第八話
「まぁ、話は分かった。完全に処分出来てるのならそれでいい」
異世界には不思議が多いな。
「それで?グレンく……んんっ。グレンはこれからどうするつもり?」
「おお!それなら俺達と冒険者やらねぇか?さっきの殺気を考えりゃぁ結構戦えるんだろ?どうだ?」
「冒険者か。誘ってくれるのは嬉しいが、断るわ」
「なんでだ?色んな所に行けたり、見れたりするし楽しいぞ!」
ベルハルトがここぞとばかりに冒険者の良い所アピールをしてくる。
そして密かに残念がってくれているナンシー。思ったより嫌われていないようだ。
「俺は、この世界について知らないことが多すぎる」
「そんなもん俺達が教えてやるぜ」
そう知らないことが多すぎるのだ。
「常識、文化、魔物、魔力、そして迷い人である自分自身の立場。何にも知らない。俺はこれらを確りと理解するまでは、表には出ようと思わない」
「ほほ。つまり自分自身の目で世界を見極めると。立派な心掛けです」
「そんな立派なもんじゃないさ。ただ臆病なだけでね」
結局は怖いのだ。魔物の強さ、この世界の人間の強さが分からない。魔力や魔法という未知の力のせいで、見た目での判断が難しい。
目の前の彼らにしても、ベルハルトは少し手こずりそうだが制圧できると踏んでいる。徒手格闘なら。だが魔力・魔法が入ってくると話は変わる。
「では、どうしますか?」
そして最大の懸念が、迷い人としての俺の立場。彼らの話などで迫害の対象ではないのは分かった。ただ過去に多くの迷い人が名を残している以上、変に注目される場合がある。
「俺が迷い人だと知っているのは?」
「此処に居る者達だけですね。王都へ入る際は大和皇国からの旅人として手続きしました」
詳しくカールに聞くと、黒髪の迷い人数名で建国された国が大和皇国らしい。確実に日本人だろう。
そして国民の多くが黒髪なので、眠っていた俺の知らない所で迷い人として下手に注目を浴びる事の無いように対応してくれていたようだ。
「そうか。それは有り難い」
となると暫くひっそりとやっていく上で、頼るべきはやはりエーミルだろう。
「エーミル、いやエーミル会長頼みたいことがあります」
「は、はい?頼みですか?それは構わないのですが、特に口調を変えなくてもいいですよ?」
「おい旦那!気を付けろ!こいつまた妙な事をしでかす気だぞ」
お願いする立場の人間として、口調を丁寧にしただけでこの反応。これまでの事を思えば当然だが、少し傷つく。ナンシーも睨んでるし。
「俺を貴方の商会で雇って欲しい」
失礼な人達は取り敢えず無視し、エーミルに頭を下げる。
「接客に関しては経験があるので、問題無くこなせます。計算も出来るので、この世界の通貨さえ覚えれば即戦力かと」
「は、はぁ」
俺の就活生並自己アピールに少々引き気味だが、構わず熱弁する。
「読み書きに関しては一か月もあれば覚えられます。そうなると出来る仕事も増えるでしょう。必ず商会の役に立つのでどうでしょうか!」
「雇うのは構いませんが、きついですよ?仕事と並行して色々と覚えるつもりなのでしょう?他の従業員の目がある以上、特別扱いは出来ませんし」
「構いません!頑張ります!」
「うーん……」
悩む彼に熱い眼差しを送る。
「はぁ」
観念したかのように口から漏れる深い溜息。
「分かりました。雇いましょう」
「有難うございます!」
深く頭を下げ感謝を述べる。気分は面接で内定を貰った就職浪人。
「ただその口調止めてください。不安になります」
グレン君の件が余程響いてるらしい。
「じゃあ後は……」
カールとナンシーの方へ向き直る。
魔法の事、麒麟の事を聞くならこの二人だろう。
「暇な時で良い。魔法と麒麟の事について教えて欲しい」
口調はそのままで、頭だけは確りと下げる。
「おいっ俺は!?」
「いやいや、ベルハルトが魔法を使ってるとこなんて見てないし。それに今までの情報でナンシーとカールが麒麟に詳しいのは分かるけど、お前二人より麒麟に詳しいの?」
詳しいなら改めてお願いするけど。
麒麟を神獣とするエレノア教徒のカールに、白い麒麟・索冥の娘ナンシー。どう考えても聞くならこの二人だろう。
「むむ、お前ぇさんよりは詳しいぜ!」
「俺と比べてどーするよ。で、カールどうだ?」
何故か自信満々な顔をしている、奴の事は置いておく。
「すいません。私は暇な時っていうのが殆ど無くてですね」
「冒険者って休みとか取らないのか?」
「休みはちゃんと取るぜ。大きな依頼毎にな。ただカールはその休みに神殿で仕事してるからな」
休みの日まで仕事かよ。ワーカーホリックの疑いの出たカールに、思わずジトッとした視線を向ける。
「ち、違いますよ。仕事じゃありません。慈善活動です」
ボランティアでも働いてる事に違いは無いのではなかろうか。
「恐れ多くも枢機卿と言う立場を賜る身。教義の一つである、慈悲の心を持って他者を救う。これを率先して行っているだけです」
そう言うカールの姿は、なるほど聖職者のそれだった。
「そうかなら仕方ないか。すまんな、無理言った」
「謝る必要はありません。私の方こそお力になれずにすみません」
となると後は彼女だが。
「ナンシー」
「嫌よ」
ですよねー。
だってさっきからこっちの方全然見てくれないもの。
「私だって休日は忙しいわ」
「いや、いつもゴロゴロしぶふぇぁっ」
余計な口を出したベルハルトが飛んで行く。彼女の振るった杖が、顎に綺麗な角度で入っていた。あれじゃ暫く起きないだろう。
カールもエミールも慣れてるようで、呆れた表情を浮かべるも落ち着いて対処している。
「私も休日は忙しいわっ!それに変態と関わるつもりはないから!」
「参ったな」
嫌われたというよりは、グレン君劇場に怒って拗ねているのだろう。
さてどうしたものか。
母さんもこの世界に来ている可能性がある以上、彼女をこのままにしておくのはマズイ。滅多な事で怒る事は無かったが、唯一女の扱いを間違えた時は大変だった。
『人だから怒ったり泣いたりするのは当然の事。でも最後は必ず、男の子として女の子を笑顔にして幸せにしてあげなさい』
そういう風に幼少期から教えられ、幼女から老婆まで全ての女性の扱いを叩き込まれた。様々な状況などを想定しながらシミュレーションを行った、実の母相手に。春香と結婚するまで。
小学三四年生までは母さんを笑顔にすることが楽しかった。それから高校に上がるまでは思春期を迎えたこともあり、恥ずか死にそうだった。高校に上がってからは、仕事にも使えるので寧ろ積極的に取り組んだ。
それでも実際には、テンパったりしてやらかすことがあった。そんな時の罰はいつも一緒だった。
幼稚園に通っていた時、女の子と喧嘩し泣かした上謝らなかった。結果、もも組の教室で剥き出しにされた桃の様なお尻を、叩かれた。そう俗に言う『お尻ぺんぺん』だ。
中学生の時に受けた告白を断り、泣かした相手を上手くフォロー出来なかった時も、春香から逆プロポーズをされた時に、しっかりとした答えを出せず不安にさせた時も、その他諸々の時もいつもこの罰だった。
そういう事情もあり、自分が原因で笑っていない女性が目の前に居るというこの状況が、とても落ち着かない。
だからまず俺がやるべきなのは、彼女の機嫌を直し笑顔にする事。魔法の件はその後だ。
「よっと」
ベッドから立ち上がり、彼女の方に足を運ぶ。
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