第51話 街へ行こうか(2)
「よくお似合いですよ」
「うん」
服飾店の売り子もロジオンも、アデラの格好を見て満足そうに頷いた。
服を着替えよう──そう言われ、主に言われるがままの服に着替えてみれば……。
深い葡萄色が下地の、大柄が入った天鵞絨のワンピースに、アンゴラの毛を使ったロングのカーディガンは共布の紐で腰を絞るように作られている。
靴は膝上のピッタリとした皮のロングブーツ。
「しかし……」
アデラは心持ち寒そうにワンピースの裾を押さえる。
ワンピースは膝上のもの。しかもアデラは背が高めなので、更に短くなる。
「長いのあります?」
「あら、お似合いですのに」
「お世辞抜きで似合うよ」
ロジオンと売り子の応戦。
褒められると悪い気はしないが、
「私の趣味ではないので……」
と、選び直したのが──。
先程の同じタイプのロングワンピースに、モヘアのボレロ。それとショートブーツだった。
これもよく似合うが、足が隠れて見えなくなってしまった。
ロジオン的には少々、残念に思う組み合わせだ。
(……でも、まあ……)
機嫌が直り鏡の前で嬉しそうに身だしなみを整えているアデラを見て、一安心した。
「お客様のお召しになっていた物は、如何しますか?」
「速達で送って貰える? ──アデラ、実家の住所は?」
「あ、はい」
仕官服を実家に送る手続きをし、お金を払う。
ロジオンが腰のポーチから、お金を出すのを見たアデラは驚いた。
「ロジオン様、お金を持ち歩いているのですか?」
「うん」
それがどうかしたの、と言いたげな顔をアデラに向ける。
「ロジオン様のお金は、勝手に持ち出しが出来ないのですよ。──こうやって」
と、アデラは新たに買おうとしていたポーチの中から、羊皮紙の片方を留めてある書籍のような物を出した。
開くと一枚一枚王家の紋章の透かしが入った物で、横にはロジオンの身分を証明する薔薇杉の実を型どった印章が押されている。
「領収書です。ここに取引先の方に買った物と代金、責任者の名前や店名を書いてもらい、管轄の担当者に渡すんです。月にまとめて相手にお支払します。基本、ロジオン様はお金を持ち歩いてはいけません」
領収書に記入してもらうため売り子に渡そうとしたアデラを、ロジオンは、
「待った」
と止めた。
アデラの手から領収書を取り「良いんだ」と、彼女のポーチに入れる。
「このお金は、エルズバーグここに来るまでに貯めたお小遣いだから」
「──えっ?」
きょとんとしているアデラを尻目に、会計を済まして店を出た。
「さっ。アイス、アイス! アデラ……案内頼むよ」
◇◇◇◇
物珍しいそうに、忙しくあちらこちらの出店を覗いている主人の後をアデラはついていく。
彼はのんびりで余所見をしているのに、この人混みの中で他人にぶつかること無く、歩いている。
(お金の件についてはぐらかされた。きちんと話を聞かなければ)
その焦りもあるせいか、それとも着なれない服のせいか、ついていくのがやっとだ。
「お待ちください、ロジオン様」
アデラが長いスカートの裾に苦戦しながら歩いているのに気付き、ロジオンは彼女の歩調に合わせる。
「あまり着なれないようだね」
裾が捲れていないか気にしながら歩いている彼女を見て、ロジオンはつい苦笑する。
「中がスースーするものは……どうにも苦手なのです」
「よく似合ってるよ。色々着てみたら? アデラは綺麗な体型しているんだし」
「そ、そうでしょうか……?」
日頃から容姿で誉められると言うことに慣れていないアデラは、ポッと頬を染める。アデラだとて女だ。
だが、ほのぼのしている場合ではない──はっと気付きアデラはロジオンに詰め寄る。
「ロジオン様、お金って──」
ああ、と頷き歩きながら話す。
「師匠と各国を渡り歩いている時に、頼まれて師匠の代わりに薬とか調合したり、暇潰しに建築の手伝いしたり……とかで貯めたお金」
「──はあ?」
すっ頓狂な声を上げ急に止まったせいで、アデラの後ろを歩いていた女性がぶつかってしまった。
すいません──睨む女性に申し訳なく頭を下げながら、再度歩き出す。
「え? え? 日雇い労働をしていたのですか?」
たまにだよ、とロジオンは笑う。
「小さい頃は目が離せないから、いつでも側にいてくれていたけど、ある程度大きくなると、半日とか離れる時が結構あったんだ。与えられた課題とか家事とか済ましちゃうとやること無くて暇なわけ。城仕えの時は書庫があるし、同じ歳くらいの良い出の子達もいて退屈はしなかったけど……庶民の子って、小さい頃から働いていること多いでしょ? だから、そういう子達と一緒に働くわけ」
当時を思い出しているのか、主の眼差しは遠い。
「面白かったよ。特に城造りとか。綿密な計算をして切った石を、どれだけ積めば城が出来るとか……。港が近い場所へいけば造船もしたし」
「もしや、風呂造りも?」
「建築関係は一通りやった」
──土木王子──
アデラの頭の中にまた、彼の異名が浮かんだ。
「城に入った今より、随分と精力的に身体を動かしてらっしゃったのですね」
アデラの毒のある言葉にロジオンの眉が下がる。
耳の後ろを掻きながら、軽い笑いを見せた。
「そんなわけで、お金はあるんだ。出来れば民の税金は使いたくないし」
王家の資産は、各自の直轄領から納められた税金だ。
年単位で納められた税金の何%かが、各王女・王子の資産になる。
それは各自の国への貢献度によって、毎年見直される。
ロジオンの場合、帰ってきた翌年から資産が入ってきている。
それまではロジオンが受け継ぐ領地を管理する家令が資産を受け取り、領地を運営していた。
請け負った家令が善人で優秀だったのが幸いして、主の領地は寒冷地でありながら、裕福な方であると聞いている。
だが、ロジオンが受け継ぐ領地は、年の半分は雪で閉ざされる土地。ほんの少しいつもより雪が多く降ったら、たちまち経済が困難になる。
「自分が資産を受けとることによって、今まで受けていた支援が出来なくなって、領地や住んでいる人々が窮地に陥るようなことは……ね……」
宮廷に行けばこちらの意思に関係なく部屋の装飾に着替え、その他諸々の自分にかかる諸経費が使われている。
それも嫌なんだよな──と、ロジオンは呟いた。
「僕はかしずかれて育ってきてはいないから、誰かの役に立ちながらまあまあの生活をしていた方が性に合ってる」
怪我が治るまでの間は宮廷にいて、それなりに生活に馴染んできているのかと思っていたが、主は主なりに気を使っていたのだろうか──アデラは、街中を歩くロジオンの生き生きとした足取りに、宮廷での様子と違う彼を見て感じた。
◇◇◇◇
小綺麗な店舗が並ぶ通りは煉瓦が彩色良く道に敷き詰められ、若い女性達が多く歩いている。
へえ、とロジオンは通りすぎていく女性達や、クリーム色に統一された店舗を見ながら、アデラの後を付いていった。
「あそこです」
アデラが指をさした先の店は、数人の若い女性が並び順番を待っていた。
「数種類の味のアイスと、トッピングを選んで売り子さんが盛り付けてくれるんです。アイスの種類は豊富にあるし、コーンも、勿論アイスも──ロジオン様?」
後ろに付いているはずの主の姿はなく一瞬慌てて目をさ迷わせたが、すぐに見つかってアデラは苦笑する。
ロジオンがいる場所は、絞りたての果物の飲み物を売っている小さな店だった。
そこには『ソフトクリームあります』の看板が取り付けてあった。
「同じのじゃなくて良いのに……」
近くの噴水広場のベンチに腰掛け、ロジオンとアデラは二人でソフトクリームに舌包みをうっていた。
人気のアイスを食べれば? と言う主だったが、アデラもソフトクリームを選んだ。
「ソフトクリームも久しぶりで、美味しいです」
と言ってアデラは、バニラのソフトクリームをぱくつく。
「せっかく奢ってるんだし……」
まだ不満そうな主であったが、
「ほら、溶けちゃいますよ! 食べたかったのでしょ?」
そうアデラは促す。
ベロッと舌を出しバニラとチョコのミックスを舐めたロジオンは、ニヘラとしまりの無い顔をした。
あっという間に平らげてしまい、二個目に行こうとする主をアデラは止める。
「子供じゃないんだから……」
ふてくされた口調で言うと、
「じゃあ、あと一つですよ」
アデラはやれやれと言った様子で許す。
「……ますます子供みたいだ……」
ロジオンは消沈しながらも追加をした。
アデラが一つ食べている間にロジオンが二つ食べ終わり「奢られてばかりでは……」と、今度はアデラが飲み物を買ってきた。
蜂蜜に檸檬の絞り汁を入れた、温かい飲み物を主に渡す。
ヤスリで滑らかな肌触りになった木製のカップが、持つ手にほんのりとした温かさを伝えてくる。
噴水を囲むように設置されたベンチは日当たりが良く、ほとんどが満員御礼状態である。
後は噴水の縁に陣取っているか、その奥に広がる広場に腰を掛けているかで、思い思いに過ごしている。
よく見たらほとんどが男女の組み合わせで、アデラは自分の状況もそうだと気付き、頬をほんのりと染めた。
「……この国は……裕福だね……」
ロジオンが呟いた。
片腕を背もたれに乗せ足を組み、飲み物を口に運びながら周りの光景を眺めていた。
「城下街周辺は特にそうだと思います」
「他国であまり見られないよ……こういう風景」
「大きい国は、このように整備されていると伺っておりますが」
「うん……でも、貧富のさがある国が多い……。管理する領主の才能の差もあるしね。父はああ見えても才覚あるんだね」
こう言ったの内緒だよ──悪戯気に人差し指を立てた主に彼女は笑った。
◇◇◇◇
老婆が空いているベンチを探しているのか、毛玉の入った籠を持ちウロウロしているのを見て、二人は場所を譲った。
そのままブラブラと広場を散歩する。
時より立ち止まり、空を仰ぐ主を不思議そうに見つめながら。
「ロジオン様、空に何か珍しい物でも見えますか?」
たまらず聞いてみる。
「いや……」
そう答えたものの何か考えるように口に手をあてる主は、自分に話をしたい何かがあるのだろうとアデラは分かった。
だとしたら、昨日のロジオンに告げられた内容だろうと大体察しがつく。
一晩で驚くほど落ち着きを取り戻したが、暫く荒れるだろうと覚悟をしていたアデラには拍子抜けだ。
それに、魔承師との謎の会話のやり取りも気になる。
(ええい! こちらから尋ねてしまえ!)
恋愛うんねん以外は行動力はあるアデラ。
目的もなく歩く主の前を立ち塞ぐ。
「ロジオン様」
いきなり通せんぼをされ訝る主に、アデラはきりりと表情を引き締め尋ねた。
「昨日、魔承師様と二人っきりで話された内容を、このアデラにも教えていただけますか?」
「……ぁああ……」
「はい」とも「いいえ」とも取れない、気の抜けた返事が返ってきた。
アデラから目を反らし、思いに耽るよう口に拳を当てている。
話そうかどうか考えあぐねいている様子だ。
「ロジオン様!」
突如、がしりと主の手首を握りしめアデラは言った。
「ドレイク殿が用事を言いつけて私をロジオン様から離した理由は『私が短い寿命の只人』だからです。いずれ、結婚して子を産んで次の世代に繋げなければならないから、必要以上関わるな──いや、従者を辞めろと遠回しに助言されました」
アデラの告白にロジオンは驚き、大きく目を見開く。
「──でも、決めたのです。私は、貴方が私を必要としている限り、ずっとお側にお仕えすると。それでドレイク殿が理解を示し、武器と防具を譲ってくださいました」
そう言うことか──ロジオンが小さく呟く。
「私は、どんな話だろうと逃げません! ロジオン様が恐ろしい怪物であろうと、虎であろうと牛であろうと犬であろうと猫であろうとネズミやミミズやミジンコであって、束になってロジオン様を形成されていようと──」
「アデラ……」
「はい!」
「気持ちは伝わった」
アデラの表情がパアアッと明るくなる。
「でも……その……微妙で……素直に喜べない……」
周り──と、主に言われ、視線をさ迷わせてみれば、クスクスと口元に笑いを浮かべこちらを見ている観衆。
「えっ? えっ?」
「こっちへ……」
おたついているアデラは、眉を下げて困った顔をしているロジオンに雑木林に引っ張られていった。
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