも平和すぎて、こう、逆に落ち着かないというかなんというか。落ち着きすぎてて落ち着かないみたいな。わかる?」

「ごめんなさい」

「どぁー」

 優海がすぐキックできる位置に俺の顔がどぁーしているが、優海はそんなこと一生しなさそうだ。

「優海さぁ。今日俺と一緒にいたいとか言ってたけど、なんかしたいことない?」

「したいこと?」

「ああ。なんかないか?」

「したいことー……」

 優海。こんなことでもそんな真剣に考えなくってもさ。

「ゆうくんのそばにいたいな」

「のあー、そういうことじゃねぇんだよぉー」

 だんだん自分という存在がむなしくなってきた。

「例えばさ! カードでシュシュッとか、積み木でガッシャーンとか、かくれんぼおにごっここおりおにたかおにいろおにとかさ! なんかないか!?」

「え、えっとー……」

 優海って。一体何を楽しみに毎日を過ごしてんだろう。

「……あの。ゆうくん」

「なんだ? なんかしたいことあったか?」

「あのね。がしゃーんとかそういうのじゃないけど……」

「お? きたかきたか!?」

 俺はだぁー状態から座り直した。

「昔してたことで、またしたいなって思うことなら……ある」

「昔してたこと? かんけりか?」

 優海は首を横に振っている。

「……ご、ご迷惑だったら、ごめんなさい」

「なんだよ昔してたことなんだろ? どぞ」

 かーもーめーかーもーめーとか? あやとりとかおてだまは苦手だぞ?

「……手。握りたい」

「は……はあぁ~?」

 気抜けるわっ。

「そんだけもったいぶって、まさかの……まさかの、シェイク・ハンズッ」

「なんでだろう。ごめんなさい。すごくその。握りたい気分、っていうのかな……最近特に思うようになっちゃって。起こしに来たりここでごはん食べてたりしていたら、昔のこと思い出したのかなぁ……」

 おーおー優海あせってやがるっ。

「んじゃ、ほれ」

 俺は右手を出した。

「あ、ありがとう。失礼します」

 優海は両手をそーっと出してきて、そぉーっと握ってきた。手冷たいな。

「ご感想を」

 優海の視線は手に注がれている。

「……ありがとうございます」

「感想以上!?」

 優海は笑って顔を横に振っている。

「なんだろう……なんていうのかな。すごく……うれしい気持ちがわいてきている感じ」

「ただの俺の手だぞ」

「ううん。ゆうくんの手。なんかいいな」

「手じゃねーか手!」

 優海はちょっとさわさわしだした。

「他のやつらの手も触りたいとかっていうのは?」

「ないかなあ……普段手を触りたいなんて思うこともないのに、ゆうくんの手を触りたいなって、ちょっと思っちゃった。なんでだろう」

「俺もっとわけわかんないんスけど!?」

 笑いながらも手を離そうとはしない優海。

「……うん。やっぱり私、ゆうくんと一緒にいたい」

「だからさっきよろしくお願いしますしたじゃんかよぉー」

 俺はなんか優海ペースに振り回されている感じだっ。優海は振り回す気などないはずだろうけど。

「ゆうくんも、どこか触りたいとこあったら、触っていいよ」

「なんじゃいそれはっ」

 そんなこと言われたの人生で初だろう。

「どこかある?」

「優海は俺の手をどんだけ触りたがってたのか知んないけど、俺は優海のどこどこを触りたいなんて……なぁ?」

 んー。あっちむいてホイでもするとか……?

 あ、優海のさわさわが終わった。優海は自分の手をひざに置いた。

「どうぞ、ゆうくん」

「ど、どうぞて。んんー……」

 優海には普段ありがとうございますって気持ちがあるくらいでー……そうだなぁ……

「……じゃー。せっかくの機会なんで。俺からも」

「はい、どうぞ」

 優海はいつもの顔で俺を見ている。ということで俺が選んだのはー……

「……ゆう、くん?」

 接近して、腕をこうして、背中に回して、よいしょよいしょ

「ありがとうございます優海。これからもよろしくお願いします」

 触るというか、ぎゅっとしました。頭も優海の顔に添えて。

 優海は何もしゃべっていないが、ちょっとだけ腕に力を入れたようだ。


「……ゆうくん」

「ん?」

「いつまで、こうしてるの?」

「おいおい座ってただけのときはそんなこと言わなかったのにさー」

「それはっ……こんなに長いと、なんだか、てれちゃうよ……」

「はいどうぞって言ったの優海だしー」

 小さく息を吐いた優海だったが、顔を寄せてきた。

「平和だな、優海」

「すごくどきどきしてて、ちっとも平和じゃありません」

「ああ平和だな優海ー」

 そろえた指先で俺の背中をとんとんしているが、離れようとはしていない。

「……長いよぉ~」

「あれー。ゆうくんと一緒にいたいとか言ってたのはどこの優海さんでしたっけー」

 手がぐーになった。けどまたぱーに戻った。

「そんなにいやなら優海から離れていいんですよー。どうぞどうぞ」

 腕に込められる力がちょっと変わったかと思ったら、離れるどころかくっつく力が増した。

「なんでさらにくっついてんですか」

「わからないよぉ……おうち帰りたい」

「あ、帰るか?」

 俺の方からちょっと離れようとしたがむしろ今は優海の方が俺のことぎゅっとしてんじゃん。

「優海さん。言ってることとやってることがめちゃくちゃっスよ」

 特に反応はなかった。

「……ゆうくんひどいよぉ」

「あー、すいません?」

 優海はちょっと顔を横に振った。ますますもってめちゃくちゃ。

「こんなの。こんなの……私。もうゆうくんから離れたくなくなっちゃう」

「夜はそれぞれの家で寝るしー、学校でもそんな家ほど一緒にいるわけでもないしー?」

 地味にセーターちくちく。

「ゆうくんゆうくん……」

 泣きませんように泣きませんように。


(……うん。さすがに長いわぁ)

 自分からやりだしたことだけどさ。優海脚痛いとかないんだろうか。

「あのー。優海さん?」

 反応はなかったが、たぶん聞いてくれているだろう。

「脚~。痛くないですか?」

 首横に振られたよ。まだまだやる気まんまんだな。

「優海さーん? あ、あのさ。またいつでもこれしていいから……さ?」

 と俺が言うと、優海はようやく顔を俺から離した。けどそのまま近い距離で俺を前からみてきた。

「優海さーん」

 優海はまばたきをしながらきょろきょろしている。

「て戻るんかぁーい!」

 優海は顔を元のポジションに戻してしまった。


 このままだと優海はほんとに何時間でもくっついてそうなので、さすがに肩持ってちょっと離した。

「優海。俺のこと、そんなにー……好き、なのか?」

 何聞いてんだ俺。優海はまたちょっとまばたきをしていたが、ゆっくりとうなずいた。

(ま、まじかぁーっ)

 あでもあれだよな! と、友達としてかもしれないよな! いやはやまさかあっちの意味では……では…………?

「俺もー。まあなんだー。好きでもない女の子とこんなくっつくなんてことしないし、なー。朝起こされるのも、どうせなら好きな女の子に起こされる方がいいしなー。やっぱ平和な時間は好きな女の子と過ごしたい……なー」

 うぉっほん。とりあえずそう言っておく。

「ゆ、優海っ」

 優海はおでこを当ててきた。腕も背中辺りから肩らへんにまで上げてきて、ほんの少しだけ力を込めてきた。そしてゆっくり目を閉じている。

 俺はまた優海のペースに乗せられながらも、唇を合わせにいった。


(………………やっぱり長くね!?)

 長い長い。基準わからないけどぜってー長い。俺は優海をまたちょっと離した。

「長い」

 優海は笑っている。

「突然だけどさ、優海」

 久しぶりにいつものトーンに戻った気がする。

「ちょっとだけ家に戻ってくれないか?」

 優海はおめめをぱちぱちしている。

「でさ。正午になったら、ポスト見てくれ。あ、その後また俺ん家来たかったら来てもいいから」

 優海はゆっくり頷いた。さっきから無言だ。

「じゃあ~……い、いったん」

 一体どんだけぶりに離れたんだよってくらい久しぶりに優海と離れた。この優海と……まぁ、なんだー……うん……


 俺様はラブレターテクマスター、略してラブマスだからな!

 相談に乗るだけじゃなく書くことだってお手の物さ!

 今からそれを証明してやるぜへっへっへーい!



射府獅優海こと優海へ

(↑ほら見ろよ射府獅書けるんだぜ射府獅射府獅射府獅)


どうもこんにちは、彩女勝雪です。ああこの彩女ってのは名字であって名前じゃないし女子でもないからな。ここテストに出るよー


小さい時からオレとあそんでくれてありがとうございます。優海っていいやつだからたぶん誰にでも優しいんだろうなー。

優海さんが大量の男子の告白振ってるのはよく知ってるぜ! なぜならオレ様はラブレターテクマスター、略してラブマスゆーくんだからなーハッハッハー!

それをふまえた上でね?


オレさー優海みたいに優しくないから、そこまでつくせないと思う(優海より他人につくせるやつを探すのが難しいって話は置いといてだ)

そんな優海にオレの人生かけてもいいなっては思う。

優海は好きなだけオレに優しくしてくれ。オレも好きなだけ優海を楽しませてやる。

他の誰と一緒になってもできない、とっても楽しく平和な未来を、オレと一緒に作っていこうゼッ!


オレと結っゲホンゴホン付き合ってください。

OKだったら、今すぐ向かいに建ってる家になんかおやつ持ってきてください。

待ってます。合鍵持ってるよな? オレん家にインキーしてたらウケる。すまん口がすべゲホゴホ待ってます。


ゆうくんって1人からしか呼ばれてない彩女勝雪より



PS さっきの優海の顔、最高にかわいかったです。マジで。オレもてれてるので文面での通達ごようしゃくださいませ

あとごめん、なんかふざけた文章なっちゃったけど、本当に付き合ってほしい。優海のことが好きです



 俺は母さんがむかー……し雑誌に付録として付いていたらしい『トキメキ☆ワクドキ カラフルマジカルラブレターセット 恋のおまじないシール付きメチャラブ封筒大大大ボリューム16枚入り! 恋を叶えるラブ用紙も盛りだくさん!』をなぜか受け継いでしまっていたので、その中から太陽と空の紙と、たくさんのキャラクターがハートや星とかを抱えてる封筒と、ぷっくり流れ星シールをチョイスして、一通のラブレターを完成させた。彩女勝雪史上最高傑作。

 俺たちは年賀状交換までしてるので、ご丁寧に住所も載っけた。当然射府獅優海の漢字の正確さには自信がある。


 さてっとー。射府獅家のポストにー……ぽとん。

 うしし。

 持てる力は出し切った。とうとうこういう選択をしてしまったが……優海なら、たぶん……


 十一時五十分だ。緊張するなー。

 これが最初で最後のラブレターだろうなー。

 優海相手だからこんなことできたけど、他にはちょっと。そもそも優海以外の女の子にこんな気持ちになるなんてのは……うーん……

 ごっほん! ラブレターテクマスター、この世界で唯一したためたラブレター! かっちょいいぜ……しまったこれも書いとけばよかった。


 正午だ。正午お知らせサイレンが街中に鳴り響く。

 俺は定位置に一人で座っていた。何も飲んでいない。

(てか十二時って思いっきりごはんの時間だよな。優海のことだから、おやつの前にごはんとか言いそうだ)

 お! 玄関の方からかちゃかちゃ音がする! これは……!

 ドアを開けられる音がしたので、俺はイスから立った。

 現れたのは……

「や、やあ。優海」

 あれ。さっきと服が違う。白くて胸周りにフリフリヒラヒラが付いてる服だ。髪型は一緒だ。

(服も違うけど、表情が……)

 優海は両手で箱……お菓子入ってんのかな。とさっき俺が書いたばっかの手紙を持っているのが見えた。ゆっくり近づいてきた。

 何も言うことなく、優海は手に持っていた物……と合鍵もテーブルの上に置い、たと思ったら手紙だけ両手で持って改めてこっちを見てきた。

「ゆうくん……こんにちは」

「こんにちはゆゆ優海」

 おーっとここはあいさつのジャブから来ましたねー。

「あのねゆうくん」

「ん?」

 おーっとフックを挟んで……いや。まさか…………? え、まさか、な。

「ゆうくんにね。相談があるんだっ」

 と言いながら、手紙を顔の近くに持ってきて、にこにこしている。

(……そう来たかぁーーー!!)

 さすがは優海だ。一筋縄ではいかぬな。

「よかろう! さあ座って座って、ああいや俺の部屋いくか!」

「うんっ」

 優海はまた荷物を持って、俺の後ろについてきた。


「うぉっほん! なーんだ優海ー、またもらっちゃったのかー。モッテモテだねぇー!」

 俺はひじでうりうりした。

 優海は顔の下向き角度こそ今までもらってきたときと同じだが、表情が、表情が……

(すんごくかわいいんですけど!)

「おやー? いつもと表情が違うみたいだねー。どんなやつからもらったんだい?」

「……ふふっ。あのね、えっとね」

 優海がこういうノリに合わせるってのも非常に珍しい。

「彩女勝雪くんって書いてあるんだよ」

「なんだその名前は! 女子みたいだな!」

 優海はめちゃ笑ってる。

「どんな感じの内容なんだ?」

「えっとねぇ……」

 表情がちょっとやわらかくなりつつ、封筒から中の手紙を取り出して開いた。偽造の様子はなし。

「いろいろとおもしろいことを書いてくれていたの。もうね。テクラブマスターレター? とか、私の名前を書けることとか、昔から遊んできたこととか……楽しませてくれることとか、私の顔のこととか……本当に、いっぱい……」

「い、いきなり泣きそうになるなよっ」

 優海は目を少し閉じ気味にしながら、手紙をまた封筒に戻した。

「この封筒も変わってるよね。全然知らないよ」

「ああそれ母さんからもらったやつで、トキメキ☆ワクドキうんちゃらかんちゃら。一体何年前の封筒なんだろうな」

「そうなの?」

「ああ。他にも種類あるけど、見るか?」

 優海は手紙を小さいテーブルの上に置きながら、首を横に振った。そしてちょっとずつ俺に近づいてきた。

「あーほらまたくっつくー」

 朝の体勢に近い感じでまたくっついてきて俺の背中に優海の腕が回ってきた。今度はセーターちくちくがない。

「……今までね。こういうお手紙をもらう度に、どうしよう、断るの悪いなぁ、どうしたらいいのかなぁって、そんなのばっかり思っていたの」

 優海が語り始めた。

「今日はね、全然違ったの。うれしすぎて、夢みたいで……泣いちゃうどころか倒れちゃいそうだったかもしれない」

「それはまずいまずい」

 優海はちょっと笑った。

「……いいのかな、ゆうくん」

「いいんじゃないかな、優海さん」

 ぱーがぐーになった。けどぱーになった。

「いいのかな。いいのかな。私……うん、私。これ、たぶん今すごく幸せ。本当にこんなに幸せでいいのかな」

「いいのですいいのです」

 俺も優海の背中に回している手をとんとんする。ほんと髪さらさらだな。さわさわさわ。

「髪……?」

「すんませんさわさわ」

 あーこれずっと触ってられるわ。

「触りすぎっ」

「すんませんさわさわさわ」

 さわさわやめました。でもまだ手に当たってる。

「……ゆうくんっ」

「んー?」

 優海はちょっと顔を離したかと思ったら、またおでこをくっつけてきた。

「ゆうくん」

「はいー?」

 あれ、なんで優海ちょっと笑ってんだよ。

「私、射府獅優海を呼び出したのは、勝雪くんだよね」

「ああ、はい。どうも彩女勝雪です」

 だからなんでこの近距離なのにそんな笑ってんだよっ。

「手紙に書いてあった、こと。言って……いいよっ」

「朗読すんの?!」

「くすっ、違うよぉもぅゆうくんったらあっ」

 やべ、優海めちゃ笑ってんじゃん!

「あああーーー!! た、大変申し訳ありませんでした射府獅さん。そ、そっか。いやーついいつものノリやってたら本来の目的忘れてたぜフフフのフ」

「ゆうくんってばー」

 こんな笑ってる優海見るのは久しぶり……いや初めて? いややっぱ久しぶり?

「あーこほん。えーでは。優海ーってか近いな。まいいか」

 また笑ってる。

「この俺、彩女勝雪と、付き合ってくれ……さい」

(うわ俺ださいわぁー)

「……はいっ」

 優海が手に力を込めると、自然と唇が重なった。

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