第十二話 ≪エリー・ロペス≫

「強くて優しい子に育つのよ」


 そう言って、やさしくてつよかったお母さんが死にました。

 たくさんたくさん泣きました。お父さんもいっしょに泣きました。

 だけどお父さんは、しだいにお酒をのんであばれるようになりました。

 ある日、どれいしょうという人がきました。口へらしというものにあわせて、人を買いにきたそうです。


「こいつを買ってくれ」


 泣いていたわたしを引っぱりながら、お父さんが言いました。

 そこにはもう、いつもお母さんといっしょに笑いかけてくれたお父さんはいませんでした。お母さんといっしょに死んでしまったのです。


「うっ、うぅっ」


 馬車にのせられてからもいっぱい泣きました。


「今日から暫くは、ここが君の部屋ですよ。明日からは奴隷教育を始めますね」


 どれい、お母さんから聞いたことがあります。むちでたたかれたりなぐられたりしながら、ご主人さまのためにはたらく人。わたしは目の前がまっくらになりました。

 つぎの日からどれいきょういくが始まりました。

 たたかれたりということはありません。でも毎日人族のれいぎとか文字とか、むずかしいことばかりお勉強させられました。まいにち体を洗わされ、また他の人を洗うれんしゅうもしました。お料理のれんしゅうもしました。

 わたしはどうしてこんなことをしているの?

 お勉強しているときは、お母さんと戦うれんしゅうをしていたことを思い出します。

 体を洗い洗われているときは、お母さんと毛づくろいをしていたことを思い出します。

 お料理のれんしゅうをしているときは、お母さんのお料理のお手伝いをしていたことを思い出します。

 お母さん……お母さん……お母さん……あいたいよ、お母さん。

 だんだんごはんが食べられなくなりました。体が動かなくなりました。涙も出なくなりました。

 このまま死ぬのかな。このまま死ねばお母さんにあえるのかな。

 ある日まっくろな人がきました。かみの毛もお目々もまっくろです。そしてとてもキレイな顔をしています。

 ここ数日いろんな人がきて、声をかけてきたりごはんを食べさせようとしたりしてきました。その中には『もうだめかもしれない』と言う人もいました。

 そうこのまっくろな人は死神さまなのです。死神さまがむかえに来てくれたのです。


「……さて」


 死神さまがわたしのそばまで来て座りました。そしてその大きな手がわたしの頭にそえられ――――優しく撫でられました。


「……?し、にが、み、さ、ま?」

「ふふっ、俺は死神じゃないよ。グレンって名のここの従業員さ。エリーちゃんはお母さんを亡くしたんだってね……俺も大切な人を亡くしてね」


 おれ?わたしといっしょ?


「大好きだった奥さんを亡くしたんだ」


 そう言うグレンさんはほほ笑んでいました。でもその顔はどこかさびしそうです。


「初めて会ったのは――――――」


 グレンさんと奥さんのものがたりがはじまりました。グレンさんはお話し上手でした。

 そしてものがたりが終わるころには二人して、わんわん泣いていました。グレンさんは奥さんをおもって。わたしはお母さんをおもって。






 気付いたらグレンさんの膝の上で寝てしまっていました。目を覚ました時、恥ずかしさで真っ赤になりました。お腹も鳴ってしまいとても恥ずかしかったです。

 その後は二人でご飯を食べました。お母さんとの楽しかった思い出をたくさんお話しました。

 途中ついうっかり「おにいちゃん」って呼んだら、「なんだい、エリー」と優しく笑って呼び捨てしてくれました。


「じゃあ今日から俺とエリーは兄妹だ」

「兄妹?家族?」

「そうだね、家族だ。大切な人が亡くなって悲しいけど、一緒に頑張っていこう」

「うん!頑張る!」


 それからおにいちゃんは、わたしがつらいなと思った時に会いに来てくれるようになりました。その時はいっぱい撫でてもらいながら、最近の楽しかった話をします。おにいちゃんは嫌な顔をせずに聞いてくれるので、幸せな気持ちになります。

 だけど一つだけ不安なことがあります。時々おにいちゃんの体からわたしじゃないメスの匂いがするのです。おにいちゃんは素敵な人。たくさんのメス達に慕われているのかもしれません。

 負けてはいられません。おにいちゃんに体を擦り付け、匂いを上書きします。お母さんから教えてもらったことです。大切な人にはこうするのだそうです。

 天国のお母さん、エリーは頑張ります。ちゃんと見ててね。

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