第43話 緘口令解除

「あ、でも、感謝祭後からはロジオン様は、大変かも知れませんね」

「? ……何が?」

 ハインの台詞に思いに耽っていたロジオンは、ピンと来ないようだった。


「何がって──。緘口令ですよ、コンラート様の死の! エルズバーグは本日で緘口令は解除ですよ?」

「──あ!!」


「魔導術統率協会も、感謝祭でコンラートの死を発表して追悼するわよおって、ドレイクが」

 ロジオンの顔色がどんどん冴えなくなっていった。

「……それって、もしかしたら『水』の称号争奪戦が始まるってことですか……?」

 エマに尋ねるアデラも、冷や汗を掻いている。


「称号が得られるのは魔導師だけよお」

「──でも、ロジオン様はコンラート師の一番弟子ですから、お弟子さんを倒すことが一種のアピールであり、実力を周囲に認められることに繋がるわけです」

「ロジオンは魔法使いだから、殴り込みに来るのは基本、魔法使いだけどお……」

「最近は、ルールを守らない輩も多くなってますからね」

 エマとアデラの痛い視線にハインは、過去にロジオンに戦いを挑んだ事を思いだした。

「……すいませんでした」

と、亀のごとく首を縮めた。


 魔法を扱う者達にとっては魔導術統率協会の通達の方に重荷を置くから、挑みに来るのは魔導術統率協会の感謝祭後ではないかと結論付け、エマとハインは帰っていった。


 これから感謝祭を楽しむのだそうだ。

「魔導術統率協会の方でも楽しむくせに……」

 ブチブチ不満を言いながら寝台に横たわっているロジオンに、アデラはますます申し訳なさで胸が一杯になってしまう。

 本当なら今頃は晩餐会に出る必要がない兄弟達と、ここぞとばかりに城下街にお忍びに出て、羽を伸ばしているはずなのだ。


「ロジオン様、何かお召し上がりになりますか? 柔らかいものなら食べられましょう?」

 アデラの言葉に、ああ、そうだね、と答えるとロジオンは、

「アデラも良いよ。感謝祭を楽しんでおいで」

と、逆に気を使われた台詞が返ってきた。


 アデラは慌てて首を横に振る。

「お側にいますよ。ロジオン様を一人には出来ません。……それに、こうなったのには大体が私の責任です」

「でも……せっかくの休みでしょう?」

「宮廷で働く者達は、故郷の休みに合わせて休暇を取るか、順番にずれて休みを取るかですから」

 だから、先程も従者達は皆、揃っていたでしょう? ──と、ロジオンに告げる。


「皆……休んでいるのに損だね」

「それは王公も同じじゃないですか」

 ──それに、こう言う時に働くと賃金が良いんですよ──と指で円を作るアデラを見てロジオンは安心したように微笑んだ。


「じゃあ……アデラの休みはいつ?」

「ロジオン様次第なんですが、感謝祭と魔導術統率協会の謁見が済んでから頂戴したいと思っています」

 ──ああ、僕次第なんだっけ。ロジオンは人差し指を額に当て、考える。

「時期的には丁度良いね……。でも、結構先だよ?」

「大丈夫です。元気なのが取り柄ですから」

 ガッツポーズを取るアデラにロジオンは、

「可愛いよね、アデラは……」

と、また沸騰させる台詞を吐いた。


 ブルーグレーの澄んだ眼差しで、じっと見つめられるとアデラは落ち着かなくなる。

 微笑みを保ったままの彼のこの表情は、アデラには心臓の鼓動を早くする強心剤みたいなものだ。


「ロ、ロジオン様、何か食べましょう!  エアロン様が晩餐会のためにお考えになったメニューが数多くありましたよ? 頂いてきますから」

「それより外の出店の食べ物が良いなあ……上品な味に飽きてきちゃって……」

「しかし、あまり離れるわけには──」

「城のすぐ外まで並んでいたよ? 一時もしないで戻ってこれるんじゃない?」


 串焼きとか揚げパンが食べたいな──腹の痛みで食欲が無かった主が言う我儘に、アデラは戻ってきた食欲に安堵し、

「なるべく早く戻ってきますね」

と軽い足取りで部屋を出ていった。





 折角の庶民が中心のお祭りだ。雰囲気だけでも味わって楽しんで欲しい。

 そう考えて言った我儘だった。


(怪我がなければ、舞踏会まで一緒に楽しみたかったけれど……)

 怪我をしていたから、舞踏会に参加しなくて良くなったからトントンだが。

 魔導術統率協会の謁見が済むまで分からないが、恐らくゆっくりは出来なくなるだろうとロジオンは思っていた。

 諦めなければならないこと、捨てなければならないこと、受け入れなければならないこと──物理的にも心理的にも多く出てきた。


 ──アデラも手放さなければならないかもな──


 彼女の能力は未知数だが、普通の人間だ。魔法に関わる問題に巻き込んではいけない。

 自分の父と母も

 兄弟達も

 ──根本的に違うんだ。

 魔力を持つ者と

 只人とでは



(早速、厄介事もあるしさ……)

 閉じていた瞳を開け、ロジオンは続き部屋の仕切られたカーテンを見つめる。


「……出てきたら?」

 くっく、と忍び笑いをしながらカーテンを開けて入ってきた男。

 見かけ、二十歳そこそこだ。

 魔法を扱う者の象徴のマントの裏地が蛍光色で派手だ。

 気取り屋らしい足取りで、ロジオンに向かって歩いてくる。


「流石コンラート師の愛弟子・ロジオン王子。いつから俺があそこにいると?」

 喋り方も妙に気取っている。

「従者を退かせる前から……」

 アデラに外出して貰った理由がこれでもあった。


「怪我人相手に勝って……嬉しい?」

「怪我人相手だって勝ちは勝ち」

「僕に勝っても魔導師に昇格して『水』の王と戦って認めてもらわないと、称号は得られないよ?」

「そこまで望んではいませんよ。貴方に勝って、宮廷の魔法管轄処の筆頭になれれば良いんです」

 名声も上がりますし──男は腰から短い杖を抜き、先をロジオンに向けた。

 補助魔具だ。


「魔力増幅ね。それがあると詠唱も短くて済むし、魔力もそう使わないね」

 説明をするロジオンの口調は、至極冷静で淡々としている。

 狙われていると言う焦りも微塵も見られない。

 それが反って男を逆上させた。


「ごちゃごちゃ言ってないで、やられちゃいなさい!」

 指揮者のごとく杖を頭上に上げ、振り落とす瞬間──ボキッと音がして、杖が真っ二つに折れた。

「──えっ?」

 驚いた男は、何とかくっ付けようとするが、戻りようがない。


「紛い物掴まされたね……コーティングがしっかりされていない」

「だって、これは宮廷に出入りしている商人から──」

「名だけで信用してはいけないよ……自分の目で視ないと……」


「くそっ! 怪我したボンクラに負けるわけが──」

 男は、腰に付けていたもう一本の杖を手にした。

「暫くは静かに暮らしたいから……犠牲になってもらうよ」

 ロジオンが言い終わるか終わらないか──そんなタイミングだった。

 ブルーグレーの瞳が煌めく。


 窓が開く音に豪風と、その後、崩れる音に悲鳴と、水しぶきにどよめき。


 上手く遊水池に落ちたみたいだ。

 怪我はしているが、魔法を使うには何の支障が無いことに何故、気付かないのか?

「大丈夫か……? エルズバーグの魔法管轄処……」

 一人ぼやく。


 部屋に付属のバルコニーの柵が壊れてしまった。

「修繕費は君持ちだからね……って、名前聞いてなかった……」


 まあ、後日ハインに聞いて請求しましょう──と、ロジオンはくいっと手首を捻る。

 魔法で開けた窓が閉まり、風で乱れたカーテンが一人でに整う。


 何も起きなかったかのように静寂だけが残った。




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