第37話 在する者達

『召喚封印魔法陣』


 異世界の者から封印魔法陣なる物を召喚する。

 以前からコンタクトを取っている者なら召喚は容易いが、今回はコンラートが接していない異世界の者を探し、交渉をしないとならない。


 ──間に合うか?


 詠唱と共に精神を離脱させ、遠く彼方へと飛ばす。

 勿論、闇雲ではない。

 魔法使いとか魔導師とか魔力とか──馴染み深い『魔』の世界への介入。


 ──ナゼ、『魔』ナンダイ?


 また声が聞こえる。今度は先程と少し声音が違った。


 ──何故、我々ニ『魔』ガ付イタ?

 ──遠イ昔、魔法使イトカ魔導師ナンテ名称ナド無カッタ


 後から付いたんだ。

 ──ソウ、後カラダヨ


 じゃあ……


 ──『魔』ヨリ召喚シヤスイ世界ノヲ探シナヨ

 精霊界?


 ──違ウネ

 神界?


 ゲラゲラと幾人もの笑い声が重なる。

 ──神界ト言ウ異世界ガ、在ルト思ウンダ?


 違うのか?

 ──今デ言ウ神界ハ、後デ命名サレタ世界


 ……無いのか。


 ──知ラナインダネ

 ──全クダ

 ──仕方ナイサ、時ガ経チ過ギテイル

 ──只人二、都合ノ良イヨウニ世界ガ創リ変エラレタ



 ──コノ、世界ハ──



「……!?」

 集中が途切れ、精神が戻る。

 それでも、頭の中で自分に語りかけてくる幾人かの声に、ロジオンは釘付けになってしまった。


 ──知リタクナイカ?

 ──コノ世界ノコト

 ──異世界ノコト


 ──イヤ、君ガ一番知リタイノハ



「……お前達は誰だ?」



◇◇◇◇



 時間差施行で幾重にも施行していた、最後の円柱形封陣が破れた──

 ドレイクはまだ戻ってこない。

 ルーカス達の入魂も今だ続く。

 ロジオンが、異世界への呼び掛けを途中で止めた。


 何か不都合でも起きたのか?──ロジオンはこめかみを押さえたまま、狼狽えていた。

 すぐ近くに今、最も警戒しなくてはならない化け物が──コンラートがいるのに。



《ロジオン──》

ロジオンが我に返った視線の先には、既にコンラートが覆い被さろうと闇より暗い闇の触手を広げていた。


「ロジオン様!」

 コンラートの肩から腰にかけ、斜めに直線の空間が出来た。

 間髪入れず、反対の肩から逆の腰にかけても。

 アデラだった。


 自らを主張するようにマインゴーシュは、金色の光を放つ。

 ドレイクがアデラのマインゴーシュに『光聖』の念を入れた為だ。

 二回の攻撃に弾みが付いた身体は、三回目の攻撃をかける。

 二つのマインゴーシュを宙で合わせて、両手で柄を掴むと頭上から真っ二つに切り付けた。


「ア……デラ? ……『戦女神パラスの鎧』?」

「ロジオン様! ご無事ですか? 何ともございませんか?」

 アデラはロジオンの肩を掴み、わさわさと前後に揺らす。

 ぼんやりとした様子で自分を見つめる主に、アデラは不安を感じたためだ。

 視線は合ってるのに、心有らずで彼方に在るように見えた。


「ロジオ……!」

「──アデラ!!」

 急に正気に戻ったようにアデラに怒鳴るロジオンに、彼女はホッとする間も無かった。

 再生を果たしたコンラートが、あっという間にアデラを池に引きずり入れたからだった。


「くそっ!」

 ロジオンも池の中へ飛び込んだ。




◇◇◇◇



 夜の池の中は、闇の色を引き込み暗いはずなのに──薄明かるい。


 ああ、そうか。

 月明かりと

 アデラに施行されている『戦女神パラスの鎧』だ。


 身体全体がボンヤリと光る姿をすぐに見付けることが出来て、施行してくれたドレイクに感謝した。


 ロジオンは逃れようと暴れているアデラに追い付こうと、必死に手足を動かす。

 アデラが手に持っていたマインゴーシュで、自分を掴む影を確実に切り裂いた。

 先程の剣の扱い方といい、見事だ。水の抵抗力も頭に置いて剣を扱っている。

 技術を見ると、アサシンとしての才は十二分に兼ね備えている。


 コンラートから離れ、こちらに向かって浮上してきたアデラの腕を掴み、自分に引き寄せた。

 顔が近付き、視線が重なる。


(──えっ?)

 突然、自分の身体が硬直し、ロジオンは焦った。

 身体が吊った? ──いや、そんなんじゃない。

 意識が、深い海の底に引きずり込まれる感覚に背筋が凍った。


(──精神支配!)


 何故だ? アデラ?

(まさか! アデラは魔力を持っていない、出来るはずかない!)

 でも目が合ったのは、見つめたのは彼女しか──

 アデラの瞳を見て、ロジオンはまさか、と自分を疑った。


 アデラの瞳の中に映る自分の姿──


(違う!)

 そう感じた。自分なのに自分じゃない。

 アデラの瞳の中の自分が笑った。


「──!?」


 ──駄目ダナ、丸ッキリ冴エナイネ

 ──力ノ使イ方ヲ教エテヤロウ


 ──ナニ、少シノ間、身体ヲ借リルダケダ──



 誰かに頭を掴まれた気がした──刹那、ロジオンの意識はそこで途絶えた。



◇◇◇◇



「ウワッ!」

 身に付けているローブに足を取られ倒れる教皇に、僧侶達は慌てて駆け寄り彼を起こす。


「魔承師補佐! なんと言う無礼なことを!」

 僧侶の一人がドレイクに向け、怒りを露にした。

 勝手に躓いてそれを人のせいにするとは、余程こちらに非があると思わせたいらしい。


「周囲がめくらだと苦労しますね、教皇」

「ぬ……」


 教皇は老体を周囲の僧侶達に起こしてもらい、ヨタヨタと歩き出した。

「……付いてきなさい」

 ドレイクにそう声を掛けた。


「教皇、我々も……」

「お前達はここにいなさい!」


 付いてこようとする僧侶達に放った教皇の言い方は、思いもよらず 剣呑な言い方で僧侶達は一瞬にして固まる。

「魔導術統率協会から依頼が来ていたことを、何故すぐに話さなかったのだ! 何を置いても先に連絡をするよう常に申しているではないか!」

「し、しかし……感謝祭間近で教皇様共々忙しく……」

「魔導術統率協会の依頼は緊急を要することが多い。いつも、そう申しているはず!」


 もう良い──教皇は、何度も言い伝えた台詞にうんざりした様子でドレイクとその場を去った。


 ここ中央教区も、感謝祭の準備で夜遅くまで追われていた。

 教皇のいるクレサレッド教会は、魔導術統率協会と同等の古い歴史と伝統を持つ。

 その歴史故に矜持が高く、教会に保管してある、あらゆる文庫を出し惜しみする傾向があった。


 ──魔導術統率協会も知らない、未知の世界の書物も置いてある為に、急な危機の時には自分で考え・創るより余程早い。


 教皇は祭壇の裏側に付くと、自分の首にかけていた四角い金板を外す。

 祭壇の裏には、それがぴったりと収まる凹みがあり、教皇はそこに金板をはめ込んだ。

 すると、枠組みが出現し引き出しのようになり、独りでに開いた。


 そこには──数珠のような物が深紅のビロードの上に大儀そうに置かれていた。

 数珠とよく似ているが、数珠にはない人差し指と薬指と親指にも通すところがあり、手首の部分には留め金がある。数珠玉の大きさも普通の半分もない。


 これが教皇しか持てない、『知識の宝庫』と言う名の教本であった。

 教皇は左手にそれを嵌めると一言二言、言葉を述べる。

 これは呪文ではなく合言葉のようなものだ。

 すると大きな図鑑ほどの、透明の鏡のようなものが数珠の上に出現した。


「悪しき魔を払う言葉で宜しいのですかな?」

「『払う』だけでは駄目です」

「では、滅する方で……」


 教皇はそう言うと、その鏡に指を当て文字を書き出す。

 押すような動作をすると、鏡に色々な形の紋様が写し出された。


 ──それは異世界のあらゆる文字だとドレイクは知っていた。


 魔力を持たない者達の、亡世界だと言うことも……


「ドレイク殿」

 暫くして教皇がドレイクに声を掛けた。焦燥の色が濃い。


「どうしました?」

「はっきり、滅すると記録している文書があまり見当たらないようです」

「退散だとまたやってくる。魂を消滅出来る呪文はないのですか?」

「──退散や祓い、除霊、淨霊に関する言葉は多く出てくるが……善でも悪でも命は尊いと言う教えがあるので、在るべき場所へ帰るようにしますが、帰れなくなるような魂の抹消までする呪文は、そもそも少ないのでしょう……」


 首を横に振りながらも教皇は、ドレイクの期待にそえる呪文を探した。

「……浄霊か封印でも構いません」

 仕方ない──そんな風にドレイクは、そっと溜息をついた。


 時間がない。もうロジオンが数多く施行した円柱形封印魔法陣は終わる。

 異世界から封印陣を召喚できる『召喚封印魔方陣』が成功していれば良いが。

 あれは大分時間をかけないと難しいし、何より精神を消耗させる。

 コンラートの知らない、力のある異世界の者を探すのがそもそも大変だ。


「……これならどうです? ジャーハンと言う国の呪文です。はっきり消滅と記されてます」

「それで良い。もう時間がありません」

「他に浄化と封印の呪文も、幾つかお渡ししましょう」


 教皇が透き通る鏡に向かい人差し指をくるくると回すと、縮小し、数珠の上に収まった。

 ドレイクは自分の魔法日記を元の大きさに戻し、机の上に置く。

 教皇は数珠を嵌めた左手をひっくり返し、魔法日記の表紙にあてた。


「直接なので、申し訳ないが中身は後で修正を……」

 魔法日記に直接記憶させる方法の一つだ。

 この場合、たまに白紙の頁ではなく別の、先に記した頁に紛れてしまう場合がある──それを教皇は言っていた。


「いつものことですから」

 吸い込む度に光を放つ魔法日記と、情報を送る時に規則的に光る数珠を見ながらドレイクは言った。


 数珠と日記から放出される光が急に消え、辺りは静かな薄闇に戻った。

「私は急がなくてはなりませんので、失礼します」

「強敵なようですな。お気を付けて」

 ドレイクの無くなった中指を見て教皇は懸念した。


 ドレイクは仮の姿になった日記を胸元にしまうと、足早に一番近い移動方陣に向かう。


「──ドレイク殿!」

 教皇の、弾かれたような大きな呼び声に後ろを振り替える。


「感謝祭が終わったら、魔承師様に近いうちにお時間を頂けないか御伝言を! ご相談があるのです!」

「確かに。伝えておきましょう」


 何か困ったことが周囲に起きているのだろう、と予想がついた。




(だが今は……)

 ロジオンの身が案じられ、一刻も早く戻ることがドレイクの最優先事項であった。


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