短編15話

「我ら凪村なぎむら様親衛隊! 凪村様には指一本触れさせぬ!」

「我ら凪村様近衛隊このえたい三人衆! 凪村様の危険は我らが排除する!」

「おーいみやこはすでに歩き出してるぞー。追いかけなくていいのかー?」

「はっ! 凪村様お待ちをー!」

「危険です凪村様ぁー!」

 凪村ワールドトレードコンツェルンの社長令嬢、凪村なぎむら みやこ

 容姿端麗。文武両道。凛としつつも透き通った美しい声。女子の中では身長ちょい高め。ひとつひとつの所作すべてが輝きに満ちあふれている。

 女子からは絶大な人気を誇り、男子からは超大な熱視線を浴び続ける。俺らの高校随一の超絶人気者。

「彼女を知らぬ者はこの高校に、いやこの世界に存在しないだろう。そのくらい彼女の輝きはあらゆるルクス・ルーメンを上回るのだ……」

「あんた何言ってんの?」

「いや、たまには解説しておこうかと思って」

 俺、雪守ゆきもり 恵都けいとは都親衛隊たちの波を眺めながら独り言を発してみていた。横で聞いてたのは広見ひろみ 修子しゅうこだ。こちらは普通の女学生である。都と違って髪短め。

「あんた、凪村さんと幼なじみなんだっけ?」

「しっ。安易にそのような言葉を口にするなっ。親衛隊に聞かれたらやっかいだぜ……」

「だからそのキャラなに?」

「幸いこの付近に親衛隊はいないようだが、いつどこでどのような形で身を潜めているかわからないからな……警戒するに越したことはない」

「はぁ~」

 修子は大きなため息をついている。しょうがないからこの辺で普通に答えるとしよう。

「てのはともかく。ああ。昔は家に行って遊んだこともあったぞ幼稚園とかのレベルで」

「今は?」

「……ふっ。季節の移ろいもまた優美なものよ……」

「習い事をしてるってことは聞いたことあるけど、そういえばだれかと遊んだこととか聞いたことないわね」

「あー……そういや俺もそうだな。普段親衛隊たちにさえぎられてしゃべる機会がないとはいえ、結構な期間幼なじみやってるはずだ。なのに俺も都が他の友達と遊んだっていう話は聞いたことないんだよなー」

「社長の一人娘って、やっぱ大変なのかしら」

「うむー」

 俺たちは凪村都軍団が廊下を曲がるまで見届けた。



 ある日、現代文の時間でタッグ作文なる課題が出て、ダンボールくじ引きの結果、凪村近衛隊三人衆の一人である有前ありまえ 奏芽かなめと組むことになった。

 ちなみに近衛隊は女子三人で構成されており、親衛隊は男子複数が群れをなしている。参加条件は知らん。

 近衛隊長は『おーっほっほっほ』とか言ってて近衛副隊長は『我の忠誠が崩れることはない!』とかなんとかなキャラだが、この奏芽だけは通常時におしゃべりが通じる相手なのだ。ってだからなんで俺は近衛隊にまで詳しくなってしまってるんだ。

 作文のテーマは『協力』だ。難しいなおい。そんな作戦会議をする時間なのだが、勉強熱心じゃない俺はついつい授業に関係ないことを奏芽に聞いていた。

「なぁ奏芽」

「んー?」

 奏芽も奏芽で髪を鉛筆でくるくるしてる。奏芽は肩くらいまでの長さの髪で、おめめぱちぱち系。

「都ってさ、だれか友達と遊んだっていう情報聞いたことねーんだけど、奏芽聞いたことあるか?」

 続いて奏芽は鉛筆をほっぺたに添えている。

「さぁ~。言われてみればあたしも知らないなぁー」

「近衛隊でも聞いたことないのか?」

「らんちゃんやしーちゃんなら知ってるかもしれないけど、二人との話題にも出たことないねー。みーちゃんからも直接聞いたことないと思うし」

「へー」

 近衛隊は会議を日常的に行ってんのか?

「そういえばけーくんって、みーちゃんと同じ『都』の漢字が名前に入ってるよねー。親戚?」

 作文シートに書いた俺たちの名前のとこを鉛筆でてんてんされた。

「ぶへっ。あいつの親戚ならもっと成績いいってば」

「そーだよね、あはっ」

「いやそこでフォローがないのもそれはそれで」

 ほんとにこいつは親衛隊なんだろうか? まぁいいや。



 高校二年の俺だが、また冬の季節がやってきた。

 実は俺には夏と冬にちょっとした楽しみがある。

 この冬も一月一日が楽しみである。



 友達と元気に遊んだり宿題をだるぃ顔しながらこなしたりしているうちに、新年を迎えた。あけましておめでとうございます。


 一月一日と八月一日。この二日に限っては、朝になるころにポストを開けるのがもう十年以上続いている習慣だ。朝にお目当ての郵便物がないなら昼にまた開ける。

 広告入りまくりのごつい新聞と一緒に入っていたのは年賀状の束。

 家の中に持ち帰り、カジノのディーラーと勝負できそうな正確さで年賀状の仕分け作業を行う。

(……あったっ)

 今年も年賀状が来たな。

(本当にこんなものすごく凝った年賀状、毎年もらってていいのだろうか……)

 自慢じゃないが、裏面見た瞬間にやにやしなかった年はないぞ。もちろん俺もちゃんと送ってるぞっ。こんな立派なのは一生かけても書けないが。

 俺は早速電話をかけに向かった。時計ちら見すると九時五十分だ。さすがに毎年の電話かけてる時間までは覚えてないなー。

 この年賀状に電話番号は書かれてあるが、そんなの見なくてもとうの昔に暗記してしまってるぜ。さてさてじーころじーころ。

 プルルルを少し聞いたら、

「はい、凪村でございます」

 ここまでほんと一連の流れすぎ。

「都か?」

「ええ」

 そう。俺は都と毎年暑中見舞いと年賀状のやり取りを行っているのである。

 親衛隊たちの様子からすると、このやり取りが毎年行われていることは、まだ学校にもれていないようだ。

「あけましておめでとう、都」

「あけましておめでとうございます」

「今年もよろしくお願いします、都」

「今年もよろしくお願いします」

 ノルマ達成である。

「今年のあれも都が描いた絵だよな?」

「そうよ。恵都の周りで流行ってるって聞いたから、描いてみたわ」

「すげーうまくて感動したけど……あのアニメ夏のやつだからもう終わってる」

「なんですって! わたくしとしたことが……次の夏にはちゃんと流行りの絵にしてみせるわ」

「ああいや別にアニメ終わった後でもそれ語るのはよくあることだし、まぁ、なんだその……」

 ちょっと落ち着いて。

「都が描いてくれるだけで、うれしいし……さんきゅ」

「どういたしまして」

 相変わらずきっぱりはっきりぴっしりしてんなぁー。

「てか俺がどんなアニメがだいたい好きな感じとか知ってんのか?」

「知らないわ。教えなさい」

「主に学園で~……あーまぁそれは長くなるからまた今度じっくりと、な」

「そう、まあいいわ。けほっ」

 けほ?

「ん? 都かぜひいてるのか?」

「……ええ、そうよ」

「おいおい大丈夫か?」

「……恵都に意地を張っても仕方ないわね。本当は電話してるのも、ちょっと……」

 急に都の声が弱々しくなった。

「そんなにつらいのか。じゃ別に寝てくれててもよかったんだぞ」

「この電話のために頑張って絵を描いたわたくしの努力を無にさせる気?」

(おぉぉぅ都……)

 き、きっとこれはあれだ! かぜの熱によって思考が鈍ってんだ!!

「と、とにかくだ! もう寝ろ! 父さん母さんは?」

「二人とも海外で新年パーティよ」

「え、ちょおい、じゃお手伝いさん的なのは?」

「三ヶ日は毎年休んでいるわ」

「じゃ今家に都一人なのか!?」

「……お母さんがお手伝いさんを置くと言ってたけど、断ったわ。警備会社の人が一分以内でここに駆けつけられるからっていうことと、一人で休ませてほしいって強く言ったら、二人とも納得してくれけほっ、けほっ」

「い、いやぁー……都大丈夫かよ」

 普段しゃべる機会がそんなにないとはいえ、この声は苦しそうだなぁ。幸い? って言っていいかわからないが、いがいが声みたいなのにはなってないけど。

「このくらい大丈夫よ。安心なさい」

「できっかっ」

 即ツッコミ返した。

「都、ごはん食べてるか?」

「食欲はないわ」

「きりっと言うなっつーの。あーんーうー」

 なんだかんだで十年以上の仲だ。なのに都のこんな弱々しい声は聞いたことねぇんだから、心配するに決まってる。

「……そんなにわたくしのことが心配?」

「あったりめーだろ。俺だってこの日と暑中見舞いが楽しみで半年間ずつ、つらく苦しい宿題の山と容赦なく蹴落としてくるテストの怪物という学校生活を乗り越えてんだぞ」

 ここで都の余裕の笑みが炸裂。

「……じゃあ。お見舞いに来ても……いいわよ」

「お見舞い? お、お見舞い!? 行っていいのか!?」

「もう一度言わせるつもり?」

 口調はいつもの感じだから、まだ少し元気はあんのかな? いやいやいや!

「で、でもさっき一人で休ませてほしいっつってたな。あれ、じゃなんでお見舞いを俺に?」

 おあっと都のため息が聞こえた。

「わたくしは大変疲れているわ。でも今日は機嫌がいいから、特別にもう一度だけ言うわ。それを聞いてわたくしの家に来るかどうか判断なさい」

「え、あ、はい」

 ここは素直に都の言葉を待った。

「……恵都とおしゃべりがしたいわ」

 受話器からそんな文章が俺の耳に届いた。都の声で。

「恵都、ご家族の方と用事でもあるかしら」

「いや、初詣は行ったし……別に……」

「そう……ごめんなさい、もう切るわ。よかったら、来て……じゃあ」

 都は小さいせき混じりでそう言い残して電話を切った。

(……この状況で行かない雪守恵都が一体どこにおるっちゅーねん!!)

 俺は受話器を置いて、速攻行動を開始した。


 俺はとりあえずジャンバーを羽織り、りんごとみかんともちを袋に入れて、友達の見舞いに行ってくる、いつ帰るかわからぬと親に伝えて家を飛び出た。

 そして自転車のかごに袋を放り込み、勢いよく発進させた。


 都の家がどこにあるかは知ってるが、そこへ行くなんて何年ぶりになるだろうか。

 小さいころはたまに家族ごと行ってたけどなぁ。小学校高学年くらいになると行かなくなってしまった。なんか都も忙しそうだし。


 凪村家に着いた。でけぇ家だなぁほんと。でもこの家以外にも家兼事務所みたいな別の家が近くにある。恐ろしき凪村ワールドトレードコンツェルン。略してナギツェン。怒られそうだから封印。

 俺はピンポンを押した。実際の音はディーンドォーンって感じだけど。


 ……しーん。

(都寝てんのかな? しんどそうだったし)

 もっかい押そ。ディーンドォーン。

「はい」

 おわっと。

「都か? 俺だ俺俺ー」

「鍵を開けるから待ってて。警備会社の人が来るからまだ入らないで」

「へい」

 恐ろしきセキュリティの高さ。


 しばらく待っていると、都がドアを開けて登場した。家はたしかに一回りでかいんだけど、造り自体は周りの家とそうかけ離れてはいない感じ。でかいけど。そしてピンクパジャマ&赤ストール都だった。

「いやそんな格好で出てくんなよ、寒いだろ?」

 都がよろよろになりつつおいでおいでしている。もう入っていいんだよな。

 俺は自転車のかごから袋を取り出して、濃い緑色の門扉を開けて凪村家に入った。そのままてくてく歩くと、ドアのところで待っている都のところまでやってきた。

「親衛隊いないんだな」

「お正月まで付きまとわれたらさすがに怒るわ」

 都はちょっと笑っていたが、すぐけほけほした。

「じゃますんでぇー」

「じゃまするなら帰りなさい」

「あいよーってなんでやねん!」

 鋭きツッコミで都の肩にぽんっ。

「……何年ぶり? これやったの」

「そう思うならもっと来てくれてもいいのよ」

「警備会社の人に捕まりそうだ」

「いいから入りなさい。寒いわ」

「ごめちょ」

 俺はおうちの中に入った。いつも親衛隊に囲まれている都だが、もう一体何年ぶりだよっていうくらい近い距離に都がいる。

 都はドアの鍵を三ヶ所閉めた。下と上と引っ掛けるやつ。

 鍵かけ終わるまでずっと見届けていると、都がこっちを見てきた。

「上がりなさい」

「おじゃましまーす」

 俺は靴をぬぎぬぎした。都の靴下は白いやつだった。


 凪村家の中もそこまで装飾ゴテゴテとかではなく、確かにでかいが内装においても普通の友達の家ともそんなに大差ないように思……ごめやっぱランク高いわ。なにこのカーテン。もいっこの方の家は装飾すんごいけどさ。

 そんでこの家がでかいと感じるのはなによりこの廊下。すれ違い放題。

「どうぞ」

「失礼します」

 都が茶色いスリッパを用意してくれたので履いた。都のはピンクい。


 俺の前を歩く都。あの凪村都が俺の前を歩いている。パジャマで。

「都大丈夫か?」

「眠いわ」

「寝ろ」

「呼んでおいて早々寝るのはどうかと思うわ」

「俺らの仲なんだから気にすんな」

「そう。どうぞ」

「は、入るぞ?」

「ええ」

 都は部屋のドアを開けた。

 ……ここは都の部屋だ。そう、つまり同級生の女の子の部屋である。緊張しないわけがない。

 初めてってわけじゃないが、前にここに入ったのはもうー……十年経つかどうかくらい?

 都は表情を変えることなく俺に部屋に入るよううながしたので、俺も素直に従って入ることに……したけどやっぱめっちゃ緊張してる。

 それでも俺は部屋に入ると……薪ストーブ、ひらひらカーテン、豪華な装飾のタンス、でっかいベッド、もはや要塞なんじゃねっていう勉強机、アピールしまくりのカーペット……何もかもが俺ん家との次元の違いに驚きを隠せずにいた。

「あそこのイスに座りなさい」

 都はドアを閉めると……あそこって、ベッドの横の? とりあえず都についていくことに。

 都がベッドに到着すると、早速インザお布団。赤いストールは布団の上に置かれ、都はふぅっと息を吐いた。俺はイスに座る。ジャンバーも脱いどこ。脱いで……まぁサイドテーブルの横にてけとーに置いておこうかな。りんごみかんもち袋を先に置いてその上にジャンバー乗っけた。

 都布団は白でちょこっと花柄。見てるだけで心がふかふか。この都布団が毎日都の体力回復に努めてるのだな。

「疲れたか?」

「ええ。でも恵都が来てくれてよかったわ」

「お、俺もまぁそのなんだ、都と会えてよかった」

 都は黙って目をつぶっていた。


 眠そうなのか疲れているかっぽかったので、俺は背もたれりながら都の様子を眺めていた。肩甲骨の下くらいまでの高さの絶妙背もたれ。

 都が呼んだから俺今ここに来たけどさ……俺は何すればいいんだろうか。

 まぁ……なんか指示来たら動くか。変なことして疲れさせるのもあれだし。


(……寝てるよな、あれ)

 思いっきり寝息を立て始めた都なのであった。指示待つどころの話ではなかった。

(同級生女子の寝顔を眺めてるのか俺はっ)

 しかもあの学校中の注目浴びまくりの凪村都のである。

(うーん……暇だ。てか初詣行ったからかちょっと眠いな)

 俺はイスのもたれポジションを模索して、よきかなポジションを見つけたらおやすみ体勢に入った。



(……んー。がっつり寝た……)

 俺が目を覚ますと、都は起きていた。

「んぁ……都起きたか」

「おはよう」

「おはー……ん~っ」

 とりあえず伸び。

(ん? 膝にストール)

 寝てる間に掛けられたのか。

(えーっと……どうしよ)

 都を見ると、とりあえず穏やかな表情をしていたので、まぁ、うん、黙って都見ておくか。

「せっかくの機会なんだから、もっとしゃべっていいわよ」

「いきなり寝たのは都じゃねーかっ」

「じゃあ私は起きたから何か話しなさい」

「口調だけはめちゃくちゃ元気だなおい」

「恵都がいると楽しいだけよ」

(なんか妙によいしょしてないか!?)

「あ、あのーさ都ー?」

「なにかしら」

 きりっとした眼差しも相変わらず。

「都はさ。彼氏とかいんの?」

 ……俺。何言ってんだ?

(まさか俺都のかぜがうつったとか!?)

「いないわ」

 流石すぎる凪村都。まったく動じることなくいつもの口調・いつものトーン・いつもの表情で返してきた。

「ふ、ふーん」

 実は結構な情報だよな、これ。

「恵都は彼女がいるの?」

「ぐぁっ!? い、いねぇよ」

「そう」

 なんでそこでちょっと笑ってんだよ。

「恵都はどういう女の子がタイプなのかしら」

「た、たいぷぅ?!」

 なんか話の方向性がやばいことになってるぞ!!

「タイプっつっても、なぁ……ど、どうなんだろうか……んー……」

 普段の男子相手とかなら知るかよで吹っ飛ばすところだが、なんせあの都とのおしゃべりだからな……た、たまには真剣に考えてみるかっ。

「お、俺別に彼女作ったことないけどさ……一緒にいてて楽しいやつとかがいいかなー」

「具体的には?」

「具体的!? うぇーっとそうだなー……なんつーかなー。一緒に盛り上がれるやつ? しゃべってて楽しいやつ? 共通の趣味があるー……とかぁ?」

 浮かんだやつを片っ端から挙げてみた。

「いいわね、そういうの」

「だ、だろ!?」

 ふぅ。なんとか会話は成立しているようだ。

「告白はしたことあるのかしら?」

「ぐぅえっ!? な、ないなあ……」

「そう」

 俺は一体何を都としゃべってんだ!?

「告白をされたこともないの?」

「ぐふぅっ。い、一回だけ、そんな感じなのはあったかな」

「あったの!?」

「お、おぅ」

 都が身を乗り出してきた。

「付き合ったことがないっていうことは、それを断ったってことよね。どうして?」

「あー……まぁなんていうか、そいつめちゃくちゃガツガツ突っ込んでくるやつだったから……はは」

「よくわからないわ。わかるように説明して」

 まさかの食いつき。

「ぐは。えーっとなー。なんかいろんなことを根掘り葉掘り聞いてくる感じっていうかさ。好き好きアピールしてくれるのは悪い気しないけど、それもちょっと吹き飛びすぎっつーか……俺もうちょっとゆったりした関係がいいなって思ってさ。てか俺そいつのこと別に好きでもなんでもなかったし、そんなにしゃべったことなかったし」

 都はじっくり聴いてくれたようだった。こんな話だれにもしたことなかったっつーのに。

「……そういう人にならないように、気をつけるわ」

「いやいや都はあんなやつにならねぇって」

「わからないわ。恋愛したことないもの」

 やっぱ都そういうの全然ないのか。

「で、でも都ってちょー人気者だろ? 告白なんて星の数ほど……?」

「わたくしの中では、ほとんどしゃべったことのない人から送られた手紙に書かれている日時と場所へ呼び出されることを告白の数に含めたくないわ」

「うわーバッサリ」

 猛者たちよ。お前たちは勇猛であったぞ。

「あでもある程度数があったんなら、ちょっとくらい付き合ってもいいかなって思えるようなやつはー……」

「いなかったわ」

 バッサリ。穴空き包丁もびっくりの切れ味。

「じゃ、じゃあさ、都の好きなタイプは?」

「そうね……」

 ごくり。

「まっすぐわたくしを見てくれる人かしら」

 指先も美しいです。

「まっすぐ……? 詳しくっ」

「ほとんどそのままの意味よ。わたくしのどんなことについてでも、まっすぐに見てくれる人がいいわ」

 う、うーん、わかったようなつかみきれてないような。

「あ、つか都って社長令嬢だったよな。マンガみたいなお見合いとか許嫁いいなずけとかやっぱあんの?」

「ないわ。パーティを主催している人の子供とあいさつをしたり、パーティで親同士が忙しいときに子供同士でおしゃべりすることなら、男子相手でもよくあるわ」

「へ、へぇ」

 よくわからん領域だっ。

「やっぱー……そーゆーとこって、おかねもちでかっこいいやつがいっぱい?」

「そうね」

「……フッ」

 よくわからん領域だなウッウッ。

「こほん。じゃあ……恋愛とか、結構自由にやっていい系?」

「……そうね」

 都は疲れたのか、また布団に入って横になった。顔はこっちを向いている。

「今好きな人はいんのかっ!?」

 俺は核心に飛び込むっ!

「……わからないわ」

「わ、わからない?」

 ぉ?

「気になる子はいるわ。でも好きかどうかはわからないわ」

「ほ、ほぉ……」

 ふむ。

「もしよろしければ、どのような人物なのかをお聞かせ願えませんかね?」

「今の段階では控えておくわ。ちゃんと好きだと思えたら、その時恵都に教えてあげるわ」

「み、都が好きになる男子とか、想像つかねぇなぁ」

「それは失礼な言葉として受け取ればいいのかしら」

「にょあぁー! ちちちゃうわい! どんなかっちょいいやつなのか俺の想像の域を超えてんだろうなって意味さ!」

 都は少し微笑みながら、布団も少し首元まで上げた。

「あーなんかめっちゃしゃべらせて疲れさせちまったな! 寝ろ寝ろっ」

「そうさせてもらうわ。でも退屈だったらしゃべりかけてもいいわよ」

「寝ろっ。とにかく寝ろっ」

 都はちょこっと笑みを作っている。

「置いてある本を読んでいいわ」

 ってつぶやいてから目を閉じていった。


(難しい本ばっかじゃねぇか……まだ教科書の方がわかりやすいぞ)

 そうかだから教科書なのか! ありがとう教科書作ってくれてる人! ぁ俺も使ってる教科書発見。

 てか重たい本ばっかだな。実は都力持ちなんじゃね。これもびちっとした装飾だしさ。

(ん? これは手書きの文字だな。こんな本も……ってうわこれ日記じゃね!?)

 俺はあわてて本を閉じた。裏からめくったから気づかなかったが表紙には思いっきり日付が書いてある。都の方に振り返ってみたが、あっぶね寝てるまんまだ。

(こんな紛らわしい置き方すんなよなーって本あさってる俺の方がだめだよな。で、でもちゃんと本読んでいい許可は下りてるからな!)

 ………………

(……ちょ、ちょっとだけー……)

 俺は最も最近の一日分だけを盗み観ることにした。ああ俺様なんていけない子。勉強机のイスに腰掛けた。薄茶色のカーディガンがかかってあるけど今回お構いなし。このイスもしっかりしてるけど、まだ俺の使ってる勉強机のイスに近い方。

(お、なんだ今日のこともう書いてあんのか。しっかりしてんなぁ……)

 文字も美しかった都。まぁそれは年賀状で見てるけど。


一月一日 晴れ


一人で迎えた朝。お父さんからの電話のベルで目を覚ます。

(ベルってかっちょいいな)

新年早々風邪が悪化している。こんな調子だとパーティどころではなかったから、無理を言って残ってよかった。

年賀状の確認をしたら、今年も恵都から年賀状が来た。

(おお! 俺のことも書いてくれてんのか!)

今年もよくわからない年賀状。

(たはっ。俺絵下手だからネタに走ってっからな)

電話もかかってきた。お見舞いに来てくれるみたい。家に来てくれるのは小学校五年生の夏にスイカを持ってきてくれた時以来。

(……あったなぁ!! 親戚のおじさんの家行ったときにスイカよっつももらったから、暑中見舞いの電話ついでにひとつを持ってきたんだった。てか都よく覚えてんなー。脳の構造からして違う人種なのかな)

疲れてるから先に今年の目標を書いておく。高校三年生になる今年の目標は

  恵都と同じ大学へ進みたい

(ちょっ、大学!?)

 日記はここで終わっていた。また都に振り返ってみたがまだ寝てる。ほっ。

(俺大学の話なんて全然した覚えないんだけど……やはり脳の構造が違いすぎるのかっ)

 俺は日記を学習机の棚に戻した。カーディガンの位置も……こんなもんか? んでてきとーな本を持ってっと……


(……いい話じゃねぇか……)

 幸い俺でも読みやすい感じの本だった。冒険物の小説だ。女の子は男の子の病気を治すために、男の子は女の子に伝説の剣を作ってあげるために冒険するお話らしい。

「お。都起きたか」

 起き上がる音がしたから都の方を見てみると体を起こしていた。顔色がちょっとよくなった気がする。

「よく眠れたわ」

「そりゃなにより」

 手に持っている本へ視線を向けてきた都。

「気に入ったのかしら」

「あ、まぁ、うん」

「よかったら持っていっていいわよ」

「うぇ? お、あ、えーと」

 都寝起きだというのにやっぱりきりっとしている。

「じゃ、じゃあせっかくなんで、持っていきまーす」

「読んだら感想を聴かせて」

「感想~っつったって、いつ感想言えばいいんだ? 学校じゃ親衛隊だらけで、それ以外は習い事してるって聞いてるし」

 お、都はベッドから出て立ち上がった。そのまま学習机のとこに行って

(ばれませんようにばれませんように)

 引き出しをがさごそしている。がさごそ姿すらも様になっている。

 お目当ての物が見つかったのか、取り出して、俺んとこにー……

(うぉっ)

 都が俺の右手を左手でつかんできた!!

 そんでそのままもう片方の手で……封筒と、切手と、中に入れる手紙のやつ……

「それに書いて」

「わざわざ切手まで、い、いいのか?」

「家にたくさん切手があるの。お父さんから自由に使っていいって言われているから問題ないわ」

「そ、そういうものなの……か?」

「恵都とじっくり話すのは、これがいちばんよ」

 都は切手と手紙を封筒の中に入れて、優しく俺の手に添えながら渡してきた。お布団効果なのかあったかかった。

 この一連の流れを行っているときの都の表情の美しさったらもう。確かに親衛隊が発足されるのも納得である。髪さらっさらだなおい。

 柄でもなく見とれてしまった俺だったが、都は改めて俺の顔を見てきて、

「なにかしら」

 口調とトーンはいつもの都だったが、表情は穏やかだった。距離が近いのでどきどきしてしまっていた。

「お、俺。都としゃべりたいな」

「わたくしも恵都の話を聴きたいわ」

(あーうん、都が人気者なの、よーわかるわー)

『……ぐぅ~~~っ』

(ん!?)

 都が両腕をお腹の辺りにポジショニング。

「……ん!?」

 視線を外し顔はよそを向いている都。

「都、今!?」

 俺は都の視界に入るように体勢移動してみるも都の顔はすぐに別の方を向いてしまう!

「都ぉ!?」

「……みんなに言いふらすようなことがあれば、親衛隊が恵都のことを黙っていないでしょうね」

「……ぷっ。ぷくく、ぶはっ! だーーーっはっはっは!!」

 だめだ限界だーーーっひゃっひゃっひゃ!!

 この都のすんげーバツの悪そうな顔ったらうひぇひぇっ!!

「わ、笑いすぎよ!」

「どぁーーーっはっはっはっは!! だ、だっ、だってさ、あんな絵に描いたような腹の鳴り具合ウケねぇわけねぇじゃんだーーーっひぇっひゅっひぁっ!!」

(ひぃひぃお腹やばすぎ!)

 まだまだすごい顔してる都。

 が、突然動き出し

(おぅわえっ!?)

 み、みや、こが……

(これ一体なにが起きてんだーーー!!)

 都がお、俺に、だ、だ、抱き、だっふぁ。

(ちょ、ちょっ、ちょっ……)

 げらげらからのこの状況というあまりの差がでかすぎる出来事で頭が追いついてないってんのに、なぜか俺の腕は勝手に動いて、都の背中に回して、俺からも抱き寄せてしまっていた。


(……な、長すぎだろっ)

 全然離れようとしない中腰抱きつき都。お、俺が離れようとしてないのがだめなんだろうか。でもくっついてきたのは都の方からだし……都も力弱めてないし……。

「み、都、長くね?」

 とうとう俺折れた。

 おおよかった都抱きつくの終了し、たと思ったら

(ほ、ほっ…………)

 ほっぺたに……ほっぺたに…………


 もはや放心状態な俺だったが、都はゆっくり俺から離れた。さっきと似たような顔をしているが、でもさっきよりかはしっかりしてる感じ。

「昨日までいてくれていたお手伝いさんがシチューを冷蔵庫に入れてくれているわ。一緒に食べなさい」

 都がー……都がー……

「返事は」

「ほぁ」

 都は勉強机のところのイスにかけてあったカーディガンを羽織った……ようだ。目に異常がなければあのカーディガンは薄い茶色をしている。

「……変な顔してないで、さっさとついてきなさい」

「ほぇ」

 俺は左ほっぺたのしっとりとした温もりを感じながら、都についていった。ごめんストール落としたままで。


 廊下に出て前を歩く都。廊下に薪ストーブが並べられているわけではないのでひんやり。まぁストーブはなくても薪置いてある棚を見つけてしまったんだが……いやいやそんなことより

「み、都?」

「なにかしら」

 都の後頭部が見えるだけで、表情はわからない。

「さっきの……は?」

 …………スリッパの音が心地いいですね。

「み、都さーん。さっきのー……?」

「もう一度してほしいというのかしら」

「あいやえと、え? もっかいしてくれん……の?」

「……恵都にあれほど笑われるくらいなら……」

「す、すまんってばぁ~」

 都はドアを開けた。横顔は普通の表情だった。


 気を取り直しまして。リビングに、そしてキッチンへやってきた俺たち。でかい冷蔵庫の前に立ち、都が中央から両側へ同時に開けると、ラップをかけられた鍋が入っていた。うちで使うような鍋よりかは少し大きいが、めちゃ大きいってわけでもなく。

「これをコンロの上に置いて」

「へい」

 長い木製取っ手とかじゃなく、短い鉄製取っ手が両側に付いているタイプだ。

 都様の命令どおりに鍋を両手でうぉそこそこ重てぇな。コンロコンロっと……このコンロもでかい。ていうか見たことないタイプのコンロなんだが。よっつのうち左下にした。

「火をつけて温めてちょうだい」

「へい」

 ……さて。火はどうやってつけるんだろう。いつものチチチチボッパターンじゃねぇぞこれ。

 とりあえずこいつひねったれ。えい。

 しゅーという音がする。一回戻そう。しゅーが止まる。もっかいひねったれ。しゅーという音がする。

「チチチチチチチボッ」

「何遊んでるのよ」

「都さーん。火つきませーん」

「知らないならそう言いなさい」

 都は手前に掛けられてあった着火ライターを手に持ち、しゅーつまみをひねってから着火。

「おー」

 また慣れた手つきでライターは引っ掛けられた。

「他のコンロに火を移すときは、これを使うのよ」

 金属の棒。あ、空洞があるから筒。有線式の武器みたいでかっこいい。

「やってみる?」

「あ、じゃ、はい」

「これの先を火に近づけると移るから、そのまま右のコンロに持っていくのよ」

「はい」

 都がしゅーつまみとしゅーじゃないつまみをひねった。

「いいわよ」

 有線式金属筒をすでについてる火に近づけると

「お。こっちついた」

 で、これを隣のコンロにか。

 ボッと一部ついて、ボボボボーっとそこからぐるっと全体についた。凪村家にある物はいちいちなんでもなんでもかっちょいいな。

「必要になったら頼むわよ」

「いぇっさ」

 都がふたつのつまみをまたひねると、有線筒と右コンロの火が消えた。はかないぜ。

「ああそういやうちからりんごとみかんともち持ってきたんだった。食べるか?」

「いただくわ。部屋に置いてきたの?」

「ああ、取ってくる」

 俺はキッチンから出た。


 再び都の部屋にやってきたが……今この空間には俺一人しかいない。

 いつも都はこの部屋で過ごしてんだよな~って浸ってる場合じゃない。

 俺はベッドの近くに置いていたジャンバーをずらし、袋を持って部屋を出た。


「ほれ。全部食べていいぞ」

 袋を広げて中身を見せた。

「ありがとう。さすがに今全部は食べられないわ」

 お鍋をおたまでぐるぐるしてる都がちょっと微笑んでいた。

「今度お礼に恵都のお宅へおうかがいしないといけないわね」

「べ、べっつにそこまでしなくってもさー!」

「恵都もわざわざ来てくれたのに、電話だけで済ますのはよくないわ。それともご迷惑かしら」

「迷惑なんてことはねーけど……み、都を入らせるような空間はないというかなんというか」

「どういうことかしら」

「庶民の家でーす!」

 なんか突然吹っ切れてしまった。

「恵都のお部屋も見てみたいわ」

 なんだその笑みは!

「都の部屋をあんだけ見てしまったら、狭すぎてとても見せられるもんでもないと思うが……」

「そう。見られないことへではなく、わたくしの部屋を見せたのに恵都はお部屋を見せてくれないさみしさが残念ね」

「わあったよぉ今度来てくれよぉ……」

「そうさせてもらうわ。また電話するわね」

 俺の部屋、同級生女子とか入ったことねーよぉ……。



 リビングは寒いからってことで都の部屋で食べることになった。丸形でりっぱな脚とテーブルクロスでゴージャスな感じのこのテーブルですら自分の部屋にあるってどーゆーことだよ。

 最終的に出そろったのは、シチュー(白いのじゃなく茶色いの。具だくさんだけど具は小さめにカットしてくれてる。流石ポーフェッショナー)・五穀米(これもお手伝いさんが冷凍庫に入れててくれていたのでチン。お母さんが好きらしい)・スープ(都のお父さんの知り合いからもらったらしいインスタントのやつ。オニオンコンソメ。俺が見つけてじろじろ眺めていたらシチューがあるのにとツッコまれつつもなぜか採用)・いびつすぎるカットりんご(俺にしては頑張ったぞ!)、それとかっちょいいポットに紅茶が入ってる。

「これ何紅茶?」

「アールグレイよ。これも頂き物なの」

 です。もうこの紅茶をカップへ注いでるときの都のこの手の角度と表情よ……ぁああいかんいかん俺はまだ親衛隊に入らないぞっ。

「都ー。ごめん。今だけ言わせて」

「なにかしら」

 俺のを注ぎ終えたら、今度は自分のを注ぎ始めている。

「紅茶注いでる都、美しすぎ」

 これはね。もうね。いくら俺のキャラとしてはセリフがかけ離れ過ぎてたとしてもね。言わなきゃならんときがあるってもんですよ。

「ありがとう」

 注ぎ終えた都。あ、つーか疲れてる都じゃなく俺が注ぐべきだったろうか。ついつい。

 みかんは持ち手のある竹のかご……バスケットって言うのか? に入れて都のベッドの横。もちはとりあえずラップにくるんで冷蔵庫だが、これ食べ終わった後ひとつずつ焼いて食べる予定。

「手を合わせましょう!」

 ぺったん。

「いただきます!」

「いただきます」

 俺たちはいただきますをした。シチューじゅる。

「うんまっ」

 都もじゅるしてる。では五穀米ごはん。

「うまっ」

 都ももぐもぐしてる。ここでスープ。

「うんまー」

 都もごくごくしてる。紅茶飲も。

「うま」

 都もほっと一息。りんご。

「……いびつである」

「おいしいわ」

「ほんまかいな」

 都もしゃりしゃりしてる。刺すやつですらうちみたいな爪楊枝じゃないところが一体どこまでおしゃれなんだ。

「かんぴんたんさせんなよ」

「言葉の意味がよくわからないわ」

「かっぴかぴにさせんなよ」

「……言葉の意味がよくわからないわ」

「乾燥させんなよウッウッ」

「頂いた物をそんなことさせないわ」

「ただの冗談だよぉ都がそんなことしねぇってことくらいわかっよぉ」

「ええ。わたくしも恵都がそうやって楽しませてくれていることはよくわかっているわ」

「都ぉー。ほんと都っていいやつだよなぁー」

 居酒屋って……こういうノリなんかな?

「恵都もいい人よ」

「都ぉー」

 紅茶飲も。うま。


 向かいに都が座ってもぐもぐしている。そういや給食で近くになった記憶がほとんどないなー。

「都の食欲が復活してよかったよ」

「休んだら食欲が戻ったわ」

 都はちゃんとかみかみごっくんしてる。紅茶飲む姿が優雅すぎる。

「ここで親衛隊と一緒に食べることとかあんのか?」

「ないわ」

 即・答。

「ないのか。俺が思ってるよりドライな関係なのか?」

「勝手に作って勝手に付きまとわれてるだけだけど、おかげでお父さんがボディーガード代わりに思ってくれてて、結構自由に動けるのよ」

「そ、そういうもんなのか?」

「ええ」

 都は淡々と食べている。

「普段親衛隊とどんなことしゃべってんだ?」

「特にこれといった話題はないわ。次どこに行くのか、何時から何があるのかとか聞かれたら答えているくらいかしら」

「ますます謎の関係だ」

 うーんうーん。せっかくここに来てるんだから、なんかこう、もっと楽しんでもらいたいもんだ。とりあえず手当たり次第しゃべってっけど。

「恵都は親衛隊にいないわね。どうしてかしら」

「どうしてって……俺に『都様をお守りするのだー! キェー!』とかやってほしいのか?」

 お、都はちょっと笑った。

「恵都がそうしたいならそうなさい」

「謹んで遠慮させていただきます」

 都はオニオンコンソメを飲みきったようだ。

「そういや都が友達と遊んでる系の情報を聞いたことないんだが、実際のところは?」

 ここで紅茶を挟む都。

「お父さんの知り合いの家に行って、お泊まりするときに子供がいれば遊ぶこともあるわ」

「へぇー。遊ぶって? おにごっこ? かんけり?」

「外で遊ぶなら、お相手がどこかでスポーツしたいとおっしゃったらそれについていくけど、特にそういうのがないお相手だったら……バドミントンかなわとびくらいかしら」

「なわとび!?」

「ええ。特に大なわとびは大人も子供もみんな混ざれるから盛り上がるのよ。恵都は友達としないのかしら」

「しねぇ」

「そう。お部屋でもお相手の持ち物の中から遊ぶことが多いわ。ルールを知ってるくらいだけど、いろんなテーブルゲームをできるわ」

「さっすが都」

「お父さんの趣味よ。お父さんは特にバックギャモンが好きだと言っているわ」

「ばっ……な、なに?」

 都はごはんもごもご。

「こ、今度ー。俺ともなんかー……しようぜ」

 都のもごもごが終わって、

「ええ」

「お、おう」

 ごはんはおかゆとかじゃなくてよかったのかな? もりもり食べてるけど。

「やっぱ都って忙しそうだなー」

「でも今、とても楽しいわ」

「病気ってんのに!?」

「ええ、そうね」

 都がにこっとしてくれた。この笑顔は俺の心にズキュゥーン。

「かぜ治ったら、また習い事まみれ?」

「そうね。でも三ヶ日の間はいつも休んでいるわ」

「それつまり毎年四日から習い事開始ってか……」

「ええ」

 かぜったのは、習い事のしすぎとか?

「み、都、人生楽しいか?」

 ちょっとスケールが大きくなってしまった。

「楽しいわ」

「うぉ言い切った」

「恵都とこうして一緒にごはんを食べられるなら、わたくしの人生は楽しいと言い切っていいわ」

(じーん)

「都、ど、どうした? 熱で変になってるとか……?」

「そうかもしれないわね。素直な気持ちを躊躇ちゅうちょすることなく伝えることができているもの」

(なんかわからないけどじーん)

「た、食べ終わったらすぐに寝るんだぞ!」

「嫌よ。太りたくないわ」

 あーやっぱ都強すぎるわ。口げんかとか無謀すぎるんだろうな……。

「なぁ都」

「なにかしら」

「お、俺になんかできそうなことがあったら、言えよ」

「すでに命令しているわ」

 笑うなおいっ。

「それ正解。じゃなくてよ、なんてゆーかなー。こう。俺、都の役に立ちたいんだよ」

「すでに役立ってるわ」

 にょわぁ~そうなんだけどそうじゃねぇんだよぉぉぉ。

「恵都こそ、わたくしにしてほしいことがあるなら言いなさい」

「おお俺から?」

「そうよ。何かあるかしら」

「ぅえっ。きゅ、急に言われてもなぁ……」

 都にしてもらいたいこと、かー。考えながら、改めてもぐもぐってる都を眺めている。

(これはなかなかの大チャンスってやつなんだろうか。都としゃべる機会もそうそうないし、二人っきりでなんて、たぶんもう今年これ最後なんじゃねって感じだし……一月一日なのに)

 うーんうーん。俺めちゃ考えてる。

「随分考えてくれているのね」

「こんなにしゃべれる機会、今年最後かと思ったらさ、そりゃ考えるさ」

「さっきの遊ぶ約束はもう破棄されたのかしら」

 うんうんいい感じに笑わせられている。

「だってー都忙しそうだしー」

「恵都がその気になってくれれば、こんな機会もっと作ることができるはずよ」

「いやいやいや! 警備会社と親衛隊と近衛隊とお手伝いさんっていう超物量作戦にこのたった一人で毎度毎度完璧にくぐり抜けと!?」

 笑ってやがるしっ。

「随分と敵が多いのね」

「都までが遠すぎ」

 気づいたらシチューも終わってる。ごはんも少なめでって言ってたからあとちょっとだ。

「でも恵都は今とても幸運ね。そのだれもいないわ」

 まぁ、うん、はい。た、食べよっと。

「……て考えると。俺ん家で遊ぶのは敵の数が少なくてやりやすいのか……?」

「前向きに検討してくれていてうれしいわ」

「親衛隊とかは休みの日は?」

「わたくしが家にいることがほとんどだから、おやすみの日はいないわ」

「ふーん」

 ん? まてよ?

「てかそうか、俺ん家に都が来るパターンだと、親衛隊に見つかったときがややこしくなるのかぐぬぬ」

「そんなに気になることかしら」

「年賀状と暑中見舞いだってもしばれてみろよ! そらーもう毎日警戒網張られるに決まってるぜ!」

「あれは他の人には話さないし見せないわ。恵都はだれかに言ったことがあるかしら」

「いやない。届いた年賀状見せ合うときも、都のだけは隠してる」

 どこで情報がもれるかわかったもんじゃねぇからな……こちらも警戒しておくことに越したこたぁねぇぜ……。

「……二人だけの秘密よ」

「う、ぉぅ」

 そういう言われ方すると……うん……。


 都が病人だというのに、都の方が先に食べ終わってしまった。美しいおててで食後のティータイムってる。俺ちょいスピード上げてもぐもぐ。

 都はただただ紅茶を飲んでいた。


「手を合わせましょう!」

 ぺったん。

「ごちそうさまでした!」

「ごちそうさまでした」

 俺たちはごちそうさまでしたをした。とりあえず食器を重ねておぼんゲホゴホ豪華なキラキラトレーに乗せた。

「ってもち食べるんだったな! 食べるか?」

「ええ、いただくわ」

「んじゃーえーっとー……網はあるか。アルミホイルと砂糖としょうゆがいるな」

「取りにいきましょう」

「おう」

 俺は食器を重ねたトレーを持った。都はティーポットを持っている。補充するつもりだな!?


「恵都といると楽しいわね」

「どもー」

 薪ストーブの近くにイスを持ってきた。薪ストーブでもち焼くとか初めてだが、とりあえず問題なさげっぽい。

「今年で三年生になるわね」

「ああ。もう三年生かー。早ぇなー」

 俺はもち係なので菜箸でちらっちらっしている」

「三年生になっても、今までと変わらない毎日でしょうね」

「親衛隊がもっと増えたりして」

「それは別にどうでもいいわ」

 容赦ないばっさり加減。おーふくらんできた。

「俺も都と一緒にいて楽しいぞー」

「よかったわ」

 都は砂糖じょうゆ入れた器を大事そうに持っている。こぼしたらえらいことになるぞっ。

「恵都」

「んー? もーちょっともーちょっとーっと」

「またかぜをひいたら、こうしてわたくしの部屋に来てくれるかしら」

 凪村都からの貴重すぎるお誘い!!

「お、俺はその、いくらでも都に会いたいけどさ。多くの敵をくぐり抜けられるかどうかっ」

「ふふ、大変ね」

「他人事みたいによぉ! ほれ、都皿」

 受け取ってもち投入。

「いただくわ」

「どぞー」

 都はもちを……うん、まだ熱いよな。俺のも焼けたので自分の器に投入。あちち。ちょっと置いとこ。菜箸は~……まぁいいや俺が持っとくか。

「都もちとか食べんの?」

「食べる機会はあまりないけど、嫌いではないわ」

 そろそろ触れるようになったのか、都はもちをほおばった。もっきゅもっきゅしてる。

「じーちゃんのとこのもちだ。どうだ?」

 俺ももっきゅもっきゅしよ。もっきゅもっきゅ。

「とてもおいしいわ」

「えがったえがったーむにょむにょ」

 都のもきゅ顔もレアなんじゃないか?


 おもちタイムも終わってしまったので、キッチンへお片づけついでにおててを洗った。


 楽しいお食事タイムが終わった。引き続き薪ストーブ前に置いたイスのまま座ることになった。

 いつの間にか薪ストーブ管理係兼薪補充係を任ぜられていたので、廊下から薪の束も運んできた。廊下に薪の棚がある家ってなんだよ。廊下の薪はまだたくさんあるが、なくなってきたら外から廊下のとこに補充するらしい。


 都は手をそろえて座っている。うーん美しい。背筋ピンしてない時間は存在するのか?

 俺は放置されていたストールを持ってきてー……

「ありがとう」

 都のひざのとこに落としといた。

「今日はいつまでいてくれるのかしら」

「あーそうだなー。いつまでいてほしい?」

「ずっといていいわ」

「住み込みのバイトっスか!?」

「それもいいわね。お父さんに取り次いであげてもいいわ」

「うそです冗談です」

「わたくしは歓迎するわよ」

「い、いや、いいっス」

「そう」

 都は穏やかな顔モードになっている。時々軽いせきをするが、しゃべってるときにつまるようなことはない。そういう技術すらも鍛えてんだろうか?

「都ぉー」

「なにかしら」

 ……なんか。なんかさ。なんか突然にさー……

「手……握ってもいいか?」

「いいわよ」

 そして都のこのさっと返事するこれ。ま、まぁ男子と手をつなぐくらいパーティとやらとかで慣れまくってんのかな? おぉっとそんなこと考えてる場合じゃない。俺はイスを寄せて、ひじ置きをぴったり合わせて、差し出してくれている都の左手を右手で握り、ひじ置きの上でリラックス。俺の心臓はリラックスからは程遠いが。

「都の手ちっちぇーな」

「そうかしら」

「とか言いながら俺女子と手つないだことなかった」

「そうなの? どうして今つないできたのかしら」

「……なんとなく、としか……」

 都の性格なら、嫌だったら『嫌よ』と言いそうなので、少なくても嫌ってわけじゃなさそうだけど……。

 すべすべである。このおててでいくつも習い事こなしてるのか。

 都は薪ストーブを眺めている。ぱちぱち効果音とこの都の穏やかな表情がめちゃ画になる。自分の顔に置き換えたら超ウケた。

「どうしたの?」

「いや、なんでも」

 顔に出てしまったので都にツッコまれてもうた。コホン。

「恵都は友達と会うときは、いつもこういうことをしているの?」

「薪ストーブのある家なんて都んとこだけじゃいっ」

「そうなの?」

「そうじゃいっ」

「じゃあ灯油のストーブの前で手をつないでいるのかしら」

「ねぇよ」

 即答。


 しばらく薪ストーブの前で手つなぎっぱのままだんまーりな時間が続いた。でもつないでる手が少しずつ動かされる度に俺はどきどきしてしまっていた。都は相変わらずさすがの貫禄。


「恵都」

「んー?」

「わたくしたち、気が合うわね」

「そ、そかな?」

「あら、わたくしがそう思うだけかしら」

「あいやいやいや、都がそう言うんならそうなんだろう。都情報があまりに少なすぎてさ~」

「手を握っていて嫌な気分じゃないもの」

(うおぉ……たまらん……)

「み、都さぁ。男子だったら俺以外にもいっぱいいっから、俺より気の合うやつが他にもいっぱい……さ?」

「幼稚園から年賀状と暑中見舞いを欠かさず毎年続けてくれる男の子を、わたくしは恵都しか知らないわ」

「そこでそれ持ち出しますかっ」

「だから恵都と気が合うわねと言ったのだけれど」

 き、気が合う、の、か?

「俺はその、都から来るはがきが楽しみなだけで」

「わたくしも同じよ」

「お、おぅ」

 おぅ。

「今年ははがきだけじゃなくて、こうして来てくれて、とてもうれしいわ」

「み、都ぉっ」

 めちゃくちゃ笑顔の都……もう天に召されてよろしいですかね?

 し、しかもここで手の握り方変えて指と指の間入れるやつになったしっ。

「恵都。本当に彼女いないの?」

「い・ね・ぇ」

 ふんだっ。

「それだけ優しいのに、なぜかしら」

「知・る・かっ」

 ふんだふんだっ。

「不思議ね」

「うっせぇうっせぇウッウッ」

 いじめかっ! 都はいい表情で薪ストーブ眺めやがってこんちくしょっ。


 だいぶとゆったりした時間を都と過ごしたなー。手握ったまま。爪まですべすべ。

「……そうだわ」

「お?」

 ここで都が動いたっ。

「今日の記念に写真を撮りましょう」

「しゃ、写真?」

「ええ。イスをストーブに背を向ける形にしてちょうだい」

「え、あ、はい」

 都様の命令は絶対なのです。はっ。俺も親衛隊の気質があるのかっ?!

 久々に都と手が離れた。


 俺がセッティングを都はカメラを……い、一眼レフのカメラを持ち出してきた。

「それ、都の?」

「ええ。昔お父さんが使っていたらしいのだけれど、お父さんは新しい物を買ったから、これを頂いたの」

 同級生女子に一眼レフ所持者がいたとは……。

「三脚はどこにあるかわからないから……恵都、テーブルを寄せて」

「へい」


 テーブル使って、薪ストーブちら見えで、えーとタイマーこれとか言ってたな。ジーってこれぜんまいだったのか。おっと早く行かねば。

 イスに座ると、ちょっとだけ都ちら見。凛々しい。俺はすぐ前に向き直り、俺もビシっとしなきゃ。思ったよりタイマー長いな。あくる? カシャって聞こえた。

「もう一枚お願い」

「あいあいさ」


 じー開始。イスに座る。

「みみやこ!?」

 都は腕を組んできて、しかも頭を俺の肩につけてるぅ! ちょ俺どうすりゃいあぁもうタイマーがとりあえずきりカシャッ。

(ふぉ~っ)

 なんか話題なんか話題!

「み、都! 記念写真の割にパジャマやぞ!」

「……それもそうね。着替えようかしら」

「あいや都病人だったなあはは」

「写真を撮る間だけ着替えるわ。少し部屋を出ていてくれるかしら」

「あぃ」

 俺は結構な早さで都の部屋を出た。


「入っていいわよ」

「失礼します」

 再び都の部屋へ。

(う、うおぉぉ……)

 私服都とか一体いつぶりだよ……い、いやこれ私服になるのか? 超水色のドレスじゃねぇか! 肩も出ている。

「み、都、やりすぎだっ」

「だめかしら」

「都がだめなんじゃない。平凡すぎる俺がだめなだけだ」

「恵都もタキシードを着たいということかしら?」

「似合わねぇから勘弁してくれっ」

「そんなことないと思うけど、着たくないならいいわ」

「むしろあんのかよ!!」

「わたくしは着ないけど、お客様で急な替えが必要なときなどのために、一応あるわ」

 この家にない物を探すのが難しくなってきたなおい。

「で、でも俺はこのままでいいや」

「わかったわ。カメラをお願い。これも二枚撮るわよ」

「へいへーい」


 カシャ。腕組まれなかったが相変わらず緊張である。

「次で最後ね」

「急にさみしい空気になったな」

「これからも撮ればいいだけよ」

「敵くぐり抜けて?」

「期待しているわ」

 じー開始とたとた。

「だあーまたかー!」

 都は微笑んでいるだけだった。

「楽しいわ」

「よかったのかよくないのか」

 カシャ。だーぜーはーぜーはー。

「いい記念になったわ。出来上がったら渡すわ」

「おう。おう? どうやって?」

「取りに来てくれてもいいのよ」

 結局そういう流れになる運命か……ととぼとぼしながら俺は役目を終えたカメラを取りにいってー……

(カメラ、か……)

 カメラを手に取ってあちこちちら見。うちの父さんも持ってっけど、俺はもっとちっせーのしか握ったことないからなぁ。

「わたくしを写すの?」

 構えてみたらそう言われたのでカシャ。

「ちょっと、撮るなら先にそう言いなさい」

「撮るぞー」

「早いわよ」

 あカシャっちゃった。

「わたくしの声が聞こえなかったのかしら」

「撮るぞー」

「ちょっと、恵都っ」

「はいにこやかすまいるー」

 俺は調子に乗って近づきながら都のほっぺたを左手でつんした。

「恵都、こらっ、もう……」

 カシャ。カシャ。カシャ。

(……今の最高だったんじゃね?)

「今写した写真もくれ」

「わたくししか写ってないわ」

「めちゃくちゃ……その、かわいかったから」

 追加つんつん。

「……考えておくわ」

 ずっとつんつんしてたい。が、

「じゃ最後に。重てぇな、都そっちカシャらないように左手で持ってくれ」

「こうかしら」

 位置は~……よし。いわゆる自撮りスタイルである。俺も右手でアシスト。

「てまたそうやって俺の肩に手乗せてくるーてうあっ」

 今度は顔を俺の顔の横に寄せてきた。頭ちょこっとごっちんこ。

「いくわよ」

「いちたすいちたすいちひくいちかけるいちはー?」

「2かしら」

「にぃーっ」

 カシャ。

「重たいわ。持って」

「ああほいほい」

 弱ってる都には重かったか。俺は両手でカメラを持った。

「え、ちょ、都おぉ!?」

 写真撮影もう終わってんのに今度は俺の首に腕回してきたぞ!!

「み、都、みやこお」

 そして都の顔が近づいてきたと思ったら

「みゃ……こっ」

 またあのしっとり系温もりが……

(……体が動かない)

 どきどきがすごすぎて、もう、うん。もうだめだ。

 都が俺のほっぺたから離れた。でも俺はだめだった。てかまだ顔近いぞ凪村さん。

(あぶねカメラ落としかけたっ)

 そこでようやくはっとなった俺。

「……凪村さん」

「なにかしら」

 いつものセリフだが……ちょっとやわらかい。

「そ、そーゆーことってー、す、好きな人にするものでは~……」

「外国ではあいさつで行われることもあるらしいわ」

「ここ外国じゃないです……」

「じゃあ……どういう意味かしらね」

「やってきたの凪村さんですよ……」

「嫌なら断ってもいいのよ」

「かといってもっとやってって言ったら……? だーあーあー!!」

 都は何も言わず、また俺の左ほっぺたに唇をくっつけてくれた。

 とりあえず俺は手の甲を目の辺りに持ってきて天を仰いだ。都が顔を離した。

 俺のポーズに対してツッコミがなかったのでたっぷり天を仰いだ。

「み、都とりあえずパジャマに戻ろっか! うんうん寝よう寝よう!」

「終わったら呼ぶわ。でもまだ寝たくないわ」

「うんうんいつ寝てもいいんだよ!」

 俺は都の腕を解かれながらカメラを急いでテーブルに置いて、部屋を出た。


 待ってる間ほっぺた意識しまくり。

「いいわよ」

「失礼します」

 パジャマ都おかえりなさい。隣同士くっつけあってるイスに座っていた。

(……あのイスに座ったら、またされるのだろうか……)

 ここで俺を見ることなくただ座ってるだけの都がまたこれっ。あ、こっち向いた。

「座らないの?」

「はい座ります」

 やはり座ることになりました。すちゃっ。意識しないわけがない。


 そして時間が経つ。

「み、都~?」

「なにかしら」

 これはいつものやつだ。

「寝よう!」

「添い寝をするという意味?」

「いいから寝ろお!!」

 都はちょっと笑いながらも立ち上がって、ベッドに向かった。布団都が現れた。

 俺もベッド横のイスに移動した。この部屋一体いくつイスあんだよ。

「食べて時間が経ってないからまだ寝たくはないはずだけど、さすがに疲れたわ」

 布団から出たくない気持ちはわかる。

「こっちも疲れた」

「よく働いてくれたわ」

「いやそういう意味じゃなくてだなはは」

 都はこっちを見ている。もう一体今日だけで何年分都と見合ったんだろうか。

「でも心地いい疲れね」

「スポーツしてません」

「わたくしにとってはスポーツみたいな時間だったわ」

「食事と記念撮影はスポーツだったのか」

「ふふっ。ええ、そうね」

 笑顔都とかもはや何十年分なんだよ。

「たまにはわたくしから要望を出してもいいかしら」

「あんだけ命令しといて!?」

 また都は笑ってくれた。

「わたくしの頭を、なでて」

「なでっ?!」

 ま、まぁ、要望という名の命令を受けたので、

「失礼しままます」

 都は目をつぶった。返事はない。

 俺は、とりあえずイス近づけてー……右手はベッドについて、左手でー……さわっ。

(見た目だけでなく触ってもさらっさらだった)

 親衛隊に見つかったら間違いなくぶっ飛ばされるだろうが、お、俺は命令に従ってるだけだからな!!

 都の頭を、可能な限り優しくなでた。都は目つぶったまま。まさかもうすでに寝てるとか?


 ……何も言ってくれないし。時間指定ないし。結構なでなでしたけど……

「都さーん。いつまでなでてたらよろしいんでしょか」

 ……しーん。

「都さーん」

 しーん。

 実はちょっと腕疲れてきてたので、俺はなでなでを勝手に終了した。

「……都さーん」

 ……ほんとにしーん。

(しーん、か……)

 俺は意味もなく部屋の中を素早く見回した。特に変わったところはなかった。もう一度都を見る。

(しーん……かぁ……)

 ……た、たまには反撃しないとな! フェアじゃないよな! さ、先にやってきたのは都だもんな! 俺は後攻だよな! 専守防衛だよな!!

 俺は強く自分に言い聞かせて。右ひじちょっと都の顔の横に置かしてもらいましてっと……

(右よし! 左よし! 音なし!)

 都の唇目がけて一直線。


(……ものすごく。何かに負けた気がする)

 でもしょうがないじゃないかどんだけどきどきしてたことかっ!!

(おっしゃ都も寝たまんまだ! 思い出に封印しとこ……)

 なでなでしてたときと同じ寝顔の都がそこにいた。

(俺って、やっぱ幼稚園のときから都のこと好きだったんだろうか……)

 都の唇の感触がまだ残る俺の唇に意識を向けながら、昔の思い出がちょっとよみがえった。


(にしてもええ話やな……)

 借りた……くれた? 本の続きを読むことにした。仲間にもそれぞれ想いがあってええやないか……。返信用封筒をしおり代わりにしてる。

 読み始めたときはちらちら都を見てたが、読み進めていくうちに本の方に集中していっていた。

 都ってこんなのも読むんだなー。本の話なんてしたことないもんな。

「お、都起きたか?」

 ちょうど都をちら見したときとタイミングが合った。

「少し暗くなってきたわね」

 本を読むにはまだ大丈夫。

「いつまでいてくれるのかしら」

「まだ四時過ぎだろ? もう少しいるよ」

「ありがとう」

「い、いえいえ」

 ああ、平和な時間だなぁ。

「都さっきから起きて寝て繰り返してっけど、眠れないか?」

「いいえ、わたくしは眠れているつもりだわ」

「ならいいけどさ」

「恵都こそ起きてて退屈かしら」

「都の寝顔眺めるチャンスなんてそうそうないから退屈しないぜー!」

「それはよかったわ」

 くっ。たまにこういう路線を引き出してきても相変わらず都は強敵であった……。

(ばれてないな!? ばれてないよな!?)

 都をいくら見てみても都から怪しい視線は飛んでこない。

「そんなにわたくしの顔を見るのが好きなのかしら」

「べっ、す、好きってほどじゃ。ここに都しかいねーじゃん」

「それもそうね」

 うんうん好きってほどじゃー……


 またしばらく都としゃべっていた。学校での出来事が中心。

 都は海で泳ぐのが好きらしく、夏休みに海へ行こうと誘われた。俺はもちろんいいよ! と返事をしたが、親衛隊に見つかったら永遠に夏休みをさまよいそうなんだが……?

(う、海、かぁ……)

 その話のことから、いろんなところへ一緒に行こうという話になってきたが、これまでの話から都は都で結構俺を誘いたかったのだろう……か? いやすいません調子乗りましたはい。

 俺からあそこどうここ一緒に行こうとか提案してみても、ええっ。とかストレートに提案受け入れてくれてばっかで。こんなに提案聞いてくれるんならもっと早くからいろいろ誘っとけばよかったなー。


 すっかり暗くなったので、電気を~……かと思いきやランタンに火をつけられた。なんでそんなもんまでさっと出てくんだよ。

 ランタンの淡い光が都に顔を照らしていてほんとなんでもかんでも画になってんな都ってよぉ。

 ランタンついでに薪ストーブ前イスに移動していた。


「恵都はどうして元気なときに誘ってくれないのかしら」

「んなこと言われましても。はがきのやり取りだけでうれしすぎたというかなんというか」

「今日みたいな楽しい日を経験してしまったら、もっと直に会いたくなってしまうわ」

(じーん)

「み! 都だって俺もっと誘っていいんだぞっ」

「では、今後はそうさせてもらうわ」

「おぅおぅ、都の方が忙しいからな、うんうん、都がひまなときはうんうん」

 ランタンの明かりだから顔色がいいのかどうかよくわかんないや。とはいえ笑ってるみたいだからいいよな。

「どうだ、ちょっとは楽になったか?」

「恵都としゃべって疲れたわ」

「逆効果じゃねえかっ」

「恵都がわたくしを気遣ってくれるのなら、かぜをこじらすのも悪くないものよ」

「いやいや頼むから元気になってください凪村さん」

「そうね。これからはわたくしからもっと誘うという約束をしたものね」

「そ、そだそだうんうん」

 地味に薪ストーブスキルが上昇していく俺。

「俺からももっと誘っときゃよかっ……た?」

「別にいいわ。これからたくさん遊んでくれるのでしょう?」

「はい」

 ほんとにこいつ同級生なのか!? しっかりしすぎじゃね!?

「服を着替えてこようかしら」

「またドレス?」

「恵都が見たいなら見せてあげてもいいわ」

「ぁいやそれはまた元気なときにでも」

「お風呂に入って新しい寝巻きに着替えるわ」

「おぅ」

 さすがにこれは手伝ってやれる要素がない。

「少し時間がかかるけど、待っててもらえるかしら」

「へぃ」

「恵都がいてくれたら、安心して入ることができるわ。それじゃあまた後で」

「いってらっしゃいませ都お嬢様」

 俺はまた薪ストーブ前で小説モードに入った。都はいろいろ準備後部屋を出ていった。ツッコミ0でした。


(……ここでそんなドラマチックな展開来ちゃいますぅ?)

 さすがに一日中座りまくってたせいかちょっと座り疲れたので、ベッド付近のカーペットにごろんしながら読んでいた。

 伝説の剣を作るのには伝説の粉がいるんだけどしかしその伝説の粉は男の子の病気を治す薬らしくて。おまけにその病気は伝説の剣を作れる血筋のみがなる病気だとわかって……

(あぁー疲れた休憩っ)

 いったん本閉じて休憩っ。

(都かぁー。都かぁー)

 ふと間があるとつい都のことを考えてしまう。そりゃ考えてしまうっしょあんなことが度々あったらよぉっ!

(ったく都めぇ。一体どんな思惑があってあんなことをっ)

 うぉ都戻ってきた。こういうときのドアの音はこえぇーもんだ。

「なにしてるの?」

「ぁいや、座り疲れたから寝そべって読んでいた」

 俺はテーブルに置いていた感想用封筒をまたしおり代わりに本に挟んだ。

「ベッド使ってもいいわよ」

「病人押しのけて使えるかいな」

「恵都は今日一日よく頑張ってくれたわ。ごほうびとしてベッドを使わせる権利をあげるから、少し休みなさい」

 ぐっ。都からそう言われるとぉ……

「……お、怒んなよ?」

「なにに?」

「い、いや」

「わたくしが使っているのが気に入らないなら、他の部屋のを使ってもらってもいいわよ」

「そこまでしてもらうのもそれはそれでっ」

「もちろん必要ないなら、ベッドを使わなくてもいいわ」

「ひつよーひつよーじゃないとかそーゆー問題でもぉー」

 都はベッド横のイスに腰掛けて俺を見下ろしてきている。パジャマチェンジ都だ。白っぽいやつになってる。

(ぬあーーー!!)

「さ、さすがにその権利はあれだから、か、代わりにですね! 後ろから抱きつく権利ください!」

 ……ふっ。ふははっ。俺は。俺は。あはは。

「いいわよ」

「いいんかい!」

「二度言わせる気なのかしら」

「すんまへん」

 このベッド横イスも背もたれがあっから、別にその、がっつりってわけじゃないし。うん。ただ薪ストーブ前イスよりかは背もたれが薄く低いから肩とかは出てるけど。小説とりあえずベッドに置いとこ。

「気が変わったのかしら」

「い、あ、じゃあ、はい」

 都はスッと姿勢よく座ってる。猫背っていう体勢を知っているのだろうか。

 俺はゆっくーり都の背中にポジショニング。都のお風呂上がりつやつや髪があります。ちょっとぽんぽんしとこ。

「そこは背中ではないわ」

「わあってらい!」

 表情は見えないが都はちょっと笑っているようだった。俺の話術くらいでも笑ってくれるほどハードル低くて助かった。

 早くしないと次のツッコミが来そうなので、俺は失礼して……。

 都のしっとり感が伝わってきます。自然と顔は都の左に。

 都はまったく動じることなく背筋ピシのまま。両腕を回して肩に手を置いた。


 都も俺もだまーったまま。でもこうして都を抱きしめていると、なんかこう、都を大切にしたいとか、都を楽しませたいとか、やる気っぽいなんかがわき上がってくる感じだ。

(いやーでも俺だぜぇー? 平々凡々すぎる俺様だぜー?)

 この立ち替わり入れ替わりが何度俺の頭の中で紛争を繰り広げていることかっ。

「恵都。ひとつ、言っていいかしら」

「おわっ、なんだ?」

 急に都が声をっ。と思ったら俺の腕に右手を添えてきた。

「……今。とても幸せよ」

 ドシュゥーンッ! 俺のハートが貫かれとるぅ……!

(消火活動急げー! 異常温度から回避せよー!)

「へ、変なやつだな。俺今めっちゃ変態だぞっ」

(平静を保てー! よーしいいぞその調子だー!)

「許可を与えたわたくしも同類だと言いたいのかしら」

「まったくそんなことありません許してください」

 どこに余計なセリフが転がってんのかわかりゃしねぇ!

「ねぇ恵都」

「お、おう?」

(オアシス発見!)

「進路は決まっているのかしら」

「すっげー急転直下だなおい」

 あまりの落差に俺がちょっと笑った。

「全然。だって高二だしさー」

 っていうことを言いつつも、黙って読んじゃった日記のことが頭をちらつく。

「都は?」

「進学したいと思っているわ」

「さすが都。すきがなさすぎ」

 口調はいつも通りなのに、体勢がずっと都エネルギー伝わりまくりで。

「どんなとこに進学するつもりなんだ?」

「そこまではまだ決めていないわ」

「ふーん」

 まぁまだ二年だしな俺ら!

「恵都。お願いがあるわ。強制はできないから引き下がりたいなら断ってもらってもいいわ」

「な、なんだ?」

 命令とか要望とかお願いとかいろいろだっ。

「……大学も恵都と同じがいいわ。わたくしの学校生活には恵都が必要だと、今強く想っているわ」

(消化班急げー! だめです異常温度が続いておりますー!)

「い、急いで決めなくてもいいんじゃないかな! 都の学力に俺追いつけるわけもないし!」

「わたくしはお願いを伝えたわ。恵都は好きなように決めなさい」

 だー、そうだった。都はこういうやつだった。

「お、俺は~、はは、俺も都と一緒に学校行きたい、さ?」

「一致しているのなら問題はないと思うけれど」

「いやでもでも都とは住む世界が違うというかなんというか」

「違う世界の人に触れることができているなんて、学会に発表したら注目を集めそうね」

「そういう意味じゃねぇよぉ……」

 都がため息~とはちょっと違うけど、ふぅっと一息吐いた。

「わたくしが習い事をしていなくて、薪ストーブのない家で。取り巻きがいないような女の子だったら、一緒の大学に進んでくれるのかしら?」

「そ、それはそれでまた別でっ」

「ややこしいわね」

 ごめ、ここ笑っていいかわかんないけど、その一言笑っちった。都みたいにおしゃれな微笑みできなくてすんまへん。

「でも都が都だったら、どんな都でも好っ」

(どぅわばっ)

 つ、つい口が滑りそうになったぜ……

「い! 一緒に遊びたいって思うし、都は都らしくしててくれるのがいちばんかな。きゃぴきゃぴでも背中ばしばし叩いてがっはっは笑ってても、年賀状や暑中見舞いを送り合えたり、ゆったりした時間を一緒に過ごすだけでも楽しかったりする都だろうからさ。何言ってんだ俺」

 恥ずかしくなったので抱きしめる力アップ。

 のわ、回していた俺の腕に頭を寄せてきたっ。

「……恵都に出会えて、恵都がわたくしに心から素直に接してくれて、とてもうれしいわ」

(メインエンジンが火を噴きました! だめです! もうこの艦はもちませーん!!)

「だ、だいぶ長居してしまったなあ! 都そろそろ寝るか?」

 俺は思わず都から腕をぱっと離した。

「わたくしは充分寝たわ。でも恵都もそろそろ帰らないといけないのかしら」

「ん、んー……まぁ、ある意味な」

 ほんとに病人なんかいっ。

「それじゃあ玄関まで送るわ」

「やっぱもうちょっと」

 立ち上がろうとした都をまた背中から抱きしめて座らせてしまった。

「もう……いいわよ」

 まーた都はピシっと座っている。

「なぁ都。姿勢、ピシっとしてて疲れないか?」

「疲れないわ」

「さすがだな都」

 また頭寄せてくるぅー。とここで都が手で俺の腕をとんとん。

「ここに恵都がいてくれているから、楽よ」

(艦長ー! もうだめです! 艦を放棄しましょうー! まだだ! この艦はまだ沈まぬー!)

 俺はちょっと都の頭に顔を寄せた。


 ……ああ。またこのまま時間が過ぎていってしまった。

 この時間自体はいいものなんだが、しゃべってないとそれはそれで貴重な時間を流してしまったかのような感覚に。

(で、でも都今後は誘ってくれるって言ってるしなぁ……)

「き、きりないから。そろそろ~……」

 とか言いながらついつい腕の力をもうちょっと強めてしまう俺。都は手で俺の手をすべすべしている。

「そ、そろそろぉ~っ」

 今度こそ俺が腕を離すと、都も頭と手をゆっくり離した。

「それじゃあ、玄関まで送るわ」

「いやいや都疲れてるだろ? 寝てていいぞ」

「どうやって警備会社に警報が伝わることなく外から鍵を閉めてくれるのか教えてくれるかしら」

「ついてきてください凪村さん」

 都はイスから立った。けど、ドアに向かうのではなく、ランタンを移動させて……引き出し? をがさごそしている。

 このすんなり見つかる具合からして、ほんとーに整理の行き届いたお部屋なんだろうなと思う。

「本を入れるのに使って」

「さんくす」

 都は封筒を挟んだ本を紙袋に入れた。俺はジャンバー装備。都が上を少し折った紙袋を渡してくれると、一緒に部屋を出た。


 廊下の電気をつけるとまぶしいなおい。

「一分間だけ警備会社への通報を止めるわ。その間にこの敷地から出るのよ」

「スリル満点だな」

「面倒なだけよ」

 パジャマカーディガンストール都。寒そうだ。

「何かあるなら今の間に」

「え? あーそーだなーうーん……」

 明るい状態で都の顔久々に見た。顔色はそこまで悪くないようだ。

「都こそなんかないのか?」

「今は恵都に聞いているのよ」

「さーせん。んーうー」

 ん~………………

「……はは。俺だめだなー。さっきみたいな変態なことしか浮かばないぞ」

「それは変態ね」

 ズクシュゥッ。

「帰るよ……ぅん……とぼとぼ」

「しないでほしいとは言ってないわ」

「へ、変態って思われてまでしたいとはさすがにっ。帰る帰る」

「そう」

 都は……なんだか見慣れない鍵? を持っている。銀色じゃなく赤色なのがちょっと怖い。

「これを挿して解除するわ。少し待ってて」

「うぃ」

 都は少し離れて……廊下の壁に備えられてあるなんかの装置にさっきの鍵っぽいやつを挿すとピピーッと鳴った。都戻ってきた。

「その後また作動させるけど、音が鳴っている一分間の間に出てちょうだい」

「うい」

 玄関のドアから門まで遠かったらやばかった。いやまぁ凪村家は普通の家より門まで遠いけど。

「帰るのなら、もう靴を履きなさい。ドアの鍵を開けるわ」

「うぇぃ」

 俺は慣れた手つきで靴を履き始めた。その間に都がサンダ……ル? を履いてドアの鍵を開けてくれている。あっちゅーまに靴を履いた俺は立ち上がった。都がそこにいる。

「今日は本当に楽しかったわ」

(艦長ーー! 艦長ーーー!!)

「俺も」

 なんか都の頭ぽんぽんしたい気分だったからぽんぽんした。特に反応はなかった。

「まだ用事があるの?」

「ありません」

 ぽんぽんしてた腕を下ろそうとしたが、その前に都に両手でつかまれて、

「み、都ぉ?」

 俺の手のひらが強制的に都の左ほっぺにあてがわれてしまった。

 そしてこの都のきらっきらした目。

「ありがとう」

(艦長ぉーーー!! んむむむ……もはやこれまでか……! これがこの艦の最後だというのか……!)

 ついでに都のほっぺたをむにむにしてみた。反応はないがおめめきらっきら。

 都が腕を下ろしたのでむにむに終了。

「それじゃあ作動させるわ」

「よろ」

 都がまた少し離れると今度はリビングに入っていった。直後にピーピー鳴り出した。そしてたぶんこれが今日最後都。いい表情をしておる。このやんわり微笑んでいる都が……

(ちゅどーん! 総員、退避せよぉーーー!! ドコォーン)

「都、んっ」

 都はなんのこっちゃという顔をしていたが、俺が両手を斜め下に広げるポーズをすると、同じようなポーズを取ってくれた。さすがに左手の紙袋まではまねしてくれない。

 都は廊下に立っていたので、手招きして玄関のとこに下りるように誘導した。手を広げてくれてるままにサンダル履いた。ピーピー鳴ってる。

「あっ」

 都を思いっきり正面から抱きしめて、リハーサル通りの唇直行。リハ大事。

 都も優しく背中に腕を回してきて、少し寄せてきている。

 こ、このくらいのタイミングかな。割と早く離したと……思うけど、目を開けたら都の顔あっかいなおい!

 そんなまっかっか都は、ちょっと目が泳いでいたが、また目を閉じた。ので、つい俺ももう一度。

 ……このどきどき具合。やっぱり都のこと、好きっていうことなんだよな……。

 今度は都が先に顔を離していった。でも腕はまだ俺の背中に回されたまま。

「……明日も来るのよ」

「へ?」

 都が改めてくっついてきた。

「三ヶ日はお手伝いさんがいないわ。お父さんもお母さんも海外。なのに今とても熱いわ。悪化したみたいだから、明日も来なさい。起きたら電話するわ」

 俺を抱きしめながら都はそう言った。

「返事は?」

「はい」

 都は俺に頭をくっつけながら小さくうなずいた。

「……もう一度解除してほしいのかしら」

(んなこと言いながらくっついてんの都じゃねえかこんにゃろっ)

「じゃ、じゃな都! おやすみなー!」

「おやすみなさい、恵都」

 ちょっと名残惜しいけど、早く出ないといけないっぽいので、抱き締めていた腕を解いた。都も同じようにゆっくり腕を下ろした。

(……ほんとに都って、かわいいよなぁ……)

 俺は都を背に勢いよくドアを開けうわさっぶ!! 一回振り返ると、たぶん俺しか見たことがないと思われる穏やかで優しい笑顔の都が立っていたので、ちょっと手を上げた。都も手を小さく振ってくれた。

 俺は紙袋を握り直して、凪村家を飛び出した。門扉冷たかった。自転車冷たかった。ピーピーうっさかった。唇はあったかかったかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る