第34話 復活(1)
(ここに連れてきてはいけなかったのではないか?)
そのように視線でハインに訴えたが、ハインは目の前の召喚に心を奪われたままであった。
──ロジオン様は?
ロジオンの方へ目をやる。
視線を感じたのか、アデラの方を向いた。
鑑賞者の青白い光にあてられているせいか、いつもより顔色が悪く見えた。
(ロジオン様──)
サマンサの身体のリシェルを抱き締めている様子を見て、アデラが何を言いたいのか悟ったのか、早足で近付いてきた。
「ロジオン様、リシェルは小城へ戻した方が……この光景はこの子にはきついと思われます」
ロジオンは首を横に振った。
「『鑑賞者』が魂を吸い付くしたら、すぐに魂を元へ戻さないと定着が難しくなるんだ」
そう言ってロジオンは再びドレイクのいる方角を見つめる。
「ドレイクはリシェルがこの場にいるのを確認して、あの召喚を選んだんだと思う」
「コンラートォォォォォ!!」
絶叫するカーリナが突如、苦しみ紛れに何かを池に向かって投げつけた動作をした。
「──!?」
『それ』が何なのか──気付いたのはドレイクとロジオン。
ドレイクは身を投げ出し『それ』を受け止めようと腕を伸ばす。
ロジオンはアデラとリシェルに対し『アエラの城壁』の土台結界を施行した。
『それ』はドレイクの指先を掠り、池へと落ちていった。
──竜の心臓の欠片が……。
◇◇◇◇
血は心の臓を流れ続け、その人の人生と共に流れる。
血の浄化を繰り返し、身体全体に送るポンプ役。
それは竜だとて同じ。
それが、コンラートを封じ込めた池へと落ちたことの意味は──結界を一気に解き放つ。
池の中から光が放たれた。
朝日のあの輝きを凝縮したような眩しい光で、皆、目を瞑る。
瞬間、硝子が弾け飛んだのと似た音が響く。
──それは三人が重ねて張った結界が一度に壊れた音であった。
「あらららら。本物だったんだ」
エマが暢気な台詞を吐いたが、表情は至って真剣だ。
そろそろと池から離れ、木陰に潜んでいるロジオン達と合流する。
「やっばいって~」
エマに言われなくても皆、分かっている。
「……この場合、私はどうしたら良いでしょうか?」
ハインが顔面蒼白になってロジオンに尋ねてきた。
ロジオンとルーカスが顔を合わせる。
ルーカスは胸を押さえながら立ち上がったが、その様子は痛々しく、とても闘えそうもない。
「みんな、リシェル連れて僕から離れた方が良いね。エマに気配ごと消せる結界を張ってもらって」
下手に自分の側にいたら今度はエマやルーカスどころか、リシェルやハインまで標的になる。
エマは現段階で十分戦力だが、ルーカスが負傷しているし、ハインは自分の魔法では間に合わないし、敵わないことも身を持って理解している。
リシェルは、魔法を習い始めたばかりだ。
この三人を保護するのに、エマは一杯一杯になる。
「ロジオンはどうするんだ?」
「自分の身くらいは守れるよ。今まで何度も切り抜けた」
ルーカスの問いにロジオンはそう言い切る。
「でもさあ、やばい勘がビリビリ身体にきてんのよ~。あんた達も感じてるよねえ? 今までのようにいかないかもよ?」
エマが、一緒に結界を張ろうとロジオンを促したが、首を横に振った。
「だったら、ますます駄目だよ。ドレイクの後衛をしてみる──彼に頼るしかないよね……」
──頼みの綱はドレイクしかいない──
そこにいる者達は全員そう思って頷くしかなかった。
「何を言うんです? ロジオン様も共に戦いましょう!」
しかし一人、拳を上げ、はっきりとした口調で共戦の意を表した者がいた。
アデラだった──
◇◇◇◇
「後衛だとて、立派な参戦ではないですか?」
「そうだけど、その後衛だって師匠相手じゃ……まともに出来るかどうか……」
「──そんなにコンラート師が、自分の師匠が怖いんですか?」
「アデラに何が分かる……!」
ロジオンの怒りが籠った怒鳴り声に、アデラ以外一同に息を止めた。
「第一! 何でここに来たんだよ、来たらクビにするよと言ったじゃないか!……そんなにクビになりたいわけ? こんな危険に巻き込まれて怖くなったから、クビになるように此処まで出向いたわけ? ご苦労様だね!」
滅茶苦茶な事を言って怒鳴っているのは、ロジオン自身も分かっていた。
でも、現状も心情も一向に改善されない──どうして良いか自分でも分からない。
ぐるぐると闇の中を、ただひたすら歩いているだけに思える今にロジオンは
(アデラがこの現状を回避する)
という自分の予見を、信じてみようとしたことに後悔していた。
自分の当たらないことの多い予感を当てにして、彼女を巻き込んでしまった──
「でも、ドレイク殿と魔法日記の危機は回避しましたよ? ──それに、コンラート師が復活したら、お互い離ればなれでは危険なのでしたよね? 返って良かったではないですか」
だが、アデラは怯まず飄々とロジオンに物申す。
「……アデラは、危険に飛び込むの平気なんだね」
「平気じゃありません──でも、貴方が闘うと言うなら、共に闘うのが私の喜びです」
「……主人に忠誠を誓った騎士が、よく言う台詞だよね」
池の中から放たれる光が、更に強みを帯びる。
周囲の陰影を、彼の陰影を、更に濃くして。
今の彼の心の内を表しているようにアデラには見えた。
この位の歳頃の精神は、成長している身体と同じだ。
しっかりしてきたようで不安定で、光と闇の僅かな境界線にいて──場面にどちらにも足が着く。
──自分もそうだった。
(ううん……今も大して変わらない)
アサシンになるのを諦めた時、どこかほっとした自分がいた。
それと同時──今までやって来た鍛練が無駄になったことの虚無感に、できそこないと誰かに後ろ指を刺されているのではと言う猜疑。
自分が諦めたことによって、アサシンを受け継ぐことになった血の繋がった肉親への後ろめたさ。
──ずっと不安定なまま生きるの?
(変わらなきゃ……自分を誤魔化して、平気な振りをしていた自分から──)
クビになっても、怪我をしても……命を落としても。
「忠誠を誓っても……僕は何もあげられない」
「見返りが欲しいわけではありません!」
激昂にロジオンは目を見開き、アデラを見つめた。
ロジオンを見つめているアデラの表情は険しく、美眉はつり上がっていた。
──だが、瞳から一筋の滴が頬を濡らし、それが余計にロジオンを驚かしていた。
「確かに私は魔法も使えないし、アサシンとして幼い頃から鍛えられたのに、その才が無い……。──でも、私はロジオン様の手助けを出来る物を何も持っていないと思いたくない。今まで生きて教わったことを全て否定して、貴方の側にいるのは嫌なのです! お飾りの従者ではなく、私を私の出来る役目をさせてください!」
ロジオンの視線が落ちる。
「貴方を見て、ようやく出た勇気を無駄にさせないで下さい……これは私自身のためでもあるんです」
「……僕だってアデラと同じだ」
そう言うと右手が何かを描いた。アエラの城壁の施行を撤廃したようだった。
「──ロジオン様」
「僕の魔法じゃあ、師匠には効かない……。でも今、僕が出来ることを精一杯やろう。アデラ、君と……」
一言一言噛み締めるように告げるロジオンの口調は、先程までの荒くれたものは無かった。
ゆっくりとアデラに差し出されたロジオンの手。
「はい」
アデラは、快活に返事をしロジオンの手を握りしめた。
「お飾りじゃない、今までやって来たことは無駄じゃない……一人じゃなくて二人なら……出来る気がする。前にアデラも、そう言ってくれたよね?」
そう述べ、微笑むロジオンの姿にルーカスやエマも安堵したように頷いた。
分かった気がする──ロジオンは思った。
あの予見は、こう言うことだったんだ──と。
◇◇◇◇
周囲が池から放たれる光に包まれる。
あまりの眩しさに目を瞑り、次に目を開けた時、皆が見たものは──
池の中央で淡い光を保ちながら浮いている一人の少年──。
ロジオンくらいの年齢だと思われる少年は、内側から光を放っているように明るかった。
軽く両手を広げゆっくりと瞼を開く。
ゆらゆらと池の上を浮く姿は、足元から頭まで色素が全く無く、人としての存在感はどこにも見当たらない。
そのせいなのか、薄手衣を身に纏い風もないのに身体ごと揺らぐ少年は、蛹から孵ったばかりの昆虫のように見えた。
「……コンラート」
ルーカスが呟いた。
「コンラートって若い頃、ああいう顔だった? 」
エマが眉間に皺を寄せた。
確かに美男の類に入っていた記憶はあるが、目の前にいる少年は中性的な美しさで、少女とも取れる。
「コンラートが少年だった頃の姿に、取り込んだ池の精霊の写実化の姿も写してるんじゃないか?」
「ああ、水の属性の精霊は美男美女が多いもんねえ」
とエマは頷いて見せた。
その色素を持っていない姿は、自ら放つ光で闇を溶かし自分の周囲をぼんやりと明るくしている。
その様子も、風もないのに揺れる薄衣に、背中を流れる髪は神秘を纏い、確かに精霊の姿と類似していた。
色素の無い瞳が、一番池の近くにいたカーリナを写す。
「コンラート……」
カーリナに施行していた『閉幕への喝采』は既に弾き飛ばされた。
自分の魔力で必死に抵抗して全ての魂が吸われることはなかったが、身体に力が入らない。
──だが、カーリナは今嬉しさにただ涙を流す。
何の感情もない無機質な様子の彼だが、カーリナにとって、こんな長く見つめられたのは初めてだったからだ
感激で胸の鼓動が上がり、どうにかなりそうだ。
「私が分かる……? カーリナだよ。ずっとずっと、貴方だけを愛し続けたんだよ……。貴方が死んでからも、死んでから変わり果てた姿になっても……ずっとずっと」
カーリナの幼い腕が、よろよろとコンラートに向かって差しのべられた。
「見て、私の身体……魂替えしたの。あと数年したら、貴方好みの女に成長するから──そうしたら、今の貴方に丁度釣り合いが取れるよね……?」
コンラートの手がゆっくりと、拙くカーリナの差しのべられた手に向かう。
一途過ぎるが故なのか──
情熱が過ぎるが故なのか──
魔法を扱う者のモラルも、扱わない者のモラルも無視した自己中心な考えは、本人の性根の問題も抱え周囲の親い者達を巻き込んだ。
──全ては、コンラートに愛を受け入れてもらう為──その瞬間がようやく来る。
願いが叶う。
──カーリナは幸せの絶頂の中にいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます