第二十三話
ギャグマンガのように吹っ飛んでいく親父。その体は何度もバウンドし、壁に思いっきりぶつかる事でようやく止まった。
「「「……」」」
皆が唖然としている。それもそうだろう。今の俺は、あの時の麒麟とほぼ同じ速度で動いたのだから。
「あとは……」
唖然とした表情のまま動かないユーゴの腹を、王様の頬を軽く殴り王妃様に軽めのデコピンを当てる。
「これ程とは……。聞いていた以上だ」
フリーズしていた王様が、我に返ったように呟く。
「気は済みました?」
「うむ。試すような事をしてすまなかったな。ゲッコウから聞いていたとはいえ、やはり自分の目で見なければと思うてな」
「では……」
「まぁ、待て。まだ聞きたい事もある。少し早いが共に昼食を取ろう。オスカー、ゲッコウを頼む。セバス準備を」
「はっ」
いつの間にか起きていたセバスとオスカーが、即座に行動に移す。手際の良さから恐らく、これも予定の内なのだろう。
これは断れる雰囲気じゃないな。
空気が重い。
ここは、王族が揃って食事をしたり他国の要人などとの会食が開かれる、通称『彩の間』。大きなテーブルに並べられる料理の数々は、流石王族の食事。割と豪華な品が並んでいる。
この世界では高めの香辛料が、多く使われている様でとても食欲をそそる。しかし、肝心の味が分からない。
「はい、あ~ん」
「……あ~ん」
「ふふ。美味しい?」
「……オイシイデス」
上座に王様が、その傍に側近であろう彼らが座る。そして王様と向かい合う形で座る俺の隣には、なぜか王妃様が陣取っている。肩と肩が触れ合う程―――いや、体と体がくっつく程に密着し食べさせてくれるのだが、傍から見ればイチャついている様にしか見えないらしく男性陣の、特に王様の視線が痛い。
「王妃殿下、もう一度言いますが自分で食べられますので」
「まぁ、ダメよ。怪我してるんだから」
そう、利き手である右手は骨折していた。槍の上からオスカーを殴った時にヒビが入っていたのだろう。そして親父を殴った時に折れた。親父を殴った時は速度強化をメインに行っていたため、骨強化が疎かになっていたようだ。
直後はアドレナリンのおかげで気付かなかったが、痛みを感じ出した頃には腫れてしまっていた。それを見た王妃様は大騒ぎ、そして現状に繋がる。
「しかし、もう治っていますし」
既に持っていた魔法薬で完治している。商会を出る時、エーミルが餞別として沢山持たせてくれたのだ。
「まぁまぁ、魔法薬を過信しちゃいけないわ。外から見て治っていても、中はどうなっているか分からないじゃない」
「それはそうですが……」
もう何か言っても無駄の様だ。ここは俺が折れよう。
「それと私の事はジョゼと呼んで?」
「いや、それはさすがに」
「まぁまぁ、嫌なの?悲しいわ」
「うっ」
やや瞳を潤わせて、下から覗き込むような上目遣い。母さんと同じぐらいの年だろうが、それを感じさせない程に若々しい為ドギマギする。
周りに助けを求めるが、顔を逸らすか無視される。親父に至っては、ローブを脱ぎ露わになったその顔に、何が楽しいのかずっとニヤニヤ顔を浮かべている。実に腹立たしい。二枚目なあの顔が歪むくらいに、あと数発殴っておけば良かった。
「まぁ、食べカスが付いているわ。ちゅっ」
「「!!!!」」
あ~んでしっかり食べさせてもらっていた為、付いている筈の無い食べカスを口で直接食べ取られる。
王様が人とは思えない形相を浮かべているが、何かを言ってくることは無い。俺がやらせている事じゃないからか、はたまた他に理由があるのか。
「ふふふ。お礼にジョゼと呼んでも良くてよ」
「え~っとですね。そもそも私はアリシア殿下の奴隷と言う立場でして、王妃殿下を愛称で呼び捨てるのは些か分不相応かと」
「まぁまぁ、レンちゃんは奴隷だったの?でも奴隷紋が見当たらないわ」
「肌に直接刻まれますからね。服の上からでは分からないでしょう」
誓約書を用いて奴隷契約を行った場合、奴隷となる者には奴隷紋という云わば証明書のようなモノが刻まれる。俺にも例にも漏れず、奴隷紋が刻まれていた。
「ううん、そうじゃないの。奴隷紋には神力が使われているから、神眼持ちの私には服の上からでも分かるのよ。奴隷紋の有無が」
何ですと!?
「神力に神眼ですか?」
初めて聴くフレーズだ。
「いったいそ「ち、ちょっと待ってくれ!奴隷紋が無いとはどういう事だ!」れは……」
まあ、奴隷として引き取られた事になっているからな。驚くのも無理ない。
「既に契約を切っているという事か!?そんな報告は受けてないぞ!」
「リアン?」
「なんだ!?今大事な「黙りなさい」…っ!」
これは……。今までの王妃様からは考えられない気迫だな。ミーハーな所があってもやはり、この国の王妃だという事か。
「約束したわよね。今は私の時間よ?」
「うっ……むぅ。すまん」
あぁ、そうゆうこと。
謁見の間では王様の時間で、ここでは王妃様の時間。そんな取引があったという事か。どうりで王様が何も言ってこない訳だ。謁見の間でも、王妃様は歓声を上げるものの直接話し掛けてきたりはしなかったもんな。
渋々と言った表情で王様が大人しくなる。尻に敷かれているという程ではないようだが、彼らの力関係が垣間見える一幕だ。
何だろう。とてもシリアスな内容の話をする雰囲気だったのだが、王様夫婦の俺と話す時間の取り合いだと見るとむず痒さを覚える。
「えっと、それで神力と神眼についてですが……」
「そうだったわね。ふふふ。えい」
何を血迷ったか王妃様が俺の腕を取り、その豊かな胸に挟み抱く。
この世界のブラは地球の物ほどしっかりとした物では無い。故にこういう事をされると、間に衣服があってもダイレクトに柔らかな胸の感触が伝わってくる。
「私の秘密を教える対価よ。ふふ」
寧ろご褒美なのでは……。ゲフン、ゲフン。
「……」
最早何も言うまい。
「私の眼はね、神眼と言って神力と言うモノを見る力があるの。神力はそのまんま神様の力。誓約神の加護のある誓約紙を使って刻まれた奴隷紋には、当然神力が宿るの。ねぇ、レンちゃん。貴方の奴隷紋は何処にあるの?」
さてどうしたものか。
王妃様は母さんと仲が良い。レンちゃん呼びがその証拠だ。母さんが俺をレンちゃんと呼ぶのは、ある特殊な条件下だけだが。
恐らく王妃様はその辺も色々聞いているのだろう。だから俺に対する好感度がこんなにも高いのだ。昔から母さんは、気に入ったママ友を俺のファンに仕立て上げていたからな。それはつまりその相手は信用できるという事ではある。まあ、ここまでグイグイ来る人は初めてだけど。
「あー、なんとなく奴隷紋に魔力を流したら解除されまして……」
「それだけ?まぁまぁまぁ、どうしてかしら?」
こっちが知りたいほどだ。
姫様と契約してから一人で部屋に戻った時、本当になんとな~く流したら奴隷紋は綺麗に消え去った。剥がれ落ちる様にして。
奴隷紋が魔力を流すだけで消える。そんな事あるはずがない。これが当たり前の事だったら、奴隷契約どころか誓約紙そのものの存在意義が問われる。仮にも神様の加護とやらがあるというのに。
「もしかしたら、レンちゃんの魔力に神力が混じっている事と関係あるのかしら」
「は?」
「「「「なっ!!」」」」
そんな王妃様の呟きに、この場に居る全員が驚愕の表情を浮かべる。
俺に神様の力が流れている?んなアホな。
「神力を持つ人間だとっ!それでは…ま……る………で…………」
「……」
「……すまん」
勢いよく立ち上がり何かを言いかけた王様が、その勢いと語尾を弱弱しいものにしながら萎んでいく。
隣を見れば、微笑みを浮かべたまま王様を見つめる王妃様が。しかし、その目には一切の暖かさが無かった。
普通、こんな事を聞いて落ち着いてなどいられないだろう。だが王妃様にとっては、割とどうでも良い事らしい。
「ふふふ。それ以上のことは分からないわね」
「人が神力を持つというのは、どういった意味を持つので?」
「そうね。……敬虔なエレノア教徒、それも聖女や聖王と呼ばれる人達は神力を持っているわ」
確か聖女はエレノア教のトップの一人、聖王はエレノア教国の国主だったか。
「う~ん……」
共通点などが見当たらないな。別にエレノア教を信仰している訳でも無いし。
「他には神具ね」
「シング?」
「誓約紙による奴隷紋は神力が宿るって言ったけど、同じように神様方が作られた道具を持つ人も稀に神力を持つわ」
神具か。
ふと右の中指に嵌められたそれが目に入る。
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