第十一話
マフション商会で働き始めて一か月。
朝から夕方まで仕事、合間を縫って魔法の鍛錬。夜は勉強に軽いトレーニング。中々にハードな仕事振りと、驚愕の異世界常識に右に左にな毎日だった。
ぼっとんトイレの落下先に蠢くスライム達、最初の二、三日はヒタヒタとそれらが這い寄る夢を見た。
そして、法律でしっかりと制定された奴隷制度。驚いた事に奴隷が当たり前の世界で、マフション商会もメインで扱っていた。ただ地球で仕事中何度か潰した闇オークションの被害者の様な酷い扱いではなく、ちゃんと人として扱われていた。
特にマフション商会の奴隷は一級品で、他の店とは比べ物にならない程扱いが良く、売る相手も信用のおける相手のみと徹底している。そのお蔭で王家御用達となったらしい。
さらにメイドや執事が普通に居るのだ。アキバのようなパチモンでは無く、本物が。
「いらっしゃいませ」
今もお得意様である、王国第三騎士団団長の執事がいらっしゃった。
「……相変わらず薄気味悪いですね」
「申し訳ありません」
なんてことない、素顔では目立つので仮面をしているだけだ。
「本日は?」
「……いつも通りです」
この執事、いつも一ケタの幼女を買っていく。ロリコンという訳では無く、幼少期からメイドとして教育するらしい。
「申し訳ありません。今は十歳以上しか居りません」
「……そうですか。ではまた来ます」
「?ご来店有難う御座いました」
ホッとした?ロリコン疑惑でも上がってるのか?
「グレンさん、少しいいですか?彼女の件で……」
「畏まりました。直ぐに向かいます」
そう畏まって言うとエーミルが微妙な顔をするが、仕事中は我慢してもらおう。
そして向かうのは奴隷達の住む、奴隷部屋の一室。
―――コンコン
「は、はい」
「失礼します」
「おにい、ひぃっ」
おっと、仮面をつけたままだった。
仮面を外し、指輪の中に収納する。
「ごめんな、驚かせた」
「おにいちゃん!」
満面の笑みで抱き付いて来る幼女は、エリー・ロペスちゃん9歳。可愛らしい耳と尻尾が特徴の氷狼族なる獣人だ。そう!ケモノっ娘です!
この世界口減らしが結構あるらしく、エーミルは時折村々を廻って悪質な奴隷商に買われない様に優先的に買い取っている。俺を助けた時もその帰りだったようだ。
「えへへ」
このエリーちゃん、その口減らしで売られたらしい。
今でこそこうやって笑っているが、売られてきた直後は母親を亡くした後に父親に売られたという背景があり、精神状態は酷いものだった。
愛する家族を亡くすという似通った境遇にやや共感し、構ってあげること数日。あっという間に懐かれ、今では『おにいちゃん』だ。
「ほ~れ、ほ~れ」
「えへへ、いやん」
胡坐の上に座らせ、青みがかった白い耳や尻尾をモフる。
一人でいると、どうしても辛さに耐えられない時があるようで、そんな時はこうして慰めている。
別にただケモノっ娘をモフりたい訳では無く、兄と慕ってくれる子に対する父性愛だ。尻尾を触る時に軽くお尻にも触れるが、変態性とかはこれっぽっちも無い。
「グレン様~グレン様~」
そうやってエリーとお話ししながら戯れる事、小一時間。誰かの呼ぶ声が奴隷部屋に届く。
「はいはーい。それじゃあ、エリー。今日はここまでだ、良い子にしてるんだよ?」
「うん!おにいちゃんもお仕事がんばって!」
最後に頭をひと撫でし、声の主の方へ向かう。
「あっ、グレン様!」
この男の名前はベン・マフション。エーミルの養子だ。隣に居るのはその妻ミラ。共に魔道具鑑定士で、俺の指輪の荷物の謎を解いてくれた。
何でもこの指輪、言語翻訳と収納の能力が備わっているらしい。
「暴風姫がいらっしゃってます。急いで下さい!なんか不機嫌です!」
無口なミラさんも隣でコクコクしている。
「……またですか。ご迷惑をお掛けします」
急いだ方が良いみたいだ。
「父が、今日はこのまま上がっていいと言ってましたー!」
「了解です!」
背中越しに返事をし、自室へ急ぐ。
自室に入ると、ナンシーが腕を組んでベッドに腰掛けていた。
「やあ、ナンシー。こんにちは」
「……ふんっ」
こちらを一瞥するも、そっぽを向かれる。
「どうした?何か嫌な事でもあった?」
「……毛が付いてる。またあの狼娘?仲良しね」
「あ~」
どうやら直前までエリーと戯れていたのが、お気に召さないらしい。エーミル辺りに聞いて、毛を見て確信って所か。
あの日以降、こうやって俺が他の女の子と仲良くしているのを見ると、可愛らしく嫉妬するようになった。ベルハルト達からは責任とれ、とでも言うような無言の圧力が日に日に強くなるのが恐ろしい。
機嫌を取るため彼女の頭を優しく撫でる。
「~~~♪」
気が強めで≪暴風姫≫と恐れられるナンシーさんは何処に行ったのか。
俺の前ではすっかり恋する乙女だ。
「……も、もういいわ。これ以上はダメになるから」
「そうか?」
まんま友達以上恋人未満な関係だな。俺にはまだ恋愛感情が無い分、接しやすいのが救いか。
「今日も魔力操作から?」
「当然よ。貴方は属性魔法が使えないのだから、他の部分は極めなくちゃ」
属性魔法、簡単に言えば火を出したり水を出したりする魔法。
そう俺にはその適正が全く無いのだ。四苦八苦しながら二週間ほど掛けて魔力操作を覚えた後、各属性の魔石と言われる物で適性を測った所、何の反応も無かった。
魔法があると知った時、夢を見た。しかし儚い夢だった。
「じゃあ、順番に各部位に魔力を通してそのまま身体強化ね」
心臓の辺りにある魔力を動かし、全身に通していく。手足の指の先まで満遍なく丁寧に。
全身に隈なく通したら今度は、筋肉まで魔力を染み渡らせるように操作する。身体強化だ。
これで超人的動きが出来るようになる。強化幅は魔力量によって異なり、人並みな俺は約1.5倍、騎士団長クラスや最高ランクのSランク冒険者クラスともなると4倍にもなる。
「……うん、強化を解いていいわ。もう完璧ね」
「まあ、毎日やってるからな」
この身体強化、筋力を上げるだけで無く防御面でも効果を発揮する。そのためこの世界の戦闘において重要度が高いのだ。
この事実を知った時魔力を有する事にホッとし、身体強化を覚える事を最優先事項とした。さらに地球の知識と合わせることで、より高い効果を得られることを秘密裏に発見している。
「それじゃ次は復元魔法……何かしら?」
廊下がドタドタと騒がしい。緊急事態か?
ナンシーと顔を見合わせていると、扉が勢い良く開いた。
「グレンさん!」
飛び込んできたのは、汗だくのエーミル。
「どうしたんだ?そんなに慌てて」
「で…かが。第二王女殿下が来られるのです!」
つまりこの国のお姫様が来るということだが、この慌て様予定外の事なのか。
いつも第二王女が奴隷を購入する際は、本人ではなく騎士団の人が使いとして来る。それなのに今回は本人が来るという事で、会長までもがてんやわんやなのだろう。
「……?なぜ俺のとこへ?大体想像つくけど」
今日は上がって良かったのでは?お姫様とは余り関わりたくないかな~なんて。
「申し訳有りませんが、私の助手をお願いします」
ほれ来た。嫌です。
要人が来店した場合、会長直々に接客しスムーズに事が運ぶように助手を付ける。それはいつもベンの役割だ。
「ベンは?」
「仕事を頼んで外に出てます」
「他にも人は居るでしょ」
「王族となると皆には荷が重いでしょう」
肝の小さい奴ばっかりだな!
「……しょうがないか。引き受けよう」
「ほほほ。助かります」
仮面を取り出し、顔に付ける。
「はぁ、今日はここまでか。私は帰るわね」
「ナンシーありがとね。ちゅっ」
ナンシーを抱き寄せおでこにキスをする。
「~~っ!またこういう事して!」
照れ隠しに怒る彼女と別れ、エーミルと玄関口へ向かう。
するとそこには、顔を真っ青にしながらあたふたと三人の女性に応対する従業員達の姿が。
「これはこれは、アリシア殿下。ようこそ御出で下さいました」
エーミルが進み出ると、あからさまにホッとした表情で従業員達が掃けていく。失礼に当たらないのだろうか。不敬罪とか。
「本日はどのようなご用件で?」
従業員達が掃けたことで顕わになった、三人の女性は美しかった。
一人はメイド服に身を包むも、どこか気品のある無表情のメイド。
もう一人は立派な槍を持ち、周囲を警戒するように控える半甲冑の騎士。
そんな二人を従えるのは、ハニーゴールドの髪が眩しい女性。見た目も然る事ながら、内面からも高貴さが滲み出ている様でとても美しい。
そして何より三人ともその瞳がキレイだ。特にお姫様は自分というモノをしっかり持ち、何かしらの信念を宿す熱のある瞳をしている。
「そうね、……見学と勧誘かしら」
「??」
「迷い人を見に来たわ」
「っ!」
息を呑むエーミル。
お姫様の蒼い瞳は、真っ直ぐに俺を射抜いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます