第27話 魔法使いに必要?

 日記をドレイクに引き渡した後も、基礎体力作りだとかでランニングに加圧式とか言う筋力作りに柔軟が繰り返された。


 ──魔法使いに筋力は必要なのか?

 

 アデラは首を傾げた。

 宮廷の魔法使いや魔導師達は、普段部屋に閉じ籠っているせいか、顔色は青白くてヒョロヒョロが多い。

 勿論、漏れずに例外はいるが──


 仲良く皿洗いをしているハインとエマを見る。

 少々強めに言ったら

 ──うわっ、キツッ!──

 というような顔をして、アデラを見つめていたハインだったが、

「そうよね~。アデラちゃん一人じゃあ大変よね~。元々は仕官なんだしぃ。わたしも料理ぐらい手伝うわあ」

「そうでしたよね! その通りでした! 私も簡単な料理くらいは、覚えた方が良いなと考えていたんです!」

 エマの意見に元気良く同意した。


(魔法を使える男も、恋をすると普通の男と変わらないか)

 水洗いした皿を受け取り水気を拭き取りながら、心の中で溜息をつく。


 ハインとエマは二人の世界に入っているのでアデラは、

『魔法使いに筋肉は必要か?』の質問が出来ず、黙々と後片付けをしていた。


(後でロジオン様にお尋ねしてみよう)



◇◇◇◇



「う~~~~」

 寝台に俯せで寝転んでいるロジオンは、しきりに唸っていた。

 早くも新たな筋肉痛が襲ってきたらしい。


 アデラの質問に答えようと首を横にしただけでも痛みが走るのか少しずつ、ずらしては顔をしかめては止まっていた。

「筋力……て言うか体力って言うか……まあ、自分が繰り出す魔法に負けない身体が必要と言った方が適当。身体を鍛えると言うのは、精神を鍛えると連動しているし……召喚を行使するには精神力が大事だし……。攻撃魔法を施行すれば、威力次第だけど反動が返ってくるしね……。まあ皆さん、その辺りはケースバイケースで……魔導師辺りになれば、身体に負担がないよう上手くやっているわけで、とにかく、今はなまくらになった身体を戻しなさいと……」


「ドレイク殿に言われたわけですね?」

 そう言うこと──ロジオンはパタリと首を敷き布に落とした。


「それよりアデラ、実家に戻って何か手がかりになるような話……あった?」

 瞬く間にアデラの表情が曇り、ロジオンは無駄足だったことを悟った。

「……そうか……残念だな……」

「申し訳ありません……」


 悔しそうに唇を噛むアデラに、ロジオンは首を横に振って見せた。

 また痛がっていたけれど。

「がっかりしないで、その為にドレイクに頼んだんだ……そんなに簡単に自分の魔法を造るヒントが見つかるわけじゃないし」


 ドレイクの魔法に掛けるしかないかなあ──そう言うロジオンの言葉に、どこか落胆の影が隠れているのをアデラは見逃さなかった。

「何か、懸念することが起こりましたか?」


「ドレイクは今、生きている魔導師の中では一番魔法を駆使できるし魔力も高い……。彼一人でも師匠を滅する事は簡単だと思うんだよ。そんな魔法も彼はきっと知っているよ、長い時を生きてきたんだもの。なのに、何故……ルーカスやエマまで連れてきて尚、結界の中に封じ込めたままでいるんだろう……」

「それはロジオン様に、猶予を与えているのでは無いのでしょうか?」

「あの人ってね、魔法に関わっている事件に関して酷く冷徹なんだ。魔法使いや魔導師の評価を下げる事件、じゃなくて魔法そのものの評価を下げる事件に容赦ない人なの。今回のはまさしく、そうでしょ? 水の称号を持つ魔導師が、死しても生に執着して襲っている。……彼にとっては許してはいけないことだ」


「だから、猶予を与えているなんて考えられない」言い切ると、ふーと疲れたのか筋肉痛が痛むのか、また顔を枕に伏せた。

「育ち盛りの身体をこんなに酷使して……。逆に身体を壊したらどうしてくれるんだ?」

 アデラに構わず、ブツブツと一人言を言って、ふてくされているロジオンにアデラは、

「何処が一番痛みますか? 揉んであげましょうか?」

と、尋ねた。


 一瞬、間が空き、ロジオンが勢い良く跳ね起きた。

「──ぇえ!? ほんと? 本当に揉んでくれるの?」

 キラキラとブルーグレイの瞳を輝かせ、アデラに詰め寄った。


「……以外とお元気そうなので、大丈夫ですね」

 アデラが詰め寄ってきた主に引き気味に言うと、

「腰! それからふくらはぎ! お願いします!」

 ロジオンは、さっと腹這いになると、いつもよりずっと早く喋りアデラを促した。


 は~っと溜息を一つ吐くとアデラはロジオンの腰に手をあて、押し込むようにマッサージを始めた。

「痛みますか?」

「ううん、気持ち良い~」

「本来なら、ご自分でストレッチ等なさるのが一番良いんですよ?」

「うん、分かってるよ。でも一度、誰かにやって貰いたかったんだ。いつも師匠にやってあげていたから……」

「そうなんですか?」

「僕がやってあげるでしょ? そうすると凄く気持ち良さそうにしてるんだ……。『そんなに気持ちが良いもんなんだ』って思って、ずっとしてもらいたいな~って思ってたんだ」

「まあ……」


「それで御褒美にってね、次の日にソフトクリームを買ってくれたんだ」

「お好きなんですか? ソフトクリーム」

「うん。美味しいよね……ああ、食べたい」


 アデラのプーッと吹き出した笑いに、ロジオンは不思議そうに顔を起こす。

「何か、可笑しなこと言った? 僕……?」

「い、いえ。ソフトクリームが好物とは、ずいぶん可愛らしいなと」


 口元に手を当て、クスクスと笑っているアデラにロジオンは方眉を釣り上げ、口を尖らせた。

「しょうがないでしょ~。師匠が甘いもの食べ過ぎると虫歯になるからって、滅多に食べさせてもらえなかったし」

「でも、コンラート師は甘い物がお好きだったと昨夜……。ご一緒に召し上がらなかったのですか?」

「少しは……ね」

「ソフトクリームは別格なわけですね?」

「冷たいものを食べ過ぎるとお腹壊すって……滅多に食べれなかったんだよ」

「私の御褒美も、ソフトクリームで結構ですよ」


「……はいはい……何だってなあ……そんなに可笑しいかなあ……?」

 ますます口を尖らしゴニョゴニョと話す主に、アデラは歳相応の感情を見た気がし、笑いが止まらなかった。



 硬くなっているロジオンの腰を押しながら、アデラはふと思ったことを口にした。

「ロジオン様、すぐにコンラート様を滅することが出来る力をドレイク様が持っていて、それをしないと言うなら、第三者の意見が入っているのかも知れませんよ?」

 ロジオンが思いっきり眉間に皺を寄せた。


「……第三者……?」


 何か思い当たる節があるのかロジオンは、一点を見つめたまま考えに耽りだし、何か納得したかのように頷いた。

「こう言う勘は鋭いよね……アデラは……」

「?」

 のんびりとしたいつもの口調なのに、どこか棘があって今度はアデラが思いっきり眉間に眉を寄せた。


 勘と言うのは経験も必要なことなので、アデラに恋愛事に勘を働かせよ──というのは無理なことである。



◇◇◇◇



 小さな影が、ドレイクの使っている部屋の扉を開く。

 その影は慎重に音を立てずに扉を閉めると、ゆっくりと辺りを見回した。


 幾つかの本で作られたサークルと、積み上げられ、塔のようになった本。それは、一見、乱雑で適当に置かれているように見えるが、その影は、実は緻密な法則性に基づいて並んでいることに気付いたらしい。


「……人の成りを形成しても、獣の習性は抜けきれないと見える」


 中傷とも聞き取れる言葉を吐く声音は、その小さな影と似つかわしくない老成したものであった。


「──!」


 奥から視線を感じ影はそちらの方向を向き、安堵に肩が揺れた。

 それは大きな姿見の鏡であったからだ。

 ただ、自分の姿が写し出されているだけ──そう思った。


「自分の姿を見て、惚れ惚れしているまいな? あの男」

 鼻にかかった笑いが口元から漏れる。

 あの種族にしては自己愛が強いと陰口を叩かれている奴だ。鏡が置いてあることに何の疑問もわかない。


 ──やはり、『』を使うしかないようね。


 小さな影はそう思い直すと、来た時と同じように音もなく扉を開け、閉じた。

 扉が閉じた後、何も写らなくなった鏡に、ゆっくりと人の姿が写し出された。


 それは、つい先程の侵入者の影の姿──リシェルであったが──。


 ゆらりと鏡面が揺れ、彼女の姿が歪み形容できぬほどになったかと思うと、再び女の姿が浮かび上がった。

 そこに写し出されたのはリシェルの小さな少女の姿ではなく、青みのある銀髪の美しい乙女の姿であった。

 そのブルーグレイの瞳を真っ直ぐにリシェルがいた場所を暫く見据えていたが、ふっと諦めたように瞳を閉じると右手を軽く振った。




 ──鏡面にはもう人は写っておらず、闇の中に異形の物かのように積まれた本が写っているだけであった。






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