第24話 宴

 戻ってきたら驚いた──


 暫くの寝ぐらの小城の庭には人・人・人……


 既に炊き出しが終わり、庭に設置された台には鳩や家鴨に鶏の蒸し・焼きが、茹で豆が挽かれた皿の上に並び、秋の味覚の野菜のスープが湯気を立て食欲を誘う。

 宮廷で焼いてきたパンにデニッシュ、タルト、パウンドケーキ。

 連れてきた調理人は、焼き石の中に栗を放り込み焼き栗作りに専念している。


 国王陛下に第二王妃、まだ小さな二人の王女達は連れてきた護衛や侍女に囲まれ、談笑しながら食事中。

 手が空いている者達も好き好きに料理を手に取り、酒も口にし盛り上がっている。

 異色と言えば宮廷の魔法管轄処の魔導師や魔法使い達だが、和気あいあいと皆に混じって食事をしていた。


(……何があったのだろう?)


 とにもかくにも──アデラは陛下と王妃にご機嫌伺いに出向き、挨拶をする。

 

 その席に、自分の主であるロジオンも同席していた。

 気付かなかったのは、彼が王子らしい格好をされていたからだ。

 今回は腰までの短いジャケットに、切り替えある膝までのシャツをウエスト部分で宝飾のベルトで留め、スパッツを履いていた。

 ブーツは唐草の型取りをした物を使い、留め金に金のバックルが付いたものである。

 髪の毛も散々くしけずられ、艶々と輝いていた。


 アデラにとって見とれてしまう姿だが、ロジオンの方は彼女を見ると気恥ずかしいのか途端に談笑を止め、視線を合わせることもしないで、黙々と食事に専念し始めた。

「陛下に第二王妃様、拝顔賜りましたこと御礼申し上げます。参上するのが遅れましたこと謹んでお詫び致します。」

 アデラは帯剣を自分の横に置くと、片膝を着き正式な挨拶をする。

「よい。ロジオンから聞いておる。面を上げよ」

 はい、とアデラ。

「今宵は無礼講じゃ。アデラも皆に混じって飲んで食べて楽しむが良い」


「ありがたきお言葉にございますが……陛下、私には何が何だか……何故、このような宴がここで。しかも、わざわざ陛下や第二王妃様や王女様方まで……こちらにご訪問に出向きました理由が分かりかねません」

「おお。アデラは留守にしておったから詳しい経緯は知らんだな」

「父上」

 突如、ロジオンが口を挟んできた。

「僕から後で話しておきます。彼女に頼んだ品を確認しなければならないので……その時にでも」


 父王にそう話すとロジオンは、接待用だと思われる品のある笑顔をアデラに向け、

「アデラ、ご苦労様。しばらく……皆と食事をしていると良い」

と告げた。


「はい。ではお言葉に甘えて馳走になってきます」



◇◇◇◇



 正規の皿代わりに使われるパン皿を貰い、バターたっぷりのデニッシュに肉汁がたっぷりと滴る鴨肉を挟みながら食べる。

 濃厚なソースと鴨の脂が口の中に一杯に広がる。口の中に残る脂を取り除くように、赤の葡萄酒を飲み喉を潤した。

 この宴につかわれた料理素材も飲み物も、感謝祭用の物であろう。

 ここでこれだけ飲み食いしても、本番用は充分事足りるということだろう。


 台の上に贅沢に並べられた食事と、それを手に取り立食して、喋り、笑い、飲む人々。

 沈みゆく太陽の地平線を彩る橙の光が、そんな人々の陰影を濃くし今日最後の輝きを成す。

 点々と設置されたかがり火に台の上の蝋燭。

 王族の占める場所には、一際明るい場面を提供するランプ。


 ──平和なのだな……


 アデラはふと、祖母のかつての仲間達の滅亡した亡国の話を思い出す。


 戦に続く戦。

 荒れていく地。

 貧困

 食糧難

 疲れていく人々。


 一握りの支配級の者達は贅沢を止めない。

 負の遺産を背負わされるのは、何の力も持たない者達。


『救いが欲しくて、皆、一心に見えない神に祈るのよ。心の拠り所が欲しいの。生きていく希望をね……』

 エルズバーグに住む者達は、どれだけ恵まれた生活を送っているのか。

 命を繋ぐ衣食住の保証をしてくれるだけでも、どれだけ幸せなことなのか──見に染みている者だけが、平和を維持しようと躍起になった。


『アデラ、貴方には『覚悟』が足りない……』


 祖母が放った言葉。

 自分が聞こえなかった部分が、かつての祖母の仲間に会って、ようやく知り得た。



 

 パン皿の汁でふやけた部分をぼんやりと見つめ、思想に更けるアデラに、

「アッデーラちゃ~ん」

と後ろから抱き付き、胸を揉む者──エマだった。

「ひゃぁぁああ! エマさん! いきなり何を!」

 思わず身を屈め、投げ飛ばそうとしたが、相手は女性でしかも酔っぱらい。思いとどまり、エマをひっぺがそうとするが小判鮫のように背中から離れなかった。


 それどころか、

「アデラちゃ~んって、以外と胸あるのね~。普段ぺしゃんこなのはど~して~?」

と、ますます胸を揉み出す。

「普段は中に防具服を着込んでいるからです!」

「え~? それはまずいでしょ? 胸が横に流れちゃうよ~」

「ちょっ、ちょっ、ちょっ」

 エマの、アデラの胸を揉む手付きがいやらしい。

(玄人? 慣れてる? )

 大きさを確認するための手の動きじゃない。むずむずする感覚。


「ル、ルーカスさん!」

 ルーカスに助けを求めるも、ルーカスも王宮の魔導師や魔法使い達に囲まれている状態で、談笑していてこちらをみていない。


「エマさん……!酔い過ぎです!」

「う~。良いなあ~、本乳」

 うっとりした声音で呟くエマには、アデラの声が全く耳に入ってこないようだ。


「こらっ」

 ──ゴッ


 エマのしつこい乳揉みの手が離れた。

 アデラの乳の代わりに今度は自分の後頭部を押さえるエマの後ろには、パン皿を持つロジオンがいた。


「い……ったあ! ロジオン、あんた何年もののパン皿で私の頭ごついたの!」

「公衆の面前で、エロいことしているからでしょ」

 衝撃で酔いが冷めたらしいエマの文句をさらっと流し、ロジオンはアデラに話しかけた。


「荷物は……?」

「はい。小城のロジオン様の利用しておりますお部屋に」

「食事は食べた?」

「はぁ……あらかた」

「そう」


 ロジオンはそう言うと、先程エマの後頭部をどついたパン皿に、タルトやパウンドケーキにクッキーを盛る。

「あと……焼き栗と。アデラ、そこの葡萄酒の瓶持って付いてきて」

 じゃあね、とブータレているエマに手を振り、さっさとアデラをその場から連れていった。



◇◇◇◇



 そう言えば、ドレイクの姿が無かったことに気付く。

「宴にドレイク殿の姿が見当たりませんでしたね」

 先に進む主に尋ねる。

「宴が始まる前までは宮廷の治療系魔導師と話し込んでいたけど始まった途端、食事持って小城に戻ったよ。魔承師に経過報告とかっつ。いてもルーカスみたいに寄られるからね。あの人、集られるの好きじゃないし、そもそも人が苦手だし……」


 ああ、だからあんなに表情が無いのかしらとアデラは頷く。

「──?」

 てっきり魔法日記の確認に小城へ戻るのかと思っていたのに、行く方向が違うことにアデラは気付いた。


「? ……あの、どこへ?」

「池」

 ロジオンはそう答え、ずんずん先へ進む。

「時間的にそろそろだから……急ごう」


 池とは結界を張り、コンラートを一時的に出さないようにしているあの場所だ。


 宴の場所から人の笑い声が届く。

 日が暮れ始め滅多に人が来ないこの侘しい場所を、ほんの少しだけ明るくしている気がした。

 池の前にお供えのように、パン皿に載せた菓子に葡萄酒が疑問でアデラは主に尋ねた。

「師匠……甘い物が好物だったんだよ。お酒と一緒によく食べていたんだ」

「イメージが壊れまくりですね……」

 そう言うアデラにロジオンは笑う。

「『疲れた頭には糖分』って……よく言っては食べていたんだよ」


 さて座ろうか、とロジオンは自分の首に巻かれているスカーフを取ると草地にそれをひき、アデラに進める。

 アデラは驚きながら断った。

 当たり前だ。本来ならば従者が主にしなければならないことなのだから。


「いけません。こんな高級なスカーフで。しかも私は仕える立場ですよ? ロジオン様がお座り下さい。私地べたは慣れてますから」

「どんな女性にも紳士な態度は忘れるなって、師匠が言っていたよ。それに僕だって、そんな品良く育ってないよ?」

「時と場合によります」

「良いから座ってよ。このスカーフ長いから、一緒に座れるだろうし」


 さりげなく譲渡案を出したロジオンの意見に、アデラは渋々と了承した。

「では、失礼します」

と恐る恐るスカーフの上に腰を掛けるアデラを見て、やれやれとロジオンも座る。


 その時だ。


 ──ヒュルルル


 空中に響く高い音に二人空を見上げた。

「試作花火の打ち上げ……始まった」

 大きな炸裂音の直ぐに空に咲く花のように、花弁を広げては消えていく。

 黄と白が主体の花火が次々と打ち上げられ、暫しその様子にアデラは見とれていた。


「多分、次が最後。……僕が作った花火」

 一際大きいことを裏づける、打ち上げてからの闇の空間。刹那、大きな炸裂音がなりその火花の彩りを見せた。

「……青い……。ロジオン様、花火が青と黄です!」

 打ち上がった花火は青が主体の初めて見る色の花火で、アデラは興奮に思わず主の腕を掴んだ。


「……」

「……」


 掴んだものの花火が終わった今、辺りは闇。

 墨のように暗い池の周囲の向こうに宴の明かりが見え、辛うじて互いの輪郭が見えた。

 ふいに生温かい感触が頬に触れ、それが主の唇ではないかと思い全身が熱くなる。


「失礼しました! 馴れ馴れしいことをしてしまいました」

 パッと離れ、怪しまれない程度に距離を取る。

 主のいる側から舌打ちの音がしたのは、きっと自分の気のせいだとアデラは思い込むことにした。


 しばらく沈黙の後、暗闇に慣れた目で主を見た。

 彼もアデラの視線に気付いたのか顔を向ける。

「あの花火の青……なかなか綺麗に出なくて。どうだった?」

「綺麗でした。黄色と白以外の花火なんて初めて見ました。サファイア色で、とても……」

「師匠が拘ってたんだ、ずっと……病気で臥せっても……『はっきりした青を夜空に放ちたい』って」

「そうでしたか……」


 ロジオンは思い起こすように瞼を閉じ、ゆっくりと花火の消えた夜空を見上げた。

「魔法を施行すれば師匠なら青の火花なんて簡単なのに……『人の手で作るからこそ、一瞬の美しさが心にいつまでも残るのだ』って」

「簡単に魔法が繰り出せるコンラート様だからこそ、そうお考えになったのでしょう……」

「子供みたいだったよ……瞳輝かせてさ。こう組み合わせたら配合がどうのこうの……って……」


 会話が途切れた。

 泣いてはいない──


 だが、泣いているように唇が震えているロジオンの心の内は、皆が思うよりコンラートに対する、一言では言いきれない複雑な思いが混濁しているのだろうとアデラは思った。

 ロジオンがコンラートと共に世界を放浪していた十数年、側にいたのはコンラートしかいなかった。

 彼と生活をし、教えを忠実に会得し、親がいないと思っていたロジオンにとって、彼は師匠である前に親でもあったのだ。


 魔導術統率協会──コンラートを追う側の指令者のドレイク。


 コンラートが事実を歪めてロジオンに話していたことは、追ってきたドレイクやエマにルーカスに対する態度から見れば分かることだし、ロジオンに手出しできない魔導術統率協会は彼を使えば逃げること容易い──と、エマ達は話していた。


『それに関しては、ロジオンが成長した現在、誤解は解けている』とも。


 コンラートから聞かされていた話。

 エルズバーグに戻ってきて知った真実。


 ロジオンは、コンラートを恨むことは全く無かったと言い切れ無いだろう。


 ──でも、彼は間違いなくコンラートを好いている。


 だからこそ、滅する方向ではない方法を模索しているのだ。


 尊敬と愛情に反する

 恨み、怒り

 戸惑い──と共に。


「やっぱ……憎めないや……」

 そう、ぽつりとロジオンが言った。



 宴の場所が騒がしくなってきている。

「帰り支度かな……もう、戻らないと……あっ! ごめん、アデラ。今日、起きたこと話すって言っといて忘れてた」

 申し訳なさそうに謝るロジオンに、アデラは首を横に振った。


「謝ることはありませんよ。今日はもうお疲れでしょう? 明日にして今夜はごゆるりとお身体をお休め下さい」

「──いや……だけど。明日は明日で忙しいと思うから」

「焦らなくても私はロジオン様のお側にずっとついているのですから、その時に少しずつで結構です」


 宴の場所から漏れる僅かな明かりを頼りに、ロジオンは自分に微笑むアデラをじっと見つめた。

 そうして深い息を付く。身体の力が抜けていくように。


「アデラ」

「はい」

「……だからさ、そう言う誤解を受けるような発言は……」

「他の者がどう言おうと、関係はありません。私はロジオン様の従者なのですから」

「……僕が誤解するんだよね……」

「はい?」


 疑問系の返事をしたアデラに、ロジオンは少し残念そうにこう言った。

「良いよ、もう……アデラは僕の従者。手放す気はありません」

「はい」

 この言葉をどう取ったのか──分かるアデラの歯切り良い返事に、ロジオンは苦笑し彼女の手を握った。


「いけません。従者と手を繋ぐなんて」

 慌てるアデラにロジオンは、

「じゃあ、腰なら良いわけ?」

と、可笑しそうに返す。

「ぅう、なお悪いです」

 ロジオンのアデラの手を握る力が籠る。

「宴の場所に着くまでで良いから……アデラの手は気持ちが良い……落ち着けるんだ」

「……分かりました」


 剣ダコのついている自分の手が落ち着けるだなんて意外だが、そう言うのなら主の言う通りしよう。

 ゆっくりなロジオンの歩調に会わせ、二人は温かな淡い橙の明かりに向かって歩き出した。



◇◇◇◇



 一つのランプが、うっすらと部屋を写し出す。


 ドレイクが使っている部屋は、いわゆる書斎であった場所。

 以前の所有者が残していった書籍の数々は、彼の暇潰しの書物でしかなく、これからに役立つとは到底思えないものばかりである。

 国王陛下には城にあるものは自由に使って良いと許可を頂いているせいか、元々の彼の性分なのか、読んだと思われる本は部屋の片隅に積み上げられていた。


 彼はと言えば、他の部屋から持ち出してきた壁掛けの姿見の前に立ち、鏡の向こうに向かって話し込んでいる。


『無理に戦わせることも無かったでしょう……』

「彼が早くに自分の力の不均衡に気付いて欲しいと思った故のことです。思ったより相手が小物でしたから、果たしてそれに気付くまでに至ったかどうかですが」

『彼の身体が充実するのはまだ先……焦ることはありません』

「それまで待てるのですか? 貴女は……イゾルテ様」


 鏡の向こうからの声が止まった。

 ドレイクの問いかけは続く。


「貴女はもう何百年も待った。『あの方』を。これは貴女のためでもある。また過去に繰り返されてきた、コンラートのような者達に取り込まれても宜しいのですか? その度に私が『あの方』を抹殺し、また転生を待つと言うのでしょうか?」

『コンラートを含む、過去の魔導師達は……全て自分の支配下に魔導術統率協会を置こうとなど、考えてはいませんでした。……私と『あの人』の考えに共鳴出来ない者達もおりました……当たり前なのです。反対する者が出て当たり前……』

「 コンラートが離れた今です。私が彼を導きましょう。的確に『あの方』を呼び戻せるように」

『……でも』

「私では不安ですか?」

『……違う』

 そう答えたイゾルテと呼ばれた女性の声は、拙いものであった。


「魔力も身体も成長に満する前に『あの方』を幾度もこの手で殺めた私が、またこの世代に手を下すと?」


 長い静寂が続き『許して……』とすすり泣く声が鏡の向こうから聞こえ、ドレイクは拳を握った。

「……貴女の心のままにと思っていましたが……やはり、私が導きましょう。──ロジオンを。今の貴女では彼を導くのは難しい」

『ドレイク!』


「心配なら監視を付けても構いません。……私も、もう待つのは疲れています……。ただ、これだけは分かって欲しい」


 ドレイクは優しく鏡に触れ、向こう側にいる女性に告げる。


 「私は長い貴女の憂いを、取り除きたいだけなのです」


と……。




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