第54話 放棄

 宮廷に戻ったその日は、父と兄との面会は叶わなかった。


(じゃあ、朝かな……)

 宮廷にいる間ロジオンは、朝食は母である第二王妃と共に同母兄弟達と取ることになっていた。

 そこに一日おきに父である陛下が、一緒に朝食を取るのだ。

 明日は、自分達と食べる番だ。


 気合いを入れて早起きし朝食を取る小居間に行ってみれば、今朝は早くから会議が入り一緒には取れないとのことだった。

 溜息混じりにハムをつつく。


「ロジオン、聞いていて?」

「……え?」

 第二王妃である母に話しかけられていたのに、気付かなかったらしい。


「すみません。考え事をしていました」

 しょうがないわねえ、と言う風に肩を揺らす自分の母にロジオンは視線を移した。

「今日は昼までリーリアと二人で、ダンスとピアノの稽古をなさいね」

「母上……ちょっと待ってください。ダンスとピアノ?」

「聖燭の月の終わりから初雪の月の初めまで、十日程祝祭があるでしょう? その時に二日ほど夜を徹しての舞踏会があるのは知ってるわね?」

「……はい」

 この時点の段階でロジオンとリーリアは、二人して肩を落としてフォークを置いた。


 もう、話の先は分かっている。

 その二日間と言うのは、エルズバーク内の数ある有力者達や、各国の代表達が新年の挨拶にやってくる日だ。

 有力者達は、独身のまだ結婚先の決まっていない息子や娘を連れてやってくる。

 何せ、四大祭の中で最も大きな祭りで、春の復活祭や秋の感謝祭のように区域ごとに分かれて行わない。

 数多くの有力者達が集う日は、結婚相手を見つける絶好の機会なのだ。

 各自でいちいち見合いの場を設ける必要も少なくなるし、行き帰りの交通費だけ負担すれば滞在費全ては王家が持つ。

 より豊かで有力で、出来れば美男美女の結婚相手が欲しい。

 自分達が見合いの席の駒だと簡単に想像できた。


 ──華やかな中で、熾烈な争奪戦の中に放り込まれるのか……。


「今から特訓を? まだ先の話ですよ?」

「それに私より先に、ユリオン兄様が先じゃない!?」

「ユリオンは、そう言うことには長けているから良いのよ」

 ユリオンは新しい詩を思い付いたのか、パンを片手に執筆していて聞いていない。


「……まあ、ユリオンは今回は保留として。問題はあなた達。リーリアは馬術や剣術に夢中で、淑女としての勉強は怠っているし、ロジオンは流石に話上手ですけど、上流社会の趣味は持ち合わせていないでしょう? 楽器の一つ位は出来るようにしないと」

「オカリナは吹けますよ……後、草笛と口笛」

「お兄様、口笛って?」

 一番下のイレインが尋ねてきたので、ロジオンはその場ですぐに吹いて見せる。

 ピーッ

と高い音が口から鳴り、イレインとアラベラは大喜びだ。


「ロジオン兄様すごーい!」

「もっとやって下さい」

 調子に乗ってリズムを付けて口を鳴らしていたら

「お黙んなさい。まだ話は途中です」

と、母王妃からお叱りを受けてしまった。

「王子や王女達を束縛せずに好きなことをやらせて、その道に進ませると言うのが家訓のようなものですが、今までの王子や王女達は自分達の役割はきちんとこなしながら、自分の好きな道に進んでいったのだから──母の言っていることが分かりますね?」

「……はい」

 ロジオンとリーリア二人、神妙な態度で返事をした。


「あ、それからロジオン」

「なんでしょう?」

「陛下が昼過ぎなら、お前との時間が取れるそうですよ。昼食の後はお部屋にいなさい、秘書が迎えに来るそうですから」


「はい!」


 今度のロジオンの返事は明瞭爽快なものだった。



◇◇◇◇



 吹くのが得意らしいと感じた母妃は、ロジオンにピアノではなくフルートの稽古に変更させた。

 それから渋々ながら妹・リーリアとダンスの稽古を済ますと、簡単な昼食を取る。


 丁度食べ終わる頃に迎えに来た書記官と護衛と共に、父陛下の待つ執務室へと向かった。

 書記官に続いて中へ入ると、以外な人物がいてロジオンは凝視した。

 ディリオン殿下と補佐役のアリオンがいるのは分かる。長椅子に座り、優雅に微笑んでいる母妃がそこにいた。

 こちらが何を言おうとしているのか見当が付いている配軍だ。


 四対一


 説得する気満々のロジオン劣勢の配置。

 だけど話さなくてはならないし、理解してもらはないといけない。

 これはこの国の先行きにかかることなのだから。

 ロジオンは一つ深い呼吸をすると、自分を待つ者達の元へ歩いていった。



 父陛下は正面の一際広い執務机に両肘をかけ、手を合わせロジオンを見つめていた。

 相変わらず穏やかな好々爺の風情だ。

 息子から申し出た相談事が嬉しいのか、ニコニコと笑みを絶やさない。

 反対に両脇を占める二人の異母兄は、厳格な様子で異母弟を見つめていた。


 ロジオンが執務机のすぐ前で止まると、父陛下は口を開いた。

「待たせたね、ロジオン。やきもきしたろう?」

「父上はご政務で忙しいのは存じていますから……」

 うん、と父陛下は一つ頷き、ロジオンに尋ねる。

「それを知っていても、私に相談したいことがあるということは、とても重大な内容なのだね?」

「はい」

「言いなさい。その助けになる知恵を貸してくれるかも知れぬ者を、ここに呼んだのだ」


(と、言うか……反対されて説得に回るような気が……)


 とは言え、こうまで言われ「人払いを」なんて願えでない。

 ロジオンは一斉非難の嵐を覚悟に口を開いた。



「廃嫡をお願いしたく参りました」




◇◇◇◇




 長い沈黙が起きた。

 四人の反応は落ち着いて静かなところを見るに、想定内のものだったのだろう。


 最初に口を開いたのはディリオンだった。

「分かって言っているんだろうね?」

「はい」

 アリオンが念を押すように尋ねた。

「廃太子なんだぞ?  王子としての権利どころか領地も離れも、宮廷にあるお前の私物も没収だし、イェレ=エクロース=エルズバーグも名乗ることは許されん。それどころか、父と母と呼ぶことも否。兄弟とも今までのように接することは出来なくなるんだぞ?」

「承知しています」


 親不孝者が! ──ディリオンが顔を歪ませ、吐き捨てるような呟きが分かっていても、ロジオンの胸に突き刺さる。

 母の方に視線を移せなかった。

 異母兄さえこうなのだ。目を合わせたらどんな言葉を吐きつかれるか、どんな顔で見つめられるか分かっている──決意が揺らいでしまう。


 黙って聞いていた父陛下が、静かな口調でロジオンに問う。

「一般のエルズバーグの民になったとしよう。──お前は、どうする気なのだね?」

「魔導術統率協会に行くか……民に混じって生活します。まあ……宮廷の魔法管轄処に席を置かせて貰えれば幸いですが」


 父陛下とディリオン、アリオンの視線が絡む。

 そのまま、三人の視線は母妃に向けられた。

 それが合図のように──


「なりません、ロジオン」

 母妃の厳しい口調が凛と執務室に響いた。


「母上……」

 厳しい口調と同じく、厳しい眼差しの母妃にロジオンは向かい合う。

 反対されるのは想定済み──だが、泣かれると思っていたのにそうではなかったのは、ロジオンには以外であった。


 たおやかな風情が一変して、立ち上がり王妃としての風格を見せる。

「貴方は、エクロースの領地を継がなければなりません」



『エクロース領』


 

 エルズバーグの北よりに位置する、ロジオンが生誕した時に受け継いだ領地である。

 それは


 ロジオン=イェレ=エクロース=エルズバーグ。


 エクロース領とイェレ領を継ぐエルズバーグ王の子のロジオン、と言う意味である。

 エクロースは母の故郷である。

『白種族』または『青銀種族』と呼ばれ、全体的に色素の薄い一族で──閉鎖的な領地のせいか、血族婚を繰り返してきた結果だとも言われている。

 特にエクロースは、同じエルズバーグの人間でもなかなか受け入れようとしなかった。

 結果

 人口の減少に歯止めが掛からず、区内の経済状況が悪化の一途を辿った。

 エクロースがそこまで閉鎖的であったのは、理由があった。


 そこがエクロースだけでなく、エルズバーグにとっても──いや、世界にとっても重大な場所の一つだからだ。


 このままでは寂れるどころではなくなる──領主は重い腰を上げた。

 他の領地から人を受け入れ、開かれた領地とする。


 その策の一つが

 エルズバーグ国王陛下に、自分の娘を嫁入りさせることであった。


 これはエクロースにとって、過去の辛酸と屈辱を思い浮かべることであった。

 ──何故なら

 エルズバーグは、元はエクロースが支配していた国だからだ。


 戦で入れ替わり又は滅んでいく多くの国々の歴史が、ここまで頑なにエクロースを閉鎖的にさせたのだ。

 しかし己らの矜持より古からの使命を優先し、恥を忍んで当時のエルズバーグ国王──ロジオンの父に相談を持ちかけたのだった。


 エクロースの領地の重大性を、歴代の王達は知っていた。

 故に吸収してもなお、その領地は弄らずにいたのだ。


 父陛下はエクロースの領主である母妃の父の勇気ある行動を称え、領地の発展に協力を惜しまないこと。

 娘を大切にすることを約束し、第二王妃として迎えたのだ。

 そしてロジオンが生誕時に、エクロースと隣のイェレを継ぐ事を約束された。


「何の為に私が、親ほども違う陛下の元に嫁いだと思っているのです? 全てはエクロース──いえ、エルズバーグや世界の為です」

「母上……」

「まだうら若き、まさしくオルヒデーヤ(蘭)と言う名に恥じない美しさと言われた私が、親父と結婚しなきゃいけなかったのか──貴方は考えたことがあったのですか? 」

「……母上」

「妃よ……」

 父陛下の眉尻が淋しそうに下がった。


 自分の失言に母妃は、こほん、と一つ咳払いをし

「まあ……自分の運命を呪いながら陛下の元へ行きましたが……思いの外、陛下は若々しく洗練されていて、マメで大変お優しい方だったし、第一王妃様も気さくな方で、私を妹のように接してくださいました。今では陛下の側にいることが私の幸せですから」

と頬を染めながらのろけた。


「妃よ……」

 父陛下が涙ぐみ、母妃は染まった頬を冷ますかのように自分の甲を当てる。


 ──のろけ、ごちそうさまでした──


 三人の息子は同時、頭の中でそう感想を吐き出した。



 こほん、と母妃はまた一つ咳払い、話を戻す。

「──そう、それをあのコンラートとか言う、ちょっとばかり顔が良い魔導師がお前を連れ去って、ようやく帰ってきたかと思えば、今度は王子を辞めます? ──我儘も大概になさい!」

 ビシリ、とたたんだ扇をロジオンに向け怒りを露にした。


 それに対してロジオンは「んー」と気難しそうな声を上げ、頭の後ろを掻く。

「それって……ユリオンが継げば良い話では……?」

「お前でなくては駄目なのです」

「それは、何故ですか?」


 母妃とディリオン、アリオンは一斉に父陛下に視線を向けた。

 父もロジオンの問いに驚いたようで、目を瞬く。

「ロジオン。お前はまだ、魔導術統率協会から話を聞いていないのかね?」


「……何の話です?」

 ロジオンの眉尻が怪訝そうに上がった。

 イゾルテの話から恐らく各国の統一者には話が伝わっていて、機密となっているのは当然の事。

 そして、母妃の話からするにエクロースにそれに関する重大な物があって──その為にいずれ自分が行かなければならないことは分かった。


「どこまで聞いておる?」

 父陛下に尋ねられ、ロジオンは大まかに話した。

 自分の魂うんねんはややこしくなるし、直接関係がなさそうなので省いて。




「そうか……。エルズバーグに関しては、詳しく話していないか」

 父陛下は隣にいるアリオンに「あれを」と告げた。

 立ち上がり、アリオンは壁掛けの絵画を外し、そこに出現した引き戸を鍵で開ける。

 その奥にはレバーが設置されており、それを下げた。

 突然、音も無く父陛下の後ろを覆っていた本棚が動き出し、ロジオンは目を見張った。

 滑るように脇の壁に入っていく。

 完全に壁に入った時に、ガタンと言う音をたて止まった。


「──凄いな……これ! ありがちな地響きもしなかったし……入った後も、こんなに綺麗だ。どんな造りにしてるんです!」

「変なところでツボるな」

 速攻に近付き興奮して弄くるロジオンを、アリオンは襟首を引っ張り壁に現れた地図を見せた。


「これが何処の地図か分かるかね?」

「エルズバーグです」

 ロジオンの答えに、うん、と父陛下が頷く。

「お前だとて、自分が受け継ぐ領地が何処なのか分かるであろう?」

「ここ……ですね」

 地名や各主要拠点が書いてある地図で、エクロースにはすぐ目がいくようにか赤い字で記され、しかも特に重要な場所として宮廷の場所のように、赤い二重枠で囲われている場所がある。


「……ここは?」

「縮尺を上げるぞ」

 ディリオンが地図に触れ、中央に動かすとエルズバーグだけでなく、もっと広大な地図展開となった。


 大きな五つの角の星の展開の一つの角の頂点。

 意味が分かり、ロジオンの眼差しが変わった。



「巨大魔法陣を形成するために必要な角の一つが……エクロースの領地内にあるんですね」






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