6.私は魔法少女にはなれなくもない

 魔法の存在を信じたということは、七夏が言っていた他のことも信じることと同義だ。

 魔法少女、魔導協会、ヘイトリッド。

 そういったものが確かに存在している。そして、栞里はその魔法少女にならないかと勧誘されている。それが今の状況だ。

 栞里の近くに立っていたレンダは、上座の方に移動し、彼女の身長と比べると少し大きめなイスによじ登る。

 そうして腰を落ちつけると、レンダは七夏の方を見た。


「七夏、栞里にはどこまで話してくれた? 変身を見せようとしてたってことは、それなりに話してくれてたとは思うけど……」

「えーっと、資格を持ってる子が精霊と契約することで魔法少女になれるってことと、魔法少女がヘイトリッドを退治する存在だってこと。あと、魔導協会の活動方針とかかな」

「ありゃ、もうだいぶ話してくれてたんだね。なら、続きの話は僕の方からさせてもらおうかな。七夏は元々、僕の代理で話してくれてたわけだしね」


 レンダはそう言うと、栞里の方に向き直る。


「まず――」

「待って。次の話に移る前に、まだ一つ聞いておかなきゃいけないことがある」

「お? なにかな」


 栞里が引き止めると、レンダは素直に耳を傾けてくれる。

 栞里は七夏から、確かにおおよその経緯と事情は聞いた。

 それどころか、魔法を行使するところまで実際に見せてもらって、魔法の実在を信じるまでに至った。

 そこまではいい。理解できる。

 栞里に魔法少女になれる資格とやらがあって、彼女たちは勧誘しにきた。自分たちの話を信じてもらうために、魔法の実在を確信してもらう必要があった。

 だけどそうなってくると、どうしても一つだけ不可解なことがある。


「話を聞く限りだと、あなたたちにとって魔法は隠すべきもののはず。でも、それならどうして澪に同席を許したの? どうしてあなたたちはさっきから、私にだけ話をしているの?」


 そう。栞里が不思議に思ったのは、澪の存在だった。

 澪はここに来る前も、ここに来てからも、ほとんどずっと黙って事の成り行きを見守っている。

 そしてそれに対し、七夏も沙代もレンダも、なに一つとして口出しをしていない。

 それどころかまるで意に介さないように魔法の話をして、秘匿すべき魔法を見せることさえした。

 いったいなぜなのか。彼女たちにとって、澪はいったいどういう立ち位置なのか。

 ……いや、本当はなんとなく栞里も予想がついていた。

 だけど、きちんと確認を取っておかなければ次へは進めない。


「それは、わたしも魔法少女だからだよ」


 答えたのはレンダでも七夏でも沙代でもなく、澪自身だった。


(やっぱり、そうなんだ)


 栞里が確信めいた視線を澪へ送ると、澪は申しわけなさそうに目を伏せた。


「その、ね。わたし、七夏先輩や沙代先輩に会うのは今日が初めてだったけど、レンダちゃんとは以前にも何度か会ってるの。それで、その時に魔法少女にしてもらっててね……七夏先輩が説明してくれてたことだって、本当は全部知ってたんだ」

「……そうだったんだ」

「ごめんね、栞里ちゃん。ずっと黙ってて……栞里ちゃんはわたしを信じて、七夏先輩についていくことにも了承してくれたのに。こんな騙すみたいなことして……ごめんなさい」


 自責の念からか、澪は段々と顔を俯かせていく。

 一方で栞里は、澪の思わぬ落ち込み具合に栞里は目を瞬かせた。

 栞里としては、今の質問はただ単に確認したかった以外の意図などなにもなかった。

 騙されていただなんて、別に欠片も感じていなかったのである。

 だから栞里は、澪を安心させるためにも、初めて会った時と同じように彼女の頭に手を置いた。


「栞里、ちゃん?」

「大丈夫、澪。私はなにも気にしてないから。むしろ、黙ってくれてて助かったかも。もし最初から澪が七夏と同じこと言ってたら、たぶん私、澪のことも七夏と同じ非常識な人扱いしてた」

「そ、それは確かに嫌かも……」

「あのー、私は別に非常識じゃないんですけどー。むしろ常識を考えてこっそり話をしようとしてたんですけどー」


 七夏が不満げに茶々を入れてくるが、栞里は特に意に介さず澪の頭を撫で続ける。


「私は澪と仲良くなれてよかったと思ってる。だから大丈夫。澪と友達になれたこと、私は少しも後悔なんかしてないよ」

「……えへへ」


 頬を染め、照れくさそうに笑みをこぼす。

 いじらしい澪の様子に、栞里の胸がポカポカと温かくなった。


「……えー、こほん! ……そろそろ話を進めてもいいかな?」

「あ、うん」

「は、はい。ど……どうぞ!」


 わざとらしいレンダの咳払いを受けて、栞里と澪は慌てて姿勢を正した。

 もう特に確認したいこともない。素直にレンダの話に耳を傾ける。


「魔法少女がどういう存在か、七夏の方から大体は話してくれたよね。だからここからは、魔法少女そのもののの実態……魔法少女になることで、具体的になにが変わるかを知ってほしいと思う」

「魔法少女の実態……」

「これからの話を全部聞いて、その上で決めてほしいんだ。魔法少女になってくれるか、どうか」

「……」

「あ、もちろん断ってくれても大丈夫だからね。魔法少女の主な役割はヘイトリッドの退治……つまり、戦いだ。相手にしてもらうのはほとんどが小型のヘイトリッドだけど、それでも危険はあるから」

「……」

「……えっと、どうかしたのかい? なんかすごく意外そうな顔してるけど……」

「てっきり……」

「てっきり?」

「てっきり私は、無理矢理魔法少女になれって言ってくるかと思ってた。魔導協会って、そういう組織かと」

「……栞里……君は本当に疑り深いというか、警戒心が強いというか……」


 やれやれと首を振るレンダの感想は嫌に実感が伴っていた。

 実感もなにも、初対面で疑われまくって問答無用で鞄を叩きつけられたのだから、当然と言えば当然なのだが。


「七夏からも聞いたよね? 魔導協会の目的はあくまでも人の心の秩序を、ひいては世界の安寧を守ることだ。綺麗事だけじゃ世界は回らないし、そりゃあ魔法を秘匿するためなら悪どいこともちょっとはやったりするけどさ……少なくとも、嫌がる女の子を無理矢理戦わせるような外道じゃないよ。もしそんな組織なら、僕はとっくに離反してる」

「私もしてるねー」

「私もしてるかしら」

「わ、わたしも!」

「魔法少女がいなくなっちゃったよ……」


 七夏、沙代、澪の順番で声が上がり、最後にレンダが呆れたように嘆息した。


「まあでも……そういうこと。七夏たちは皆、自分の意思で魔法少女になってくれたんだ。そしてその逆で、資格があっても魔法少女になりたくないって言った子たちにはちゃんと普通の生活を送ってもらってる。だから無理強いなんか絶対にしないよ。約束する」

「……なるほど」


 七夏の話によれば、レンダは精霊と呼ばれる、人間とは根本的に異なるであろう人外の存在だ。

 しかしこうして面と向かって話してみた限りでは、感性も良識も、なんだか普通の人間とあまり変わらないように思えた。

 別に精霊の心のあり方を疑っていたわけではないけれど、誠実に話をしてくれる彼女をそばで見て、信用できると感じていた。


「さて、ここで一つ質問だよ。栞里。魔法少女は、どうして魔法少女なんだと思う?」

「……? 魔法を使う少女だから、魔法少女じゃないの?」

「そうだね。魔法を使う少女だから、魔法少女。その認識は間違ってない」


 なにを言いたいのかわからず、栞里は首を傾げる。


「これがどういうことかって言うとね。魔法少女っていう存在は、少女……つまり、まだ成人していない女の子しかなれないんだ」

「成人してない女の子しか? どうして?」

「んー……これは僕たち精霊にしかわからない感覚だし、なんて言えばいいのかな……ほら、基本的に女の人より男の人の方が力が強いでしょ? それも、成長するに連れて顕著になる。どうしてかな?」

「……根本的に、男女で体の構造が違うから?」

「そうだね。これもそれと同じことなんだ。女の子しか魔法を使えるようにならないのは、心の構造的に当然のことなんだよ」

「……心の構造……」


 そういえば七夏は、魔法少女の資格を見抜けるのは精霊だけだと言っていた。

 精霊であるレンダには、なにか人とは違うものが見えているのだろう。


「思春期の女の子の心の形はさ、本当に不安定なんだよね。些細なことで影響を受けて、簡単に形が変化する。でもそれは逆に言えば、どんな形にもなれるってことでもあるんだ」

「どんな形でも……魔法を使えるようになる心の形や状態があるってこと?」

「栞里は勘がいいね。ご明察。君のように心が固まり切ってない未成年で、なおかつ特別な資格を持つ女の子の心に僕たちが触れることで、その子は魔法が使えるようになる……魔法少女になるってわけだ」

「……」


 にわかには信じがたい話だが、精霊と魔法少女という存在は確かに今ここに実在しているものだ。


「ちなみに未成年の子しかなれないとは言ったけど、一度魔法を使えるようになったなら、その後は大人になっても魔法を使えるよ。だから協会には大人の魔法少女もいる。その逆の、大人になってから魔法少女になるのは無理だけどね」

「大人なのに、まだ少女って呼ぶんだ」

「魔法を使える状態に心が変化できるのは、少女と呼ばれる時期の間だけ。だから魔法少女。そういう考え方から名付けられたものだからね。あとはまあ、まとめて呼べた方がいろいろ楽でしょ?」


 まあでも、とレンダは腕を組む。


「実際は、大人になると魔法少女呼びが恥ずかしいって嫌がる人もいっぱいいてね……広義では魔法少女の分類だけど、大人の魔法少女は区別する意味でも魔女って呼ぶことが多いかな」

「なるほど」


 確かに、妙齢の女性が魔法少女を名乗る光景なんかを想像してみたら、痛々しいなんてレベルでは済まされない。

 魔女ならまだ大人っぽい雰囲気があるし、全然マシだ。


「で、これが一番重要なことなんだけど……」


 少し声色を重いものに変えて、レンダはじっと栞里を見つめた。


「実を言うとね……魔法少女になったら、元に戻れないんだ。だから一度魔法少女になったら、その後はずっと魔導協会の管理下で生きていくことになる」

「……」


 一度魔法少女になってしまったら、もう戻れない。

 それは確かに重要な事実だ。

 魔法の存在を秘匿することも魔導協会の目的の一つなのだから、魔法少女を手放すわけにもいかなくなってしまうのも道理である。


「あ、でも今、ちょっと誤解されかねない言い方しちゃったかも……」

「誤解、って?」

「えっとね、管理下って言っても、ずっと魔導協会に監視されるとか、魔導協会の下で働かなきゃいけないとか、そういうわけじゃないんだ」

「そうなの?」

「うん。嫌になったら、いつでも魔法少女を引退して協会を離れたっていい。協会はそれを許してる」

「じゃあ、協会の管理下で生きていくっていうのは……?」

「あくまで住所とか電話番号とか、そういうのを常に協会が把握してるよってだけの話。定期的に調査が入るかもだけど……それ以上のことはなにもしないから安心して」

「……魔法をむやみに使ったり見せたりしなきゃ、自由に生きていいってこと?」

「そういうこと。医者にでも学校の先生にでも、なりたいものがあるなら自由になってくれて大丈夫。魔法を秘密にさえしていれば、協会はなにも口出しはしないから」


 なるほど、と栞里は顎に手を添えた。

 魔法少女になるかどうかは強制ではなく、本人の意思に委ねられる。

 一度魔法少女になったら戻れないが、魔法少女になる道を選んだとしても、人生の選択権は残る。協会の方針に従って魔法を隠してさえいれば、普通に生きることもできる。

 それを留意した上で、決めてほしいということだ。


「それじゃ、そろそろ聞いてみようかな。花乃栞里――君、魔法少女に興味ないかい?」


 魔法少女に、なるかどうか。


「さっきも言ったように、無理強いはしない。戦うことが怖くなって引退する魔法少女だって結構いるんだ。そして引退したところで、一般人には戻れない……戦うことがなくなっても、ヘイトリッドを見ることができる力は決して消えない」

「……」

「それでも君は、魔導協会に入って、僕たちと一緒に戦ってくれるかい?」


 その答えは、そう簡単に出せるものではなかった。

 レンダもすぐに返答が来る用件ではないことは承知しているようだ。

 栞里が答えを出すまで待っていると告げると、栞里に断りを入れて、七夏や沙代と軽い談笑を始める。

 魔導協会の一員の中で、唯一澪だけはそちらには参加せず、ただ、不安そうに栞里を見つめていた。


(……どうするかな……)


 魔法少女とは、七夏いわく、世界中に蔓延る悪意の塊、ヘイトリッドを退治する存在だ。

 もし魔法少女になることを選んだ場合、栞里も当然、そのヘイトリッドと対峙することになる。

 実際に見たことがない栞里には、ヘイトリッドがどういうものなのか、まだよくわからない。想像すらできない。

 だけど戦いだ。ヘイトリッドの人に寄生するという性質から鑑みても、必ず危険が存在する。


(それに……)


 魔法の存在が秘匿されるべきである以上、魔法を使う魔法少女もその対象だ。

 それはつまり、どれだけの恐怖に耐え忍んで戦い続けたとしても、助けたはずの誰からも感謝されないということでもある。

 人知れず人を守る。言うほど簡単なことではない。

 どんなに世のため人のために尽くしたところで、その功績がおおやけに讃えられることはない。誰に認められることもない。


(でも、七夏や沙代……そして澪は、その道を自分で選んだ)


 栞里はずっと自分に視線を向けている、澪の方へと顔を向けてみる。

 視線が合いそうになると、澪は取り繕うように慌てて顔を伏せた。

 ただそうした後も、時折気づかれないように、ちらちらと栞里の顔を覗いてきている。

 ……気づかれないようにというか、全部バレバレだけど……。


(……澪は)


 澪はたぶん、栞里に自分と同じ魔法少女になってほしいと思っている。

 だけどそれはあくまで栞里が決めることだと。そうも感じているのだろう。

 自分に気を遣って魔法少女になろうとするだなんて、そんなことだけは絶対にないように。

 そう思っているからこそ、彼女は今、決して栞里と目を合わせようとしないのだ。

 ……まあ、そんな気持ちも全部栞里には筒抜けなのだが。


「……いくつか聞きたいことがある」


 澪から視線を外し、栞里がレンダに言葉を投げかけると、彼女は七夏たちとの会話を打ち切って姿勢を正す。


「なにかな?」

「あなたは初めて私と顔を合わせた時、『今なら期間限定でスペシャルにプレミアムな魔法少女に』って言ってた。あれはどういうこと?」

「へ? あ……え、質問そこ? うん、っと……その、そ、それはねぇ……」


 なぜか突然あたふたとし始める。

 なにかやましいことでもあるのかと栞里が訝しげに睨むと、見かねた七夏が呆れ混じりに答えてくれた。


「そんなのないよ。全部嘘。口からでまかせ。大方、栞里ちゃんの気を引こうと思ってテキトーなこと言ってたんじゃないかな」

「い、いや、そんなことは……ない、こともないんじゃないかなぁ?」

「つまり、そんなことあるんだね」


 じとーっとした七夏の視線にレンダは言葉を詰まらせた後、いじけたように口を尖らせた。


「むー……だって七夏、聞いたよ僕。人間って期間限定とかプレミアムとか、そういう単語に弱いんだって。ああ言えば前向きに検討してくれると思ったんだよ」

「実際は話も聞いてもらえず鞄叩きつけられたんだっけ? ふふ、それで私が勧誘に行く羽目になったんだもんね。聞いた時さすがにちょっと笑っちゃった」

「笑いごとじゃないよ……あれ、僕の一生モノのトラウマだよ……」


 ぶるぶると体を震わせるレンダ。

 最初この部屋に入ってきた時に栞里を見て一瞬ビクッと肩を震わせていたことといい、冗談抜きで恐ろしい出来事だったらしい。

 ちょっと申しわけなく感じる栞里だったが、栞里の中ではあれがあの場での最適解だったため、特に謝罪とかはしなかった。怪しい方が悪いのである。


「なら、二つ目の質問。もしこの話を断ったら、魔法の存在を知ってしまった私はどうなるの?」

「別にどうもしないよ。今日ここで見たこと、話したことを黙ってさえいてくれればね」


 誰かに話したらどうなるかは聞かないでおく。別に口外するつもりもないのだし。


「三つ目。この学校に七夏と沙代、澪以外に魔法少女はいる?」

「魔女が一人。あとは魔法少女ではないけど、事情を知る大人が何人かかな。未成年の女の子しか魔法少女になれない以上、そういう子たちが通う学校という場所は魔導協会にとっても重要だからね。実を言うと結構裏で繋がってるんだ」

「四つ目。魔法少女になれば、本当にヘイトリッドと戦えるようになるの? 七夏の魔法はそんなに強そうに見えなかった」

「なんか今日私の魔法、酷評されまくってるんだけど……」


 七夏はもはや落ち込むのも疲れた虚無の表情をしている。

 沙代はなにも言わずそんな七夏の背中をポンポンと叩いていた。


「七夏の魔法は地味なだけで結構強いんだけどねぇ……それはともかく、七夏が使ってみせたのは特異魔法って言って、普通の魔法とは少し違うんだ」

「得意魔法?」

「特異魔法。特別の特に、異質の異ね。簡単に言うと、魔法少女個人個人が持つ固有の魔法だよ」

「そんなのあるんだ」

「魔法少女になれば栞里も使えるようになるよ。それ以外にも変身もできるようになるし、変身状態なら他の普通の魔法もある程度使えるようになる。なんなら普通の魔法だけでも、そんじょそこらのヘイトリッドには遅れを取らないよ」

「なるほど」


 最悪、七夏が見せてくれたような魔法一つで戦わなくちゃいけないことも想定していたが、そういうわけでもないようだ。

 栞里が黙り込んだのを見て、レンダはこてんと小首を傾げる。


「……これで質問は終わりかな?」

「ひとまずは」

「なら、そろそろ答えを聞かせて……っとと、急かすのはよくないね。本当なら何日か考えてから答えをもらうような話だ。実際に日を改めてもらっても構わないけど……どうする?」

「大丈夫。ここで答えを出す」

「ん、了解。じゃ、考えがまとまったら教えてね。それまでいくらでも待ってるから」


 言っていた通り、無理に勧誘はせず、あくまで栞里の出した結論を尊重するようだ。

 栞里はあまり人付き合いが得意な方ではない。レンダにはろくに話も聞かずに初手で鞄を叩きつけたし、七夏は非常識人扱いしてしまった。

 けれど皆、そんな栞里に根気強く話をして、一緒に頑張ろうと手を伸ばしてくれている。

 レンダも七夏も、沙代も澪も、皆、良い人ばかりだ。

 彼女たちと同じ存在となり、肩を並べて戦うことは、他のどんなものにも代えがたい経験になる気がした。

 ……しかし。


「……ごめんなさい。私は魔法少女にはなれない」


 最終的に、栞里はそう言って頭を下げた。

 そういう返事も聞き慣れているのだろう。レンダは少し落胆しながらも、しかたがなさそうに首を左右に振った。


「そっか……残念だけど、それが栞里の選択なら受け入れるしかないね。一応、理由を聞いてもいいかな」

「高校に入ったら、ずっとやりたいって思ってたことがある。中学の時は校則でできなかったけど……ここなら許可を取ればできるから」

「……? えっと、そのやらなきゃいけないことって?」

「それは……恥ずかしくて言えない」

「あ、そう……なの?」


 もとより栞里は表情の変化に乏しいが、恥ずかしいと言う割になんの変化もない真顔だったので、答えるレンダも疑問形だった。


(中学の時はできなくて、高校に入ったらできること……? 部活、じゃないよね。許可が取れれば……って?)


 一方で澪は、栞里が語る魔法少女になれない理由について、なにかが頭の中で引っかかっていた。

 こうして引っかかるということは、これまで見た栞里の言動になんらかのヒントがあった……ということだろうか。

 そんな風に感じた澪は、今日、栞里と出会ってからの出来事を一つずつ振り返ってみる。


(レンダちゃんを警察にお届け……初対面で頭撫でてもらって……栞里ちゃんも卵焼きが好きなんだっけ。あと栞里ちゃんは一五歳で……)


 まだ一日にも満たない付き合いだが、思い返すと変なことばかりだった。


(家が学校から近くて……それから、お金は大事って急に真面目な顔で語り出して……あっ)


 お金が大事。

 栞里がそう語った場面が頭の中に浮かんだ瞬間、中学ではできず高校では許可を取ればできることについて、一つの予想が澪の中に生まれた。

 そしてもしも澪のこの予想が正しいのだとすれば、ただ一つの事実を伝えてあげるだけで、栞里の断る理由はなくなるはずだった。

 その一つの事実とは――。


「あの、栞里ちゃん。魔法少女の活動は、ちゃんとお給料もらえるよ?」

「魔法少女は素晴らしい職業だと思います。ぜひ私もなりたい。ヘイトリッド死すべし」


 レンダが伝え忘れていただろうことを澪が耳元でこっそりと教えてあげると、栞里は即座に手のひらを返した。まさしく一瞬の出来事であった。

 心変わりがあまりに早すぎてレンダが椅子から転げ落ちそうになっていたが、まあ些細なことであろう。


(あはは……栞里ちゃんが言ってたのって、やっぱりアルバイトのことだったんだ……)


 新しい友人は、思っていたよりもお金にがめつかった。


(でも……ちょっとだけ安心したかも)


 七夏や沙代も澪と同じ魔法少女だが、あくまで彼女たちは先輩だ。

 本音を言えば、対等に付き合える相手がいなくて澪は少し不安だった。

 でも、栞里が一緒なら。

 あの時――廊下で七夏に声をかけられる直前。

 澪が栞里を、お昼ご飯に誘った時。

 栞里は、外食はダメだけれど、家で一緒にご飯を食べようって言いかけてくれていた。

 ほんの些細なことかもしれないけれど、あの時、澪は本当に嬉しかったのだ。

 だから澪は、栞里以外の他の誰にも気づかれないように、そっと栞里の手を握った。

 どうしたの? と視線で問いかけてくる彼女に、よろしくね、と澪は笑って返す。

 栞里はパチパチと目を瞬かせた後、ほんのわずかに微笑んで、澪の手を握り返した。

 それが、澪が初めて見た栞里の笑顔だった。

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