第四十二話
その日の事を俺は一生忘れないだろう。
家族と少ない友人達によって開かれた、俺の16歳の誕生日パーティー。
そこにいた者達は、全員が俺が殺し屋をやっている事を何らかの形で知っていた。そんな彼らは、俺の心が壊れかけていた事に気付いていたらしい。
当時俺は彼らの様な良い人間が居るのを理解しながら、殺し屋をしている時に見る魂まで腐った醜い人間のせいで、絶望しかけていた。人に、世界に、そして自分自身に。
正義を掲げながら悪を殺しても、救えるものは少ない。正義とはなんとちっぽけなものか、と。
そしてある日、俺の正義すらも否定された。
「この人殺し」、と。
助けた者に掛けられたこの言葉は、俺の心を蝕んだ。正義を掲げ、殺しを正当化してきた俺にこの言葉は効果的だったのだ。一気に魂まで穢れてしまった気がした。敵の言葉だったらこんなにも堪えなかっただろう。
その日から知っている者達の前では、事有るごとに殺し屋である事を理由にするようになった。結局俺は人殺しだから、と。
『殺し屋だろうが何だろうが関係ないわ。貴方の全てを愛してあげる。だから私と結婚しなさい。決して後悔はさせないから』
パーティー終わりの事だった。
真っ赤な顔で恥じらいながら、されど堂々と。言葉は続く。
『紅蓮の言うちっぽけな正義に私は救われた。だからその正義を否定する事は貴方自身でも許さない。他の人に何と言われようと、紅蓮は紅蓮の正義の元に行動しなさい。私が隣で支えてあげるから』
突然の告白に混乱した。上手く返事をする事が出来ず、春香を不安にさせ泣かせた。母さんに皆の前で罰を与えられ保留にし、何とも締まらない結果となった。だけど春香の言葉は日を追うごとに、俺の荒んでいた心に染み渡り癒した。
そして数日後、俺と春香は結ばれた。
なぜ今そんな事を思い出したのか。
あの時は何を馬鹿な事をと否定したが、やはり俺は姫様に春香の影を見ていたのだろう。こうやって落ち着いてよく考えてみると分かる。
心地良いのだ。春香と同様、俺の事を認めてくれる姫様の傍が。勿論、姫さまは俺が殺し屋である事など知らない。だけど、心のどこかで彼女はそれすらも認めてくれると感じている。
それが、今俺がここにいる理由。
俺も随分と単純になったものだ。シスターの時にある程度気付かされていたが、ここまでだったとは。
「どうしたの?顔つきが変わったようだけど。この数十秒で心境の変化?」
「いえ……」
目聡いな。それだけしっかり見てくれているという事か。気付いてしまえば、ただそれだけで嬉しい。
「色々と深く考えたり、覚悟を決めたりしていたのですが……難しく考えすぎていたようで」
「?意味が分からないわ」
分かってもらったら困る。恥ずかしいもの。
「あははは。姫様の言葉が嬉しかっただけです。そういう事にしておいてください。……話を戻しましょう。キャメロン・コナーに関しては証拠が証拠なので、今の時点ではこうだと断言できません。ですが、そうですね。……ヴィヴィ?」
そこで、俺の膝の上で美味しそうにデザートを頬張っていたヴィヴィに声を掛ける。
「なーに?あにうえ」
「ヴィヴィはキャメロンの事どう思う?」
「んーとねー、キャメロンはたまにおかしとかもってきてくれるからすき。でも、あにうえのほうがもっとすき!でもねー、キャメロンたまにめがこわいの!だから、そのときのキャメロンはきらい!」
そう言うと再び手元のケーキを食べ始めた。そんなに気に入ってくれたんなら俺の分もあげようじゃないか。
ヴィヴィの頭をひと撫でし、姫様へと視線を戻す。
「似た様な事を孤児院の年少組も言っていました」
「子供の意見なんて」
「そう馬鹿には出来ませんよ。こと人を見る目に関しては。彼女達は幼いゆえに純粋ですから」
純粋だからこそ、俺達の目には映らないものを映すのだ。
「……貴方も同じ意見ってわけね」
「はい。あの男からは嫌なものしか感じませんでした。そう言う訳で、私はヤツを排除するつもりです」
「……本気のようね。誓約紙にまでサインしてしまった以上、このまま何もしなかったら貴方は死ぬ。正直私にはキャメロンからその嫌なものとかは感じないから、止めるべきだったと思っているわ」
相当うまく隠していたものな。ヴィヴィが居なかったら俺も気付かなかっただろうし。
「大丈夫ですよ。陛下と暗部の男、そしてユーゴ様。この御三方も彼からは嫌な感じがする、と」
「お父様が!?」
「父もですか」
驚く二人。これにはクロエも眉が動いた。
「はい。ヴィクトリアさんが居た時は、彼女から話が漏れる心配があったので言ってませんでしたが、元々陛下からこの命が下ったのはそう言った理由からです」
「そうだったの……」
神妙な顔つきになる姫様。何を考えているのだろうか。
「ところで、キャメロン・コナーを排除する事に関して何か個人的な問題とかはありますか?ヴィクトリアさんの様に特別な感情とか」
「ないわ」
即答だ。
「一応婚約者ですよね」
「そうね、でも恋人でも愛し合っている訳でもないわ」
うわー、ドライだ。王族貴族の婚姻本当に怖い。
俺も屋敷に泊まる事は出来ないし、婚約者であるはずのキャメロン・コナーも同様だ。この世界の女性が純潔をそれなりに重んじ婚前交渉も余り認められないからだ。王族貴族ともなると処女性が重要視される。彼女達にとっては自身の婚姻も政治なのだろう。恋愛結婚を経験した身としては、理解し難い事実だ。
恋愛をしてしまったら相当につらいよな。ヴィクトリアの泣き顔が脳裏を過った。
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