第44話 魔承師(1)

「着いたよ」

 方陣移動で着いた先──。


 ──魔導術統率協会。

 円錐の五つの建物が一定の距離で五角形の角を作って並び、それより高い円柱の建物が中央にそびえている。

 合計で六つの建造物は歴史を感じる懐古さがありながら、どこか斬新な印象もある。

 アデラは何処かでこの建造物と似た物を見たような気がして、眉を寄せた。


「クレサレッド教会と似てるでしょ?」

 ロジオンの台詞にアデラは、あっ、と気付き、宮廷に飾られている教会を模写した絵画を思い出した。

 教会は光を受けとめるような淡いクリーム色の建造物だが、こちらは反対の闇を吸収したかに見える色なのだ。

 色のせいなのか、こちらの方がより古く感じる。


「ロジオン様、この荷物は……」

「持ってくよ……ありがとう」

 付き添いで一緒に来たハインが、両手に抱えた箱をロジオンに渡す。


「──では、私は辺りを散策してますよ」

「一緒に来ないのですか?」

 そういうアデラにハインはいやいやと、首を横に振った。

「私は今回、出入りを許可されていませんから。この周辺は珍しい薬草などが自生していると言うし、研究がてらブラブラしています」

 確かに周辺は、人の手が入っていない原生林が繁り、辛うじて獣道があるだけのようだ。


「確かに、見慣れない草花がありそう……」

 人の気配もあり、手入れもされている大きな建物なのに、周囲は人が行き来できるように整備もされていないし、集落や町もない。

「大きな街の中心となって発展しているクレサレッド教会とは、模様が違うのですね」

 アデラの疑問はもっともだと、ロジオンもハインも笑う。


「魔法で移動するから……道は必要ないんだ」

「──基本、魔力を持たない只人はやって来ないので。用事がある時は方陣移動で街や集落に出てしまうんです」

 成る程──アデラは頷いた。

 認められ、この魔導術統率協会に出入りする許可の条件の一つに『方陣移動が出来る者』が入っているな、と理解した。


 ──では、と、やたらにこやかに見送るハインを不思議に思いながら、アデラはロジオンの後ろを付いていった。



◇◇◇◇


 持ちます、とアデラは主が手に持つ荷物を受けとる。

「ハイン殿、変わりましたね。魔導術統率協会の出入りに随分執着していたようなのに……」

 喜び勇んで入ってくるかと思いきや──自分からあっさり引き下がったのが、アデラ的に首を傾げる態度だったのだ。


「大方、外でエマと待ち合わせしてるんじゃない?」

 エマは協会の感謝祭に合わせて帰ってしまった。

 それから会ってないとしたら、久しぶりの逢瀬だ。

「付き合い始めたばかりだから……まだ、燃え上がり中だろうし」

 後は若い二人に任せましょう──ぼのぼのと、見合いの仲介人のようなことを言うとロジオンは先に進む。


 円錐型の建物の間を進み、ひたすら中央の建築物へ。

 空を仰いでみると、各建物から建物へ続く渡り廊下が何階かごとに造られている。

 徐に主が止まったので、アデラは視線を戻し先を見た。


 全身黒でまとめた出で立ちの──ドレイクがいた。


「着きましたか。魔承師様がお待ちです」

 相変わらず慇懃な口調に、感情の出ない顔だ。


「ちょっと待って……これ……」

 先に行こうとするドレイクをロジオンはひき止め、アデラから箱を受けとると彼に渡す。

「陛下からです」

 受け取った箱をドレイクは、まじまじと見つめる。


「生物……?」

「感謝祭の時に他国から献呈されたものなんだけど、飼い方が分からないそうだよ。ドレイクなら分かるんじゃないかと、お譲りするそうです」

「……」


ドレイクは被せられたビロード生地を外す──すると空気孔が幾つか空いている木製の箱が姿を現した。

 空気孔から中を確認し、ドレイクは呟いた。

「……オオヨロイトカゲですね」

「流石、ドレイク」

「感謝祭からもう十日も経ってるのですが、今までどうやって飼育を? 乾燥帯から温帯で、サバナ気候から砂漠気候でないと住めない生物ですよ?」

「宮廷にある温室に放し飼いして、様子を見ていたらしいんだけど……。花を摘みに来たメイド達が、この子を目撃する度に悲鳴を上げるわ卒倒するわで」

「宮廷には不向きだと判断されて、厄介払いされに来たわけですね」

「ドレイクが宮廷に来て面倒見てくれるなら……と、陛下の御伝言です」


 暫くじっと空気孔からトカゲを見ていたドレイクだったが、

「良いでしょう。他にも保護している在来種がいますから、一緒に面倒を見ます」

と、あっさりと承諾した。

「ドレイクなら……そう言ってくれると思ったよ」

 

 平坦な口調ながらも、どこか弾んだ口ぶりの主を見て


 ──確信犯──


とアデラは思った。




◇◇◇◇


 建物内にも方陣があり、こちらのは何処にあるのかはっきり床に明記されていた。

 一応階段があるが、あまり使われていないらしい。


 魔方陣の円上に三人乗る。

 すると直ぐに魔方陣が光り、光が消えた後は別な場所にいた。

 ドレイクとロジオンに続き、アデラも恐る恐る魔方陣から出る。

 

 そこは広い謁見場だった。

 エルズバーグの謁見兼大広間の倍はあるだろうか。

 床や壁は大理石とは違う無機質な材質で出来ており、灰色に近い色味を出していた。

 その色のせいか、昼間なのに全体的に薄暗く感じられる。


(最上階なのか)

 天井には青系のステンドグラスが美しい模様を作り、日光を受けて謁見場を照らす。

 ──夜に来るとさぞかし美しいのだろう──

 クレサレッド教会が昼の象徴のような造りで、協会が夜の象徴の造りにして『対』にしているのだと、宮廷の絵画を見ている時に、信心深い仕官から聞いたことをアデラは思い出した。


「ここでお待ちなさい」

 ドレイクが近くに控えていた男にトカゲ入りの箱を渡し、一言二言指示を出したようだ。

 男が返事をし、自分達に会釈をすると箱を持って引っ込んでしまった。


「……今の人、混じってるね……竜の血が……」

 ぼそりとロジオンが呟いた。

 ドレイク同様、全く人と変わりがなかったのに、どうして分かるのかアデラには不思議だった。

(そこが只人との違いなんだろうけど……)


 ドレイクは高砂に上がると、太いローブを引っ張る。

 すると高砂の後ろを覆っていたカーテンが上がって、ステンドグラスの大きな窓が出現した。

 ドレイクは連なる窓を一つ一つ開ける。

 外の風が入り、濁った空気を追いやり、謁見の間が一気に明るくなった。


「──?」

 窓の向こうがバルコニーになっており、そこに人がいたようだ。

 立ち上がりドレイクと何か話し込んでいた。


 長い髪が光を受けて輝く。

 輝く色は青みのある銀髪にアデラには見えた。

「あの御方が、魔承師様でしょうか?」

「……見えるの?」

 ロジオンが振り替えって、後ろに控えているアデラを見る。

 主の表情は固い──と言うより無い。

 口調ものんびりだが、更に単調に聞こえた。

「ロジオン様……緊張されてます?」

 アデラの問いに素直に頷き答えた。

「魔承師の気が……凄い……。建物に入ってからずっと……嫌な気じゃなくて、静かで安らかな波動なんだけど……」


 ドレイクが魔承師の手を取り、バルコニーから誘導する。

 長い銀髪が、濃紺のマントと共に揺れている。

 ロジオンとアデラは、その姿に見惚れた。

 目が離せないまま、ロジオンは話し続ける。


「僕が赤ん坊の時に会った以来で……顔、覚えていない……はずなのに……」

 左手に持つ三日月がシンボルの長い杖が、魔承師の靴の音と重なり、響く。

 透ける程に真白な肌。

 そこに映えるのは、咲き誇りの蓮の花弁に似た色の唇。

 瞳は満月の光が、多く溶けたような輝く青。


「ロジオン……ですね?」

 透き通る声音が出る口からは揃った白く小さな歯が見え、小さく微笑む。

 身体を隠す服が、反って彼女の整ったラインを強調させているように思えるが、いやらしさより清らかさが全面に出るのは何故なのか。


 小さく頷くロジオンに、嬉しそうに魔承師は言う。

「魔承師・イゾルテです」

 ──と。



 ああ、知らないはずなのに知っている。

 この美しい人を。


 ──やっぱり、この記憶は


 僕が生まれる前の魂の記憶。


 一番大切な人だとの為だと


 なのに



 ──ああ、結局……不幸にした。




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