第四十三話

 再びヴィクトリアを泣かしてしまった事を思い出して、軽く鬱になる。これが最善だと判断しての事なので、今更どうにかする事などできない訳だが。


「あーえっと……クロエさんは?」


 取り敢えずヴィクトリアの事を頭から追い出し、クロエにも同様の確認をする。


「私は姫様に従います」


 いつも通りなんだが、今は彼女自身の意見を聞いときたいんだよな。


「出来ればクロエさん個人の意見をお願いします。ヴィクトリアさん同様キャメロン・コナーに特別な感情があるようなら、誓約紙で行動を縛らさていただきます。クロエさんは「嫌いです」……へ?」

「キャメロン様もグレン様の事も嫌いです。どんなに役に立とうと男である以上、姫様に近付く事自体許せません」

「……」

「……」

「満足ですか」

「えっと……はい」


 思った以上に過激な発言が飛び出してきた。何というか反応に困る。

 特別な感情を抱いていなかったら調査の方を手伝って貰おうかと思っていたのだが、頼み辛くなってしまった。


「ふふふ。クロエは相変わらずね。……こんな事を聞いてきたのは私達の協力が欲しいからでしょ?いいわ、クロエを暫く貸してあげるわ」

「!?よろしいのですか!?」


 流石姫様。素晴らしい読みに、ナイス采配だ。


「元々そのつもりだったのでしょう?クロエも良いわね?」

「かしこまりました」


 良かった。彼女の協力が得られるなら取れる手段も増える。恐らくというか確実に嫌々だろうが、この際彼女の都合など考えない。


「それで、私を何すればいいの?」

「いえ、殿下は何もしないでください。流石に殿下が動くと気付かれます。動くのは最後の最期です」

「そうね、その方が良いかもしれないわね」

「はい。強いて言うならヴィクトリアさんから目を離さないでください。彼女は些かキャメロン・コナーに対する想いが強すぎます。予定外な行動をされれば困りますし、彼女は殿下と共に最後に重要な役割がありますので」

「どこまで考えているのかは知らないけど、貴方の思惑通りに事が進むとは限らないわよ」


 それはそうだ。だが、ヴィクトリアを泣かせてしまった事やキャメロン・コナーの想定している屑性を考えると、今考えている通りに事を運びたい。最悪、殺し屋としての本性を現す事になっても。


「十分承知しております」


 明日からすぐにでも動くとして、一ヶ月……いや、既に一ヶ月を切っている事を考えると、どれほど時間が掛かるのか分からない以上出来るだけ時間を確保しておきたい。


「分かっているのならいいわ。トリアの事も任せなさい。それと明日からは報告以外で私の元に来なくていいわ。調査の方に専念なさい」


 ありがたい。同じ事を考えていたようだ。


「ありがとうございます。出来れば朝稽古の方も上手い様に言っといて頂けませんか?ちょっと彼女とは顔を合わせ辛いので」


 泣かせてしまってからの三日間も殆ど言葉を交わさなかったし、先程の件で亀裂は深まったと考えていいだろう。


「分かったわ。だけど、貴方ならもっと上手く出来たと思うのだけれど?」

「あははは。買い被り過ぎですよ」

「そう言う割には屋敷内のメイド達を中心に、信者を増やしている様だけど」

「そ、そんな訳ないじゃないですかー」


 いかにもしまった、というような表情を作って狼狽えてみせる。

 信者呼ばわりはどうかと思うが、実際メイド達を中心に俺を本格的に受け入れようという空気が流れ始めている。

 意図して狙った訳では無く、カミーユ・ケイリー・ルフィーナを初め厨房の料理人達が積極的に俺の事をよく話して回っているのに加え、時折メイド達に甘いモノの差し入れをしたりしているのが重なった結果である。お蔭で今では時間に余裕があれば、メイド達と雑談を楽しむ程の仲になっている。だから信者という感じでも無い。

 ちなみに騎士達の方は数人とは友好関係を築けているが、大部分が敵対的とは言わないまでも非友好的である。やはり、男のくせに戦えず弱いというのが彼女達には受け入れられない事らしい。


「はぁ~、まあいいわ。今の貴方はより信用できそうだから」

「そうですか?」


 何を思っての事なのか。


「そうよ。本当に顔つきが先程までとは違うわ。なんとなくだけど。何があったの?」


 その話を蒸し返すか!


「……答えなきゃダメですか?」

「ええ、是非聞きたいわ」


 恥ずかしいんだけどな。


「……殿下に褒められるのも悪くないなと思いまして。ちょっと気合い入れようかな、と」

「は?……ふっ…ふふ……ふふふふふ」

「……」


 なんだ、この羞恥プレイは。


「ふふふ、随分と可愛らしい理由だったのね」


 年下に可愛らしいと言われるのは、何ともむず痒いな。


「ヴィヴィもほめられるのすき!」

「……そうかい。良い子にしていたらもっと褒めてあげるよ」

「ほんと!?うへへへ……」


 お馴染みのだらしなくも愛嬌のある、可愛らしい笑顔を浮かべるヴィヴィの頭を撫でる。この笑顔を守っていきたいものだ。

 周りの暖かな眼差しから意識を逸らす為に、ヴィヴィを撫でつつ明日からの事に思いを馳せた。

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