第3話

その男の姿はいかにも異世界の人、のようだった。俺が知ってる服と似てはいるんだが、少し違う。俺が着ているパーカーのように帽子がついているが、なにか服の上に羽織っているようだ。しかしそんな事は今はどうでもいい。最優先は目の前にいる猪に視線を戻すとさっきまでおとなしかった猪が吠えた。

「...この猪は、この森の主だ。どうやらあんた、この猪を怒らせちまったようだな...。」明らかにそちらさんの放った矢が外因だと思うのだけれど、ひとまずはお礼を言わねば。「すまん、助かった!あんた!こいつを倒すのに手伝ってくれ!さっきから俺を付け回してきやがる!逃げても追いかけられるしよ!」と猪の突進を避けながら言うと、男は真剣な眼差しになる。「...なるほど、あんた異世界人か。こいつの存在を知らないってことは。こいつの事を知ってる奴らは皆そんな事は言えないだろうからな。」ここでの会話で一番驚いたのが、俺のことを異世界人と普通に言った事だ。ということは俺と同じ様な人間が何人もいるのだろう。ていうか助けてくれないんだけどこのおっさん。俺さっきから狙われてるんですけどね...。

「なら、俺は手助けしなくても良さそうだな。」と男はにやりと笑ってみせた。

「はあ!?冗談言わないでくれよ!俺がこいつを倒せそうに見えるか!?武器もなにもないのに!」抗議したが帰ってきたのは素っ気ない返事だった。

「この世界に来たやつはな、なにかしら特殊な能力を持ってくるんだ。お前も何かあるんじゃないのか?」特殊な能力?漫画かよ...。いやもう異世界に飛ばされてる時点でそんな事言えないか...。猪はまだ迫ってくる。

「っ...!なんだよ?特殊な能力って!」

「そりゃあ、俺は知らんさ。だが、この世界に来る前に何かあったか?その何かと能力は結びついてくるはずだ。なんかあるだろ、肉体労働をしていたとか、誰かの怪我の治療をしたりとか。思い当たる節はないのかよ?」

肉体労働?怪我の治療?どっちも心当たりがないのだが。いやしかし、肉体労働なら引っ越し作業の時かなり体に疲労が来ていた筈だ。このおっさんの事を信じるなら、俺の能力は肉体面の強化?なのかな...。まあ、確かに俺がいた世界より体が軽い気がする。となれば...、俺は持っている木の棒を振りかぶり猪の突進を避けながらカウンターを狙う。

「...!ここだっ!」

カウンターは成功した...のだが、猪が二つ切れた、というか無理やり引き裂かれた感じにねじ切れた様だった。おかげさまで俺の服は猪の返り血で黒かったはずのパーカーが真っ赤になってしまった。とりあえず自分より、ひと回りもふた回りも大きい猪に勝利し、喜びを表現し、男の方へガッツポーズを見せてやる。だが、その男の浮かべた表情はなんとも間抜けな顔をしていた。

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