第35話 復活(2)

 二人の手が重なり、繋がる。

 コンラートが悠然と微笑み、カーリナもつられて微笑んだ──瞬間。

 中途半端な悲鳴が起こり、がくり、とカーリナが乗っ取っていたリシェルの身体が倒れた。


「──コンラート!」

 ドレイクの横からの魔法攻撃に合い、コンラートが吹っ飛ぶ。

このリシェル身体は他人の物。──勿論、形成しているその身体も貴方のではない」


 ドレイクは腕を広げ、呟く。手の平から光輝く何かが、コンラートに帯状に向かった。

「離しますよ、その身体から」


 コンラートは逃げ去ろうとするが、ドレイクの掌から伸びる光は、彼を確実に仕留めた。

 すり抜こうとしても、またしつこく身体に巻き付いてくる。

 身体に付着すると、あっという間に広がり隙間無く繋がった。

 それは口以外の、コンラートの身体を埋め尽くす。

 地に転がる姿は、大きな蛹だった。


「……まだ、知恵不足だったと言うことか……?」

 ドレイクは簡単に捕獲できたことに疑問を抱き、眉間に皺を寄せた。



◇◇◇◇



 ロジオンとアデラは、倒れているリシェルの身体をエマ達の場所まで運んだ。

 仰向けにして脈を診ても診なくても、事切れているのは一目瞭然だった。


「お母さん……」

 リシェルの涙が幾つも頬を伝い、地に落ちる。


「罰をくらったんだ……。今までの重ねてきた罪の……。リシェル……泣くのはいつでも出来る」

 ロジオンが泣き続けるリシェルを諭す。

「元の身体が物理的な死を遂げる前に……君の魂を戻さないといけない。分かるね?」

 目を擦りながらも、懸命に頷くリシェルを仰向けに寝かす。


 続いて、その横にリシェルの身体を同じように寝かした。

「ルーカス、エマ……そしてハイン。頼むね」

「肋いってても、これくらいは出来るさ」

と、ルーカス。


「任せときなさいよぉ」

 エマにウィンクされた。


「微力ながら、やらせて頂きます!」

 不安なのか苦笑いをして頷くハインにロジオンは、

「やり方、分かるよね?」

少々不安になって尋ねた。

「はい。但し実践はありません、それが不安で……」


 ロジオンはポンと彼の肩を叩いた──小刻みに震えていた。

「統一された文章を読むだけだから大丈夫。リシェルを助けたいと言う思いだけを心に抱いて。ハインなら出来るよ」


 ロジオンの真っ直ぐな瞳に見つめられ、ハインは「はい」と力強く返事を返した。




 各自の魔法日記が本来の姿に戻り、左手の上に浮く。


「『光聖』属性『救済』の章」


 声を揃え、魔法日記に命ずる。

 すると、パラパラと指定された頁を独りでに捲り、開いた。

『光聖』は魔法の中で特殊な属性で、権限は魔導術統率協会ではなく、僧侶を中心とした教会にある。

『信仰』性の強い魔法な為、教会に所属する者の方がより強い魔法を施行できるのだ。


 ──しかし現実問題、戦場など、危険な場所に出向くことが多いのは魔導師や魔法使い。


 相手側に『闇』が得意な者がいたり、死人使いがいたら有効なのは『光聖』だ。

 僧侶が所属する教会はなかなか迅速に動けないようで、対応に遅れる場合も多い。


 この辺りの兼ね合いから、教会から『詠唱を各自で勝手に変えない』『頁は必ず冒頭に記すこと』と、条件の元に魔法日記に添えられている。


『光聖』は神話から始まり『召喚』『救済』『除滅』『鎮魂』『祈り』が大抵の魔法日記に頁として添えられた。



「『救済』の章『入魂』」

 右手をかざす。


「魂の闇路を照らし、萎み逝く命の花を咲かせるための恵みの露を、星影より乞う──」


 地が円形に紋様を描き光を放つ。

 閉じるような眩しい光ではなく、柔らかで温かみを帯びた優しい照らし。


「人智は果て無し、無窮の遠おち究め行かん。それ故、迷える魂に御手を与える慈しみと憐憫の教えを忘れたり──」


 そこだけ厳かな空間と成り、完全に周囲と遮断された。



◇◇◇◇



 ピシ……


 僅かに聞こえる割れる音に気付いた時には、コンラートは封縛を解き、軽やかに宙を飛んでいた。

 両手に水の球体を抱いて──


 ドレイクは球体に標的をあてた。

 一瞬にして水の球体は蒸発し気体に変わる──が、ドレイクは自分の失敗に舌打ちをした。

 コンラートの手まで干乾びてしまった。


 通常の人なら、熱いと感じるくらいで済むはずだった。

 だがコンラートが取り込んでいるのは、水の精霊。人より揮発率が高い。

 念頭に置いて威力を押さえて施行したが、思ったより過敏であったらしい。


 コンラートは池の中へ滑り込んで行った。

「閉じろ!」

 ドレイクが刹那、左から右へと腕を振る。

 池全体が光を放ち、瞬時に古代文字で形成された封印結界が池を覆う。


 ──だが


 パキィィィィン


と、乾いた音が、封された池から響いた。


「……なれの果てでも、高名な魔導師──と言うことですね」

 ドレイクが忌々しく呟いた。


 崩壊された結界から、飛び魚のごとく水が幾つも線を成して飛び上がる。

 それが鉄砲のようにドレイクに襲いかかってきた。

 先端が魚の口に似、パクパクと開けながら、水しぶきを上げて向かってくる。


 ドレイクは竜の身体能力を発揮した跳躍で地を蹴り、木々の幹を飛び蹴り、襲いかかる水攻撃を避ける。

 誘導施行もかけているようで、それはドレイクの後を易々と追いかけてきた。

 水力で枝をなぎ倒し、葉や木の破片を巻き込み更なる凶器に仕立てあげる。

 ドレイクは方陣の場所を踏む──瞬時に姿が消え別な場所へ出現した。


 池の真上に──


 誘導施行された水の凶器は、池の上の方陣にいるドレイクに向かって突き立てた。

 ──だがドレイクに当たる瞬間、彼の姿は消え、凶器と化した水は、勢いのまま己の住処の池に突っ込んだ。

 その勢いは津波を起こし、池の外にまで流れ出る。




「池の上にも方陣が……」

 アデラが信じられない物を見たようにロジオンに告げる。


「水の王の力を借りたか事前に、用意していたか……だね」

 しっかりこっち見て、とロジオンに促され、アデラは再び自分の剣の刃の部分に目を向けた。

 手入れされた刃からは、僅かな月明かりと繰り出す魔法の起こす光で、アデラとロジオンの顔がうっすらと写っていた。

「ドレイクのことだから、水の精を切り離す策は出来てるだろうけど……。その後のことを考えて僕達も策を張っておく」

「はい」

「刃に写る僕の口の動きを見て……」



◇◇◇◇



 ドレイクは動きを止めていなかった。


 魔法攻撃に取り込んでしまった木々の破片──物理攻撃まで加わった自分の施行した魔法。

 それが自身に戻ってきたことで、僅かに隙が出来た。


「上げろ!」

 ドレイクの命で水中から飛び出てきたのは、コンラートだった。

 水に関与できるのは水の精霊──特に支配している王。

 事前にコンタクトを取り、精神の繋がりを依頼していた。


 身体憑依・精神支配とは異なったもので、精神感応と言われている。

 正体不明の化け物に変わってしまったコンラートが仲間を取り込んでしまっては、水の王も流石に静観している訳にはいかない。

 生来、臆病な一面を持つが、ドレイクならと信頼を得て精神に繋がりを持たせた。


“私の前で水の中で隙を見せたら、押し上げて池から放り出せ”


 ──かくてドレイクの思惑通りにいった。



 自分が支配した池から放り出されたコンラートは、地の上で呆然としていた。

 何が起きたのか気付いていないのは明らかであるが、それも短い間だと──


 ドレイクは刹那コンラートに魔法を繰り出した。

 コンラートを取り囲む柵のような立体陣。


「ᚷᚱᛟᚫᚾ ᚫᚾᛞ ᚱᛟᚫᚱ(唸り、轟け)身体の奥底まで」


 ドレイクが施行した魔法は音波魔法。

 それも閉じられた狭い範囲内である。


 ウィィィイイイイン


 身が波打つような強烈な音波にコンラートは懸命に陣から脱出しようと、柵のような立体陣に手を掛けた。

 だが、更に状況を悪くしただけであった。

 音波を発しているのはこの立体陣の柵からであり、あまりの強烈さにブルブルと身体全体にくる。

 かなりの電流を受けているのと似た感覚で、身体が振動し肌が波打っていた。


「ぅっ、うっ、ぅっ」


 がくんがくん、とコンラートの身体が激しく揺れる。


「水の精はこのくらいの波動なら、風に波打たれる程度のもの。──だが、コンラート……元・人間の貴方はどうでしょうか?」

 ドレイクの口元が上がった。



 立体陣の中のコンラートがブレだした。

 二人いる錯覚。

 重なったり離れたりを繰り返し──ずるり、と人の形成した殻から出る何か……。


 ──コンラートだった。


 ──水の精から離れた。



 ドレイクは、左手を素早く握る仕草を取る。

 コンラートを閉じ込めた立体陣は、一瞬に細い柱となり化け物と化した身体を縛り付けた。


「王!」


 ドレイクが誰にともなく叫ぶ。

 離れて自由になった池の精霊だが、コンラートに精神を含む全てを乗っ取られ、弱りきっている。

 自ら土に溶け、浸水し自分のある場所に戻るのにも絶え絶えで行っていた。


 また捕まってしまう──ドレイクは王に保護して貰う為に呼び掛けたのだ。

 急に土に浸透するスピードが上がり、水の精は土に溶けていった。



「──!?」

 自分の左の握り拳が、意思に関係なく開く。

 破裂音に、コンラートが施行した立体陣から解き放たれたことを知る。


「──ちっ!」


 ドレイクの左の掌が血で染まった。ボトリと中指が落ちる。

 掌に深く亀裂が入り、血が止めどなく流れていく。

 封印がまだ未完成のうちに解かれたことで、跳ね返りが来たためだ。

 忌々しく左手を振り、己の血を払う。


 水の精が離れたのは良いが、魂が自由になった分動きが格段に早い。

 そのことは長く生きてきた分、ドレイクは知っていた。

 逃がさない自信はあるが生前が高い魔力に、様々な魔法を駆使したコンラートだ。


 ──封じ込めて滅する方向が一番確実だが

 (まだ準備が整わん)

 封じ込めるだけで手一杯か。


 ドレイクは、先程とは格段に早いスピードで迫るコンラートを見て、そう思った。




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