第十八話

 翌朝俺は厨房に立っていた。

 現在4時数分前。当然皆はまだ寝ている。ちなみにこの世界も地球と同じく一日24時間だ。

 今はシスターへの昨晩のお詫びを兼ねて、朝ご飯を調理中。

 作っているのはシチュー。牛乳は勿論、驚いたことに意外としっかりとした小麦粉もあったので、少し早起きして取り掛かっている。

 この約一ヶ月の間にシチューと言う料理名をこの世界では聞いた事が無いので、少なくともこの国では今日が初お披露目となるだろう。

 そしてそれを食べるのは、あの元気な幼女達。どんな反応を見せるのか今から楽しみである。反応が良ければ他の料理を披露するのも良いかもしれない。


「よし。こんなもんか」


 が、しかし。昨晩のアレコレのせいで、シスターと顔を合わせるのが少々気まずい。なので出来上がったシチューの傍に、『食べる直前に温めてください』と書いたメモを置き、早々に孤児院を出る。楽しみは後に取っておくとしよう。


「さて……敷地内でも周ってみるか」


 薄っすら明るくなってきたとは言え、流石にこんな朝早くから姫様の元に行くのは礼儀に欠ける。それに離れた所から聞こえてくる声も気になるしな。

 声のする方に向かって足を踏み出す。


「?」


 ……監視、か。

 何処からか観察するような視線を一つ感じる。信用されてないからとか、警戒されているからとか、思い当たる理由がいくつかある訳だがどれもネガティブなもので軽く落ち込む。

 気になる事があるとすれば、この監視は誰の手によるものかという事。姫様かその父である王様か、はたまたその他の者か。

 取り敢えず、殺気も敵意も無く本当に見られているだけで、危険も警戒する理由も無さそうなので無視することにする。ただボロが出ないように気を付けないと。

 姫様の暮らす大きな屋敷の広い庭を横切る。その庭には雑草が殆ど無く、花壇には数種類の花が植えられている。見ただけで普段からよく手入れされているのが分かる。


「おぉ!」


 庭を抜けた先は修練場と言うべき場所で、軽装の女騎士達とメイド達が居た。剣に槍に弓に杖に、各々の武器を手に鍛錬に精を出している。

 驚くべきはその練度。ヴィクトリアとクロエを親父並と評したが、他の騎士達やメイド達も親父に勝てないまでも良い勝負ぐらいは出来そうだ。

 見た感じ10代の若い子が多い気がする。それが家の親父とどっこいどっこい。今は引退しているが、夜桜家最高傑作と呼ばれたあの親父にだ。末恐ろしいな。


「これがロゼリア騎士団か……」


 アリシア殿下お抱えの騎士団で団員は女性のみ。いくつかの部隊が存在し、第一がヴィクトリアを初めとする騎士達。第二がクロエを初めとするメイド達。第三以降は姫様の領地に在り、獣人部隊がある事以外に関しては不明。


 元々は第一王女であるロゼリエ殿下が組織した騎士団らしい。

 最初存在を耳にした時は、どうせお姫様的道楽の類もしくは儀礼的なものだと思っていたが、これは180度考えを改める必要があるな。彼女達は本格的で実戦的な騎士団だ。

 だからこそ、

 トレーニングも素振りも模擬戦も、自分の体と相談しながら数をこなしている様だがあれではダメだ。確かに数をこなすことで戦闘センスは磨かれる。特に模擬戦では、相手の技術を盗めたりする。だが結局はそこまで。

 人によって骨格・筋肉の質・柔軟性そして五感などが当然違う。となれば自然、一人一人の体の使い方は変わってくる。本当に強くなりたければ、これらの事を考慮した鍛え方が必要となってくるのだ。

 見た感じ強者からの助言・同僚との教え合いのようなモノをしている姿は見受けられるが、前述の事を含め本格的指導を行う立場の人間は居ないようだ。勿体ない、ああ勿体ない。

 例の三ヶ月後も姫様に仕える事になった場合は、彼女達を一から鍛えるのも良いかもしれないな。魔法の方は専門外だけど。

 そんな風な事を考えながら彼女達を見ていると、俺の事をチラ見する者が出始めた。


「…れ…噂……」

「ま……あ…か……いい……い」

「…も…弱……よ」

「フッ」


 俺の噂や美貌に興味を持つとは、やはり彼女達も女の子の様ですね。ただそんな浮ついた気持ちで剣を振るったりと、中途半端な事をすれば怒られると思います。あの怖い人に。


「グレン・ヨザクラッ!!!」


 ほら、の怒鳴り声が……あれ?俺!?

 驚いた風を装い声のする方へ向くと、険しい顔をしたヴィクトリアがこちらに向かっていた。


「グレン・ヨザクラ。ここで何をしている?」


 ん?俺彼女に苗字教えたっけ?


「いえ、朝早く目が覚めたので敷地内でも把握しておこうかと……」


 あ、そう言えば奴隷契約の時、誓約紙に書いたんだった。忘れてた。

 契約内容が書かれた誓約紙に契約者の姓名をサインし、血判を押す。そして血液の中に含まれる魔力が反応し、契約が成立する。これが誓約紙の使い方だ。

 住所など個人情報を事細かに書かなくて良いのでシンプルだが、その分魔法的な感じが恐ろしい。


「ふんっ、随分と早起きだな」

「あはは。皆さんこそこんな朝早くから起きてるじゃないですか」

「日課だからな。……そう言えば貴様の着ているモノは随分上等だな」

「これですか?スーツと言います。正装や仕事服として用いられますね」


 ボタン二つのシングルスーツ。勿論、防刃・防弾性。柄はヘアラインストライプで色は黒。


「すーつ……素材が良いのか?生地がしっかりしている」


 彼女の興味を引いたのか、ベタベタと遠慮無しに触ってくる。

 これはダメだろう、若い女の子が男の体を触りまくるのは。


「えっと……ヴィクトリアさん?男の体をそんな風に触るのはちょっと」

「はっ!?こ、このハレンチなっ!!」

「ぐふっ」


 突き飛ばされた。


「ケ、ケダモノめっ。だから貴様のような男は嫌いなのだ」

「えー」


 理不尽な。自分から触ってきたくせに。

 エッチな事に耐性が無いのだろう。顔を真っ赤にしながら罵倒してくるヴィクトリアは、ギャップがあって可愛らしい。


「だいたい貴様の一丁前に顔が良いからと、ナンパな口調で女を誑かすような様からして気に食わんのだ。男のくせに弱くて……ふむ。そうだな」


 赤い顔のまま一人で何かに納得するヴィクトリア。いやな予感がする。


「貴様に稽古をつけてやる。武器を持て」

「いやいやいやいやいやいや。私戦えませんから!」

「だからこその稽古だろうが」

「うっ、そうですけど……」


 マズイマズイマズイ。このままでは彼女にボコボコにされる。

 いっそ本気出すか?いや、ダメだ。

 戦える事がばれると、いずれ食い付くだろうを警戒させてしまう。そいつらには存分に俺の事を侮っていてもらった方が、やりやすいのだ。


「ほら、構えろ」

「うぅっ」


 木製の模擬剣が目の前に放られる。仕方ない上手くやり過ごそう。

 団員の皆さんも興味深そうにこちらを見ている。

 あぁ、俺は今からこんなに若い子・可愛い子達の前でボコボコにされるのか……。


「身体強化は出来るか?」

「い、一応は」

「ならやれ。私もする」


 彼女の体を魔力が覆っていく。その姿を見て俺は反論を諦め、同じようにの強化を施していく。

 可視化出来る程の魔力は白い靄のような形をとり、これが濃ければ濃いほど、多ければ多いほど強化幅は大きくなる。

 見た感じ彼女の強化幅は3.5倍と言ったところ。俺の倍以上か。


「それで最大か?」

「えぇ、まぁ。魔力量が人並みしかないもので」

「……はぁ、強化は無しだ。これじゃ、殺しかねん」

「ほっ。あ、ありがとうございます」


 良かった。あのままじゃ、本当に怪我だけじゃすまなかった筈だ。

 それにしても流石はロゼリア騎士団第一部隊隊長だな。良くて2倍程が一般的なのに対して3.5倍とは。

 あれ?そう言えば彼女、部隊長ではあるけど騎士団長ではないんだよな。誰が団長なんだ?姫様か?


「ほう、考え事か?随分余裕だな」

「い、いえ。そんなんじゃ無くてですね。どうしたら許して貰えるのかな、とか思いましてね。あはは……はぁ」

「誰が許すものか!あ、あれだけわ、私を辱めておいて!」


 辱めてって……いや、最早何も言うまい。


「手加減はしてやる。かかってこい」


 地獄の時間が始まる。

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