第9話 人と魔物とその間。

 精霊の森からの帰り道。

 ラクシャーサは相変わらず落ち込んでいるが、多少は立ち直ったらしい。

 ボーっとはしているが、見張りはしてくれている。

 まあこの女の事は放っておけばその内復活するだろう。


 しかしもう一つ解決しなければならない問題が残っていた。

 馬車の中で放心しているこの女のことだ。

 呼びかけても何も反応もなく、ただ虚空を見つめ続けている。


 特徴と言えば銀色の髪で前髪は真っ直ぐ横に切りそろえている。

 胸も大きく、肉付きも良い美人と言えるレベルだが、あんな事があったと知れれば彼女は生きていけないだろう。


 それは彼女の気持ちの問題ではなく、神国としての掟の部類に抵触してしまうからだ。

 魔物と関係を以てはいけない。

 それが最近作られた法なのだが、自分から接触するのは兎も角、事故であろうと、無理やりであろうと、不浄のものとして裁かれてしまうのだ。


 このままラグナードの町へ連れて帰っても、彼女は処刑されてしまう。

 俺達が黙っていればいいのかもしれないが、身ごもっているかもしれない彼女を、何もなかった事にはできないのだった。

 だから俺達は彼女の命を助ける為にも、一番近くにあったガーデンの砦の町にやって来た。


 その町の空き家の一室を使い、ラクシャーサがその彼女を検査している。

 俺達は念の為にそれに立ち会っているんだが、今の彼女の状態は相当悪い。

 少し前までは凹んでいた腹が、急激にふくらみ始めていたのだ。


 普通なら何か月もかけて少しずつふくらむのだが、一気に大きくなったために、その痛みは相当あるらしい。

 女は痛みで意識を取り戻し、悲鳴を上げた。


「ギャアアアアアアアアアアアア、嫌あああああああああああああああああ!」


「うっ、もう急激にお腹が大きくなってる。これが魔物とつがった代償なのか…………」


「あああああああああ、痛い! 痛い! 痛い! 痛い! あああああああああああああああ!」


 その腹が膨らんだ代わりに、彼女の体が干からびていく。

 腹の子供に栄養を吸われているのだろう。

 放っておけば危ないと見たラクシャーサは、ガルスに命令している。


「ガルス、急いで水を飲ませてあげて! 早く、急いで!」


「は、はいいいいいいいいい!」


 ガルスが急ぎ水を飲ませ、痛みを和らげる為にラクシャーサが回復魔法を使っている。

 その甲斐かいもあり、彼女の状態は安定し、命は繋ぎ止められた。

 彼女の膨らんだ腹の状態が安定すると、一気に破水し、もう子供の頭が見えて来ていたのだ。

 頭には髪の毛が生えそろい、骨格もかなりしっかりしている気がする。

 そんな子供が生まれようとしていると、彼女は痛みで大きく暴れて、また叫けびだした。


「嫌ああああああああああ、産みたくないいいいいい、それは私の子じゃない! 違う! 絶対違う、あああああああああ!」


「見てるな男共! 早く彼女の体を押さえるんだ! このままじゃ子供が危険なんだぞ!」


「お、おう!」


「うむ…………」


「ううう」


「これ以上大きくならない内に、一気に引っ張るぞ!」


 ラクシャーサがとび出した頭を引っ張ると、子供は女の体から取りあげられ、暴れていた女は落ち着いて眠りについた。


「皆、生まれたぞ! この子は女の子だ!」


 取り上げられた子供は、あの猿とは違い、体の体毛は無く、エルフと同じ特徴をしているのだ。

 それは猿の遺伝子よりも、人の遺伝子が勝ってしまった結果なのだろう。

 正しく育てば、人と同じ倫理を得るかもしれない。

 だが、生みの親のこの女は、きっとこの子供を拒否するのだろう。

 これからこの二人をどうするのかだ。


「なあマルクス、もしこの人がこの子のことを拒否したら、私がこの子の親になってもいいかな?」


「…………お前が?」


「うん……この子が人の元でちゃんと育つなら、人とエルフとの距離も縮まると思うんだ。どうかな?」


「…………もしこの子が人を襲うようになったなら、お前はこの子を殺せるのか?」


「そんなことは私が絶対させない! 絶対だ!」


 殺すとも言えない彼女では、きっとその日が来ても対処出来ないだろう。

 その時は隊の代表として、俺がやるべきか…………


「はぁ、意気込むのはいいが、この女の答えを聞いてからだ」


「そ、そんなの分かってるよ! じゃ、じゃあ私は子供に必要な物を買って来るから、その子のことは見ててよね!」


 ラクシャーサは子供を置いて、部屋から出て行ってしまった。

 言った通りに何か買って来るんだろうな。


 今その子供は、母親と同じベットに寝かされている。

 だが、その母親の体をよじ登り、自発的にその乳を飲み始めた。

 それを飲む度に、体が少し成長し、人で言うと一歳前後ぐらいになっている。


 やはりこの子は人とは違う。

 人の赤子はこれ程の強靭さを持っていない。

 そんな状況を見ていたドル爺は心配していた。


「いいのかマルクスよ。今この場で殺さなければ、人にとっての災厄になるかも知れんのだぞ?」


「どうだろうな……未来のことは知らないが、少なくとも今は無害だ。何もしていない赤子を殺すのは、少なくとも正義じゃないと俺は思う。その日が来たら……まあ手を貸してくれよな」 


「この隊の隊長はお前だ。儂はそれに従うとしよう。例えその日が来たとしてもな」


「…………そうか」


 俺達二人の心配を他所に、ガルスが赤子を抱き上げている。


「二人共何言ってるの? ほら、こんなに可愛いんだよ。こんな子が魔物なんかにならないって、ねぇ」


「きゃは、きゃはははは!」


 赤子はそれに喜び笑っていた。

 

「はぁ、ガルスよ、お前は能天気だな。だがまあ、お前の言葉も案外真理をついとるのかもしれんわい。わしもお前の意見に賛同しておくとしようか」


 人の血が濃く残ったエルフ達は、そう攻撃的な種族ではなかった。

 最終的にあの猿のようになるかもしれないが、俺はそれを見た訳じゃない。

 ずっとエルフのままで生きて行く可能性は零ではないのだ。


「ああ、そうだといいな…………」


 のちに、子を産んだ母親は目覚めるも、この子の事を完全に拒否してしまうのだった。

 

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