第三女難:殺し屋と第二王女アリシア
第十三話
所変わって応接室。
お姫様たちと対峙している訳だが、エーミルの焦り様が凄い。どうやらアドリブに弱いらしい。相手がお姫様という事もあるのか、普段の一流商人の面影が無い。
「――――と、という訳でですね、グレンさんは迷い人と言う訳では無く、大和皇国から旅人でして」
「それは王都に入った際の手続きの記録を確認しているから、既に知っているわ」
「そ、それではどうして迷い人だと?」
「我がカーネラ王国の建国王は迷い人よ」
そう、この国を建国したのはリョージ・カネダなる者。確実に日本人の金田さんだ。
カネダ王国にならなかったのは語呂が悪かったからと言われる。金だ王国……嫌だな。
「その子孫である私達王家には、迷い人について一つだけ伝わっていることがあるわ」
「そ、それは?」
あー、なんか分かったかも。
「髪だけではなく瞳まで黒ければ、二ホンと言う国出身の迷い人である可能性が高い、だそうよ」
やっぱりかー。
カネダさんの考えは分かる。子孫達に後輩の面倒を見て欲しかったのだろう。親切な人だ。
「そう言う訳で何度か人を遣って確認させたわ。グレン、と言ったかしら?あなたの瞳は黒、迷い人ね?ついでに仮面も外しなさい」
これは俺の失態だな。復元魔法なんて言う便利なモノがあるにも拘らず、カラコンやズラによる変装を怠っていた。
俺が肯定するのを待っているのだろう。お姫様の眼が今一度俺を捉える。さらにメイドからは無言のプレッシャー、女騎士からは僅かに殺気が放たれている。嘘を付けば殺されそうだ。
だから俺は――――
「Oh~、ワタシムズカシーコトワッカリマセ~ン」
「ぶふぉっ」
だから俺は惚けることにした。
「ソレニ、ワタシキオクナイネ~。カイチョッサンニヒロワレテカラ、イッショケンメイハタライテルダケヨ」
笑っているのはエーミルだけ。女性陣の冷たい視線が痛い。女騎士に至っては殺気が増した。
「カメンニツイテハゴメナサイネー。コレノロワレテルヨ。ヤケドカクソウトシテツケタラ、トレナクナッタネ」
それもそうだろう。今日まで部下であろう女騎士を何人も接客している。商会での俺なんて筒抜けな筈。止めて置けば良かった。
「ヴィクトリア」
「はっ」
名を呼ばれ進み出てきた女騎士ヴィクトリアさんは槍を構え―――
「ヘ?」
「せいっ」
俺に向かって一閃。
カパッと、仮面を真っ二つにされた。
「ヒョェッ」
「あら」
「……」
「ふんっ」
俺の美貌にお姫様は軽く驚いた表情。メイドは相変わらずの無表情。ヴィクトリアは唾棄すべきものを見たかのような表情。また殺気が増した。
と言うか今の、僅かに上体反らさなかったら薄皮一枚切れてたぞ。誰も気付いて無いみたいだけど。
「「「……」」」
沈黙が痛い。これなら怒鳴られた方がマシだ。
「呪いどころか火傷も無さそうね」
「……ワタシチョトーコトバワカラナイネー」
「グレンさん!」
流石にエーミルが止めてくる。
「いや、ちょっと引っ込みがつかなくなって」
「……貴様、姫様の前でいい度胸だな」
ヴィクトリアは我慢の限界のようだ。槍をこちらに向け、怒気と殺気を纏う姿は修羅の如く恐ろしい。
「止めなさい」
「はっ」
お姫様の静止に直ぐ答える。見事な忠犬っぷりだこと。
俺もしっかり向き合うか。取り敢えず跪く。
「申し訳ありません。お姫様の前という事で少々舞い上がってしまいました。お察しの通り、私は迷い人で間違いありません」
「そう、良かったわ」
お姫様の目的は見学と勧誘。
「私を勧誘するお積りで?」
「あら察しが良いのね。そうよ」
この程度なら褒められるほどでもない。
「王都に来た頃は文字どころか常識も全然だったとか」
「……良くご存じで」
お喋りな従業員達だ。本当に筒抜けじゃねえか。
俺がこの世界に来たのも、その頃だと当たりを付けているようだ。
「一ヶ月経たない内にほぼ完璧に覚えたそうね。すごいわ」
「……お褒めに与り恐悦至極」
「その高い学習力・順応力に加え、王族相手にふざけてみせる度胸とその後の対応力。そして何より貴方の持つ異世界の知識」
「……」
「貴方の全てが欲しいわ。だから私に仕えなさい。決して後悔はさせないわ」
―――ドクンッ
心臓が高鳴った。
馬鹿な、何を考えている。
『貴方の全てを愛してあげる。だから私と結婚しなさい。決して後悔はさせないから』
唯の偶然だ。
見た目も仕草も雰囲気も何もかもが違う、別人だ。なのに重なった。恥じらう春香と自信に溢れたお姫様の姿が。
生まれ変わりなのではと思ってしまった。
「……貴様、何を笑っている」
笑っている?俺が?
顔に手を当てると、たしかに口角が上がっていた。
なぜ俺は笑っているんだ?
面白いから?可笑しいから?楽しいから?いや違う。違う、嬉しいからだ。
嬉しい?あぁそうか、俺は嬉しいのか。喜んでいるのか。
「ふふふ、そうか。俺の全てか、くくっ、あははははは」
「何が可笑しいっ!?」
俺の見た目に寄って来る奴は沢山居た。しかしそうじゃない奴もいた。春香がその一人だ。その上、春香は殺し屋としての俺をも肯定した。だから俺は春香に惚れたんだ。
このお姫様は春香と同じだ。しっかりと俺を見てくれている。
先程の音は止まっていた時間が再び動き出した証。
あれ?ヴィクトリアに槍を向けられている。何でだ?……まいっか。
「殿下、私は戦うことは出来ません。知識が殿下の役に立たなかったら、ただの役立たずです。それでも構いませんか?」
ナンシーの傍に居るともう一度恋が出来ると思った。時折ドキッとする程に可愛らしい人だから。
だけどこのお姫様の傍に居れば、俺はもう一度動き出せるかもしれない。ただ仕事をこなすだけの『殺し屋・夜桜紅蓮』としてでは無く、あの頃の『殺し屋・夜桜紅蓮』として。そんな気がする。
「構わないわ。その時は別の事で役に立ちなさい」
「では二つほど条件をっ!?ぐがっ!!」
「貴様調子に乗るなよ!!」
「グレンさん!?」
ヴィクトリアの持つ槍の石突きで腹を突かれる。
戦えないと言った手前避けられないため、そのまま受けたがものすごく痛い。
エーミルが駆け寄って来てくれるが、俺さっきから彼の心臓に悪いことばかりしている気がする。
「召し抱えて頂けるだけでも感謝すべきものを、さらに条件だと!?一体何様のつもりだ!!貴様なんぞ必要ない、ここで叩き切ってくれる!!」
「ヴィクトリア、止めなさい」
「しかし姫様!」
「トリア」
「……はっ」
忠犬と言うより番犬だな。けど、Yesマンよりはマシか。
それにしてもトリアか。可愛らしい愛称だこと。
「部下が失礼したわね。それで条件は?言ってみなさい。ヴィクトリア、舐めたものだったら殺していいわ」
「はっ」
マジか。この姫様思ったより過激だな。トリアちゃん生き生きしちゃってるよ。
いやでも、本気っぽくないな。俺を見定めようとしているのか?
「……ゴホン、ではまず一つ目。エリー・ロペスという9歳の氷狼族の娘がいます。彼女を引き取って頂きたい」
「理由は?」
エリーの事を説明する。商会に来た背景と不安定な精神状態を。
「―――そう言う訳で、彼女との繋がりが絶たれるのは望ましくないと思っております」
なぜだろう。トリアちゃんからの殺気が増しております。変な事は言ってない筈なんだけど。
気付かない振りをするのが大変だ。
「……私が引き取った獣人族で7歳以上の者は領地へ送る事になるわ。これは絶対よ。どちらにせよ離れることになるわ。大丈夫なの?」
姫様の率いる騎士団、ロゼリア騎士団に獣人で構成された部隊があったはず。そこに送られるのだろう。
「僅かでも繋がりが残るのであれば大丈夫です。上手くやれます」
さらに殺気が増していく。これはもうあれだ。トリアちゃん単純に俺の事嫌いだな。
「ふ~ん、ならいいわ。それでもう一つは?」
「私を奴隷として買って頂きたい」
その瞬間、ヴィクトリアの槍が俺の胸を貫いた。
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