第二十二話

 約一ヵ月ぶりに全身を闘気で包み、立ち上がる。

 その瞬間、一番近くに居たセバスが老人とは思えない動きで距離を取り、槍の男とローブの男は即座に王様と王妃様を守るように立ち、太った男はその場から動かないものの拳を構え、全員が戦闘態勢を取る。


「グレンよ、どういうつもりだ?」

「どういうつもりもなにも、おたくらの考えが読めたんでな」


 王様の方眉がピクリと動く。

 俺のこの変化に、反応したのは眉だけか。驚いて無い訳では無いと思うが、やるな。他の者達は―――ローブのは分からんが―――大なり小なり驚愕の表情を浮かべているというのに。

 ……王妃様の目はなぜかキラッキラしているが。


「……フッ、そうか。


 やはり俺の考えは間違っていないようだ。


「言いたい事、聞きたい事色々あるが、取り敢えず全員一発殴ろうと思う。あ、ローブのあんたは最後だ」

「グレン殿、一発殴るというのは陛下や王妃様もですか?それは洒落になりませんよ」


 そう言うセバスの体を魔力が覆っていく。身体強化だ。

 すかさず俺もの強化を施す。


「だから全員と言っているだろう。理由を作ってやったんだ。ごちゃごちゃ言ってねぇで、さっさと掛かってきやがれ」


 瞬間、セバスが飛び掛かってくる。強化が施された肉体が紡ぐその瞬発力は、目の前の男が老人である事を忘れてしまいそうになる程だ。


「グレン殿には躾が必要なようです、ねっ!」


 鋭く繰り出される、突きや蹴り。それらを余裕を持って捌いていく。


「躾が得意なので?っと」

「各殿下のっ、御世話も務めましたからねっ。シッ。人並み以上だと自負しておりますよ。セイッ」


 放たれる手や足等による打撃の中に、暗器の如くテーブルナイフやフォークによる攻撃が織り交ぜられる。執事っぽさが顕著に出ている。理由を問えば『執事の嗜みです』とでも返ってきそうだ。


「その割には失敗したのが一匹いるんじゃないか?」

「!?」

「隙あり」

「っ!…がっ」

「キャーーー!!」


 俺の言葉に動揺し出来た隙に、すかさず腹部に回し蹴りを繰り出しセバスを蹴り飛ばす。

 吹き飛び何度か転がったセバスは、起き上がる様子を見せない。加減はしたので気絶しているだけだろう。

 そして王妃様の歓声は無視しておく。


「次は誰が相手を?」

「……セバスは国内でもトップレベルの実力なのだがな。それをこうも容易く……。ユーゴどうだ?」

「今の太ったワシでは勝てますまい。まだ仕事もある故、怪我もしたくありませぬ」


 昔は痩せていたのだろう。ユーゴと呼ばれた太った男はそう言い、辞退する。セバスの元に歩いていくのは、安否確認の為だろう。

 残念だな、槍の男は大変そうなので準備運動がてらっておきたかったのだが。


「そうか、ではオスカー行け」

「……はっ」


 槍の男オスカーが進み出る。その様はまさに威風堂々。並の者なら気圧されるだろう。


「おっと」


 目の前に来るなり首めがけて突き出された槍を、危な気無く掴み取る。


「……貴公のそれは身体強化か」

「うん?分かるのか?」


 俺の本気の身体強化は普通のとは違い、白い靄の様な魔力のオーラは出ない。これは魔力が少ないからではなく、効率的にそして効果的に魔力を使い強化しているからだ。

 普通の身体強化は全身に魔力を漲らせる、ただそれだけだ。しかし俺の場合は、それを細胞レベルで行う。勿論、細胞一つ一つ完璧に魔力を通すのは不可能だ。だが、そういった意識をするとしないとでは全く違ってくる。

 この世界に細胞と言う概念は無い。しかし、細胞を知らなくても魔力を細胞に通す事は出来る。大量の魔力を流すのだ。

 大量の魔力を全身に流せば、幾らかは細胞へと流れるだろう。すると魔力が多ければ多いほど、強化幅が大きくなるという話になる。つまり強化時に見える様になる白いオーラは、見た目こそカッコいいが、実質細胞へと流れる事も無かった余分な魔力という事だ。

 そして、俺の強化はその余分な魔力が出ない。結果、見た目に大きな変化の無い普通以上の身体強化が可能となる。たとえ魔力量が人並みでも。


「……生身でセバスの動きや、我が槍に反応出来るとは思えん」

「それもそうか。余り手の内を晒すような事は言いたくないのだが……まあいっか。俺のこれは『身体強化・極』って呼んでる。強化幅はざっと十倍以上だ」

「……なんだと?」

「十倍だと!?そんなバカなっ!」

「詳しく調べた訳じゃないから凡そだがな」

「体が付いて行けるものか!」


 細胞レベルで強化されるのは、神経や五感そして脳もだ。あらゆる処理能力も高まり、限界を超えた動きが可能となる。


「普通ならそうだろうが、俺は異世界人だからな。物の考え方があんたらとは違う」

「むぅ~」


 興奮していた王様が、ちらっとローブの男に目を配る。それに対して首を横に振るローブの男。


「それでどうするんだ?。止めとくか?」

「……否」


 オスカーの纏う魔力が濃くなっていく。

 騎士団長クラスは4倍と聞いていたのだが、優にそれ以上は有りそうだ。


「おいおい、とんでもないな」

「……いざ」

「…っと!」


 素早い踏み込みからの連続突き。その速度は当然ヴィクトリアより速い。

 ヴィクトリアとの時は、商会の時も今朝も脳や感覚器官を初めとする神経系のみを強化し、上手い具合にボロボロになるように調整が出来た。今はとてもじゃないが難しい。

 勿論ヴィクトリアの時とは目的が違う。今やるべき事は、目の前の男を宣言通り殴る事。セバスの時は蹴り飛ばしてしまったが、細かい事はこの際どうでもいい。

 突きを躱したかと思えば、槍が大きく振るわれ穂先がスーツを掠める。間合いを殺そうと踏み込めば、柄での打撃が待っている。


「ヴィクトリアより鈍いんじゃないか?」

「……」


 挑発は効果無しか。『一発殴る』と言った以上、一発で済ませたいのだが難しそうだ。やり過ぎて禍根を残すような事はしたくないし、どうしたものか。

 予想が違って、彼がヴィクトリアの父親じゃなかったら恥ずかしいな。それに近衛騎士団団長は槍の達人だと聞いていたから、合っていると思うけど。ここまで無反応でいられると不安になる。

 その後もわざと隙を作ったりもするが、飛び込んでくるような事も無くただ自分の力を信じ、俺を倒そうという意志だけが感じられる。

 仕方ない、仕掛けてみるか。


「ついてこれるか?」

「……っ!!」


 ギアを一段上げ、速度でオスカーを攪乱する。

 さらに今まではカウンター狙いで受けに徹していた動きから、相手に決定的な隙を作らせるための攻撃的な動きへシフトする。

オスカーも達人。この程度で大きな隙を作ったりはしない。しかし、この変化によりリズムを変える事が出来た。

 隙、といえる程のモノでは無いが自身を上回る速度で放たれる、手元や足元への執拗な攻撃。僅かに疲労と焦りが見え始めた。

 十分だ。


「はっ」

「……」

「らぁっ」

「……くっ」


 ギアを上げてから数十合、完全に攻守が逆転した。互いに一撃も入れてないが、完全にこちらが優位だ。


「これで終いだっ!」

「……ぬっ!」

 そんな訳ない。こちらが優位と言えども彼も強者、易々とやられる様な事は無い。しかし、極限の状態での攻防が続いた事により、その言葉は無視出来ない。

 オスカーの心に疑念が生じる。『もしかしたら、ミスったかも』と。


「ここだぁっ!」


 終い、と言う言葉と共に放たれた側頭部への鋭い蹴りに、過剰に反応したオスカーを嘲笑うかのように足を素早く戻し、本命の拳を槍へと叩き込む。

 蹴りに反応し防御に回っていた槍は、オスカーの体の前を交差するように構えられている。そこへ叩き込まれた拳は、その槍を折れずとも大きく曲げ、それでも勢いは止まらず彼の体にも衝撃が通る。


「……ぐぅぅぅっ!……がはっ」

 オスカーは吹き飛ばないよう力一杯踏ん張るが、身体が衝撃に耐えきれず吐血する。

 身体強化・極による拳の威力は、トラックの衝撃を軽く超える。いくら強化で防御力が上がっていたとしても、無事でいられるはずがない。


「まだるか?」

「……否。槍がもう使えぬ。オレの負けだ」

「そう「キャーーー。、カッコいいーーー」……」

「「「……」」」


 なんと言うか沈黙が痛い。それと、王様の視線も痛い。

 レンちゃんで色々分かったが、面倒なので取り敢えず今は置いておこう。


「ははは。ありがとう」

「キャーーーーー」


 一応礼と共に王妃様に手を振るが、凄まじい熱狂ぶりだ。人気アイドルにでもなったかのようだ。ファンは一人だけだけど。


「さてと……」


 気を取り直しローブの男を見据える。ちょうど王様の元からこちらに歩いて来ている所だ。


「……ゲッコウよ、任せる」


 オスカーが負けを認めてから呆然とし、王妃様の俺への歓声に殺気が溢れていた王様がローブの男に声を掛ける。

 一言であるものの、その言葉には色々と思いが詰まっている気がした。大部分が俺への怒りや殺意だと思うけど。


「はぁ……ゲッコウ、ね」


 九割九分確信していたが、今ので確定した。


「――――っ!」

「久しぶりだな!!!!」


 オスカーと相対していた時をさらに上回るスピードで近付き、その驚愕に彩られているであろう見えない顔を殴りつけた。

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