第十九話

「ひぃ、ひぃ、んぐぅ、ふぅ~」


 あぁ空が青い。いつの間にか完全に夜が明けていたようだ。


「この程度でだらしない」


 ヴィクトリアの稽古は思ったよりは優しかった。思ったよりと言うだけで、ボロボロに叩きのめされはしたが。

 周りの団員達も早々に興味が失せたようで、二回ほど吹っ飛ばされたところで鍛錬に戻って行った。

 意外だったのはヴィクトリアが剣の握り方から教えてくれたこと。一回叩きのめすごとに一つ教えてくれた。意外と面倒見が良いのかもしれない。叩きのめすごとに、というのが彼女らしいけど。

 俺を叩きのめす彼女の顔は本当に楽しそうだった。


「取り敢えず、今日はここまでだ」

「ぜぇ、へ?き、今日は?」

「明日からも同じ時間にここへ来い。姫様に仕える以上、貴様にも強くなってもらう」


 一方的にそう宣言し、反論は聞かんとばかりにさっさと行ってしまった。

 最悪の展開だ。明日からも戦えるのに戦えない振りをして、ばれないように上手く叩きのめされる。

 考えただけでストレスが溜まりそうだ。でも、これは自分で決めた事。その時まで頑張るとしよう。

すると見上げる空に影が出来る。


「思ったよりつまらない男ですわね」


 見ればこちらを見下ろす女が一人。15、6歳程か。


「あのが男を、それも迷い人を連れてきたというからどんなモノかと思えば……」


 縦ロールだ。金髪の立派な縦ロール。リアルで初めて見たぞ、こんな髪型。

 手に持つふりふりの扇子で口元を隠しこちらを見下ろす、いや見下す目には高慢さが窺える。そして腰には剣を差しているが、同様に鞭も掛けられている。

 鞭の方は趣味だろうか。今は騎士の姿だが、煌びやかなドレスを着て仮面でも付ければ、その道の者達に喜ばれそうである。

鍛えてるだけあってスタイルも良いし。胸も大きい。密かに大きいな、と思っていたヴィクトリアよりさらに大きそうだ。Gカップぐらいありそうだ。


「あー、どちらさまで?」

「ふふん、下賤に名乗る名など無くてよ」


 うわー。そんな気はしてたけど、関わり合いにはなりたくないタイプの面倒な女だ。


「さいですか……」

「見てくれは良いから、そうねペットとしてなら良いかもしれませんわね」

「へ?ペット」


 犬猫的愛玩用ではない。サーカス的調教用だ。彼女のペットと言うセリフからは、そんなニュアンスが読み取れる。


「アリシアに捨てられたらわたくしの元へ来なさい。ペットとして飼ってあげるわ。オーホッホッホッホッホッ」


 縦ロールのお嬢様はそう言うと、らしい笑い声を響かせながら立ち去って行った。


「ペットは嫌だな……奴隷の方がマシだ」


 改めて周りを見ると、まだ数人の姿がちらほら見える。彼女達が居なくなるまで今しばらくは、疲れたふりをして横になっていよう。

 一人くらい優しい言葉を掛けに来てくれても良いと思うんだけどな。薄情な娘達だこと。


「それにしても、殿下を呼び捨てか……」


 第一王女ロゼリエは冒険者として放浪中。第三王女はまだ4歳。となると姫様を呼び捨てに出来るのは他の親族。

 確か姫様には従妹が居たはず。現王の実弟で四大公爵の一人フローレス公爵が一人娘、名は……忘れた。そして第二王子の婚約者。

 クロエもどれかの公爵家の娘で、ヴィクトリアも爵位持ちの家の出だったはず。姫様に仕える事になるとは思ってなかったから、この辺の事はあんまり勉強してないんだよな。やっておけばよかったぜ。

 そんなちょっとした後悔と反省をしていると、またしても影が出来る。


「いやはや貴殿も大変でござるな」


 はぁ、今度は何だ。

 やや辛そうにしながらその場に座り、声の主を見上げる。

 そこには俺と同じ黒髪の女が居た。同い年くらいか?

 女はその黒髪を変に位置が高めというか、まるで丁髷ちょんまげを模しているかのような変則的ポニーテールで纏め、どこか和を感じさせる軽鎧に身を包んでいた。そしてその腰にあるのは紛れもなく、刀。


「貴方は?」

「おお、これは失礼。某、大和皇国出身のカエデ・ニシツノミヤと申す者でござる」

「……グレン・ヨザクラです」


 彼女の「~ござる」口調は、冗談等ではなくマジのようだ。次から次へと濃ゆいな。


「話は聞いているでござる。何でも迷い人だとか。見た目も似ておるし、もしかしたら祖が同郷やもしれないでござるな。宜しくして貰えると幸いでござる」

「え、ええ。よろしくお願いします」


 なぜこんなにも最初から友好的な態度なのか。祖先が同郷かもと言うだけでグイグイ来すぎだろ。

 取り敢えず座ったままでは失礼だろうと立ち上がり、彼女と握手を交わす。


「む。存外傷が目立つでござるな。失礼」


 そう言うと右手を俺に翳し、治癒魔法を発動させる。以前見たカールのモノよりは数段落ちるようだが、ヴィクトリアに叩きのめされて出来た傷が確実に治っていく。


「おぉ!有難うございます」

「―――これで良し。小さな傷程度なら某でも治せる故、いつでも頼ってくれると嬉しいでござる」


 治癒魔法が使えるという事は、エレノア教徒か。


「はい、機会があればその好意に甘えさせていただきます。……それで私に何の御用で?」

「……あぁ!そうでござった!実はフィオ殿の事についてお教えしておこうと思った次第でござる」


 今本気で忘れていなかったか?もしかしてアホの子か?


「フィオ殿?」

「先程の御仁の事でござる。フィオ殿の本名はフィオランツァ・ルゥ・フローレス。殿下の従妹君でフローレス公爵家の御令嬢でござる」

「やはりそうですか」

「おや?知っていたのでござるか?」

「いえ、そう言う訳では無いのですがひ……殿下の事を呼び捨てにしておられたので。もしかしたら、と」

「……聞いていた通り頭は回るのでござるな」

「はい?今なんと?」


 ただアホなだけの人じゃないようだな。言動一つ一つをつぶさに観察してくる。


「いや、何でもないでござる。それよりもフィオ殿の事でござる。あの御仁はある理由により男嫌いな所があるのでござる」

「理由とは?」

「それは某の口からは言えぬでござる」


 男に襲われたか?いや、それなら男を怖がるか憎むかだろう。態々接触してこようとはしない筈。となると……あぁ、


「とにかく、本来の性格も相まって殿方に対して攻撃的と言うか、少々苛烈な部分が有るのでござる。故に彼女と接する場合は、気を付けた方が良いと進言するでござる」

「それはそれは、親切に有難うございます」

「何、気にする必要は無いでござる。余所者同士助け合っていくでござる」

「はい」

「では、某はこれにて」


 そう言ってカエデは一礼すると、去っていった。

 かなり友好的ではあったが、随所に俺の事を探るような様子が見受けられた。大和皇国出身でありながらここに居る以上、彼女も姫様を慕ってのことかもしれない。

 それにカエデ・ニシツノミヤ……ニシツノ。まさか、な。一応調べておくか。

 ただのアホの子じゃないようだ。


「みぎゃっ」

「……」

「むむ。そろそろこの靴も変え時なのでござろうか……新調したばかりなのでござるが」


 やっぱりアホの子なのかもしれん。

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