第十話
唇では無いとは言え、ナンシーにkissはハードルが高かったようだ。
「
「……お前凄ぇな」
ベルハルト達が英雄でも見るかのように、眩しそうな表情で話しかけてくる。
「……?」
「我々これでも十年ほど一緒に居るのですが、彼女のあのような表情は初めて見ました」
「……≪暴風姫≫が乙女みてぇな
「暴風姫?」
物騒な単語だな。
「≪暴風姫≫てのは二つ名でな。世間に名が売れると、そいつの特に目立つ部分を強調した名が付けられるんだよ」
「彼女の場合、風の魔法とその、暴力的な部分が有名でして」
「それに見た目はいいからな」
「それで暴・風・姫か」
中二っぽいな。こんな事言うのは失礼なんだろうけど。
「ほほほ。そんな彼女を、あそこまで容易く惚れさせるとは。御見それしました」
「全くです。今までも数多くの男たちが言い寄って吹き飛ばされてきたというのに」
「おれも今吹き飛ばされたぞ?なんか魔法で打撃も貰ったし」
どっちも痛かった。
「ご自分でも分かっておられるのでしょう?先程のは照れ隠しです。怪我もしない程度で抑えられていますし」
「今までの奴らは幸い死人こそ出てねぇが、重傷を負う奴はザラだったからな」
上手くやれてよかった。下手したら本当に死んでたらしい。
「ところでお前らも二つ名ってあるのか?」
女を口説いてこうも褒められると居心地が悪いので、早々に話題転換を試みる。
「俺とカールには有るぜ!」
そう言うベルハルトはドヤ顔だが、カールの方は渋面を作っていた。痛い名だったのだろうか。
「どんなのだ?」
「俺は≪獅子王≫だ」
「は?王?」
獅子は分かる。見た目どころかまんま獅子だし。でも王?
「どうだ凄ぇだろ!」
「ぷっ、くくく」
ドヤ顔の獅子王様につい吹き出してしまった。
「おい、何が可笑しいってんだ!?」
「いやだって、くく、王って。なんでそんな大層な名が付くんだよ」
「ぐぬぬぬ。どいつもこいつも」
憤慨しながらの怒り交じりな獅子王様とカールの説明によると、八年程前のまだ駆け出しの頃、故郷で魔物の氾濫というのが起こったらしい。これは突発的に起こるもので、規模も時間帯もその時々で様々らしい。
そして偶々居合わせた【麒麟の角】の面々もこの対応に向かったのだが、反乱の規模は国を呑み込むほど大規模で、多くの冒険者や兵士・騎士達同様彼らも、まだ駆け出しだったこともあり尻込みしていたらしい。
しかし、ベルハルトだけは故郷のピンチという事でいつにもなく奮闘。覚醒でもしたかのように圧倒的戦闘力で魔物を蹂躙。ついで味方を鼓舞しながら前線で大立ち回りを披露。
結果、氾濫は目出度く終息しベルハルトは英雄となったらしい。そして彼の戦う姿が民を率いる王のようだったということで、獅子族の獣人という事もあり≪獅子王≫という二つ名が与えられたそうな。
「この時、ナンシーさんも≪風姫≫って二つ名が付けられたのですが、すぐ暴風に変わってしまいました」
「ったくよー、そんなに可笑しいか?ナンシーどころか知り合いは皆笑いやがる」
「ふふふ、悪い。でカールの方は?」
「私ですか……知りたいですか?」
「ああ、知りたいね。その渋面の理由がとても気になる」
余程痛々しいのか、恥ずかしいのか。
「≪・・・・・・ル≫です」
「ん?なんだって?もうちょい大きい声で頼む」
くくく、とベルハルトの口から笑い声が漏れるのが聞こえる。見ると彼は口を押え、エーミルも苦笑していた。
「ですから!≪微笑みのカール≫です!」
「お、おう。……?それだけか?何で皆笑ってるんだ?」
「どうせ微妙な二つ名だと思っているのでしょう」
「?個人的には≪獅子王≫より好きなんだが」
「なんでだよっ!」
「いいですよ。下手な慰めは」
なんか絵画とかに有りそうで割かし好きなんだけどな。
「いつもニコニコしている様が表れてて良いんじゃない?俺は獅子王の方が恥ずかしくて名乗れないと思う」
「うっ、うっ、ひくっ」
そう言ってやるとカールは、何故か突然泣き出した。
泣き出すカールに、散々な言われ様にプルプルしていた獅子王様もギョッとしている。
「お、おい。どうした?なんか癪に障ったか?カール?」
まずい事を言ったつもりは無いが、どうしたのだろうか。
「ク゛レ゛ン゛さ゛ん゛!あ゛いがと゛ぉございまずぅ、ううぅ」
俺の手をガシッと両手で握ってくる。
「周り゛が≪じじお゛う≫に≪ぼう゛ぶう゛き≫ど派手だがら、ゔぁだじの二づ名をぎいだら、ひくっ、み゛なびみょぉな゛がおしでぇ。おぉぃ」
「あー、それはちょっと辛いかもな。ほれ、よしよし」
正直ここまでガチ泣きされると引くんだが……。てかベルハルト達は引いてるし。
少々やけっぱちな感じでカールを宥める。
「私はそもそも、ひくっ、二つ名を貰えただけで嬉しかったのに、ぐすっ」
「まぁあれだ。ぶっちゃけナンシーなんて悪名だろ。ベルハルトも≪獅子王(笑)≫だし」
「おいっ、何でそんなに俺のは気に食わねぇんだよ」
「ははは、俺はお前が戦う所を見てないからな。凄いんだろうが、今の段階ではお前の俺の中での評価はポンコツだ」
「なにぃ~?なら今すぐ俺と勝「催涙弾にスタングレネード」うっ、すまん」
「ほほほ。その評価は間違っておりませんよ。ベルハルトさんは普段ポンコツです」
「ぐぬ、旦那まで」
そうやって獅子王様(笑)を揶揄っていると、落ち着いたカールが憑き物が落ちたかのような顔で頭を下げてきた。
「グレンさん、ありがとうございます。お蔭で自分の二つ名に自信を持てそうです」
「そんなに畏まって礼を言われると、恐縮なんだが。まぁ、力になれて良かったよ」
「ほほほ。商人である私には二つ名は付き難いですからね。羨ましいですよ」
付き難いという事は付く事もあるのか。守銭奴の、とかだろうか。
そうやって歓談する事、暫し。ふと思ったかのように、ベルハルトが口を開いた。
「……なぁ、グレン。お前辛くは無ぇのか?」
「なんだ?藪から棒に」
「いや、ふと思ってよ。女に先立たれて、今は見知らぬ土地に居る。泣き言言っても可笑しくはねぇのに、お前は基本笑ってやがる」
成程、そうゆう風に言われると俺不気味な奴だな。
「もう十分泣いたからな。半年間ずっと泣いてたんだ。これ以上情けない姿を晒せば、あいつに笑われるからな」
「そう…か。それでよ……いや、そうだな。ナンシーの事はどうするつもりだ?」
「どうするとは?」
恐らくこれは、本来聞きたかった事とは別だろう。
「あの暴力女が男と付き合うのは大歓迎だ。淑やかさが出てくるかもしれんからな。だが傷付ける様な真似は許さねぇ。仲間だからな」
そう言うと、俺を睨んでくる。
「俺は仲間傷付けられて黙っていられる質じゃねぇんでね」
「安心しろ。自慢じゃないが、俺は同じ女を二度泣かせた事は無い」
ベルハルト同様、真剣な表情のカールの目もしっかりと見据え断言する。
「ん。ならいい」
「ほほほ。それにしても鮮やかな手並みでしたね。是非教えを請いたいものです」
シリアスな空気を和らげるように、エーミルの笑い声が部屋に響く。
「旦那は、いつも良い人止まりだからな」
「男は時に強引さも大事ですよ」
どうやら彼は典型的な『良い人』のようだ。友達として付き合うのはいいけど、恋人となると上手くいかない。ナンシーも言っていたが『良い人止まりの万年独身』、ホントに上手くいかないのだろう。
聖職者が女の扱いについて語るのは違和感があるが、ナンシーの『ムッツリスケベ』発言が関係ありそうだ。
と、偉そうにご高説垂れてるベルハルト達はどうなのかと気になったが、それよりも気になる事が出来た。
「エーミル、仕事の方は大丈夫なのか?」
ベルハルト達は冒険者の仕事を休んで来てくれているのだろう。だがエーミルは大丈夫なのかと心配になった。よくよく耳を澄ませば、扉の外から時折タッタッタと小走りするような音が聞こえる。
「ほほほ。大丈夫ですよ。従業員達は優秀ですから。それに要人の来店の予定もありませんしね」
「そっか。……体の痛みも引いたし、明日から働いても良いのか?」
「痛みが引いているのであれば問題ありませんが、もう数日大事を取っては?」
「いや、何もしないでいるのは性に合わなくてな」
「ほほ。カールさんのお許しがあるのであれば、私は構いませんよ」
「なら、明日からよろしく頼む」
「ビシバシ行きますよ」
望むところだ。
「それと最後に改めて。俺が戦えるという事と麒麟に襲われたというのは、内緒にしていて欲しい」
「心得てるぜ」
「ありがとう。それとナンシーには魔法と麒麟の事をお願……いや、待ってる、と一言だけ伝言を頼む」
「……お前本当に恐ろしい男だな」
こう言えば意地を張らずに来てくれるだろう。
そうして翌日から本格的な異世界生活が始まった。
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