第4話 死神の出会い

「だーかーら!レッドキングのあの恐竜っぽい皮膚や尻尾、シンプルなフォルムがいいんだって!どくろ怪獣って割にはどくろあんまり関係ないけど」


「いやいや、グリーザのあのおおよそ生物とは思えない恐怖を煽り立てる奇妙な動きにそれにマッチした無駄の無さそうな突起の少ない「言葉に出来ないけど感性がすごいって言ってる」みたいなデザインがいいんだよ!」


昨日の奴らを襲撃する、つまりそれは命を賭けて殺し合いになるのと同義。


そんな今日が学校に通う最後の日になるかもしれない命のやり取りをする大事な日に、俺は学校で『どの怪獣が一番かっこいいか』という不毛かつその界隈に興味がない人達にとっては何のこっちゃというような話題で昼休みに議論をしていた。


「じゃあレッドマンは」


「「ダメだ」」


お茶の入ったペットボトル片手に教室に入ってくる黒髪をあちこちに尖らせたとげとげ頭の、なんの捻りもない通称『ウニ』が割って入るが、二人で速攻拒否する。


「彼も何がとは言わないが色々ヤバいけど怪獣じゃないよ!そもそも怪獣側だってあの赤いのと一緒にされたくはないだろうし」


「はいはいチャイム鳴りましたよ~、席について下さ~い」


ペンギンの頭をした小柄な女性の担任がチャイムが鳴ると同時に書類を抱えて教室に入り、教卓の後ろに立つ。


首からから下は人間、上はペンギンである。


ペンギンの顔のせいでなかなか表情が読めない為、この学年の名物にもなっている。


「え~今日は、進路の~」


総合の授業が始まり、先生が喋り出す中、席に座った俺に向かって右斜め後ろの席に座るウニが振り向き椅子をぐらぐらさせる。


「カズは進路どーする?俺は可愛い女の子と沢山喋れる仕事がいいかなあ」


「お前はほんっとうに欲望丸出しだな、それはご自由に叶えてくれ。俺はどうすっかな、まだ特には決まってねえけど。それよりちゃんと前向いて座ってねえと倒れるぞ」


「俺は可愛い娘さえいれば大体の所でなら働ける自信はある!」


その言葉を無視して目線を外し、窓の外を見つめて黄昏るかのように呟く。


「能警でも入るかな~、なんてな」


能警とはこの街特有の警察の中の組織で能力者が集まり危なっかしいこの街の平和を守っているという大層な組織だ。


訳アリの俺にとっては敵にすら成りうる厄介な奴らでもあるのだが。


それに入るだなんて死んでもないだろう。


「はぁ、あいつらまだこの街にいるかなあ?」


昨日の真っ黒な鎌を作り出した、物質なのかも分からないゼーレ『黒い愛シュバルツリーベ』を少しだけ出現させ、練習を兼ねてこっそりと犬っぽい像を作り始める。


暇だがこんな生活が出来るのはありがたい。


後はもっと普通に生活出来るなら嬉しいのだが。


授業は普通に受けてるし友達と遊んだりもしている。


猫を被っていたり、仮面をつけている訳ではなくこっちが素なのだ。


いや、両方とも『九十九和也』なのだ。


抱えてる物があるからっていつまでも沈んでなんかいられない。

目標は忘れないがそれでも今を大事にしたい。


というか、育ててくれた叔母が念入りに高校生活をエンジョイするように強く言っていたのだ。


理由は…まあ独身であることから察するのは容易だ。


何が言いたいかというと、俺は常に中途半端なのである。


ゆらゆらしてて優柔不断なのだ。


非行でもなければ優等生でもない、面倒なことはやりたくなくて夏休みの宿題は後からまとめてやる、そんな正義感も何もない我欲まみれの単なる『人間』なのだ。


和也がとても小さな犬の像を握り潰すと、誰にも気付かれることもなく小さな像の存在は消失した。




放課後、学校から帰り、自分の部屋で支度を整える。


そういえば自分から出向くのはこれが初めてだ。


両手で数える程しかないが、幾度か謎の人物らに襲撃されている。


その度に命からがら逃げ、警察に助けを求めたりしたらしい。


何故大人達の襲撃からこんなちっぽけなガキが逃げられたのかは覚えていない。


それどころか、もやがかかったように相手の顔も見えなければ何をしたのかもほとんど覚えていない。


何か本能のような物が働いたのだろうか。


何にせよ、逃げて来たのだ。


相手にとっては目的失敗、俺にとっては命がある分勝ち、しかし相手が誰なのか分からない分襲われ損だ。


だが、今度は撃退が出来た。


少し調子に乗って反撃してやりたい。


実力的にはかなり不安だがせっかくのチャンスだ、自分からやってやろうじゃないか。


アマテラスによれば連中はおそらくまだこの街にいるようだ。


午後5時頃、薄暗いなか家を出て、街中で職務質問などをされないように足早に人通りの少ない道や路地を駆ける。


奴らは家から数キロほど遠くの港にある倉庫やコンテナの集められた場所にいるらしい。


一度も行ったことのない完全アウェーなので用心して行く。


敷地と外を分断するフェンスをよじ登り、ゆっくりと前に進む。

恐ろしく静かだ。


まるで田舎の早朝のように静かで、物音がなくあるのは遠くから聞こえてくる車や電車の音ぐらいだ。


上下左右見渡しながらゆっくりと歩いていく。


捜索のためアマテラスがドローンを飛ばし操縦している。


一人というものはやはりなかなかに怖いものだ。


どこから何が飛んでくるか分からない。


相手にこちらの位置が知られていて不意討ちされたらどうしようか、相手が10人や20人だったらどうしようか、などと一人で不安になっていくき、それを必死に抑える。


すると、コンテナの上に人影が見えた。


だが、それは1人ではなく2人だった。


そして地面に2人。


そこには昨夜の男も男を抱えて逃げていった奴もいなかった。


だが、その中に知った顔が1つあった。


「神楽坂……前から絶対怪しいとは思ってたよ」


「よっ、昼間ぶりだな」


学校の制服でコンテナの上に座り、脚をぶらぶらしながらいつもと声のトーンも表情も変わらず、落ち着いた明るい返事が返ってくる。


相手の空気に飲まれてたまるかとばかりに睨み付けるように、


「確かここらには先客がいたはずだが」


「あれにはちょっと帰ってもらったんだ、交渉の邪魔だからな」


そう答えた神楽坂の隣に立つ白いワンピースを着た同年代らしき女の子が、


「だからってあれはやり過ぎとうちは思うけどなぁ」


和也はワンピースを着た女の子に睨み付けるように短く、


「手短かに用件を言え」 


「じゃあここからは私が話すわ」


神楽坂に気を取られていたが、今発せられた声の方を見ると、そこには見覚えのある人物がいた。


整った容姿に抜群のスタイル、正に絵に描いたような美しさから偶像、アイドルのように周りから慕われ、崇められてる女神エウリュアレの如き人物、若宮奈美。


それはどこでなにをしているかというと…………。


俺の通う高校の同学年、しかも同じクラスで高校生活を送っていた。


そんなTHE・なんか色々凄い人な彼女が………、一人一人は普通そうだが『殺しでも躊躇なくやります』みたいなことを言い出しそうな危険な雰囲気を漂わせた奴らと一緒にいた。


いや、むしろリーダーっぽい気もする。


なんか一番前に立ってるし。


若宮とほとんど喋らないため全く接点がない。


この人がこういうのに関与しているとは全くの予想外で顔には出さないが心底驚く。


なんて表面では真面目な顔を保ちつつ頭で冷静に考えながら心の中では、


(ヤバい何こいつらおっかねえ俺こっから無事に帰れるか?)


と、心と頭がどっちなのかは分からないが心頭体がそれぞれ別のことをしながらパニックを起こしているが。


「初めましてと言うべき?それともこんばんは?」


余裕を見せる彼女の日常会話ののような質問を無視し、


「用件は」


「大丈夫よ、別に君を殺して食おうだなんて思ってないもの、物事には順序ってのがあるでしょ?それにあなたはこの誘いを断らない」


お見通しとばかりの態度に目付きを悪くして神楽坂の方を睨む。


「随分と自信あるじゃねえか、この俺のことをどこまで調べたんだ?なあ、神楽坂」


両手を合わせて頭を下げ、


「いやー、それに関しては後で謝るから許して!?悪かったと思ってるから!」


「コホン、話に戻りましょ。君は自分を狙う奴らを残らず叩き潰し、消し去りたい。違う?」


核心をついたその言葉に思わず口が開く。


「図星のようね、そして私達の目標もほほ同じ。私達を害する者を『悪』と呼び、残らず消し去る。新しく生まれたとしてもそれも邪魔なら残らず消す」


灯りに照らされる彼女の整った顔にほんの少し、わずかに怒りや憎しみの表情が写る。


「んで、根絶やしにしたかったら自由にやればいいんじゃねえのか?途方もないことだけどお前ら5人でスコップ持って根っこ引っこ抜いてればいいんじゃねえのか?何故俺にその話をしたんだ?顔を見せ、情報を明かす危険を犯してまでそして何故俺にもスコップを持たせたがる?」


奈美はさっきの思わずといった感情が表に出てしまった顔を戻し、自分が話を優位を進められるように自信ありげな顔を作る。 


「和也君が…ああ、名前で呼んでもいい?」


「好きにしろ」


「淡白ね、女の子が男の子を名前で呼ぶってのは何かドキッとするものじゃない?」


「そのドヤ顔をつみれみたいにぐちゃぐちゃにしてやろうか」


つみれと自分の顔を並べて想像した奈美の表情が少し揺らぐ。


「お、おっかないこと言うようだけど多分和也君は今じゃ私には勝てないわよ。少なくとも空ぐらい飛べないと」


若宮とは直接的接点はないが、和也はよく見ていた。


その美貌だけには留まらず、圧倒的とも言える能力を。


見ていたと言っても顔や表情はあまり興味は無かったので覚えていない。


というか、能力を見るのに必死で顔なんか見てる余裕は無かった。


ただ、天使のような真っ白で大きな翼を背中に生やし、空を飛んだり様々な形に変化させて色んなことを幅広くやってのけた。


和也のは黒い愛は最初は突発的に出現し、後に自由に出せるようになったものの、活かし方が見つからなかった。


だが、奈美のその光景を真似して黒い愛シュバルツリーベを変形させ、見よう見まねで中途半端だが武器として活用した。


「………………チッ」


「少なくとも今の段階じゃ無理よ、少し観察してたけど昨日のあの様子だと」


「覗きとはいい身分だな」


奈美は和也の抗議を聞きつけず、


「あなたはダイヤモンドの原石なのよ。今のままだとただの石ころ。だから私があなたを磨く。目的の為にはまず強くならないと。ということで利害も大体一致してるんだしあなたは私達の仲間になるべきなのよ」


依然ムスッとした不満気な顔を続けながら和也は判断に迫られていた。


信用出来る材料はない。


しかし、和也は自分の弱さを半分自覚している。


昨日の男に勝つための勝算がない訳ではないが勝てるかどうか不安は拭いきれなかった。


これは大きな賭けだったが、


「分かった、話に乗ってやる」


「ふーん、こちらとしては有難いけどよく信用してくれたわね」


「こっちもやらなきゃいけないことがあるんでな。何でもはやらないが、危ない崩れかけの橋もダッシュで走り抜ける覚悟は出来てる」


奈美は和也の方へと歩きながら


「そ、じゃあこれからよろしくね」


右手を差し出した。


和也にはこれが悪魔の誘いの手に見えたのか、それとも天使や女神の救いの手に見えたのか。


奈美の手を握り、素早く黒い愛シュバルツリーベを握手した右手の甲から出し、細い一本の針にして奈美の手首へと突き出し、当たる手前でピタリと止めた。 

しかし、奈美は微動だにせず、顔を上げる和也の方を見てニッコリと笑った。


やはり気に入らない奴だ。


「俺は単なるボーンで終わったりはしない、クイーンになってやる」


「女装趣味が?」


「違えよ、自由にやらせてもらうってことだ!馬か龍って言った方が良かったか!?」


「クイーンの方が色んな方向に遠くまで動けるじゃない」


「ふん、だからクイーンっつったんだよ。もうこの際例えなんてなんでもいいがな。つまりは俺はただの捨て駒になるつもりはない、一応従いはするが最終的な方針は自分で考えて決めるってことだ。方針が合わなくなれば抜けるかもしれないし他にいい物件が見つかればそっちに移るかもしれない。俺を手放したくなきゃ強くあることだな」


自分の価値を精一杯高くしようとしたが、それにしても食えない奴だ。


自分の価値を精一杯吊り上げつつそう和也は思いながら手を離して暗い夜の中、若宮奈美を背にして他の3人の元へ向かった。

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