愛、欲する故に
継生 大秀
「やっぱ、サラちゃん可愛いね」
俺が思ってもいないことを口に出せば、目の前にいる女は顔を紅潮させる。
今、この瞬間もそんな現実が目の前に広がる。
顔は大したことない俺だが、親父譲りの口の巧さが女を誑かす。
好きでもない女と過ごす夜。
誰かと共に暗夜を過ごせば、何も考えずに済む。
女が何を考えているのか。俺にはそんなことは関係なく、興味も無い。時折、勘違いした女が俺への好意を告げてくることがある。その時ばかりは、女に対する罪悪感がこみ上げて来ることもあるが、一晩明ければ忘れてしまう。
少し雲がかかり、月が朧げな今晩もまた、誰かと共に過ごす。
周囲の男友達は羨望の声を上げることも、ある。しかし、心はこんなことをしていたいわけではない、と叫びそうになるのだ。
◇
「お前の母さんはもう、お前の母さんじゃないんだ」
父からいきなり告げられた、小学3年の夏休みの夜。
小学3年にもなれば、このことが離婚を指すことぐらいは理解できた。
母親が母親を辞める。同い年の友達よりは賢かった俺でも、このことは理解できなかった。
なぜ、俺の元を離れてしまったのか、あの優しかった笑顔は偽物だったのか、俺よりも愛おしいものがあったのか、俺が原因だったのか————
周囲には離婚している家庭は少なく、そのことはより疎外感を増幅させた。
きっと、他の人も俺を愛することは無いのだろう。9歳ながら、愛、についての道理を知った。本物の愛など存在し得ない。
◇
ドラマでは愛を簡単に口にする。それは、人が常に求め続けるものだからなのかもしれない。
愛されることは、きっと、心地が良いのだろうし、承認欲求が満たされる。
愛を求めて、いつも夜を過ごす者が異なるというのはよくある話。
愛に包まれたい。俗に言うメンヘラが言いそうな言葉は、俺の人生を表すに最適である。
愛とは……
自分とは……
そんなことを考えたところで、答えはない。
でも、考えなければ自分が存在しなくなる。そんな気がしてたまらない。
女を抱けば愛に包まれるのか。
答えは決まっている。
でも、人と共に時を過ごすことでしか、愛を感じられない。
それくらい、俺の心には深く、暗い影を落とす出来事だった。
いつかは結婚して、子供を持ち、一般的な幸せな家庭を築けると思っていた。
でも、俺にはあの女の血が通っている。自分の子供にも同じ思いをさせるかもしれない。
なら、恋人も家族も必要無い。
誰からの愛も受けられないまま、朽ち果てる道。その道をただ進んでいく。乾ききったアスファルトのように、ただ無機的な道。その道をいずれは自らの足では進めなくなっても、無機的な補助で押されて行くだけ。
今晩も、その道の傍に落ちた乾ききった果実を横目に、ただ進んで行く。
愛、欲する故に 継生 大秀 @daisyutugiu
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