第十四話

 貫いているのは右胸。それも右肩寄りのため心臓・肺共に損傷は無し。

 今回もそのまま受けた訳だが、石突きの倍以上痛い。痛みに対してそれなりに耐性があるとはいえ、ぐりぐり抉るのはダメだろう。

 何が彼女の怒りに触れたのか。


「あぁ、グレンさん!」

「ヴィクトリア!止めなさい」

「いいえ、姫様。こればっかりは引けません」


 睨み合う事暫し。その間エーミルはおろおろ、おろおろ。


「はぁ、分かったわ。好きになさい」

「ありがとうございます」


 姫様の方が引いた。

 俺的にはどちらでもいいのだが、取り敢えず槍を引いて欲しい。相変わらずグリグリされているのだもの。


「さて、異世界人である貴様は知らないようだから一つ教えて置く。姫様の配下に男は一人もいない」


 ハイ、噂では聞いたことあります。それと痛いです。


「そこに貴様が奴隷として加われば当然騒ぎになる」


 ハイ、分かります。それと痛いです。


「姫様が男を飼いだしたとな!そんな事断じて許せるわけがなかろう!」


 ハイ、ご尤もです。それと痛いです。


「貴様の見た目で分かるのは異世界人という事ではなく、無駄に顔の整った軟弱者だという事だけだ!そんな男が姫様の傍に控える事になれば、必然だと思われる!」


 軟弱者は良い。戦える事がばれないように振る舞っているから。むしろ褒め言葉だ。

 だが無駄に整った顔と評されるのは頂けない。両親の顔も馬鹿にされたような感じがする。


「では、こうしましょう」

「む」


 槍を抜いてトリアちゃんと向かい合う。


「一年以内にそんな噂など吹き飛ぶほどの結果を残します。それが出来なかったら殺してください」

「なに?」

「一年は長いですか?では半年にしましょう」

「貴様正気か?」

「はい、至って」

「……三ヶ月だ」

「分かりました。十分です」

「ちっ」


 即答が気に入らなかったのだろう。姫様に向き直る直前に舌打ちを打っていく。


「姫様、申し訳ありません。私が認められるのは三ヶ月です。意に沿わないことは重々承知です。それでも引けません」

「……グレンはそれでいいのね?」

「はい」

「はぁ、なら死ぬ直前に異世界の知識を全部吐き出すように」

「畏まりました」


 どうやらもう諦められているようだ。

 まあ、三ヶ月なんて普通無理だからな。向こうから厄介事でも飛び込んでくれば別だが。……一応逃げる準備もしておくか。






 この後は比較的スムーズに事が進んだ。

 奴隷としての俺の査定額は金貨500枚。当初エーミルは俺が元々奴隷で無い事もあり、奴隷として俺を売り金を受け取る事に抵抗があったようだが、恩返しも兼ねてベルハルト達と折半するように頼むと渋々ながらも了承してくれた。

 ちなみにこの世界の通貨は、銅貨・銀貨・金貨・白金貨・星貨とあり、それぞれ1000単位で上がっていく。星貨というのは隕石に含まれる透明の特殊な金属で出来ているらしい。

 そして奴隷契約は誓約紙と呼ばれる紙が使われる。この紙、誓約神とやらの加護があるらしく、誓いを破れば相応の神罰が下される。どうやら神様が割と身近な世界のようだ。


「良かったのですか?」

「何が?」

「色々とですよ!」


 どうやら先程の一件についてらしい。

 ちなみに姫様たちは先に帰られた。後ほど使いを遣るので身支度しておけ、との事だった。契約の時に来ていたエリーも、仲の良い子やお世話になった人の挨拶をしに行っている。初めて会った頃より元気になってくれて、おにいちゃん感激です!

 そんな訳で今はエーミルと二人きりだ。


「王族を前にふざけたり変に笑い出したり、条件出したり刺されたり奴隷になったり。私生きた心地がしませんでした」


 ちなみに刺された所は魔法薬で治っている。傷が高速で治っていく様は正しくファンタジーだった。


「すまんなエーミル。でもあれで殿下とヴィクトリアの為人ひととなりはある程度知れた」

「!そのために!?」


 最初のおふざけはマジでふざけただけだけど、言う必要もないだろう。


「一ヶ月も世話になったからな。新しいところで頑張ってみるよ」

「私はずっと居てくれても構わなかったのですが……。三ヶ月の期限の方は大丈夫なのですか?」

「なるようになるさ。幸いただの口約束だしな。最悪逃げるつもりだ」

「ほ?ほほほほ。それはそれは。グレンさんらしい」


 いつもの笑いだ。どうやら調子が戻ってきたようだ。

 ―――コンコン


「グレン様お迎えの方が来られました」

「……そうか。それじゃあ、またなエーミル。ナンシー達によろしく」

「ほほほ。頑張ってくださいね。いつでも力になりますので」


 さて、新天地へ参りますか。






 迎えに来たのは無表情メイドだった。このメイド、先程は結局一言も喋らないどころか表情も動かさない。

 俺上手くやっていけるのかね。


「付いて来てください」


 おや、喋った。

 しかし返事をする間もなく歩き出してしまう。


「エリー前を向いて歩こうな」


 慌てて追いかけるが、王都の街並みに興味津々なエリーの歩みの遅い事遅い事。結果、手を繋ぐ俺の歩みも遅くなる。

 メイドさんを見失わないようにするのが大変だ。


「わ~、おっきい!」


 エリーが見上げるのは城壁。王都の一番奥にある王城を囲う壁。

 王都の造りは単純だ。王都に入るための門は二つ。それぞれが商業通り・中央通りの入り口で、通りは最終的に城へと続く。

 商業通りはその名の通り、マフション商会を初めとする様々な店が立ち並び、中央通りは冒険者ギルドや宿などの施設が並ぶ。

 二つの大きな通りから枝分かれした細い通りには住居が立ち並ぶが、これは城に近づけば近づくほど、裕福な家・貴族の家となる。

 そしてお姫様なのに城には住んでいないらしいアリシア殿下の屋敷は、城門のほぼ目の前にある。


「こっちもおっきい~、ひろ~い」


 うん、ずば抜けて広い。なんか敷地内に教会建ってるし。


「こちらです」


 相変わらずさっさと行ってしまう。

 そんな彼女の後ろを、門番の女騎士の怪訝な視線に晒されながら、屋敷のメイド達の冷たい視線に晒されながら歩いていく。

 エリーはまたもキョロキョロしている。

 それにしても女騎士達どころか、このメイド達もかなりデキる。ヴィクトリアと目の前のメイドさんに関しては親父と同じぐらいの強さじゃないか?

 ―――コンコン


「姫様、お二方をお連れしました」

「入りなさい」


 許可を得て入った部屋は―――書斎のようだ。

 中には机に向かう姫様と傍に控えるヴィクトリア。そして何度か商会に来ていた女騎士が。


「ご苦労様、クロエ」


 机に向かったまま、メイドさんに労いの言葉が掛ける姫様。

 メイドさん改めクロエさんは、一礼すると姫様の傍に移動した。


「それじゃエリーにはすぐに領地に向かってもらうわ。説明は?」

「まだです」


 軽く俺を一瞥すると再び机と向かう。時間をくれるという事だろう。

 エリーがキュッと強く手を握ってくる。何の説明もしていない訳だが、なんとなく察しているようだ。


「さてエリー。さっきも言った通りこのお姫様が、俺達が仕えるお方だ」


 エリーの目線に合わせ、頭を撫でながら優しく話しかける。


「これからエリーはお姫様の領地に行くことになる」

「りょうち……?お兄ちゃんも?」

「ううん、俺は一緒には行けない」

「!?なんで、捨てないで!」


 父親だった男との事が頭を過ったのだろう。涙を堪え縋り付いてくる。


「捨てるわけじゃないよ。ねぇエリー、お母さんの最期の言葉は?」

「……強くて優しい子になりなさいって」

「そうだ。もうエリーは十分優しい子だ。だから次は強い子にならなくちゃいけない」

「強い子?」

「そう、精神的にも肉体的にも強い子に」

「お兄ちゃんと一緒じゃダメ?」

「ダメだ。エリー、俺の国には『可愛い子には旅をさせよ』と言う言葉がある」

「可愛い子?」

「うん、可愛いからって甘やかすだけじゃなくて敢えて厳しい事をさせて成長させようってこと。だから暫く俺と離れて頑張ってみよう」

「また会える?」

「勿論さ。そうだね、半年以内に一度必ず会いに行く。頑張れるね?」

「うん……頑張る」


 自信が無いのだろう。エリーは下を向いている。

 仕方ないな。


「じゃあ、約束だ」


 指輪から一つのペンダントを取り出す。

 陰陽太極図を模したもので、祖母の形見だ。ダイヤモンドとブラックダイヤモンドで出来ていて、世界に一つしかないらしい。


「次に会った時にまた一つにしよう」

「わ~、キレイ」


 白い方をエリーの首に掛け、黒い方を自分の首に掛ける。


「辛くなったらそれを見て俺の事を思い出すといい。これで頑張れるかい?」

「うん!おにいちゃん、ありがとう!わたし頑張るね!」

「アンナ」

「はっ」


 アンナと呼ばれた女騎士がエリーを連れていく。どちらかというと娘の門出を見送っている気分だ。寂しいぜ。

 そんな感傷に浸る俺を待ち受けていたのは、姫様の説教だった。

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