第四十四話・中 ≪ヴィクトリア・ルゥ・ガルシア≫

「キャメロン・コナー。殿下の婚約者を調べる事です」


 陛下の元から戻ってきたグレン・ヨザクラは、奴隷紋の事など一悶着あった後そう言った。私達は暫く、驚愕と疑問に開いた口が塞がらなかった。

 キャメロン・コナー。コナー侯爵家次期当主で王国第三騎士団団長。幼い頃より王国最強と名高いオスカー・ルゥ・ガルシアに師事し、国内トップクラスの実力を持つ。容姿に恵まれ、また侯爵家と血筋にも恵まれ国内外問わず女性の憧れの的である。その輝きは外側だけでは無く内側からももたらされ、英雄・英傑として名を馳せる。姫様の婚約者。そして私の幼馴染。

 彼を調べるとはどういう事か。なぜ陛下の元に行ったグレン・ヨザクラが、そういう話を受けてくる事になる。キャメロンに関しては陛下どころか姫様も調べている。それも二度。

 誰もが頭に疑問符を浮かべている。最終確認だろうか。



 

「そんなわけあるかっ!キャメロンはそんな男じゃないっ!」


 事もあろうかこの男は、キャメロンが本当はとんでもない悪なのでは、などと抜かしてきた。私は幼い頃からキャメロンを見てきた。それに、姫様や陛下が調べて何も出て来なかった以上、キャメロンが悪などという事はあり得ない。

 余りに馬鹿な事を言うので些か感情的になってしまった。






「わ~ん、ごめんなさい~」


 目の前でグレン・ヨザクラが、孤児院の少女たちを撫で回している。勿論、卑猥な目的では無くあやす目的でだ。その手つきが少しでも卑猥なものになれば即刻切り捨てる事になるだろう。ただでさえあいつをフィオランツァと呼んでいる事に腹を立てているんだ。

 そんな事を思いながらその様子を見ていると、少女たちがおかしな事を言い出した。


「グレンお兄の白くてドロッてしてて、おいしいの!」


 は?一瞬何を言っているのか分からなかった。

 次第に今の言葉に対する理解が追い付いて来る。


「ききき、貴様!こ、ここ、このハレンチなっ!!」


 事もあろうか、このような幼き少女に自分のせ、せ、せいモニョモニョを……っ!おのれ……!ハレンチ、許すまじ……っ!!

 だが、落ち着け私。今感情の赴くままに槍を振るえば、少女たちを巻き込んでしまう。そんな事は出来ない。

 そうやって自分を抑えていると、少女たちとグレン・ヨザクラの楽しそうな話の続きが耳に入ってくる。


「一緒に入っていた野菜もちゃんと食べたか?」

「うん!あれならいつもより食べれる!」

「あれは牛乳をベースにしているから、体にも良いんだぞ~。大きくなれるぞ~」

「ホント!?リューもおっきくなれる?」


 …………勿論、分かっていたとも!グレン・ヨザクラはハレンチではあるモノの、救いようのない変態とまでは行かないという事ぐらい!


「ヴィクトリアさんもどうです?俺の白くてドロッとしたヤツ」

「ふんっ」

「あでっ」


 ニヤニヤとした表情でセクハラをかましてくるいけ好かない男の眉間を、十二分に加減した威力で突く。少女たちの事を配慮した結果だ。

 これで許した思うなよ。明日の稽古では徹底的に扱いてやる。






 ―――カチャ、チン

 静かな空間に食器の重なる音だけが響く。今日はグレン・ヨザクラが、姫様に異世界の料理を振る舞う日。

 あの日あの後、シチューなる物に興味を惹かれた姫様に、グレン・ヨザクラは異世界の料理を振る舞う事を提案した。

 私は猛反対した。当然の事だ。奴が腹に一物を抱えていたらこれを機に、毒を盛り姫様を亡き者にしたり、媚薬や媚薬そして媚薬などを盛りあんな事やこんな事をするかもしれないのだ。

 しかし、私が反対の意を声を大にして言う前にクロエを付けるから、と封殺された。こうなったら当日、何が何でも奴の料理を認めない。そう意気込んでいたのだが……。


「……うむ」


 目の前では父様が、何時になく機嫌良さそうにスプーンを口に運んでいた。対する私も、スプーンを口に運ぶ手を止められないでいた。

 料理の名はカレー。これを姫様の屋敷から届けてくれたメイドによると、大量のスパイスを使った料理らしい。見た目こそ茶色で躊躇われるが、野菜や肉がバランスよく入っており、そして何よりその香りに食欲を刺激された。

 今日は父様に呼ばれたため、王都内の姫様とはまた別の区画にある実家の屋敷に帰って来ている。お蔭で直接料理を酷評する事が出来なくなった。

 だが、これでよかったのかもしれん。美味しいのだ。心が震えるほどに。流石にこれを美味しく無いとは言えない。


「くっ……」


 悔しい。正直認めたくない。だがこれはこの世界の料理に革新をもたらすほどだ。

 せめてもの抵抗として決して美味しいとは口にすまい。


「……」

「……」


 父様と二人して終始無言で食べ進めた。




「……彼の様子はどうだ?」


 カレーを食べ終え、一段落ついた所で父様に問い掛けられる。

父様は時折言葉が足りない時がある。今のはグレン・ヨザクラの事を聞いているのだろう。既に不快な噂も広まっている。父様も注目せざるに得無い程ようだ。


「……ぐぬ」


 これは言わば報告会。互いの持つ情報を、話せる事は報告し合う。有事の際にはスムーズに動けるようにするためだ。したがって、嘘は許されない。私としてはグレン・ヨザクラの悪しき部分を強調したいのだがな!

 当然、グレン・ヨザクラに関しても私情を挟まずありのままの報告が求められる。


、優秀です。内容は省きますが、彼の知識は大いに姫様の役に立っています。また、、人心に長けています。屋敷の者達の中には心を許し始めている者が見られます」

「……うむ」

「そして、、このカレーの様に料理の腕もあるようです」

「……うむ」

 

 心做しか嬉しそうな表情を浮かべる父様。


「父様?」

「……気に掛けてやれ」

「なっ!?」


 グレン・ヨザクラを?私が?なぜだ!?

 姫様に近づく不届き者と言う意味で、あの男を気に掛けろと言うのなら分かる。しかし、父様からはそう言うものではなく、どことなくあの男を気に入っているかのような気配がある。

 なぜ?この間グレン・ヨザクラが陛下に呼ばれた時、父様も傍にいたと言うが……っ!?そう言えば、あの日に関しておかしな話を聞いていたのだった。


「父様、あの日折れた槍を持っていたという噂は本当ですか?」

「……うむ」

「!?」

「……強き男に」


 王国最強と名高い父様の槍が折られた!?まさか、グレン・ヨザクラに?

 いや、それはあり得ない。仮にそうだとすると、それだけの実力を私やクロエ、騎士団の面々から隠し通している事になる。どんな化け物だ。

 脳裏を過った馬鹿な考えを追い出すように頭を振る。


「相手は?」

「……」


 静かに首を横に振る父様。

 言えないという事。


「そう……ですか。では最近の魔物の動きですが――――」


 どうしても頭から離れない、まさかの可能性から目を逸らす為に次の話題に話を転換する。魔物の事盗賊の事、そしてキャメロンの事等、いくつかの情報を交換し一息吐くも、最後まであの馬鹿げた可能性は頭から離れなかった。

 このタイミングを見計らったように、メイドがデザートを持ってくる。


「!!~~~~~っ!!!!!」


 そのデザート『プリン』を口に入れた瞬間、件の可能性はいとも容易く頭から消え去っていた。

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