第50話 街へ行こうか(1)
ドレイクが去った後のロジオンは、不機嫌だった。
敏感なハインはすぐに分かった。
不機嫌になった理由は、社交辞令に頬を赤く染めたアデラだ。
(ほんと、免疫が付いてない人だ……)
普段、絶対やらない相手からだから余計にボーッとしてしまったのだろうけど。
(こっちとしてはもう、怖くて怖くて……)
──ロジオン王子が……
そのロジオンの冷たい視線がアデラに向けられたと同時、辛辣な台詞が出た。
「社交辞令にいつまで頬を染めてんの……? 十三、四の子供じゃないんだからさ……」
はた、と夢から覚めたようなアデラにロジオンは更に続ける。
「そのマインゴーシュとヘッドドレスだって、君が気に入ったから譲ったものじゃないよ……」
「──こ、これは! その、そう言う意味ではないこと位、知っていますし。私の心情に共感して譲って頂いたものだと──」
「ふうん……良かったね。ドレイクにしては思い切って品を譲ったよね」
「ロジオン様をお守りする助けにするようにと、おっしゃっりました」
ロジオンの片眉が不快そうに上がった。
「ドレイクと二人で……何勝手に決めてんの? 僕を守れって……ドレイクが? どうするかは僕が決めることじゃない? こそこそと二人で内密に話し合ったみたいだけど、それだけで彼と他人より仲良くなったような錯覚を起こさない方が良いんじゃない?」
相変わらずのんびり、淡々と喋るが内容は手厳しいものだ。
アデラは、何本も釘を刺された気分だった。
(──別に、ドレイク殿に期待とかしていないし)
アデラは思う。
(それに、私は……)
「無いし……」
ぼそぼそとロジオンに言い返す。
「今まで生きてきて……男女のお付き合いとか恋愛とか縁がありませんから……。誘われたこともないし、告白されたこともないし……。だから、ああいうことに慣れていないのは認めます。舞い上がるな、と、おっしゃることも真摯に取りますけど……」
喋りながら段々俯いて行くアデラに、ロジオンは自分がきつい台詞を吐き出したことを、心底悪かったと思った。
しばらく沈黙があり、アデラはまたボソボソと言った。
「どーせ、エルズバーグの美女定義から外れてるし、粗野で乱暴だしすぐに暴力入るし、女に見られたこと無いし──男には魅力ありませんよ。イゾルテ様は女の私から見ても素敵な方でしたしね。あの方をずっと見ているドレイク殿には、私はその辺りに転がってる石ころですよ」
「あ……アデラ……」
やばい──
それはロジオンだけでなくハインも思った。
アデラの肩が震えている。
(泣かした……!)
「アデラ……! あのさ……!」
「ロジオン様だってイゾルテ様としか、知らない話をされたんじゃないですか。別に構いませんけど。私、只人だし。魔法も使えないし、体力だけが取り柄だし、気に入らないなら、この剣とヘッドドレスも返してきますから」
俯いたままヘッドドレスを脱いで、腰に付けていたマインゴーシュをベルトごと外す。
踵を返し魔導術統率協会に向かうアデラを、ロジオンとハインは「待った!」慌てて引き止めた。
「アデラ、返すのはもう少し考えてからで……」
「そうですよ! 実戦で使ってみてからでも」
「そうそう……!」
「でも」とアデラは能面になった顔で、ヘッドドレスとマインゴーシュを見つめた。
「使ってからお返しするのは、やはり失礼ですから」
と、歩き出すアデラをまた二人は引き止める。
「……そうだ、アデラ。今日から休暇をあげる! 感謝祭に話したよね? 魔導の謁見が終わったら……ゆっくり休みをって」
「言いましたね」
「ずっと休みを取っていないし、今日から三日間でどうかな? その三日間でドレイクから貰った物をどうするか決めよう」
「分かりました」
ロジオンはアデラからヘッドドレスとマインゴーシュを受けとると、ハインに渡した。
「君の手で保管しといて」
「はい」
じゃあ、行こうか──とロジオンはアデラの左手を握った。
「今から休暇なら、ここから自分で家に戻ります」
アデラの台詞に、二人は顔を見合わせた。お互い冷や汗を掻いている。
周囲は開墾されていない。ある道と言えば獣道。
アデラなら徒歩でも乗り切りそうな気がしないでもないが……。
「……無理だよ」
ロジオンはアデラの気を障らないよう諭す。
「アデラ殿……徒歩だと、エルズバーグに着くまでに休暇が過ぎてしまいますよ……」
ハインも応戦する。
「そうですか……」
能面のままのアデラが溜息を付くと、
「──では、ハイン殿と……」
ロジオンが繋いだ手を離そうと引っ込めようとしたが、ロジオンは慌てて握りしめる。
同時、ハインを睨み付けた。
「──あ! アデラ殿、申し訳ない! 私、荷物の運搬しか経験なくて……人を方陣で移動できるかあ……ちょっと自信が……」
意図が分かったハインは、それらしい言い訳をする。
「ちゃんと送るから……大丈夫」
ね、とロジオンは、場を和ませようとアデラに、にこりと笑って見せる。
固い表情を崩そうとしないアデラは、主から顔をそらしたままだ。
「ハイン……! 今夜父とディリオンの兄に話があるから……時間空けといてくれるよう言付けを頼むよ!」
「はい!」
「城の閉門前に戻るから……よろしくね!」
ロジオンは、珍しく早口でハインに告げると方陣で移動してしまった。
二人がいた場所は、冬に変わりゆく風景だけが残った。
ハインは預かった武器と防具を抱え、やれやれと苦笑いをする。
彼の繰り出す魔法は凄いし、大人の世界にいたせいか落ち着いている。
だが先程の必死なやり取りを見ると、やはり相応年頃なんだと思った。
「色事の噂が絶えないコンラート師の愛弟子なのに、気のある女性の相手にはやっかんだり、ご機嫌を取ったりと可愛らしいことだ」
ハインはそう呟くと、エルズバーグの城に向かう為に方陣を踏んだ。
◇◇◇◇
様々な出で立ちで行き交う人々。
色彩豊かなテントの下には、国中から集められた食材に織物、家具、食器、小物。
勿論、建物の中にも店舗があり、既製品の服や靴、飲食が所狭しと並ぶ。
──ここ……。
見覚えのある風景。
馴染みのある、エルズバーグの城下街の買い物市場だ。
アデラは自分の主を睨み付ける。
当の主人であるロジオンは周囲の賑やかさに浮き足だっているのか、頬を紅潮させて落ち着かない。
「送ってくれるのではなかったのですか?」
じろり、とアデラに睨まれたが、ロジオンはまあまあとはぐらかす。
「マッサージしてくれたお礼に……ソフトクリームを奢るって言ったの覚えてる?」
「……そうでしたね」
「ソフトクリームの美味しいお店……知ってる?」
アデラは少し考えた後に、
「アイスの好評な店なら存じてますが……ソフトクリームはあるかどうか……?」
と、困ったように言った。
「良いよ、そこで」
案内して、とアデラの手を引っ張って行こうとするロジオンを、彼女は慌てて止める。
「いけませんよ、ロジオン様」
「何で……?」
「ロジオン様の服装はまだしも、髪の色が目立ちます。感謝祭のお披露目が済んで、まだ日が経っていないのですから、正体がばれたら大騒ぎですよ?」
アデラの最もな心配だ。
だがロジオンは気にしていないようで「大丈夫」と言い切る。
「多民族国家のエルズバーグだよ? しかも……お洒落に気を使って髪の毛を染めている人も多いじゃない」
アデラは街を行き交う人を見る。
……確かに。
赤や緑に紫に、ロジオンと同じ銀髪なんてのもいる。
「それに気にするなら……アデラの格好の方だよ?」
ロジオンに言われ、アデラは自分の姿をまじまじと見た。
エルズバーグの深緑色の仕官服に帯剣。
こんな姿でロジオンの側にいたら、彼が王族の関係者だとバレバレだ。
「……やはり、私はここで失礼を―」
「僕、エルズバーグの城下街……歩いたことないんだけど」
「──え?」
「この国に入ってすぐに宮廷に入って、そのまま王子としての教育と作法。その間に師匠が倒れて、あの離れに住んでだから。必要なものは言えば、宮廷が揃えてくれるし」
「そうでした……ね」
──だから、ね?
切なそうな顔で主人にお願いされては、断れないアデラだった。
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