第8話 広大なる迷いの森。
精霊の森の中。
その中を進む俺達だが、この森の出口が何処なのか探し、まだ外に出られる道は見つかっていない。
だから心配症なガルスが俺に尋ねた。
「あのマルクス? 村から逃げたのは良いんだけど、全然出口が見つからないんだけど。どうするのこれ? もう二日目なんだけど!」
「まあ地道に探すしかないだろうな。案内を頼もうにもあの猿を倒してしまったから、もう村人全員敵となっていてもおかしくないだろうしな」
「あああああ、でもこれだけ迷ってるんだよ? もう二度と出られない気がするよ!」
「ふん、心配性な奴め。出る方向は分かっとるんだ、何れ出られるわい。それよりも、まだ目覚めんこの女と、あそこの角で座っているラクシャーサを如何にかせんといかんのじゃないのか?」
確かに、名前も知らないあの女はいまだに眠り続けたままだ。
ラクシャーサはというと、あんな別れを経験して、酷く落ち込んでいる。
「うぅ、リーファごめん、ごめんね。折角友達になれたと思ったのに…………」
治療の為に回復魔法でも使って欲しい所だが、ラクシャーサは馬車の隅で座り込み、何かブツブツ独り言をいっているのだ。
この森は危険な魔物の生息が著しく低いのだが、気まぐれな神が宝くじを当ててしまう事も有り得る。
もうそろそろ立ち直って貰わなければ、戦力の上でも辛くなるだろうか。
俺は馬車の運転をドル爺に変わってもらい、落ち込んだ彼女の横へと腰を下ろした。
「ラクシャーサ、落ち込むのは分かるが、お前も神兵の端くれだろう。危険な道中にお前の支援がないと、俺達全員の命が危ういんだ。頼むから立ち直ってくれないか?」
「…………分かってる……でももうちょっとだけ待って…………」
はぁ、これは重症だな。
この森を抜ける前に立ち直ってくれればいいんだが…………
「…………待てるのはこの森を出るまでだ。ラグナードまでの道は危険度が増す。お前の気持ちがどうだろうと仕事はしてもらうからな」
「…………うん、分かってる…………」
もう少し話しておきたいが、このまま説得を続ける時間はない。
この森の道を見つける為にも人出が居るし、ガルスだけに任せるのは少々心もとないのだ。
「じゃあ俺は道を探してくるから、その人の事は任せたぞ」
「………………」
俺は馬車から降り、ガルスと共に進む道を探している。
森の出口はまだ遠く、後どの位掛るのかも判断できないでいた。
あまり時間が掛かるようなら、馬車を捨てて行進しなければならないが、速く移動できる馬車を捨てるとなれば、国に帰るまでの道がかなり危うい。
愛用の剣の何本かも捨てなければならないし、積み込んだ道具の数々も諦めなければならない。
出来ればやりたくはないな。
「ううむ、一向に出口が見えんなぁ。ガルスよ、いっそ斧で道を切り開いてみたらどうだ」
「い、嫌だよ! それどんだけ時間が掛かるか分からないじゃないか! それに、変な方向に倒れたら、もっと進める道がなくなっちゃうよ!」
「倒れる方向ぐらい何とでも出来るわい。まあ倒した所で無駄だろうがな。根本から切らんと馬車は通れんし、やるだけ無駄だわい」
「なんだよ、だったら言わないで欲しいんだけど!」
「ハッハッハ、ちょっと
「まあ進める道があるならそれも有りだが、この現状じゃあな」
相変わらずだが、木々が密集して馬車が通れる道は少ない。
細い若木ならば切り倒すのも有りだろうが、見た所そういう木は少ない。
そのまま二時間程移動を続けるも、出口に進むどころか、森の奥に進んでいる気がする。
「う~ん、こっちは駄目だね。此処を進めてもすぐに行き止まりになりそうだ」
「また引き返すのか、まるで迷いの森だな。ドル爺、馬車を後退させるぞ」
「むう、またか。こんな事なら来る時に印でもしておけばよかったな」
「今更言っても仕方ないだろう。ラクシャーサが手伝ってくれればもう少しましになるんだがな…………」
「あの状態で手伝われても、むしろ邪魔になるわい。 …………よし抜けたぞマルクス、次の道はどうする」
「残りの道は二つだな、まずはこっちに行ってみようか」
俺達は行けそうな道の一本を選ぶのだが、その道に足を踏み入れようとした一瞬、先頭を進んでいたガルスの足元に矢が降り注いだ。
「うひいいいいいいいいいいいいいいいい!」
連射される矢が地面に突き刺さり、馬車の進路を塞がれている。
これでは馬車は通れない!
「この矢は……エルフ達か! クッ、全員戦闘準備だ!」
「ま、マルクス、あの人達と戦うつもりなのか? あの人数じゃ、どう考えても勝ち目がないよ…………」
「むうぅ、確かに不利だな、だがやるしかあるまい!」
射線上の木の上には、エルフ達の姿は見えない。
木の葉に隠れたか、見えない位置に隠れたか、どちらにしろ、遠距離攻撃のない俺達には、どうやっても勝ち目がない。
「ラクシャーサ! 敵だ、弓を構えろ、エルフが来たぞ!」
「…………やだ。友達に弓は向けたくない…………」
「クッ、そんな事を言ってる場合か!」
だが戦う気のない者を戦場には置けない。
それはきっと彼女を殺す事になるのだ。
俺達は武器を抜き、何処とも知れない相手に警戒を強めた。
「………………」
「ぬぅ、何の反応もないな。何か狙いでもあるのか?」
「い、一体どこにいるんだよ!」
襲って来る気配がない。
まさか、道を教えてくれているのか?
「…………どうやら攻撃する意思はないらしい。ドル爺、別の道に馬車を進ませるぞ」
「ふむ…………良いだろう。あの数のエルフが居るとするなら、
「だが警戒は解くなよガルス、妙な場所に誘導されるかもしれない」
「えええ、何で俺だけ!」
「お前が一番油断しそうだからだよ」
「えええええ!」
何度も進む先に矢を撃ち込まれ、少しずつ森の出口に近づいていた。
…………気がする。
正直まだこの場所から森の外は見えない。
矢を撃ち込んでいる奴を信用するしかないだろう。
相手は攻撃するわけでもなく、ただ
それを信じ進んだ俺達は、数時間後に森の入り口に立っていた。
俺達は馬車を止め、森の中を見渡した。
最後だというのにその姿を現してはくれない。
たぶんだが、俺達を誘導しているのは、リーファなんじゃないかと思うのだ。
だから俺は、ラクシャーサに声を掛けた。
「ラクシャーサ、今リーファが俺達を助けてくれたんだ。お前が何時までも落ち込んでいては笑われてしまうぞ」
俺の言葉にバッと顔を上げ、俺の顔を見た。
「…………ほんとか!」
「ああ、本当だ」
落ち込んでいたラクシャーサは、返事もなく立ち上がると、馬車の荷台から飛び出した。
「リーファアアアアアアアアアアアアアアア!」
森にラクシャーサの声が響く。
その声を聞き、生い茂る大木の上から、俺達を誘導していた人物が跳び下りた。
やはりそれはリーファで、手には弓を持ち、此方をジッと見つめている。
「…………リーファ。私は何時までも友だ…………」
ラクシャーサに向けた弓の矢の一本が、彼女の顔の横を通り過ぎて行く。
「…………人間……敵ッ!」
「リーファ…………」
悲しそうに
ガルスは盾を構えてその前に立つが、俺はそれを制止した。
攻撃しようと思えばいくらでも攻撃が出来たはずなのに、彼女は此処まで運んでくれたのだ。
きっと戦うという選択はないのだろう。
それ以降の動きはなく、たぶんそれがリーファの決別の印だったのかもしれない。
「リーファ、私達は友達だ! 離れていても絶対に! だから、人間だけは襲わないでくれ…………」
「………………」
弓を向けて微動だにしないリーファを見て、ラクシャーサは後を向いて馬車へと乗り込んだ。
その瞳を濡らしながら。
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