第二十九話
結局その日はそのまま解散となった。
フィオランツァのロープを解くと、彼女は俺達を罵り喚いた。しかし姫様にコソッと何か言われると、悔しそうに去っていった。その後はキャメロン・コナーの件と料理の方に取り掛かろうと思ったが、幼女達が俺を解放してくれず渋々孤児院へと帰ったという訳だ。
そしてあっという間に二週間が経った。
キャメロン・コナーの件は何の進展も無かったが、まあこれに関しては焦る必要は無い。そんな訳で二週間、午前中は
ただ、やはり調味料の類が少ない。砂糖・塩、そして大和に醤油・味噌があるらしいが、マヨネーズ・ケチャップ・ソース類・マスタード等々が無かった。迷い人も皆が皆作り方を知っているはずも無いから、仕方がない事なのだろう。
今回これらを調べるにあたって、マフション商会に協力してもらった。エーミルは俺に頼られたことが嬉しかったようで、かなり張り切ってくれた。お蔭で多数の食材・スパイス手に入り、今は指輪の中に保管されている。
そうやって手に入れたものと、シスターと共に彼女の馴染みの店に行き(八百屋のおばちゃんには夫婦だと揶揄われ、肉屋のおっさんには嫉妬された―――シスターは顔を真っ赤にし、照れていた)購入した、肉や野菜を使い料理し検証。結果、地球の料理を再現する事はある程度可能と判断した。
その際作った料理は、幼女達とシスターに食べてもらった。大変喜んでもらえたのだが、以降幼女達が以前に増して俺にベッタリになった。悪い気分はしないのだが少々鬱陶しい。シスターも一緒に買い物をと頻繁に誘ってくる様になった。どこか外堀を埋めようとしてきている節がある。気を付けなければ。
と、まあそんな訳で今日は姫様に地球の料理を披露する日。出す料理はもう決まっている。後は失敗しない様にいつも通り作るだけ。作るだけなのだが……。
「ちっ」
えー、歓迎されておりません。
背後に厳しい表情の料理人達を従え、厨房への入り口に立ち塞がる大柄な女性。
ルフィーナ・クック。姫様及び騎士団員の料理を任されている専属料理長。やや明るめの赤い髪を乱雑に縛り、190cmはあろう身長で見下ろしてくる。
「こんな坊やに何が出来るってんだい!?」
「む。失礼ですね。私は子供じゃありません!」
「はんっ」
どうしたものか。話すら聞いてもらえない雰囲気だ。
それにしても、また子供に見られた。どうしてだろうか。童顔と言う程でもないのだが、この世界に来てから子ども扱いや女扱いが異様に多い。美的感覚とかその辺を調べるべきか?
「ルフィーナ様、姫様の決定です」
「はんっ、そんな事は分かってるさね!だけど、あたい達も姫様の専属料理人として誇りを持ってやってるんだ。どこの馬の骨とも知れない奴、それも男をホイホイとあたい達の聖地には入れられないよ」
そこで再びルフィーナが俺を一瞥する。
「それに、あたいはこの男が姫様の傍にいる事自体認めていないよ。あんたも同じじゃないのか?クロエ嬢」
「……」
うん、分かってた。分かってたんだけど、何か言い返して欲しかった。本当に歓迎されてないなー。ぐすん。
「ほら見たことか。大体、姫様も姫様だよ。迷い人だか何だか知らないけど、こんな顔だけの男拾ってくるなんて」
この流れはマズイんじゃないか?姫様の陰口になってる。
「え、えっとそれ以上は……」
「ちっ。姫様も所詮は噂通りの「黙りなさい」―――っ!」
決して怒鳴った訳では無いが、その声は不思議とこの空間に響いた。
「殺しますよ」
表情は動いていない。しかし、クロエは確実に怒気と殺気をその身に纏っている。
「わ、悪かったさね。今のは口が過ぎたよ」
「……」
謝罪と同時にクロエの圧が小さくなっていく。
これは意図せず再確認できたな。やはり姫様に近ければ近い者ほど、忠誠心が半端ない。その様は信奉者と言えるだろう。クロエにヴィクトリアにカエデ、その他諸々。怖い職場だ。
「え~っと、それじゃ誓約紙を使いましょう!」
気まずくなった雰囲気を変える様に、明るく声を上げる。この状況を特に何とも思っていない俺が動くべきだろう。
今なら、皆俺の話をちゃんと聞いてくれるはずだ。料理人代表のルフィーナもクロエに畏縮しているし、一気に畳み掛けるとしよう。
周りの反応を待たずに誓約紙を取り出し、素早く書き込んでいく。この間商会に行った時に、エーミルから買ったものだ。ちなみにこの二週間でこっそり商いをしたので、懐はそれなりに暖かい。エーミルもホクホク顔だった。
「内容は『私グレン・ヨザクラ【甲】の作った料理をルフィーナ・クック【乙】が味見をし、納得させられなかった場合【甲】は【乙】に命を含む全てを差し出すものとする』でどうでしょう」
「「「なっ!?」」」
「……正気ですか?」
ルフィーナを初めとする料理人達が、驚きの声を上げ信じられない物を見る様な目を向けてくる。クロエに至っては正気を疑ってきた。
「勿論ですとも。私の世界の料理の知識も手に入りますよ。どうです?これでもまだ文句が?」
「……」
ある訳がない。こちらは文字通り命を懸け覚悟を示したんだ。これでまだぐだぐだ言うのは、怖気づいているようにしか見えない。それに異世界の料理もそそられることだろう。
「それとも怖いですか?」
「ちっ!良いだろう。乗ってやるさね。ただし!「【甲】の料理を【乙】が認めた場合、【乙】は【甲】に命を含む全てを差し出すものとする』この一文を誓約紙に加えるんだね」
「料理長!?」
「そんな!」
「おだまり!この坊やが覚悟を見せたんだ!あたいも同じく覚悟を見せるべきさね!」
「……へぇ。分かりました」
料理人としてのプライドが高そうだとは感じていたけど、人としても高いプライドも持ち合わせているみたいだ。中々の好人物じゃないか。仲良くなれそうな気がする。
「……グレン様。一応あなたは姫様の物なのですが」
「あははは。大丈夫ですよ。勝てばいいんですから。勝てばね」
「はっあんたに勝てるわけないでしょ!」
「そうよそうよ!」
わお。料理人の皆さんに睨まれた。
これだけのやり取りで、彼女達がルフィーナを慕っているというのは物凄く伝わってきた。だからこの反応も納得できる。ただ俺の料理の腕前も知らずになぜ断言できるのか。出来る事はおよそ全て極めている俺の料理の腕前も勿論、プロ級だと言うのに。
それにしても、普通に勝っても彼女達とは不和が生じるだけな気がする。勝った後のフォローも上手くやらないと。
「では調理に入りましょう。厨房入らせてもらいますね」
「ふ~ん。そんなことがあったの」
厨房前より所変わって、屋敷のとある一室。クロスの掛けられた大きなテーブルと椅子が並べられ、上座には姫様が座っている。その前にはパンやサラダ、そしてクロッシュで蓋をされた一品。
俺の料理だ。試食したルフィーナはあっさり俺の料理を認めた。これに他の料理人達が騒いだが、一口食べただけで皆唸り悔しそうに感嘆の声を挙げた。料理人としてのプライドが美味しい料理を貶すことは出来なかったようだ。
今彼女達にはレシピを渡し、デザートに取り掛かってもらっている。試食の後は元気の無かった彼女達も、未知のレシピにテンションが上がっていた。今頃厨房では狂喜乱舞だろう。結局彼女達は、何処まで行っても『料理人』だったという事だ。
料理披露の前にそんな厨房での一件をクロエが報告する。最初は不機嫌そうに聞いていた姫様も、話が後半に移る頃には上機嫌になっていった。
「つまりここにある料理には期待しても良いのね?」
「勿論です。……ではどうぞお召し上がりください」
クロッシュが取り除かれ、その料理が現れる。
瞬間、芳醇な香りがその部屋に広がり支配した。
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