第二十四話

 こちらの世界に来た時に拾った銀色の指輪。我が家系の家紋である桜と、それを覆うように描かれた翼。この翼のデザインは、全てを慈愛を持って包むというエレノア教の紋章と全く同じ。これは何を意味するのか。


、今からこの指輪の話をする。陛下や皆の意見も聞きたいのだが良いかい?」

「ふぇ?まぁまぁまぁ、まぁまぁまぁまぁ。えぇ良いわ。ふふふふふふふふ」


 ようやくジョゼと呼んで貰えた事に上機嫌になった王妃様は、その顔に満面の笑みを浮かべながら頬を擦り付けてくる。まるでこの《俺》を待っていたんだ、と言わんばかりに甘えてくる。

 もう諦めよう。何と言うか彼女の幸せそうな顔を見たらどうでも良くなった。これは母さんの教育のせいと言うか賜物だろう。年齢問わず女性の笑顔を見ると満たされる。王様の殺気とか、親父の呆れ顔さえ気にならない。

 やはり俺はこういう人間なんだ。餌をやり、水をやる。されど収穫はしない。最低の男を地で行き、自覚している分なお悪い。だが、幼少の頃よりそう言う風に育てられてきた為女性を笑顔にしたい、その欲求が強い。

 春香が居なくなってからは、操を立てるかの様に女性とあまり関わらないようにしていたが、何とも可笑しな話である。春香が居た時だって自重した事が無く、いつだって彼女をさせていたというのに。

 この世界で会う女性はナンシーやシスターを初め、春香を失った事で俺のおかしくなってしまった部分を教えてくれる。喜ぶべき事なのだろうが、不甲斐無い自分と向き合わされている様で何とも妙な気分だ。


 『男の子として女の子を笑顔にして、幸せにしてあげなさい』


 そんな母さんの言葉を今一度思い出しながら、『一線を越えなければ問題ない』そんな最低な事を考える。だがこれが俺だ。仕方がない。

 傍らのジョゼの頭を優しく撫でながら、話を続けるべく王様たちに視線を戻す。


「この指輪は恐らく神具です。手に入れた経緯を話そうと思うのですが、よろしいですか?」

「うむ。……が、その前にいい加減ジョゼから手を離せ」


 そうだった彼女このひと王妃人妻だった。だが今の俺には関係ないな。それに……。


「彼女の方が離してくれないのですが」

「ぐぬぬぬ。……はぁ、もういい。不義だけは働くなよ」

「それは勿論分かって「不義!?子供!!」……ジョゼ?」


 まるで天啓を得たと言わんばかりに顔を上げ、その顔を喜色に染める。


「私レンちゃんの子供が欲しいわ!!」

「「「んなっ!!!」」」


 俺や王様ばかりか、オスカー達やセバスまでも声を上げる。

 それもそうだろう。王族に名を連ねる者が、堂々と旦那以外のたねで身籠りたいと言っているのだから。限られた人しか居ないとは言え、冗談でも口にして良い事じゃない。


「ジョゼよ、いい加減にするのだ。それは冗談では済まんぞ」

「まぁまぁまぁ、を忘れた人が私に説教ですか?」


 約束?俺との時間云々の事か?


「?何の事だ。話を逸らすような事をするな」

「子供4人」

「!?」


 怒り呆れていた王様の動きが、完全に止まる。次いで大量の汗が吹き出し、目があちこちと忙しなく動く。


「私がここに嫁ぐ時、『子供は絶対4人欲しいわ』って言ったらあなたなんて言った?」

「『任せろ!4人でも5人でも、なんなら10人でもいいぞ。わはははは』だったと思います」


 あ、敬語になった。

 ジョゼ的には子供4人は絶対条件だったのだろう。しかし王様的には出産などの事を詳しく知らない、箱入り娘の可愛い戯言だったと。

 まあ、普通一人産むのも大変だからな。4人なんて、と考えてしまうだろう。


「それなのにシアが生まれてからご無沙汰よ」


 あぁ、やはり彼女が姫様の母君だったか。どうりで面影がある訳だ。


「エイミーの子と合わせると5人だが……」

「確かにあの子達も私の子だと思っているわ。でも私は4人の子を、このお腹を痛めて産みたかったの!!」


 エイミー~第二王妃殿下。もう一人の王妃様だが、名前はちゃんと覚えていない。


「なら儂が頑張るから。頼むから公では無いとは言え、他の胤で孕みたい等とは言ってくれるな」

「まぁまぁまぁ、あなたのはもう役に立たないのに?」

「ぐはっ!!!」

「は?」「え?」「……む」「……」「ぶはっ、くく」


 聞いてはいけない類の内容のいきなりのカミングアウトに、俺・ユーゴ・オスカーはそれぞれ驚きの声を上げ、唯一知っていた様子のセバスは無表情を張り付け、親父は吹き出し笑いを堪えていた。

 暴露されたカーネラ王国国王陛下の下半身事情。


「「「「……」」」」

「くくく……」


 皆が反応に困っている。……一人を除いて。

 すぐにでも指輪の話に移りたいのだが、どうしたものか。俺が原因と言えば原因な訳だし、俺が何とかしなければいかんよな。


「……王妃殿下。陛下の言う通り冗談が悪質過ぎます。陛下のに関しても、他人の目のあるここで言う事ではないでしょう」


 言葉遣いを戻し、窘める口調でジョゼにそう説く。


「あっ……ごめんなさい」


 ショックを受けたかのようにビクリと体を震わせ、密着させていた体を離すジョゼ。


「謝る相手は私ではないでしょう?」

「あ、あなた……ごめんなさい」

「う、うむ。舞い上がっていたのであろう。儂もゲッコウやに聞いていた以上の人物だった為、少々はしゃぎ過ぎた。グレンよ、すまぬ」


 驚いた。謝罪を口にすれども、一国の王が頭まで下げるとは思わなかった。個人的には好感が持てるが、対外的には大丈夫なのだろうか。いや、≪賢王≫と呼ばれている事から大丈夫なのだろう。顔を合わせて一時間ちょっとだが、彼の言動の端々に聡明さも窺える。

 その両耳は真っ赤に染まっているが。


「いえ、頭を上げてください。私も調子に乗り過ぎました、申し訳ございません」

「ふっ、全く恐ろしい男だ」

「?」

「謝意など欠片も持ち合わせておらぬだろうに、その表情・雰囲気は謝罪する人そのもの。≪虚影≫とはよく言ったものよ」

「……喋り過ぎだぞ、クソ親父っ!!」


 大声にならないように親父を罵倒するが、当の本人は惚けたふりをしながら目の前の料理に舌鼓を打っている。

 ≪虚影≫。地球で殺し屋として活動していた頃の通り名の一つ。

 男かと思えば女だったり、子供かと思えば老人だったり、かと思えばその逆だったり。得物も銃かと思えばナイフだったり、ペンなどの小物だったりと情報は定まらず、一度会っても二度目は全くの別人。言葉も表情も、存在そのものが嘘偽りに染まった殺し屋。

 そんな性別も年齢も得物も何もかもが虚偽に塗れ、実態を捉えることのできない影の様な存在である事が由来。当時は羞恥に悶えたものだ。

 それにしても、こんな事まで親父が喋っているとは。余程王様の事が気に入っているらしい。親父の態度に王様も何も言わないし、余程固い信頼関係で結ばれている様だ。


「そうゲッコウを責めてやるな。どちらかと言うとサヨの方が良く喋ってくれた」


 母さん……。王様相手に息子自慢したのか。相変わらずだな。直ぐにでも会いたいが、今は指輪の件が先決。

 ジョゼも大人しくと言うかしおらしくと言うか、最早俯いちゃっているのでさっさと話してしまおう。ご機嫌取りはその後だ。


「はぁ、そうですか。……では、指輪の話に戻りましょう。今から話す事はここだけの話にしていただきたい。それと今後その事について調べる時も、決して目立たない様にお願いします」

「うむ、相分かった。内容を聞いていない故確約は出来ぬが、そなたの意に沿うよう努めよう」


 王様が周りに目を配ると、側近の彼らも首肯するように首を縦に振る。

「ありがとうございます」


 取り敢えずはそれで良い。今のところ異世界人であるという事以外で、目立つ積りは無いからな。


「では、この世界に来た状況からマフション商会で雇われる事になった経緯と共に、指輪の事について話させていただきます。あれは約一年ぶりに、我が家へ帰って来た時の事でした。見覚えのない扉が居間に―――――」


 扉の事、指輪の事そして麒麟の事。順番に話していく。

 未だに俯いているジョゼの事が気になる。慰めてあげたい。大雑把に話して、さっさと終わらせる事としよう。

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