第七話
ベルハルトに対し怯える俺。他の面々はポカンとしている。
それもその筈。つい先程、殺気によってこの場を支配した男がベルハルトにビビっているのだから。
「お、おい?」
当然困惑しながら声を掛けてくるベルハルト。そんな彼の為に、俺は本気を出した。
「グレ「ひぃぃっ、おね、お姉さんっ!」」
怯え震えながらナンシーに縋りつき、瞳を潤ませながら必死な表情で助けを求める。
エージェントとして任務をこなす際、暗殺によ工作にせよ諜報にせよ、自分の正体を隠す必要がある。そこで必要になってくるのが演技力。
変装し自らの実力を隠し、時に正反対又は斜め上の人格を演じる。いや、そのものになる。生半可な演技力では命を落としかねない。求められるのは、実力派俳優などでも裸足で逃げ出すほど完璧な演技力。
20年近く研鑽を積んできた俺の演技を見破れるのは、両親と春香を除いて他には居らず、時として彼らすら欺く。
つまりこの場に居る誰もが不自然さを感じつつも、俺の演技を見破れない。
「~~~っ、このバカッ。グレン君が怖がってるじゃない!」
最早彼女の中に、殺気を放ったグレンなる男はいない。いるのはベルハルトに怯える無垢な少年・グレン君だ。
彼女の中のお姉さんメーターは振り切れている。
「あんたのその厳つい顔で凄めば、怖がるに決まっているでしょ!?て言うか、謝るんならもっと申し訳なさそうな顔しなさいよっ!」
後半はご尤もだが、前半に関しての原因はお姉さんです。
「いや、俺は別にそんなつもりじゃ。て、てかグレン!!ふざけるなよ!お前さっきまでと全然違ぇじゃねぇか!」
怒鳴られた。僕コワーイ。
「ひぅっ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい――――」
謝りながら今まで以上にナンシーに縋り付いていく。
「あぁ、大丈夫グレン君?ちょっと、怒鳴ること無いでしょ!この中ではただ一人の子供なのよ。当然、さっきまでは必要以上に気を張っていたに決まっているじゃない!」
「そもそもグレンは子供じゃねぇよ!」
「はぁ?どーゆう意味よ」
むむ。この流れはマズイぞ。
「グレンは既にせんなぁっ!?」
その先は言わせんとばかりにベルハルトの方を向き、にやりと厭らしい笑みを向け気を引く。ぐへへへ。
「なによ。変な声出して」
「今そいつこっち見て笑ってたんだよ!」
「私も見ました!」
「ほほほ。厭らしい笑みでしたね~」
呆気にとられながら成り行きを見守っていた二人が、ここぞとばかりに怒気を交えながら主張する。
「……グレン君?」
静かに問うてくるナンシー。
ベルハルトだけではなく、二人も加わってきた為彼女の中に疑念が生まれたのだろう。もしかしたらと。
だが、ここで止める俺じゃない。
「ひぃっ。う、嘘つき。み、味方って、味方って言ったくせに!嘘つき!」
ベッドの上を後ずさりながら、彼女に向かって枕を弱弱しく投げる。そして大サービスで大粒の涙を数滴。
「ああっ!グレン君、疑ってごめんなさい!大丈夫よ、お姉さんは味方だから。このバカ共!見間違いじゃないの!」
ナンシーがもう離さないと言わんばかりに抱き締めてくる。やっぱし痛い。
「おい、どーなってんだよ?」
「演技だと断言できます。ですが」
「演技には全く見えませんね」
男三人は戸惑っている。最早何が何だか分かっていないようだ。
「……もしかして幼児退行したとかありえねぇか?」
「!?それなら彼の不自然さも説明出来ますね」
「どこかでトラウマを刺激してしまったのかもしれません」
話が変な方に向かっている。そろそろ止めといた方がいいだろう
俺もそろそろ限界だ。
「ふふふ。ふはははは。あーはっはっはっは」
笑いが堪え切れない。
突然笑い出した俺に皆の目が白黒する。
「え?え?グレン君?」
「おいおい、情緒が不安定すぎるだろ……」
「トラウマが甦るのは辛いでしょうし、人格に影響が出ても仕方ありません」
「余程辛いことがあったのでしょう。今はそっとしておきましょう」
男三人の俺を見る目がどこか同情的になってきた。やり過ぎたようだ。
「ふふ。いや、すまん。皆面白い反応するんでな。悪ノリが過ぎた。ナンシーもごめんね」
「てめぇ、やっぱり演技だったのか!上手過ぎんだろ!」
「は~、悪趣味過ぎます」
「ほほ。気が狂ったのかと思いましたよ」
「え?え?」
ナンシーだけは状況を呑み込めずにいるらしい。
「自己紹介がまだだったな。俺の名はグレン。歳は22だ」
「22……?っ!?立派な大人じゃない!じゃあ、さっきまでのは」
「うん。特技の一つでね。演技だ」
「なっ!~~~っ、この変態、エッチ、変態っ」
状況を呑み込むと同時に自分がやっていたことを、しっかり理解したのだろう。顔を真っ赤にしながら罵倒してくる。
成人したばかりの若い男を自らの胸元に抱き寄せ、お姉さん振る。羞恥物だろう。
「このっ、避けるな変態っ!」
「はは。ごめんて」
彼女の振り回す杖を捌き躱す。魔法を使ってこないことに彼女の優しさを感じる。
「ナンシー」
「なによっ。っそんな真剣な顔したってもう騙されないから!」
かなり警戒させてしまったようだ。
「ナンシーありがとう」
「なにがよっ。まさか胸の事!?変態!」
「助けてくれてありがとう。あのまま死ぬのも悪くないと思っていたんだけど、いざこうして生き延びてみると言いようのない嬉しさが込み上げて来てな。だからありがとう」
「ふんっ、だったらもっと殊勝な態度を心掛けなさい!」
仰る通りで。
「ベルハルト達も改めてありがとな」
「おう。俺も悪かったな。無神経だった」
互いに頭を下げ、しばし和やかな雰囲気に包まれる。
「ところでなんだが、催涙弾の方は兎も角スタングレネードの使用後の鉄くずはどうした?爆発の威力は抑えていたからある程度残ると思うんだが」
催涙弾は仕方ないが、下手に調べられて魔法的改良を加えられたりしたら大変だ。
いや、魔法にどこまでの事が出来るのかが分からんから一概にそうとも言えんのだが。
「あれならスライムに食わせたぞ」
「は?スライム?」
あれか?RPGお約束のあのスライム?
「ま、まさか。ダメだったのか?俺はてっきりあれはもうゴミかと思って……。旦那っ」
「い、いやいや。さすがにもう消化しきってますよ」
質問の仕方が悪かったのか慌てだす。
「ああ、別にもう無いならそれはそれでいいんだ。ただ、スライムに食わしたってのに驚いただけだ」
「ふむふむ。グレンさんの世界にはスライムは?」
興味深そうに問うてくるエーミル。
「んー。なんと言ったら良いんだろうか。俺の世界でスライムは、玩具か想像上のキャラクターもしくは状態だな。スライム状の粘液とか」
「状態というのは想像がつきますが、玩具にきゃらくたあですか?」
「あはは。まあ、これに関しては忘れてくれ。話が難しくなる」
というか面倒臭い。
「残念です。それでですね、この世界にはスライム種と言われる魔物が居まして」
詳しく聞くと、この世界には魔物と言われる生物が居るようだ。魔力・魔素と言った物の吹き溜まりのような場所から出現する異形の生物らしい。
その一種がスライムで、今回話題に上がったのはクリーンスライムなるスライム。二百年程前にスライムの居る世界でスライム研究者をしていた迷い人が生み出し、ゴミや排泄物を食べ消化吸収するらしい。お蔭で街なども綺麗になり病気の蔓延などが抑えられるようになった為、当時としては画期的開発として大注目だったようだ。
所でこの迷い人、周りが騒ぎだすと「俺はスライム以外興味ない!」とスライムたちと姿を消したらしい。
「一説ではスライムになったとも言われていますね」
なんじゃそりゃ。怖ぇよ。
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