第48話 イル・マギア(2)

「塵……?」

「古代より生きる者達は、身に纏う力が形代であり命であり全て。そこには魂や霊魂などは存在しません。私も亡くなれば塵となる……輪廻と言うものは存在しない。それが私達の理……」


 ──では。

「中の人達が言っていた『無理矢理、輪廻の輪の中に入った』と言うのは……」

「それこそがマルティンの魔法です」


『魂』と言うものを創りあげ、その中に魔力も魔法も意思も、生きてきた全てを閉じ込めた──。


(魂に個々の魔力の性質が宿るという説は間違っていない…と言うこと?)


 いや──と、ロジオンは自分の考えを否定した。

 この説を考えたのはマルティンで、自分の説に基づいて魂を創ったんだ。

 だけど仮説だから──輪廻で転生はしたけど、融け合わなくて継ぎ接ぎになってしまった──魔法では魂の形成が完璧に出来なかったんだ。



「……何故、マルティンはそんなことを……?」

 ロジオンの問いに、イゾルテは悲しげに目を伏せた。

「『ある』魔法を施行するために……その魂は創られました。今になって分かったの……ごめんなさい」

「イゾルテ様……」


 ぱっ──と、真白の世界が変わり、辺り一体が何かの景色に変わった。

「ロジオン……」

 イゾルテが、ある方向をゆっくりと指差す。

 最初、雨雲に見えた。

 真っ黒で、時々光るものは雷かと──だが、尋常でないものだとすぐに分かった。

「これは、私が見てきた過去の様子です」


「歪みだ……」


 こんなにはっきりと大きく──。

「でかい……こんな空間の歪みなんて……ありま……!」

 ロジオンの表情が固くなった。

「この歪みの場所は……魔導術統率協会ここ……ですね?」

 イゾルテは頷く。

「……もしかしたら、魔承師の本来の役割とは……」


「集めた力で結界を張り、歪みを押さえる為の形代……」


 イゾルテはそう言った。

 前・魔承師はマルティンだった。

 そして今は妹・イゾルテが受け継ぐ。


「マルティンは、この歪みを押さえる為の魔法を……?」

 イゾルテは、じっと過去の歪みの様子を見つめながら話し出した。

「最初は小さな、見えない歪みでした……。それくらいなら今までなら、自然に塞がっていたのです──だけど、核兵器と言う亡異世界が放って出来た歪みは、全く異質のものでした」

 イゾルテの見ている先をロジオンも見つめて驚愕した。

「──吸い込まれて……!」

 今や書物でしか見られない動物。少数になった民族。木々や建物──闇より暗い闇の歪みの中へ吸い込まれていく。

「歪みは、ある日急速に広がりました……。マルティンと私が二人がかりで、結界を張ってようやく落ち着いたのです」

「二人がかりで……? では、今はどうやって結界を?」


 また先程の真白の景色に変わったかと思うと、すぐに別の景色に変わった。

 それは、空から地上を見た景色だった。

 暗いグレーの建物が魔導術統率協会で、それを中心に国や街が出来ているのが確認できた。


「──巨大魔法陣です。これが個々に僅かに頂いている魔力を増幅させ、結界を張る促進をしています」

 イゾルテが指し説明する。

「天にある歪みですので、天に由来し、数多く存在する星の形をまず模倣し、各角の頂点に国を置きました。そのうちの重点の角に教会です。そしてエルズバーグ、ロジオン、貴方の国」

 ロジオンは黙ったまま頷く。

「エルズバーグと対称にある国が海の国・バハルキマ、エルズバーグの第二王子の婚姻先。そしてバハルキマの下の角の国、シアン。エルズバーグの下の角の国・チュシェウ」

「四大国ですね……。じゃないと結界に必要な魔力が集まらない、ということですか」


 それと教会の信仰に、魔導に集う強力な魔法を持つ者達の魔力。

 魔法陣の中に点在する小さな国と、街に住む魔力を持つ者達

 それだけのことをしないと、失ったマルティンの魔力に匹敵をしないと言うことだ。


「マルティンと私……二人がかりでも歪みを閉じることは難しかった。仲間達が歪みを分析し、根本的に修正しようとも、未知の理で分析は難しく、直接触れて理解しようとした者達は帰ってきませんでした……」

 一体、どれだけの仲間が、どれだけの種族が犠牲になったのだろうか──。

 亡異世界が残した負の遺産はあまりにも大きい。


 恨む者も大勢いただろう?

 ──貴女も恨まなかったのか?


 イゾルテはロジオンの考えが分かるのか──憂いの影がある瞳でこちらを見て、微かに口角を上げた。

「歪みを押さえる結界の安定化をはかるために、私達は巨大魔法陣を創ることにしたのです。それには力を持たない者達も『信仰』を力にし発揮する『系統樹』と言う装置を取り入れた建物を建てました──それがクレサレッド教会です」

 そして──と、イゾルテは下を指す。

「その装置は魔法陣を通り魔力と融合することで、こちらにもその装置を共有できるようにしたのです。……でないと、結界の持続が出来ない」

「……それほど強い歪み……」

「ええ……。そして、兄が倒れたのは、それから百年後のこと……」

 突然でした。力の衰えも無しに。


 ──兄は言いました。


『あの歪みを永久に押さえる魔法を創った』と。



 背景が変わる。

 横たわる青年の側に、ドレイクがいた。

 青年の顔は──


「……僕?」


 青年に成長した姿だが、顔立ちは自分そのものだ。

「この人が……マルティン……?」

「貴方によく似てるでしょう?」


 彼はこちらを見て、何かを話していた。

 イゾルテから見た情景だ。彼の視線の先はイゾルテだろう。

 音声は閉じているのか、全く聞こえなかった。

 マルティンの手を、白くて細い手が握りしめる。途端、彼の瞼は閉じられた。


 その時、マルティンの身体の中から青白い球体が出てきた。

 その球体は柔らかいのか、グニグニと凹凸を繰り返す。


 ──突如、えも言えぬ早さで彼方へ飛び去ってしまった。


「──あっ……!」

 ロジオンは思わず声を上げ、その情景の中にいるドレイクや一族の者達と同じように唖然と見送った。

 ロジオンの周囲が真白に戻っても、今見た光景が信じられず佇んでいたが、イゾルテに声を掛けられ、ようやく彼女に視線を向けた。




 あれは魂だ。

 魂と呼ぶのには相応しくないが、あれはマルティンのいう魂。

 自分の身体が、中の人が告げてくる。


 ──あれが、自分の魂だ──と。


 だけど──

(普通の、今まで視てきた魂と似てるけど違う)

 魔力を持つ者は視える。視ようと意識すれば視える。

 身体が寿命を迎え、息絶えた後に身体を支配していた源──魂。

 それと似てるが違う。

 だけど似ている


『無理矢理輪廻の輪の中に入った』


 中の人が言っていた。

 入った──だけど、異質だった。

 異質ゆえに、輪廻と言う理が輪の中から追い出そうとする──その前に。


「……触れて、魂の理を知り……また、魂を創った……」

 ──より魂に近く、完璧に。


「そして、元の魂の中の記録を……その魂に入れた……」

 ──新たな『自分』の魂を逃がさないよう元の魂と融合しようとして──


「それが……不可能だった……」

 ロジオンの説明が途切れた。


 長い静寂の後、再びロジオンは口を開く。

「そうして──元の魂にくっ付けて輪廻を繰り返し……同じ失敗を繰り返し……マルティンの複製品が生まれ……劣化品のマルティンはドレイクに──殺された……」


 イゾルテの唇が震える。

 何かを告げるかのように。

 だが言葉に発することなく、きつく唇は閉じられ、それは真実だとロジオンは理解した。


「謝らないで良いし……泣いたりしないで下さい……」

 イゾルテに向けられたロジオンの表情は困っているが、明るいものだった。

「中の人……そう言っていますから。次の転生を早くするためだと……必然的なものなんだと──皆、理解しています」

「ロジオン……」

「記憶の全てが複製されなかった。歪みを押さえる魔法の記憶が甦らない。……世界のためにも。イゾルテ様、貴女のためにも……必要な魔法だから……」


 ──だから、ドレイクの手に掛かった──


「……ごめんなさい」

「謝らないで下さいって、言ったじゃないですか」

「でも、ドレイクに命じたのは私……本当にごめんなさい」


 だ~か~ら!

とロジオンはイゾルテに突っかかる。

「納得してますから……! それ以上陳謝の言葉を述べたら、ドレスの裾捲りますよ!」

「──えっ?」

 思わずドレスを押さえるイゾルテを見て、「うっそ」とロジオンは悪戯に舌を出した。

 その仕草が可笑しくて、イゾルテも頬を染めて笑った。


 一頻り笑いあった後、イゾルテはロジオンに言った。

「貴方の魂は、複製した魂ではないの……。それはもう分かっているみたいですね」

「はい」

 ドレイクが分からない──そう言ったのは、複製されているはずの魂が見当たらない──。

 まさか、と思いつつ、はっきりとした確証が掴めなかった。

 視る力の強いイゾルテに実際、視て貰うことにした。

「貴方が成長する過程で、融合を果たしたみたいですね……」


 イゾルテの言葉にロジオンは、そっと胸に手を当てた。

 魂も、成長を──。

 何がきっかけで融け合ったのか、いつ融け合ったのか分からないけれど──。


 君は私

 私は君──

『作られた』

 今の僕はきっと融合した彼に作られた。




 そう言えば──と、ロジオンは口を開く。

「マルティンが考えた魔法の名前……『マギア』は分かったんですが、前の発音が不明瞭でよく分かりませんでした」

 何て名前なんですか? そう尋ねてきたロジオンに、イゾルテは目を見開いて驚いた。

「分かったの……? 音は閉じといたのに……」

「口の動きで。古い言葉なので、あまりよく聞き取れなかったけど……『マギア』は今の言葉の『魔法』に近いから分かりました」


 そう──イゾルテは、ほっと微かに安堵の息を付き、こう言った。

「今の発音に直すなら『イル』と呼ぶ方が呼びやすいでしょう」

「『イル』……」

「『無限』『永遠』と訳します」


「『無限』の『魔法』……」



 ──イル・マギア──






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