第36話 復活(3)

「ᛒᛟᚱᚱᛟᛙ ᛁᛏ(借り給う)『戦女神パラスの鎧』」


『戦女神パラスの鎧』──物・魔の防御だけではなく、かけられた個々の能力も飛躍的に上がる魔法である。

 ただ、軍隊など大人数には施行が出来ず、一人の魔法使い・魔導師で一人しか出来ない。

 戦では大抵自分自身に施行する魔法であった。


 施行ギリギリであった。

 少しでも判断が遅れていたら普通の魔法の使い手であったら殺されていたか、取り込まれていたか。


「自由だな! コンラート!」


 ぴったりと追い付いてくる影の顔がうっすらしか無いのに、にやりと笑ったのがはっきりと見えた。


 元々、身体能力の高い竜のドレイク。それは人智を越える。

 魔力を使わなくても、その恵まれた身体を使い普通の人では出来ない急所や難所も易々と通れる。

 リスのように蹴り上げ、木々の幹と幹の間を軽々と渡ることも出来る。

 しかも今は身体も能力も格段に上げる補助魔法も施行している。


 ──なのに、早さも繰り出す魔法もほぼ同等。


(形代から解放されたと言うことだけで、能力がこれほど上がるのか!)

 生前のコンラートは確かに強い魔導師だったが、自分の方が勝っていた──確かに。

 死ぬ前に飲んだ薬の副作用もあるのだろうか?


「──!?」

 ぐんっ──コンラートのスピードがまた上がった。

 成長している──死んで化け物となっても。

 顔が近付く。

 うっすらと浮き上がる顔は、先程取り込んでいた水の精霊の容姿がまだ残っていた。


《ドレイク……ドレイクだ》


 頭に直接届く声は、生前のコンラートのものだ。


《ほしい、ほしいんだ……からだ、ずっとわかくて、ずっといきていけて、ずっとつよくて》

《──イゾルテが、イゾルテより──》


(──イゾルテ?)

 自分の脳に直接送り込まれる言葉と映像に、ドレイクはあまりの怒りに我を忘れそうになった。

 

 何も着けていない、生まれたままの姿の。

 腰まで届く銀の髪は、たゆたゆに揺れ。

 顔は喜びに紅潮し、瞳は快楽に揺らぐ。


「おのれ! イゾルテ様に淫欲を抱いていたか! 」

 自分の主が妄想でも恥辱を受けていたのかという怒りが、ドレイクを襲う。

 聖光を放たないまま右手に握りしめ、コンラートを殴った。


 逆方向に吹っ飛んだが、空中で旋回し再びドレイクに迫るコンラートに、

「イゾルテ様の為にもこの身体は渡さん! あの方をお守りするのは私の役目なのだ!」

そう怒鳴り付けた。



◇◇◇◇



 風の早さで向かってくるコンラートを迎え撃つドレイク──標的は彼に移ったかのように見られたが……


「師匠!」


 その時、池を挟んだ向こう岸で呼ぶ懐かしい声にコンラートは、化け物に相応しい気味の悪さで、ぐるんと首を伸ばし振り返った。

 

 フード付きの短いマントに、月下に輝く青銀の髪。

 ブルーグレイの瞳。

 整った顔立ちは、まだ少年の面影を残して……。


《ロ、ロ、ロジオオオオオン!》


 収める形代が無いコンラートの影のように黒い魂は、ギュルンと伸びた。


《ほしい、ほしい、そのからだ》


 池など一越えだ。


「ロジオン!」


 ドレイクも飛び越えながら、攻撃魔法の詠唱を口にした。

 したり顔でコンラートを待ち受けたロジオンの顔がぶれる。


《?》


 次の瞬間にはアデラに変わっていた。

 アデラの目の前で、地から円形方陣の紋様が浮かびコンラートを捕らえる。


 アデラがその場を離れると──後ろにロジオンが立ち、詠唱を口ずさんでいた。

 金色に輝く円柱形魔法陣──だが、すぐに空にガラスが割れ、崩れるような音が響く。

 刹那、また円柱形魔法陣がコンラートを捕らえる。

 何度もそれが繰り返される中、アデラは駆け足でドレイクの出血している左手の止血をするために近付いた。

 

 眉を潜めながら、中指の無い左手に端切れを巻く。

「簡単に巻いてくれ。どうせまた生えてくる」

「生え──!?」

 ぎょっとしたアデラだが、彼が人を型どった竜だったことを思いだし納得した。


 ──竜は爬虫類なんだ、きっと、と。


「コンラートの魔法日記は!? 今、誰が持っている!?」

 普段の丁寧で慇懃な口調ではないドレイクを見て、アデラは彼に焦りの色を感じた。


「ルーカスが。しかし、今は『入魂』の施行中で」

 そうか──と、ドレイクは顎に指を当て少し考えた後、自分の上着の内ポケットから掌サイズの手帳を取り出した。


「やはりまだ届いていない……だから教会は!」

「何かを教会に依頼したのですか?」

「コンラートを滅する為の呪文だ。──今はない異世界のね。出し渋って! これだから只人は信用がならないんだ!」


 激しい口調は、魔力を持たない人全てを憎んでいるような印象を受けて、アデラは黙り込んだ。

 『只人』という魔力を持たない者達をたまに魔法の使い手達はそう呼ぶ。

 それは蔑称だとアデラは知っている。

 それは長い歴史の中で、魔力を持つ者と持たない者の隔たれた理由が関係する。

 特に彼は只人を憎んでいるだろう。

 仲間を死に追いやり続けたのは、力の持たない人──ドレイクが、日頃どれだけ我慢して接しているのか。

 彼が『竜』と知って、憎まれても只の人のアデラには何も言えなかった。


「──ロジオンは円柱形封印魔法陣を、どれだけ施行している?」

 突然尋ねられたアデラは、はっとしながらも、

「異世界から封印陣を召喚出来るまで時間を稼ぎたいと──結構な数だと思われます」

と答えた。


「ロジオンの今の魔力で『円柱形封印魔法陣』の『時間差施行』と『召喚封印陣』を同時にやれば十五分そこそこ……」

「時間差施行をしていることをご存じでしたか」


 ああ、と気の無い返事をしドレイクは立ち上がると、

「教会へ跳ぶ。出し渋りをしている幹部を締め上げて、対コンラートの呪文を取り上げる」

そう言った。


 そうしてアデラに向き直すと、

「万が一の為、貴女に魔法を施行しておく」

と右手を動かす。


「私は戦います! 守られるのは──」

 結構です──そう言おうとした。


 が、ドレイクの台詞は違うものだった。

「ロジオンの助けになるように」

「ドレイク殿……」



 ドレイクはアデラのブーツを指差す。


「隠してあるマインゴーシュを。それごと魔法を施行する」




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